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リアクション
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「みんな、がんばってるかな」
「みなさん、喜んでくれるといいですね」
「ああ」
健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)は、パートナーである天鐘 咲夜(あまがね・さきや)と共に、勉強会の教室へと向かっていた。なにやら台車に大きな荷物を乗せている。
勉強会が行われると聞いた勇刃は、教えることはできないけど何かほかにできることはないか考えて、差し入れを持って行くことにしたのだ。台車で運んでいるのが差し入れなのだろう。多すぎる気もするが。
教室へと入っていくと、まず勇刃の目に入ったのは頭を抱えている勇平だった。
「よお勇平。がんばってるか?」
「勇刃っ? あれ、お前も追試?」
思わぬ友人の登場に勇平はびっくりした様子だ。勇刃は違うと笑ってから周囲を見た。
「なあみんな、ちょっと休憩しないか? 差し入れを持って来たぜ。
今日のメニューはラーメンとカレーライス。たくさんあるから、たっぷり食べてくれ。あ、お菓子もあるぜ。
俺たちにできることはこれぐらいしかないけど、さ。良かったら」
持ってきた入れ物のふたを取った。とたん、教室中においしそうな匂いが充満し、騒がしかった教室に腹の音が響いた。
「うおうまそう! さっすが勇刃! ちょうど腹減ってたんだ」
「そりゃよかった。どっち食う?」
「両方!」
勇刃の言葉に答えたのは、いつの間にか傍にいたロアだ。ロアの後ろにはグラキエスもいる。
「俺たちももらって構わないか?」
「ああもちろん」
勇刃に断る理由はない。
「これ食べて勉強がんばってくれよな!」
意気揚々とみんなに料理を配る勇刃の肩をレヴィシュタールが叩いた。
「貴公のおかげで助かった。礼を言う」
「ん? そりゃよかったぜ」
◆
「休憩ね。仕方ないわ」
グラルダは生徒たちの集中力が落ちていることに気づいていた。なので休憩を許可し、勇刃たちの方へと群がっていく様子を眺めた。彼女自身はそうお腹が減っているわけではない。
「よかったら、あなたもどうですか?」
そんなグラルダに話しかけたのは、咲夜である。
「イチゴのショートケーキとキャラメルミルクのプリン持ってきたんです」
「そうね。もらおうかしら」
女子にはお菓子の方がいいだろう、と咲夜が用意していたのだ。グラルダもそれなら、とゆっくり休憩することにした。
咲夜に促されて向かった席では、ウイシアが優雅に紅茶を飲んでいた。グラルダは隣に座り、ケーキを一口食べる。
「おいしい」
「ほんとですかっ? よかったです」
思わず、といったグラルダの呟きに、咲夜はとても嬉しそうだ。ウイシアもグラルダに同意する。
「ええ、ほんとうにおいしいですよ。……ああ、そうでした。グラルダさん。お聞きしたいことがあるのですが」
「何かしら」
「乗算、とはなんのことでしょう?」
「え?」
「ええっ?」
「何か?」
咲夜ですら驚く中、ウイシアは首をかしげた。グラルダが額を押さえる。
「どおりで分からないはずだわ」
◆
「いいか。イコプラの魅力はだな」
「ちょ、ちょっと、何イコプラ取り出してるんですか! 新聞紙まで取り出してこんなとこで塗装しなくても! ああああっ声も落として」
昌毅の授業……とは名ばかりのイコプラ自慢会はいよいよ架橋に入っていた。マイアがさすがにまずいと気づいて止めようとするが、その声もまた大きいことに彼女は気づいていない。
「でだな。ここに色を塗るときの注意は……ん? なんかいい匂いが」
「え? あ、そういえばお腹も減りましたね」
塗装作業をしようとしていた昌毅は、カレーの匂いに動きを止めた。イコンを語ることに熱中していて気づいていなかったが、1度我に変えれば空腹を自覚する。
「よしっ俺たちも休憩するか。お〜い、カレー残ってるか?」
「おおまだまだあるぜ」
勇刃たちの元へと昌毅が走っていき、とりあえず惨事は防げたらしい。
「この調子なら大丈夫そうですね」
遙遠はホッと一息つき、また作業に戻ろうとしたが
「ん? あれは」
カレーの器に近づく不審な影を発見した。影の手には赤い何か。
その赤い何かをカレーに入れようとしているのを知り、遙遠は立ち上がった。そのまま何食わぬ顔をしてその人物に近づき
「うわっ」
こけるフリをして、【則天去私】をその人物の腹に叩き込む。
「ああすみません……大丈夫ですか? 顔色が悪いですね。保健室に行きましょうか」
「ごほっけ……何を」
「行くよな?」
「行きます」
カレーに大量の唐辛子を入れようとしていたOBKのメンバーは、こうして外に連れだされたのである。
再び遙遠が教室に戻ってくると、目の前に一杯のらーめんが差し出された。
「ありがとな。お礼と思ってもらってくれよ」
笑顔の勇刃に遙遠は苦笑した。見られてしまったらしい。
「ではありがたく」
その後、授業はとんとん拍子に進んだ。
「え? 蒼学ってイコンの追試ないのか? そりゃ悪いことしたな」
食事を他のメンバーと共にした際、ようやく誤解に気づいた昌毅たちは他の生徒の邪魔にならないように自分たちの勉強をし、
「いい? 分からないことは恥ではないわ。分からないことをそのままにしておくことが恥なのよ。何でも聞きなさい」
「えっとじゃあ乗算ってどうすれば?」
グラルダの言葉に、聞くに聞けず悩んでいた勇平は元気を取り戻し
「しょうがねえ。やるか」
「そうだな。がんばろう、ロア」
お腹が膨らんだことで意欲が湧いてきたロアと、グラキエス。
そんなやる気満々のみんなを見て
「良かったですね健闘くん。みなさん喜んでくれました」
「ああ。手伝ってくれてありがとな」
勇刃たちは満足げに微笑んだ。