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リアクション
第4章
「おぬし……女将の居場所を知っているか?」
「女将さんなら、露天風呂ですが……お前さん、前にも……」
桐条 隆元(きりじょう・たかもと)に呼び止められた板前の源が、首を傾げる。
薄茶の髪と金の瞳、生真面目な顔立ちには、確かに見覚えがある。
「ああ、そうだ、かまくらのとき、アルバイトさんの教育係をしてくれた方ですな。今回も来てくださったとは、有り難い! 女将さんも喜びます」
「べ、別に、わしは……」
まっすぐな感謝の気持ちを向けられた隆元は、少しあわてた。
「風船屋の女将が。若い身空で無茶をしておらぬか、息災であるか心配で、女将との会話の口実が欲しかった、と言う訳ではないからなっ!」
ツンデレな台詞で、聞かれてもいない本心を打ち明けてしまい、一目散に浴場を目指す。
露天風呂では、何かトラブルがあったのか、浴衣姿の者たちが、男湯と女湯の仕切りを修理していた。
中でも、大昔の罪人のように腰に縄をつけられた忍者と若い男は、かなり重そうな荷を背負わされたまま、必死に働いている。
隆元は、脱衣場に近いあたりに音々を見つけ、歩み寄った。
「まあ、来てくれはったんですか。ありがとうございます。かまくらのときも、えろうお世話になって……」
音々の顔が、ぱっと明るく輝く。
「まぁ、息災のようで何よりだ」
少しばかり赤くなった顔を見られぬように横を向きながら、隆元は、桜の木と大広間の飾り付けについての相談をはじめた。
「大広間から見えるこの桜の木をライトアップするのが、私たちの仕事だよね」
中庭に出たマーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)が、老木を見上げる。見事な枝振りの立派な桜だが、花どころか、蕾さえ、まだ見えない。
「桜のお花が咲いたら、沢山の人に楽しんでほしいですし……」
と、リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)が頷く。
「か、勝手に桜の木を飾り付けしたら、女将さんに注意されちゃうかもしれないですけど、隆元さんが、私達が桜の木をライトアップして良いか女将さんに聞いて、許可を貰ってくれたので……」
「折角の桜なんだし、咲いたら、色んな人に、いっぱい見てもらいたいよね!」
「困ってる風船屋の女将さんを、放っておけないもんな」
と言うナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)は、提灯と脚立を持ってきた。
「お客さんが来る前に、大広間周りの廊下の屋根に、提灯を吊して飾ればいいんだろ? それより、この提灯、電球が入ってないぞ。火を使うのか?」
「ほ、本物の火を使ったら火事になっちゃうかもしれないから、光術で作った小さな明かりを灯して、お客様が夜に大広間でお食事をしている時とか、廊下を歩いている時でも、桜を見れるようにします」
リースの光術で提灯を灯せば、光の光度をゆらゆらと不規則に上げ下げして、火が揺れてるような演出をすることもできるだろう。
「大広間から桜を見た時に、提灯が桜にかぶって見えなくならないように、注意しなきゃね」
背が低いマーガレット・アップルリングは、脚立の一番上に乗って、提灯を飾ろうとしたが、それでも廊下の屋根には届かない。
「あれ? うーん、もうちょっと、もうちょっと……」
負けず嫌いを発揮して、ムキになり、乗っている脚立がグラグラしているのもお構いなしに、無理な背伸びをしていたが……、
「あーもう、危ないから、それ貸せって」
見かねたナディムが、横から提灯をかっ攫った。
「余計なことしないで! 風船屋さんのことでは、あたしの方が先輩なんだから!」
「いいから、マーガレットは、桜の木の飾り付けをしてろ、って」
「でも……」
「廊下はただ吊せばいいが、桜の木の方は、センスがいるだろ?」
「……それもそうかな」
リースははらはらしていたが、風船屋接客係の先輩と後輩のふたりは、それなりに仲良く準備をはじめたようだ。
厨房では、風船屋のピンチに再び駆けつけた涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)とヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)が、源を喜ばせていた。
「また来てくれたんですね、今度も頼りにさせてもらいますよ」
「俺も、力になります」
と、セリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)に言われて、首を傾げる源。
「ええと、お前さんは……」
「前に来たときは、畳の拭き方も知らなかった奴ですからね、源さんが覚えていないのも無理はない」
ヴァイスがこっそりと笑うが、今回は、セリカも負けてはいない。
「……ふっ、以前は、カラブキとヌレブキの使い分けの理由さえ分からなかった俺だが、今はちがう。ヴァイスを見習い、あちらこちらの清掃のアルバイトやイベント会場でのアルバイトを経験し……見よ! 御膳の30段持ち!」
「おおっ!」
「これはすごい!」
パチパチ。
源と涼介に拍手を贈られ、セリカは鼻高々だ。
「ヴァイスが料理にかかりっきりの間、俺は宴席を整えておこう。茶の一滴もこぼさず、ノリの一枚すらずらさず、完璧に運んでくれるわ!」
「俺は、美味くて”華”のある料理を作ってやるぜ!」
と、ヴァイスも負けずに宣言する。
「春の行楽シーズンときたら、行楽弁当! 場所が旅館だから、風船屋に来たお客様だけが食える行楽弁当ならぬ行楽御膳を提案したい」
「御膳は、花見に向いているな。今回のメインのお客様は、平清盛か。清盛には安岐守だった頃、熊野詣の道中の船で鱸を食べたことで、その後の繁栄を得たという伝承がある。まだ、旬には早いが、御膳に鱸のフルコースなんて面白いかもね」
涼介の提案に、ヴァイスは、我が意を得たりと大きく頷いた。
「あんた、良くわかってるじゃないか! 鱸は盛の好物だったって言うし、まあちょっと旬からはズレてるけど、新鮮だから、きっと、喜んでくれるぜ!」
「定番の洗いや刺身に、香り豊かな奉書焼、骨やアラで出汁をとった椀物。それに昆布締めの身を使った手まり寿司。ああ、煮つけや焼き物、天ぷらにしてもいいかもね」
鱸は、捨てるところがない、上和洋中とどんな調理法にも合う素材だ。この際、腕によりをかけて料理をしたい、と涼介もヴァイスも張り切っている。
「目玉は、鱸の身を薄く切って、蕾のように纏めた刺し身でどうだ?」
「蕾……ですか? 一体、どうするんで?」
源の持ってきた鱸をまな板に置いて、ヴァイスが包丁を手に取る。
「うすーく切ったのを、何枚かまとめるんだけど、ここに一工夫。刺し身の間に、凍らせた練り梅ならぬ練り桜を挟んでいってだな、桜の葉っぱに見立てたしその葉を配置して、しっかり冷やした石の板に乗っけて……っと」
「なるほど、御膳を運んで、練り桜が溶けていくと、刺し身が離れて、花みたいに開くわけだな」
「ああ、清盛さんもだけど、この刺し身がほころんでくの見て、皆が、面白がってくれるといいなあ。練り桜だって、塩漬けからすり鉢で丁寧に作れば、刺し身に醤油つけなくてもいいくらい合うんだぜ」
「私も、ひとつ思いついた。洗いと刺身を、氷彫刻で平安時代風の船を作って、それを器に船盛なんていいんじゃないかな? 見た目の清涼感と、食材の食べごろの温度を両立できるからね」
「それは良いな! 清盛さん、派手なのが好きなんだろ。ぴったりじゃないか」
「では、細かいところを決めていきやしょう」
源を中心に、涼介とヴァイスは、楽しそうに献立の相談をはじめた。
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