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リアクション
2.『お掃除しちゃうぞ♪』
「ちょうどいいや。これ使っていいかな?」
廃墟の大広間で、破れて使い物にならなくなったレースカーテンを手に、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)はカムイ・マギ(かむい・まぎ)に尋ねた。
「ボロボロですし、いいのではないですか?」
長い黒髪を首の後ろで束ねたカムイは、そう答えると箒を動かす手を再開する。
「じゃあ、使わせてもらうね」
レキは箒の先にレースカーテンを巻きつけると、廃墟の壁に飾られた彫像へと向けた。
片足で背伸びしながら、軽く飛び跳ね、レキはようやく蜘蛛の巣をきれいに取り除いた。
ふと箒に目を向けると、レースカーテンの上に小さな蜘蛛が乗っていた。
「はいはい。掃除の邪魔だからお外にいってね」
レキは開け放たれた窓から、箒を振って蜘蛛を外へ逃がした。
その時、背後でマスクをしているカムイが咳き込む。
「……すごい埃ですね。足跡がここまではっきりつくとは」
「なんだか、雪みたいだね♪」
「そんな幻想的なものではありませんよ」
小さく舌を出してレキは「ごめん」と言っていた。
そこへ、高峰 結和(たかみね・ゆうわ)が濡れた新聞紙を持って近づいてくる。
「カムイさん、これ使うとよくとれますよ。よろしかったら、どうぞー」
そう言うと結和は、背を丸めて一つ一つカムイの前に新聞紙を置いて行った。
「ありがとうございます」
試しにカムイが新聞紙と一緒に床を掃くと、先ほどと違い埃がほとんど舞わなくなった。
カムイは安心して、掃除を再開する。
「その新聞紙、新しいのと取り換えようか」
「あ、お願いします、三号さん」
自分の担当場所に戻った結和に、アンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)が声をかけてきた。
三号は結和が集めたゴミをちりとりに乗せると、捨てるためにゴミ袋へと向かった。
すると同じくゴミを捨てに来た早見 騨が、袋の口を開いてくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ゴミを入れ終わり、騨はニッコリ笑って立ち去ろうとする。
「そうだ、騨。ひとつ、いいかな」
「ん、どうかしましたか?」
声をかけられた騨は不思議そうに三号を振り返った。
笑っていた三号の表情がふいに真面目なものになる。
「あゆむのことなんだけどね」
突然、あゆむのことを切り出された騨は、何を話されるのか悟った。唾が窮屈そうに喉を通るような気がした。
「『知るか』、『知らないままにしておくか』、っていうの選択は、あゆむ自身にしてもらった方がいいんじゃないかと……僕は思うんだよね」
「そう、なのかな……」
騨は考える。
彼は『あゆむに伝えるかどうかは僕が決める』と決断していた。それはあゆむを想う騨なりの行動のはずだった。
「……僕は、『別に知らなくてもいい』という選択をしたから」
三号は懐かしむように瞳を閉じた後、優しく微笑んだ。
騨は何を言い返していいかわからずに黙っている。
どこからともなく、二人の間を重い空気が漂ってきていた。
「悪かったね。それだけを伝えておきたかったんだ。さぁ、掃除に戻ろう」
三号は騨の肩をポンと叩くと、結和の元へと戻っていく。
騨は、暫く立ち尽くしていた後、掃除に戻った。
「これは危ないですね」
笹野 朔夜(ささの・さくや)は床に散らばったガラス片を回収して新聞紙で包むと、透明な袋にまとめていれた。
「結和さん、ここに置かせてもらっていいですか?」
「いいですよー」
朔夜は結和の了承を得てネコ車に袋を置かせてもらった。
