リアクション
03.教導団 音楽室 ワンダフル クリーン! 「レオーン!!」 呼ばれて振り返ったレオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)の正面には―― 満面の笑みを浮かべた天海 北斗(あまみ・ほくと)がいた。 「北斗! なんだ。お前も音楽室か?」 レオンより幾分小柄な機晶姫の少年は彼にとって特別だ。むしろ、互いが互いにとって特別――いわゆるお付き合いしている仲だ。 任務や講義ですれ違うことが少なくもない二人が学校の行事で一緒になる機会は稀である。 「うん! 一緒で嬉しいな! 早く終わらせて、一緒に遊ぼう!」 「こら。北斗――まだ掃除は終わってないよ」 早くも終わった後に意識が飛ぶ北斗をパートナーであり命の恩人かつ兄として慕う天海 護(あまみ・まもる)が嗜めた。 走り出した北斗を追いかけたために生来体の弱い護は、息をきらせている。 「そうです。急いでいても廊下は静かに。あと大掃除とはいえ、任務中ですよ」 護を支えるようにして、北斗とは同型機――瓜二つとも言える天海 聖(あまみ・あきら)が言い添えた。 「はぁーい。だって、レオン」 「それは俺のセリフだっての」 レオンと北斗互いを小突きあう。 「もう、仕方ないなぁ」 「……仲が良いのはいいことですが……」 同じように顔を見合わせる護と聖の背後から声がかかった。 「そうだな。仲が良いのは結構なことだ。だが、これから行うのは一斉清掃だぞ?」 聞く者の背筋が思わず伸びる。そんな声と共に現れたのクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)だ。 「あ!」 「大尉!!」 「――し、失礼しました!!」 「……クレア大尉も音楽室の?」 「あぁ。どうやらそうらしい。で、ここの担当はこれだけか?」 姿勢を正した護、聖、北斗、レオン――と視線を一巡させて、クレアはふむと顎に手を当てた。 「――楽にしてくれ。私も言い過ぎた。きちんと清掃に取り組んでくれれば問題はない。 おかしいな。もう少し人数がいたように思ったが……」 「いやー。今年は掃除道具貸出所とか更衣室とかあって準備は楽チンだな! 用意してくれた奴に感謝だぜ」 最後の一人ウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)が、バケツに雑巾。箒、モップ、洗剤を載せた台車を押して現れた。 「お。みんなと一緒か! よろしくな!」 と、台車の一番上に置いてあった紙袋から何かが落ちる。 「あ!」 ころころと転がるそれを拾い上げ、クレアは首を傾げた。 「……みかん?」 * * * 思い切り開け放した窓からウォーレンの歌が流れていく。 「音楽室は思ったより、落書きとかないんだな。美術室に差し入れすればよかったかな」 持参したみかんの皮を細かく裂いて、重曹やアルコールと混ぜて造った即席の精油を水に溶く。 水洗いの後、精油をまぜた水で絞った雑巾で拭けば、清浄に抗菌、消臭効果がある。 次々と必要な枚数の雑巾が作られていく。 手際よく用意されたそれに、ようやくみかんの謎がとけたクレアは、ウォーレンが絞った雑巾に手を伸ばす。 隣では【小人の小鞄】に暮らす小人たちが楽器や備品の細かい部分やせっせと掃除している。 その様を眺めながら、ウォーレンも雑巾を手に取った。 「うーん。綺麗になると気持ちがいいねぇ」 「……掃除をしている気にならないのが、少しだけ問題な気もするがな」 掃除の基本は上から下へ。奥から手前へ。 今こうやって、並んで備品の拭き掃除をしているといいうことは、粗方の掃除は済んでしまったということである。 音楽室も美術室同様、備品が多いわけでも、準備室と合わせたところでさしたる広さはない。 よく利用するため音楽室とその準備室を知り尽くしたウォーレン。 掃除はするのは当たり前。清掃作業そのものに何の抵抗もない上に、有能な指揮官であるクレア。 幸いなことにこの場所に配置された誰もが真面目だった。 結果は一目瞭然である。 「そうかな? 俺は何事であれ、楽しい習慣にすればいいと思うけどな。大尉も言ってたじゃない。」 「何をだ?」 「ほら――」 いつも楽しげに歌うように発せられる声色が、鋭利さを帯びて、響く。 「今すべきことはただが掃除ではある。だが、常日頃より何事もきちんと行えば“たたが”とは思わぬものだ。 “たたが”と思わなければ、いざという時に感情が先立って、判断を誤ることも減る。 何事も普段から習慣化した方が楽、というだけのことだ――って」 最後でいつもの調子に戻り、ウォーレンは笑った。