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リアクション
大切な人への想い−7−
武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は、セイニィを探して空京の街を必死で走っていた。
「セイニィは無事か?」
シャーロットによって、氷の花から開放されたセイニィだったが、店を出て少し行った公園のそばで、運悪く再び氷の花に囚われてしまった。牙竜が見つけたとき、セイニィは迷子の幼子のように路上にうずくまっていた。
「セイニィ!!! なんてことだ……!」
氷の花のせいとはいえ、セイニィのこんな顔はやっぱり見たくない……。牙竜は思った。
セイニィの涙を堪えているような、辛い表情を見るのは、これで二度目だ……。
確か……あれは洗脳されてたティセラを救うために、戦わなければならなかった時だったな。
悲しいことや辛いことを思い出して、座り込んでしまうことはある。
本当に悲しくて我慢していても……涙がこぼれ落ちそうになるよな……」
牙竜はそっとセイニィのそばにしゃがみ、彼女の肩に手をかけた。冷え切った肩。なんだかセイニィが霜のように儚く消えてしまいそうで、牙竜はその手に力をこめた。こちらの世界に繋ぎ止めておこうというように。
悲しみや辛さは一人だけで乗り越えられる物じゃないよ。
俺も一緒に乗り越えていきたい……。
他にも君と一緒に乗り越えてくれる人はいる」
牙竜の脳裏を、さまざまな思い出が去来する。
「俺は世界の未来を変えたいと行動してきたことに後悔はない……。
一緒に進もう。未来を悲しみが終わる場所にするために…… な」
牙竜は一旦言葉を切り、痛ましげにセイニィを見やった。
(まあ……、その未来で隣に立ってるのは俺じゃないかもしれんが……。
だが、今、セイニィのために俺に出来ることを全力でするしかない)
「セイニィ……。帰って来い」
牙竜は静かに言った。一滴の涙が、牙竜の想いがセイニィの肩に落ちる。
不意にセイニィが顔を上げた。
「ん……? なんだかめまいがしたような……」
「ほら、これを食えよ」
スティックチョコの封を切り、セイニィの手に押し付ける。
「あ、ありがと」
おとなしくひとつとって口に運ぶセイニィに、牙竜はにやりと笑いかけた。セイニィの左肩に手をかけ、セイニィの持つ菓子をヒョイと一本摘み取って、公園に駆け込みながら軽口を投げる。
「おやつ時間だし、腹が減りすぎてめまい起こしたんじゃないのか?」
「んなわけないでしょっ!! 人を何だと思ってるのよ!」
セイニィが飛び上がった。
「何はともあれ元気なセイニィが一番だな−!」
公園内ではしばらく追いかけっこが続いたのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「な、なんだって?!」
友人からのメールで、氷の花のことを聞いた想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)は、即座に空京の街に雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)を探しに出た。彼女のことだ、きっと災いを招き寄せているに違いない。
雅羅はいた。空京のビル街の真ん中で、すさまじい苦悩に身をよじっていた。夢悠はすぐに彼女のそばに駆け寄り、ビル街の真ん中にある広域避難所をかねた広場へと彼女を連れて行った。冷え切った雅羅に自分のマフラーをそっと巻きつけ、ベンチに雅羅を座らせる。
雅羅は怯えとショックと悲しみでいっぱいになっていた。
「今の気分は氷の花のせいだよ。大丈夫。
それさえ溶かせば、元気になれるからね」
優しく声をかける。
雅羅はこちらを向いたが、夢悠を見てはいなかった。何所か遠くにある、恐ろしい過去、現在、未来を見ているのだろう。
「……お願い ……お願い、……行かないで」
両頬を涙が流れ落ちる。夢悠は痛ましげに雅羅を見つめた。
(パラミタへ来てからの雅羅にはオレも含めた仲間達がいた。
彼らとの親交が雅羅に温もりと希望を与えていたはずだ)
「今の雅羅さんは本当の姿じゃない。
オレは雅羅さんをずっと見てきたからわかるんだ。
空京万博でコンパニオンをしてる雅羅さんも格好良くて綺麗だった。
ティル・ナ・ノーグじゃオレ、雅羅さんに助けてもらった。あの時はありがとう。
雅羅さんの傍にはオレ以外にも友達が何人もいる。オレも皆も、災難なんぞ気にしてやしない。
雅羅さんの事が好きなんだ」
夢悠は雅羅の冷たい右手をそっと取り、両手で包みこんだ。
「……雅羅さんから拒絶される方がずっと怖い。
雅羅さんにプロポーズした時、OKとは言わなかった。
けどさ、NOと言ってオレの気持ちを跳ね除ける事もしなかったね。本当に、本当に嬉しかった!」
オレ、雅羅さんの事が好きだって気持ち!何度も伝えたい!
