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地下カジノの更に地下

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地下カジノの更に地下

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DOUBLE DOWN

「うひゃひゃっひゃっひゃ」
 カジノに東 朱鷺(あずま・とき)の高笑いが響き渡る。
 何事かと集まってきた野次馬がルーレット台の周りに人垣を作る。
「やっぱりカジノはやめられないぜ!」
 人垣の中にはちらほらと漆黒のスーツにサングラスといういかにもな人間も混ざっていたのだが。
「イカサマなんてのはな、勝てねぇやつのやることだぜ!」
 その台詞に黒服の男たちは面白くなさそうにルーレットを立ち去る。
 事実、反則行為は何も犯されていなかった。
 手持ちのチップをすべてつぎ込んでのレッド・ブラック勝負もこれで9連勝だ。朱鷺の手元にはチップ、しかも最も高額であるブラックチップのタワーがいくつも出来ている。
「気持ちのいいお客もいたものね」
 バニースーツに身を包んだセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はボールを手の中で弄び、
「さあ、次のベットは?」
 ルーレットに勢いよくボールを投げ入れるセレンフィリティ。
 そのボールの行く先を目で追いながら、朱鷺はあろうことかブラックチップを一枚手元に残しただけで、他のすべてをテーブルに押し出した。
「朱鷺はこれまで確かに無茶な賭けをしてきた! だがこれで終わりだ! このカジノを破産させてやるぜ!」
 チップの行き先は7のストレート、ラッキーセブン。
「ノーモアベット。ところでチップを一枚残した理由は?」
 セレンフィリティが朱鷺に微笑む。どうやら純粋に気になったようだ。
「このチップに描いてある女神が朱鷺に微笑んでいるような気がしたんだ」
「そう……」
 ボールが止まる。
「ブラック、33」
 スピナーを勤めるセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)(もちろんバニースーツ着用)が数字を読み上げた。
「くそっ!」
「どうやら女神はレズビアンじゃなかったようね」
「いいんだ。この一枚が元手だったんだ、損はしてないぜ」
「意外と冷静なのね」
 すると、黒服の男がセレンフィリティの肩を叩く。
「あら、案内してくれるのね。ではゲストの皆さん。ルーレットを楽しみたければ他のテーブルへどうぞ」
 そういい残すとセレンフィリティは黒服の男に付いて立ち去った。
 その背中にセレアナの物悲しげな視線が注がれていた。

「ポチの助やーい」
「おい、大きな声を出すと警備員に気付かれるぞ」
「そうでした。すみません」
「なあ、ポチのことだが、さすがに一応忍犬なんだから大丈夫じゃないのか?」
「マスター、お願いします。もう少しだけ……」
 まるで「くぅ〜ん」と鼻声で鳴いている犬のように、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)の耳は垂れ、尻尾は地面に先をつけるほど元気がなくなっていた。
「ったく、しゃーねーな」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)はそんなフレンディスの愛くるしい姿を見て断れるはずがなかった。
 そもそも、ベルクにとってはせっかくの休日だったのだ。
 緻密、とまではいかないものの、ショッピングモールあたりにフレンディスをデートに誘うつもりだったのだ。
(なのにあのワン公……! よりによってこんなときにいなくなるなよ! よっぽど俺とフレイの仲を邪魔したいようだな)
「よし、せっかくお洒落もしていることだし……」
「私、この格好に慣れません……。いつもの服に着替えていいですか」
 フレンディスはというと、シックなダークブラウンのワンピースドレスにイエローのパンプス。ただし、ガーターベルトに忍刀を仕込むのは忘れずに。
 カジノのTPOに合わせたファッションは、これまたベルクのハートを掴んでいたのだった。
「いや、ダメだ。そもそも着替えを持ってきていない」
「それなら一旦帰りましょう」
「い、いや! フレイは知らないのか? カジノはフォーマルな服を着ていないと入れないんだぞ!」
「ですが、あの方は……」
 フレンディスの視線の先には、Tシャツにデニムというカジュアルでラフなファッションの客がいた。
「……あれは観光客だよ。ちゃんとした服装じゃないとテーブルに座ってゲームが出来ないんだぜ」
「そうなんですか……。またひとつ賢くなりました。ありがとうございます、マスター」
「はは、いいってことよ。そんなことより……」
「はい?」
 ベルクは腕をフレンディスに差し出した。
「エスコートするぜ、フレイ」
「は、はい……」
 フレンディスはベルクと腕を組んだ途端、その尻尾をぶるんぶるんと振り出した。
(ああ、ありがとう神様……。俺は今、世界一幸せだぜ……)
 愛を振りまくバカップル、ここに誕生。