清掃の分担を決める時に、クレアが口にした言葉である。 「……そんなに厳しい話し方をしているか?」 「んー? まぁ、凄く真面目だなぁとは思うな。キツいのは俺の声だからじゃないか? ……じゃなくてさ。習慣化するなら、楽しくても罰は当たらないんじゃないってこと。 まぁ、戦争は楽しいもんじゃないけどさ。ようは意識の切り替えっての? メリハリのバランスが大事」 そう思わないと、いろんな意味でバランス感覚に優れる男は目の前で他の作業に従事する一段を顎でしゃくった。 つられる様に視線を動かした先では―― 「さ。遊びに来たと思われるのは心外だからね。総合支援科の面目にかけてしっかり掃除するよ」 「うん。オレ頑張るぜ!」 ついさっきの浮かれっぷりを注ごうと北斗が元気よく答える。 「僕も頑張るよ。まず、何からすればいい?」 「そうだね。じゃあ、北斗とレオンは天井をお願いするよ」 「任せてくれよ! ……レオンと一緒でいいの?」 「北斗が真面目に掃除できるって、僕は知ってるしね。レオンだってそうでしょう?」 「うん!」 「お。じゃあ、ハタキと脚立がいるな。待ってろ」 駆けていくレオンの背中を見つめる北斗は幸せそうだ。 それを見守る護と聖は、頷き合うと埃やゴミが落ちる床を後回しにして、壁と窓の掃除に向かった。 あの分だと全員、真面目に――だが、気負うこともなく、普通に掃除をするように思えた。 「――ね? 楽しくしようと真面目にしようと、掃除は掃除だと思わない?」 「たたが掃除、されど掃除、か」 上から下へ。掃除のいろはを遵守した掃き、拭き掃除。 楽しげなハミング。小人が歩くたびに響く拍子の外れた音。楽しそうな笑い声。 音楽室は賑やか音に包まれながら、一年の埃をゆっくりと落としていった。 * * * 粗方の掃除を終えた護たちは二手に分かれて、備品の点検と整備に勤しんでいた。 レオンと二人で掃除をしているかと思われた北斗は聖とペアになって備品の点検中だ。今は丁度照明の交換を行っている。 「あれ!」 「――はい」 差し出された北斗の手に、いくつも種類のある蛍光管から迷いもせずに一つを選んで聖が握らせる。 何とも言わず、聞かず。互いを見さえもせず、声だけで意思疎通を図る。 場所の移動にしても、終わったタイミングで聖が脚立を乗せた台車を次の場所に移動さていく。 「――――」 「――――」 仕舞いには言葉も交わさずにそれをやってのけるのだから、見事な連携プレイである。 「…流石に凄いな…」 床と壁の傷を修理していたレオンが呆然と呟いた。 「阿吽の呼吸っていうのかな。あの連携プレイにはいつも感心してるんだよ」 「やっぱり、同型――兄弟だからかねぇ。いや。大したもんだ」 答える護は護で、がたつきのあった椅子の螺子と格闘していた。 こちらも器用なもので、あっという間にバカになった螺子を外したかと思えば、数瞬眺めただけで、ぴたりと合う換えの螺子をはめ込む手際の良さだ。 ふと見回せば、音楽室はすっかり綺麗になっていた。 切れていた照明を換えたことも手伝って、より明るく見える。 「あとは仕上げのワックスが乾くの待って、元に戻せば終わりだぜ」 「――そうだな」 「クレア大尉、備品のチェック終わりました」 護たちも前方に集まってくる。 「そうか。みんなご苦労だったな」 「ご苦労は大尉もだと思うな〜。はい、どーぞ」 クレアの隙をついて、ウォーレンはその口の中にみかんを放り込んだ。 「あ。美味そうだな」 「お。じゃあ、レオンにも」 「あぁあぁ!? ず、ずるい!!」 あーんと口の中に放り込むそのやり取りに北斗が反応した。ウォーレンからみかんを奪うとレオンの口に運ぶ。 「れ、レオン――あーん」 「あーん」 二人のやり取りを微笑ましく見る護の口にもみかんがお裾分けされた。 当然、聖にも運ばれるが、聖は首を振って辞退する。聖と北斗に飲食機能はついていない。 「そっか。残念だな」 「――他の箇所はまだ清掃中だぞ?」 みかんを飲み込んだクレアが咎めるように言うのにウォーレンが笑顔で答え、護は一つの提案をした。 「だって、みかんの中身ゴミにしたら勿体ないだろ? それにここの掃除はまだ終わったわけじゃないしさ」 「クレア大尉。ワックスが乾くまで、ピアノの調律をしてもいいですか? それが終わったら、他の教室を手伝いに行くとのいうのは?」 返事の代わりにクレアはみかんに手を伸ばす。音楽は、まだしばらく止みそうない。 |
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