ネコ車は、後でゴミを一緒に捨てに行った方いいだろうという結和の配慮で用意されたものだった。
「お兄様、わたくし少々上の方を掃除してきますわ」
箒に跨ったアンネリーゼ・イェーガー(あんねりーぜ・いぇーがー)は意気揚々と言い放った。
「えっ!? 危ないですよ、アンネリーゼさん」
「イルミンに入って沢山練習した箒の乗り方を今こそ実践する時なのですわっ!」
慌てる朔夜の制止を無視して、アンネリーゼが水の入ったバケツを【空飛ぶ箒】に吊るして少しずつ上昇していく。
心配そうに見上げる朔夜。
すると、研究室のデータを管理している機晶姫の少女キリエが、よろよろと近づいてくる。
「んな懸命にされちぇも、ぜんは綺麗にならないのちょよね」
キリエはぼんやりとアンネリーゼを見上げていた。
その眼からは諦めの気持ちがヒシヒシと伝わってくる。
すると、朔夜はふっと笑った。
「確かに全部は無理かもしれません。けれど、何も変わらないということはありませんよ」
「……」
キリエが朔夜の青い瞳をじっと見つめていた。
――その時、ゴツンと鈍い音が頭上から聞こえてきた。
「痛いですわ……」
アンネリーゼが頭を押さえている。
壁から突き出した彫像に頭をぶつけたのだ。
「アンネリーゼさん、箒ばかりじゃないて周りも見ないと危ないですよ!」
「わかってますわ」
アンネリーゼが少し頬を膨らませていた。
廃墟の前に軍用バイクが止まり、林田 樹(はやしだ・いつき)がサイドカーに積んでいた荷物を下ろし始めた。
「他にも必要なものがあったら言ってくれ」
「大丈夫だ。これだけあれば問題ない」
風羽 斐(かざはね・あやる)は樹から荷物を受け取り、廃墟の中へと運んでいく。
荷物の中には掃除道具だけでなく、修繕用の道具や部品なども含まれていた。
「ここ穴が空いてるな。コンパネとか、木の板でもいいんだけどあるかな?」
想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)は大広間から廃墟内の部屋へと空いてしまった空洞を見つめながら尋ねた。
空洞はここで戦いがあったことを伝えるように、斜めにバッサリと斬りつけた跡だった。
「はい、夢悠。これでいい?」
「ありがとう、瑠兎姉(るうねぇ)」
想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)の手から道具を受け取り、夢悠は施工管理技士の知識を受けながら慎重に修繕作業を開始した。
「横、通るぜ」
夢悠達の横を、パワードスーツに身を包んだ新谷 衛(しんたに・まもる)が大きな棚を持って通り過ぎていく。
そして衛は廃墟内の一室を掃除していたジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)の所までわざわざやってきて尋ねる。
「なぁ、じなぽん。これってまだ使えると思うか?」
「じなぽん、ゆーなです。……それもう穴あきまくりじゃないですか。使えないと思いますよ」
「そっか……」
衛は棚を後ろ側から覗き込む。棚にはいくつも穴が開いていて、箒を手にしたジーナの姿がはっきりと見えた。
「そうだ。だったら屋根の修理にはどうだろう、じなぽん」
「じなぽん、ゆーなです! ……好きにすればいいと思いますよ」
「そっか……」
唸り声をあげて、衛は穴だらけの棚を持って来た道を戻っていった。
何故か先ほどから幾度も声をかけてくる衛に、ジーナは深いため息を吐いた。
夢悠の手伝いをしていた瑠兎子の近くにキリエがやってきた。
「あ、キリエちゃん」
瑠兎子は夢悠を突き飛ばして、よろよろと歩くキリエに近づく。
「危ないからあんまり動き回らない方がいいよ。もうすぐ準備ができるからそれまで待っていて」
修繕した穴に手を突っ込んで絶句する夢悠を無視して、瑠兎子はキリエに手を貸し、廃墟内の部屋へと案内する。