「うぅ……全然勝てません……」
「はぁ、お金が減っていくばかりです……」
 スロットに並びで座っている御神楽 舞花(みかぐら・まいか)ティー・ティー(てぃー・てぃー)は同じタイミングでため息をついた。
「あなたも当たらないんですか?」
 負け続きですっかり参ってしまっていた舞花は、同じく調子の振るわないティーに話しかけた。ツキのないもの同士傷の舐めあいをしませんか、ということなのだろうか。
「暇つぶしだからあまり大勝するなとは言われてるんですけど、勝てないのってこんなに悔しいんですね」
「そうですよね。このゲーム壊れてるんじゃないんですか?」
「まったくです! 目押しというものをいくらやってもドラムが滑ってマークが揃わないんです!」
「目押しってなんですか?」
「目押しというのは、タイミングを合わせて揃えたい柄を揃えるテクニックです」
「す、すごいです」
「ちょっと動体視力を鍛えればお茶の子さいさいですよ……てていていっ! うぅ……また最後だけ揃いません……」
「カジノとは奥深いのですね。ますます興味が湧いてきました」
 目をキラキラとさせながら舞花は鼻息を荒くする。
「陽太さんへのお土産話もいっぱいできそうです! こうなったらもっと色々と回ってみたいですね」
「お気をつけて。私はもうしばらく粘ってみます」
「はい、頑張ってください!」

「はぁ……」
 ため息をこぼしていたのは何も舞花とティーだけではない。
 ゲストが飲み終わったシャンパングラスを片して回っているセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)も同様だった。
「絶対おかしいですわこのカジノ! まったく勝てる兆しがないんですもの!」
 銀のトレーにはレーザーにより『OBLIVION』と刻印されたグラスが次々と並ぶ。
「失礼いたしますわ」
「お、バニーガールか。いい体してるねぇ。今夜どうだい?」
「お断りいたしますわ。私、頭髪の薄い方はちょっと……」
 あからさまに機嫌を損ねた中年男性からもどこ吹く風でグラスを回収する。彼は彼でバカラのゲーム中とあり、セシルを追いかけることも出来なかった。
 実際、セシルの豊満なバストはタイトに仕立てられたバニースーツからこぼれそうではあったのだが……。
「ブラックジャック……。カジノの花形ですわね。給仕のバイト代が出たらやってみようかしら」
 セシルはブラックジャックのディーラーの手元を注視する。滑らかな手つきでカードを配っている。
「……あれは!」
 ディーラーが自らの手札を引く際に一瞬だけ数字が見えたのだ。
「勝てる……。これで勝てますわ! でもテーブルに着いたら見えませんわね。どこかで手鏡でも調達できればいいのですけれど……」
 セシルは嬉々としていた。
 万が一店内で暴動が起った場合、臨時の用心棒業務による特別手当が手に入る。
「誰かドンパチ騒ぎを起こしませんかしら……」
 セシルは禄でもない願望を口にしながら、アルバイトに精を出したのであった。