好きだ! 好きだ! 好きだ! だから……」
夢悠は言葉を詰まらせ、涙を零しながら満面の笑みを浮かべてみせる。
「ここは……? なんだか嫌な夢を見てた気がするんだけど……」
夢悠の説明に、雅羅は目を丸くする。彼はそんな彼女に言った。
「たいした事じゃないさ。友達がいるっていいだろう?」
「うん……、そうだね」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
一難去ってまた一難。夢悠に目的地のデパートに送ってもらい、彼が立ち去って間もなく、雅羅の災厄体質は再び氷の花を呼び込んでしまった。
そして雅羅の災厄体質を知る四谷 大助(しや・だいすけ)もまた、彼女のみを案じて空京を探し回っていた。デパートの中央広場で、きらびやかなバレンタインの装飾を前に雅羅は立ち尽くしていた。大助は急いで彼女のそばに駆け寄った。
(雅羅……。いつも何か事件に巻き込まれて、落ち着いて会えたためしがない。
オレ自身も危険な目に遭ったこともあるけど、そんなことは関係なかった。
最初は災厄を遠巻きから眺めるだけだった。
でもまっすぐな雅羅を見てると勇気が湧いてきた。
雅羅のことが知りたくなった。雅羅が見てる世界を、オレも見てみたいと思った。
そうしてるうちに……、惹かれていった……)
「みんなが……、疫病神って……。 怖い……、怖いよ……。
私がいると…… それだけで災いを呼ぶんだって……。
あああ…… みんな去っていってしまう……」
大助は呻く雅羅の両手をそっと取ると、声に出して語りかける。
「オレさ、以前『雅羅の安心できる居場所になる』なんて誓ったけど……あれ、きっと嘘だ。
今わかった。本当はオレの方が、お前に居場所を感じてたんだ。
前にも言ったけど、また言うよ……。好きだ、雅羅。愛してる。
一度や二度じゃ諦めない。お前が目覚めるまで何度だって言ってやる!
やっと見つけたオレの居場所を、みすみす失ってたまるか!
頼む、目を開けてくれ。オレに声を聞かせてくれ! オレに、お前を守らせてくれ!!」
切ない想いが、涙となって雅羅の手に降りかかる。
「……あれ? 私……なんで泣いてるんだろう……」
大助はあわてて手を離し、雅羅に涙ぐんだ目を見られる前にと顔を乱暴にこすった。
「いやぁ、その……。よかった、本当に…… 雅羅、心配したよ……」
それから静かに彼女に事情を説明したのだった。
「こんな私でも、助けてくれる人が2度ともいたんだ……」
「雅羅を支えてくれる友人は沢山いるんだよ。オレだってそうだ」
黙って頷く雅羅の胸のうちに、友人、という言葉が温かく染みた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
桐生 理知(きりゅう・りち)は氷の花の一報を受け、片思いのお相手、辻永 翔(つじなが・しょう)のことが心配になった。友人のつてで、彼がたまカフェに用事で出かけているらしいと聞き、不安は強まった。急ぎたまカフェに向かうとその途中の小道に、翔が佇んでいるのが見えた。
「翔くん!! 翔くん大丈夫? ……って大丈夫じゃない ……よね」」
呼びかけてみるが、反応はない。目は虚ろに見開かれ、絶望の色を浮かべている。
「もう…… ダメだ……」
一体何が見えているのだろう。そっと手に触れてみると、氷のように冷たい。
「どうしよう……。このままなんて嫌だよ」
翔の手をしっかりと握り、少しでも暖かさが伝わるように願いつつ、その手を自分の頬につける。
「どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
翔くんが悲しいと私も悲しくなるよ…… 辛いよ……」
普段は元気がとりえといわれるほどの理知だが、悲嘆に凍りつく翔の姿に強い衝撃を受けた。今にも泣きそうな表情で、翔に語りかける。
「天学に入ってイコンを操縦してる姿に惹かれたんだ。
好きなことに熱中してる姿、いつもカッコいいって思ってるよ。
それから気になっていつも、見てた……。気づいたら好きになってたんだ。
翔くん、また一緒に勉強したり遊ぼうよ!
まだ一緒に行きたいところが沢山あるんだ。
翔くんじゃなきゃダメなんだもん」
微かにうつむいて、理知は続けた。
「ねえ、いつもの翔くんに戻って!
……お願いっ、元に戻って!!!」
溢れる涙が頬を伝い、彼の手に触れた。冷たかった手が不意に温かくなる。
「……あれ? 俺どうしたんだろう?」
「なんでもないよ。大丈夫」
少しうつむいて照れくさそうに言う理知に、翔は訝しげに問いかける。
「なんでもないってことはないだろ?」
「なんでもないったら、なんでもないの!」
「なんだよ、ちゃんと説明しろよ〜」
「とにかく、良かったの!」
理知はそのままひらひらと手を振り、照れを隠してたまカフェに向かって走っていく。そのあとをつられて翔が追っていった。
「おい、待てよ〜、なんだよ〜」
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