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謹賀新年。黄金の雨の降り注ぐ。

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謹賀新年。黄金の雨の降り注ぐ。

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2章

 菊屋に着くと、さっそくルカは柳生 十兵衛(やぎゅう・じゅうべい)とともに、聞き込みを始めた。店員や近所の人から
店、の評判や恨んでる人やライバルなどの対人関係、あと、天女の事も聞く。
「愛想よくなつっこい感じで聞くのがコツだから、十兵衛さんも殺気は出さずに…せめて笑ってね?w」
 ルカは、どちらかというと仏頂面の十兵衛に注意した。
「わかった」
 十兵衛は苦笑する。
 確かに、十兵衛は聞き込みに向くようなタイプではない。にもかかわらず菊屋の探索に回ったのは、表立った調
査だけではできない事……つまり、菊屋に真実怪しい点がないかを調べるためだ。そのために、彼は人知れず屋敷
内に侵入し、隠し部屋が無いか、怪しい人物や、怪しいものが無いかの調査等、多少危険な事もしなくてはならな
かった。しかし、潜入の結果、何も怪しいものは見つからなかった。
 さらに、聞き込みでも、菊屋は隣近所にも評判がよく、使用人からも慕われているようだ。天女に関しても、同
じで、人形狂いのあまり、やりすぎる事はあるが、それ以外は気の優しい普通の娘だった。
「とりあえず。何も悪いところは無いみたいだね。後は、工房に行ったみんなの報告待ちかな」
 そういうと、ルカは菊屋の人形工房に目を向けた。

 工房内には大小さまざまなからくり人形が置いてある。
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、目を輝かせてそれらの人形を見ていた。
 盆の上に茶碗を乗せた茶運び人形。目の前の的に弓を当てる弓曳き童子。段の上を宙返りしていく、段返り人形。
馬にまたがり走る春駒人形。座ったまま手品をする品玉人形等々……。
「どうやって動いているのかな?」
 器用に動く人形達を見て、グラギエスはしきりに首を傾げる。
 はそんなグラキエスを、ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)は微笑
ましく、あるいは妖しい目で見つめている。
「からくり人形が気になるんですね、エンド」
 ロアの言葉に、
「ああ。葦原のからくり人形、一度見たかったんだ」
 と、グラギエスはうなずきますます目を輝かせた。元々、この調査に参加しようと二人を誘ったのはグラギエス
だった。その理由というのも、葦原の文化や技術に興味津々のグラギエスがからくり人形を見たいがためなのだ。
 そして、
「調査ついでにからくり人形の工房を見たい。触ったりしないから。いいだろう?」
 と、客を装いまんまと工房に入り込み、陳列室に入ったが最後、すっかり魅せられてしまったというわけだ。
「ふふ……グラキエス様には困った物です。興味を引かれる物があればこれだ」
 エルデネストは苦笑した。しかし、彼にとってはグラギエスを見続けるのも楽しみの一つだ。
「構いませんよ。私がロアと調査をしますので、グラキエス様はどうぞお好きに。後で見返りを頂きますので」

 と、何気に無邪気に喜ぶグラギエスを見詰めつつ、見返りも貰えると言う一石二鳥を慣行。
 ロアも言う。
「調査の事は考えず、エンドの好きなように人形を見ていいんですよ」
 グラギエスを弟か息子のように大切に思っており、彼が嬉しければ自分も嬉しい。そんなロアだった。
 しばらくして、グラギエスは言った。
「職人たちの許可を貰って、設計図も見せて貰えないだろうか?」
 すると、ロアが言った。
「設計図も見たいんですか? それならヴァッサゴーと私で職人達に話をしてみますね。そのついでに、この事件
に関しての何らかの情報を貰えればいいですが」
「では、私は職人達や主人に”陰り”がないか見ましょう。その陰りは自然、彼らが作る人形にも宿るもの」
 エルデネストがうなずき、こうして二人は職人達のひしめく作業場に入っていった。


 作業場は思ったよりも広く、20名ほどの職人が一心不乱にノミやカンナで木を削っていた。
 部屋の隅には、人形の材料となる木製の歯車、サメの皮のゼンマイ、基台に車輪などなどが置かれている。その
側で天女が図面を書いている。
「お仕事ですか?」
 ロアは天女に話しかけた。
 そして、小声で「私たちは十兵衛の身内のものです」と付け加える。すると天女は顔を上げて答えた。
「ああ。どんなときでも働かないわけにはいかないからな」
「……確かにそうですね。ところで、陳列室に居る私の連れのものが、こちらの工房の作業や設計図が見たいと言
っているのですがいいでしょうか?」 
「ああいいよ。連れて来いよ」
 こうしてロアは、陳列室に居るグロギエスを呼び寄せた。
 グラギエスは嬉々として作業場にやって来ると、設計図を見せてもらったり、どの人形にどんなからくりが使用
されているかじっくり見て、職人に質問したりする。職人たちは、快く設計図や製作過程も見せてくれた。
 人形の内部は車・歯車・カム・等が複雑に組み合わさってできている。驚いた事に、それらの部品は全て木でで
きているらしい。
「ここが人形の肝の部分でさ」
 職人が、ねじれた金属板を指差して得意げに語る。
「ここで、人形に方向転換しろって合図が出るって寸法さ」
「なるほど……」
「で、ここが……と、これ以上は企業秘密だ勘弁してくれ」
 菊屋のからくり人形は、他とはまたひと味違った動きをする事で有名だ。その仕掛けの部分は店の者以外口外禁
止なのだろう。
「すべて、天女姉えが考案したものでさ。あの人はがさつだが腕だけは本物だぜ」
「天女姉は仕事のためなら寝食忘れちまうぐらいの人形狂いだからな」
「もっとおもしれえ人形は作れないかと、日夜考案してるんだ」
 ロアは、職人たちから集めた情報や気になる事を自分の本体に記録(記憶)。それを【銃型HC】に纏め、文章
にする事で新たな推察や発見がないかと読み返していく。しかし、とりたてて、怪しいところは見当たらない。