 『オブリビオン』の一角、純和風の賭場。
 エントランスから見れば最深部に位置している。
「姓名の儀は弁天屋 菊(べんてんや・きく)、またの名を弁才天のお菊を発します」
 万寿菊の裾模様の入った黒振袖に白足袋。赤銅色の髪は鬢付け油でぴっしりと整えられている。
「本格的ですね」
 丁半が行われている博打場に、一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は座っていた。
 本来セレスティアーナの呼びかけに応じ、カジノへ駆けつけたのであったが、
(そう、これは任務の一部です。積極的に場に馴染むのも必要事項。別に楽しんでいたりなんてしていません)
 まんじりと菊の登場を見つめているアリーセ。
(大体、まさかこんな雰囲気たっぷりの賭場があるなんて思ってなかったんです。だってカジノですよ? 普通じゃないです。さすが非合法カジノです……)
 そんなアリーセの熱視線を受け、菊の気分も高揚してくる。
「女だてらに壷振り致す。さあさあ張りなすって!」
 菊は片肌を露にし、脱いだ袖を帯に挟み賽を2つ持つ。
「当たりゃあ天国外しちゃ地獄。二つに一つだ! 丁か半か! 己の肝っ玉賭けちまいな!」
 瀬戸物の振り壷に賽を振り入れ、壷を伏せる。
 さいころの転がる音が止んだと同時に、張客たちが木札を差し出す。
 丁が4名半に1人。
「半方ないか! 半方ないか!」
「残る一人は私ですか……」
「譲ちゃん、どっちにするんだい?」
「悩みますね……。ところで丁と半。何が違うんですか?」
「あはは。あんた面白いこと言うね。ルールは簡単さ……」
 菊の説明にアリーセはふんふんと頷きながら聞き入っている。
「それなら……半にします」
「あいよ! さあ雁首揃えてこっち見な、丁か半か! 勝負!」
 菊は壷を開ける。
 目は3と6。
「サブロクの半!」
「やりました」
 掛け金の倍額を受け取ったアリーセは笑みを隠すことが出来なかった。
(賭け事って面白いんですね。男の人がはまってしまうのも分かります)
「おい、イカサマじゃねえのか!」
 ところが、アリーセの気分に水をさすように男の野太い声が飛んだ。
「さっきから俺が勝てねえじゃねぇか! てめえばかりが儲かろうという寸法だろ!」
 どうやら連敗続きで頭にきているらしい。
「サイコロの目が出る確率はすべて等しいです。単に偶然でしょう」
「待ちな譲ちゃん」
 抗議に出たアリーセを制し菊が一歩前に進み出る。
「あたしゃこれでも壷振りさ。意地も誇りもある。おまえさんはただ負けて気に食わねぇだけじゃないのかい? ツキは水物。ツキに文句行っちゃあ、この弁才天がそっぽ向いちまうよ」
 そう啖呵を切ると、菊は客に背を向け諸肌を脱ぎ、さらしを取り去った。
「おおおぉ」
 感嘆が上がる。
 菊の背中いっぱいに描かれた弁才天の刺青が男に睨みを利かせた。
「お、覚えてろよ!」
「か、かっこいいです……」
 アリーセは思わず声を漏らしたのであった。

「わざわざセレス……ティアお嬢様がお越しになるのはおかしいと思ったが、まさかこんな大事だったとはな」
 源 鉄心(みなもと・てっしん)は変装に身を纏い、セレスティアーナの背後を見守る。
 セレスティアーナに何か起こることの方が恐ろしい。
 身の危険はもってのほか。その身分がカジノ側に露見することすら許されない。
「今のところセレス……ティアお嬢様の周りにきな臭いやつはいないようだ。存在に気付いていないのか、わざと泳がせているのかは分からないが……」
「気付いていようともまだ様子見といったところですわね。このまま何事もなければよいのですが」
「このまま監視を続けよう。俺たちは牽制役に留まるべきだな。脇には強力なボディーガードがいるんだ。実力行使するまでもないだろ」
「それ以前に武器を持ってきていないですからね」
 鉄心の隣にいるイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は、ふふんとせせら笑った。
「それにしてもティーは役立たずですわね。派手にスロットで散財していますもの」
「……のようだな。勝つと目立つから注意しろとは言ったが、あれだけ大負けしても目立ってしまう」
「ふふん……。やっぱりわたくしの出番のようですわ」
「俺は不安なんだが……。いいか? 一番重要なのは騒動を起こさないことだ。穏便にやり過ごすんだぞ」
「分かってますわ」
 イコナはいきり立ったようにセレスティアーナの元へ歩み寄る。
「ギャンブルは所詮確率ですわ。ディーラーとの勝負ではなくプレイヤー同士で草試合をしてこそのギャンブルじゃありませんこと?」
「お、おい、どこ行くんだ」
 鉄心の予感は当たったようで、
「わたくしとブラックジャック勝負してもらえませんこと?」
「まったくイコナは……」
 やれやれとため息をつくしかなかった。
「いいだろう。かかって来い」
 セレスティアーナもいとも容易く勝負を買って出た。
 結果、
「ま、負けましたわ……」
 イコナの惨敗。一度たりとも勝てなかったのだ。仮にも代王。運もそれなりに強いようだ。
「お……お姉さま! 本当はわたくし、お姉さまに遊んで欲しかっただけなのです!」
「は? お姉さま?」
「そ、そうですわ! 生き別れの姉にとってもそっくりなのですわ! もしかしたら生き別れの妹とかいたりしませんこと?」
「い、いや、いないが……」
「それならよかった! 付いていきますわ!」
「お、おい。私は妹などいないと言ったぞ」
「はいはい、行きましょうお姉さま。時間とお金は待ってくれませんわよ?」
 イコナはセレスティアーナの背中を押しながら鉄心の元を離れていった。
「ま、まあ……俺はとりあえずティーを迎えに行くか……」
 いささか心配そうな鉄心もイコナに背を向け、ジャックポット音けたたましいスロットコーナーへと向かうのであった。