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〜 episode3 〜 鳥レース、始まる


 300羽いるガッツ鳥を予選で10羽にまで絞り、決勝レースを行う。
 三日に渡る大会の準備が始められていた。
 一レース10羽出場するとしても三十レースをこなさなければならない。予選に二日かけるとしても一日に15レース。午前10時頃から20分間隔で行われ記録が記されていく。パドックのようなものはなく、笛の合図で招集されスタート地点からのよーいドンで走り始める。ほとんど運動会のノリだった。
 一着二着が勝ち抜けで、一次予選だけで60羽が選出される。さらに二次予選では一レース6羽で走って一着勝ち抜けで決勝へと進める鳥が10羽決定する。
 予選の一日目二日目で一次予選。そして最終日の三日目で二次予選と決勝が行われるというハードなスケジュールだった。
 競馬の場合、レースによる馬の心身の消耗が激しく普通は次のレースまで一か月ほど休むことが多いが、この町の鳥たちはさほど苦にならないらしい。決勝まで進んだ場合、ガッツ鳥は三日で三レース走ることになる。しかも最終日には二次予選と決勝という、午前と午後での連闘だ。
 予選は直線2000m、決勝は往復で4000mの全力疾走。アスリートも真っ青の過酷なレースである。それだけに出場するガッツ鳥たちには万全のケアが施されなければならない。
 運営は、町の人たちが総動員されごったがえしになった。会場の設営から飼料の運搬、大会プログラムの製作まで、すごい勢いでこなされていく。
 町をあげての大騒動に、民衆たちは楽しそうに協力し合う。
 そんな中、事件の解決にやってきていた協力者たちはそれぞれに動き始めていた。
 

「全羽出場? 賞金20万? これはまた、いい口実を作ってくれたものだね」
 ガッツ鳥の体調管理のためにこの町にやってきていた九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は、各家庭を問診しやすくなって喜んでいた。いきなり余所者がやってきて「お宅の鳥を見せて欲しい」と言っても普通は警戒してなかなか応じてくれないのではなかろうかと思っていたからだ。
「どうぶつのおいしゃさん」としてレースに参加するガッツ鳥の診察をし体調を整えてあげるのが目的だが、その裏には、体調や体の変化等で大穴は起こりえないという八百長事件の確証につながるであろうという狙いもあった。一羽一羽、きっちりと隅々まで調べカルテをつけておく。飼い主と食べ物やこれまで鳥になんらかの異変が無かったかを尋ねるのだが、面会の時点で苦労する訪問診察が、ずいぶんとやりやすくなっていた。
 レースへの参加は強制ではなかったのだが、何しろ賞金20万Gである。どんなにどん臭い鳥でも、出場さえすれば何が起こるかわからない。他の有力な鳥たちが全てリタイアして、自分だけが勝ち残るかもしれないのだ。当然のごとく、全てのガッツ鳥が今回の大レースに参加を表明していた。全羽を見回る予定だったジェライザには好都合だった。さくさくと一軒ずつ回って、鳥を丹念に調べていく。
「鳥のエサとか作るの初めてなんだが、大丈夫なのか、これ……?」
 これまでの聞き取り調査から鳥の健康にいいエサを作っていたジェライザのパートナーのシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)は、バケツに山盛りになったミックスフードを抱えてついてくる。見た目は悪いが栄養たっぷりで鳥まっしぐらの出来だ。
 実は結構手間隙かけて作った食料が見る見るなくなっていく様に、シンは怒りの表情をあらわにした。各家庭の庭先で美味しそうにエサをつつくガッツ鳥を見ながら、シンは毒づく。
「まったくけしからん、人の気も知らずにこんなに毛ヅヤもふさふさしやがって。お前らなんか、こうしてやる!」
「はい、そこの人。検査の邪魔をするなら、摘み出すよ」
 わしゃわしゃとガッツ鳥を撫で回そうとしていたシンは、ジェライザに横目でたしなめられて、あわてて手を引っ込める。
「はっ! べっ、別に触りたいとか撫でたいとか思ってねぇからな!?」
「それはさておき、ヤルデーさん。あなたの飼っている鳥なんだけど、こんなにいい状態なのに、経歴を見ると一度もレース出場させたことないって、どういうことなの?」
 ぶつぶつと文句を言っているシンをおいておいて、ジェライザは訪問先の飼い主に尋ねる。彼女は、目の前のガッツ鳥を一通り検査し終わって、不思議そうな目で、飼い主のヤルデー・ゴトーシ氏を見つめた。
「そりゃレースは水物だし、もっと速い鳥もこの町にはたくさんいるんだろうけど、こんなに若くて健康体の頑丈なガッツ鳥なんだもの。食欲も旺盛だし肉付きもいい。レースに出たらかなり勝てるでしょ?」
「……そういうわけにはいかないもんだよ。俺は、裁定委員の一人だからね。レースの運営側の人間が自分の所有している鳥を出場させるのはダメなんだ。色々とインチキができるかもしれないだろう?」
 裁定委員の一人、ヤルデーは作り笑いのような表情で答える。
「現に、悪い噂がたっているじゃないか。もちろん……俺はそんなことはしないが、疑われるような真似はしないよ。鳥は、見本として鍛えているだけさ」
 彼いわく、裁定委員は三人いてその中で鳥を飼っているのは彼だけらしい。裁定委員は、レースの審判のような役割で、不正がないかどうかをチェックする重要な役柄のようだ。
 ジェライザは、そんな家で飼われている鳥に出会ったのだが……。
(……そんなはずはない。これは“かなり走ってる”鳥の体だ)
 彼女は、他の家と同じく、食べ物やこれまで鳥になんらかの異変が無かったかを形式的に尋ねながら、考える。
(私は……昨日今日来たばかりの、いわば“素人”だが、これまでに何軒ものガッツ鳥を見てきたからわかる。この鳥は、レースで勝ってる強豪と同じ体つき同じ雰囲気だ。見本で鍛えたのとレースに走って勝負した鳥とでは、肉付きや身に纏っている迫力が違う。だが、出走暦は全くない。ということは……)
「ロゼばっか鳥撫でてずるいな……」
 ぽそりと呟くシンには構わずに、検査を終えたジェライザは挨拶を残してヤルデーの家を後にする。少し歩いて、彼女はヤルデーの家を振り返った。
「……すり替え、か」
 今回のこの町の八百長レースは、勝つはずの鳥が負けるだけでは成り立たない。その上で、勝てそうもない高倍率の鳥が突然勝たないといけないのだ。だが、所詮は勝てそうもないと思われているような貧弱な鳥だ。レースは5〜10羽の鳥で競われる。本命がコケても他の出場している鳥たちには狙っても勝てないだろう。それでは意味がない。
(だが、今診たあの鳥ならきっと勝てる。それくらい力強かった。あれが……、弱い負けるはずだった鳥の代わりに八百長レースで走っていたら……?)
 高倍率のついた鳥をオッズ確定後にすり替えて強い鳥を走らせ確実に勝つ。
 裁定委員なら出場する鳥をレース直前に入れ替えるくらいはできるかもしれない。客席は遠いし、専門家はほとんどいない。気づかれにくいのではなかろうか。あの鳥……出走暦がないはずだ。影武者なんだから。
 だが、証拠がない。
「ロゼばっか鳥撫でてずるいな……」
 もう一度同じことをぶつぶつ言っているシンを尻目に、ジェライザは身を翻す。もっとたくさんのデータが必要だった。それをこれから集めに行く。
「ヤルデー・ゴトーシ……。マークする必要がありそうだ」
 もふもふするのは、その後だ。