「すいません。椅子とかってありますか?」
部屋の中にいたジーナに瑠兎子が尋ねる。するとジーナは廊下に出て、斐に声をかけると椅子をくるように頼んだ。
少しして、斐が埃を被った椅子を持ってくる。
「これでいいか?」
「はい。大丈夫です」
「軽く綺麗にしてしまうから、少し待ってろ。……よし、気をつけて座れ」
斐は雑巾で埃を拭った椅子をキリエの背後に置くと、背中を支えてやりながらゆっくりと座らせた。
キリエが感謝を述べると、斐は少女の頭をぐしゃぐしゃに撫でて部屋を出て行った。
「ねぇ、キリエちゃん。ここではどんなことしてたの?」
「メイドちょよ」
瑠兎子の質問に簡潔に答えるキリエ。
するとキリエの洋服を作るための生地を運び込んでいた樹が、興味深そうに会話に入ってきた。
「へぇ、ってことは掃除とか料理は得意だったんだろう?」
「料理は自信があるちょよ」
「得意料理とかは?」
「……ピザッは、たくさん作ったちょよ」
キリエは少し考えてから答えた。
「あぁ、そういや、かまどがあったっけ……」
樹はここまでくる間に見かけた部屋に、厨房らしき場所があったことを思い出した。
口数の少ないキリエ。
かまどを直してピザを食べさせてやれば少しは元気になるかもしれない。
「よっし、いっちょ使えるようにしてみっかな!」
樹は袖を捲って気合を入れると、鼻歌まじりに部屋を出て行った。
周囲に静けさが戻ってくる。
すると、瑠兎子がふと思い出したようにキリエに尋ねる。
「ところでキリエちゃんのしゃべり方って――」
「バグ……ちょよ」
キリエは頬を赤くして俯くと、「だから、喋りたくない……ちょよ」と小声で呟いていた。
「メイ、そのテーブルをどかしてくれ」
「わかりました」
翠門 静玖(みかな・しずひさ)の指示で、朱桜 雨泉(すおう・めい)は【カタクリズム】を使って、大広間の端に放置されていた会議用の長机を移動させる。
「さて、腕がなるぜ……」
雨泉に周辺の家具を移動させると、床に積もった埃や変色した壁の汚れが嫌でも目に付いた。
三角頭巾とマスクをした静玖は、エプロンを絞め直すと掃除道具を力強く握りしめた。
「あ、朱桜様。その机、使えますか?」
静玖に言われて家具を廃墟の中へと移動させた雨泉は、ジーナに声をかけられた。
「ええ、まだ使えますよ。そちらのお部屋に運びますか?」
「お願いします」
雨泉は壁にぶつけないように気をつけながら室内に長机を運び込んだ。
「キリエ様の洋服を作ろうと思ったのですが、作業をするための机がなくて困っていたんですよ」
ジーナの話に、椅子に座るキリエはあまり興味がなさそうだった。
そんなキリエに雨泉が微笑むと、キリエは戸惑いながらぎこちない笑みを浮かべていた。
「メイ、どこにいった?」
「あ、お兄様が呼んでいるので私はこれで……」
廊下から聞こえてきた静玖の声に、雨泉は慌てて部屋を飛び出した。
直後、静玖の驚きの声が聞えてくる。
「どうかなさいましたか、お兄様!?」
雨泉が駆けつけた時、静玖はとある扉の開かれた部屋の前に呆然と立ち尽くしていた。
静玖の脇から雨泉が部屋を覗きこむ。
そこは――半端なく汚れていた。
「こいつはひどい」
「お兄様?」
静玖の腕がフルフルと震えている。
「俺が……やるしかない」
「え、でも、大広間の方はどうするんですか!?」
「あっちはたくさん人がいるから大丈夫だ。それよりこの惨状を見て見ぬ振りえおするなんて俺にはできない。そんなことするやつは人間じゃない!!」
「そんな大げさな……」
雨泉から見た静玖の瞳には、まるで炎が浮かんでいるようだった。
「やるぞ、メイ!」
「……わかりました」
掃除が大好きな静玖を説得するのは無理だと判断した雨泉は、諦めて目の前の部屋を綺麗にすることにした。
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