 一方、エルデネストは【根回し】を使って職人や番頭から菊屋の経営状況や過去の作品の評価等、の情報を集め
ていた。
「経営状況? ウサギ小僧に千ゴルダ盗まれた以外は、特に困ったところはありませんよ。うちは天女さんの評判
で、次から次に大きな仕事が来ますからね」
 番頭は答える。
「過去の作品の評価は上々ですよ。天女さん以外にも腕のいい職人は山ほど居ますからね。何、千ゴルダ分ぐらい
すぐに取り戻してみせますよ。ええきっと」
 次にエルデネストは職人達と話をしてみた。
「経営状況? 悪くねえだろうな。賃金の支払いもいいし」
「けど、あんな事になっちまったからなあ」
「ああ。ウサギ小僧の事か」
「なんで、うちの店に入ったんだろうな? うちの旦那様に限って悪いことなんてしてねえと思うぞ。何しろ、貧
しい人のために診療所をたてたり、親のねえ子供達のために孤児院を造ったような人だぞ。となりと間違えたんじ
ゃねえか?」
「けど、人は見かけによらないからなあ……」
「とにかく、ウサギ小僧に入られたなんて、店の評判ガタ落ちだぜ。そんな事になったら注文が減って、俺達の賃
金も差し止めかも」
「ほっとけよ。こっちはひたすら人形を造るだけさ。いざとなったら女房子供捨てて夜逃げすりゃいい」
 そう言って職人達はゲラゲラ笑う。
 職人にも、番頭にも、何のかげりも見当たらない。


 さらにエルでネストは設計図や人形からも【サイコメトリ】で情報を集めていった。そこに映し出されるのは、
一途に人形を創り上げる人形師達のまっすぐな思いばかりで、やはり何のかげりも無い。
 その頃ダリルは帳簿で仕入れや経営状況、取引相手等を調査していた。彼は医師だが技術者でもある(機晶姫や
イコンのメンテやハッキングも得意)。それで興味が沸いたのが調査の動機だ。ルカのように純粋に人助けには動
かない。それでも、やるからには真剣にやった。
 店の主である菊屋三衛門の許可は取ってある。個人的にウサギ小僧を追っているのだと言っておいた。しかし、
その調査でも、とりたてて怪しいところは見当たらない。どう考えても菊屋は白だ。やはり、ウサギ小僧が間違っ
たのか。それとも、義賊というふれこみが嘘なのか。いや、もし両方が正しいとしたら? そこまで考えてダリル
に閃くものがあった。そして、ダリルは主である三衛門に向かい、率直に尋ねた
「ご主人。あなたがたににその大きなからくり人形を頼みに来たというのは、誰だ?」
「ああ。それは、この中条小町様という方です。最近になってお得意様になってくださったのですが、とても人形
好きで、お子さんのためにと何度も人形を注文していかれました。それで、天女の腕を気に入って下さり、今回も
千ゴルダで大きな仕事を任せて下さったのです」
「どんな人物か、聞かせてもらえないか?」
「そうですね。とても穏やかな、礼儀正しい人ですよ」
「それだけか?」
「はい。といっても、私もお客様としての付き合いだけで、詳しい人となりまで知っているわけではありませんが」
「天女さんに頼んだ人形とはどんなものなんだ? とてつもなく大きいと聞いたが」
「はあ。なんでも確か『好事家の間で伝説となっている巨大なからくり人形』だそうです。それををぜひとも再現
してもらいたいと頼まれたのです。『それができるのは菊屋の天女だけだ』とおっしゃって下さいました。今まで
創った事のないような物ということで、天女もやる気になっていたのですよ」
「もしかすると……」
 ダリルはつぶやいた。そして、首を傾げる三衛門を残して工房へと向かう。


 工房では、天女がグラギエス達に茶運び人形の実演をしてみせていた。天女の考案した茶運び人形は、従来の茶
を運ぶだけのものではない。挨拶をして、注文を取り、客の目の前で茶を淹れる事までできると言う代物である。
「すごいな」
 グラキエスは目を輝かせた。
「本物の人間みたいじゃないか」
 そこに、ダリルが入って来た。
「天女さん」
「なんだ?」
 天女が驚いてダリルを見た。
「悪いが、例の人形の購入予定の材料一覧と設計図を見せて貰えないか?」
「え? どうして?」
「その人形が事件の鍵を握ってる可能性もある」
「どういう意味だ?」
 と尋ねるグラキエスにダリルは答えた。
「アンドロイドやイコンレベルなら高価な材料費も頷けるしな」
 「なるほど」とうなずく一同。しかし……
「設計図は無いよ」
 と天女は答えた。
「金ごとウサギ小僧に盗まれちまったんだ」
「そうか」
 と、一同は肩をおとした。

「人形好きの中条小町?」
 ダリルに話を聞いて十兵衛は首をかしげた。
「中条殿なら知っている。日下部家とも多少の付き合いがあるからな。しかし、人形が好きだという話は初耳だ。
それだけではない。小町殿に子供が居るという話はついぞ聞いた事がないが……」
「あやしいね」
 ルカルカがいう。
「念のために調べてみるか」
 十兵衛はうなずいた。