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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

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第九章:VS高機動タイプ戦(決着編)
「了解……っつっても、エネルギー切れに関しちゃ、こっちの方が先かもしれねえがよ……ッ!」
 バイラヴァのコクピットで乱世は呻くように応答した。たった今、高機動タイプの未確認機――フリューゲルと交戦中のメンバーに、対策本部のセレンフィリティから一斉送信された通信によれば、敵機のパイロットが人間の可能性がある以上、その油断に付け入ることが勝算にして活路。その為にも、敵に自機のエネルギーを使い切らせる必要があるとのことらしい。
 確かに、先ほどから敵機は見るからにエネルギーを食いそうな大出力ビーム兵器を惜しげもなく使い続けている。たとえ現行機を遥かに凌駕する大容量ジェネレーターを背部の飛行ユニットに搭載しているとしても、そお遠くないうちにエネルギー切れを起こしても不思議ではない。
 だが、それ以上に自軍の消耗率の方がはるかにひどかった。
 既に機体の残り稼働時間は一時間前後。それも巡航機動で動いた場合であり、戦闘機動で動けば数十分、更にその状態でエネルギー兵器も使用するとなれば十数分まで縮まるだろう。また、消耗率のひどさはエネルギー問題だけではない。幸いにしてハイレベルなパイロットが揃っていたこともあり、紙一重で直撃は避けていたおかげで撃墜こそされていないものの、敵の武装は大出力ビーム兵器。敵の攻撃がかすめた部分は装甲は所々が剥がれて吹き飛ぶか、あるいは融解して剥がれ落ち、装甲内部に隠された機関部が垣間見えている。
 武器に関しても同じようなものだ。実体剣は金属疲労で刃こぼれを起こしているし、実弾兵器の残弾状況は惨憺たるありさまだ。エネルギー兵器に関しては既にエネルギー切れを起こしている物やオーバーロードで使い物にならなくなっている物、そして、敵機によって破壊されてしまった物などばかりで、率直に言ってまともに使える兵器を探す方が難しい状況だ。
 敵の攻撃を回避し続けることで、敵の力を消耗させる――教導団とその協力者たちすべての予想を遥かに上回る敵機の性能により、奇しくも件の作戦は乱世たちの方が先にその作戦の効果を味わうこととなったのだ。
 現に乱世とグレアムが駆るバイラヴァも、敵機の振るう大出力ビームサーベルを受け止める際の鍔迫り合いで、相手が相手なだけに想定以上の負荷がかかったのか、柄部分のビーム発生機がオーバーロードを起こして損傷。全損こそしなかったものの今では細く短い刀身しか形成できず、言うならばもはやビームサーベルではなくビームダガー状態だ。
 加えて、虎の子のスナイパーライフルも気が付けば残弾は一発のみである。
 機体に施した迷彩塗装に加え、火災による煙幕や破壊された施設の瓦礫などを利用して物陰に隠れ、スナイパーライフルによる遠距離からの狙撃を行った乱世の作戦は功を奏し、見えない相手による地上からの地対空狙撃という攻撃はさしもの敵機すら苦戦させた。しかしながら、敵機は姿を隠したバイラヴァの発見が難しいと悟るが早いか、大出力のプラズマライフルを乱射し、空中から地上を無差別に薙ぎ払い始めたのだ。
 それによって地上は一切の遮蔽物が撤去され、加えてプラズマライフルによる砲撃の余波で火災もかき消されて身を隠すものが一切なくなった上、その後も休むことなくローラー作戦のように地上を薙ぎ払っていく巨大な光条に追い立てられる形でバイラヴァは空中に避難せざるを得なくなり、結果的に現在は空中戦を強いられているのだ。
 敵機の攻撃から逃げ回るうちに、少しずつではあるが着実に追い込まれて消耗していった機体は乱世のバイラヴァだけではない、他の友軍機も似たり寄ったりの有様だ。いや、むしろ不完全とはいえ、使える武器が残っている分、まだバイラヴァはましであろう。
 鉄心とティーの駆るサルーキをはじめとして、友軍機たちにもはや使用可能な武装は残っていない。いずれもが敵機との戦いで消耗しきったか破壊されたかのどちらかにまで追い込まれ、実を言えばバイラヴァ以外の友軍機は既に丸腰だ。
「こうなりゃ……刺し違えてでも、タマぁ取ってやるぜ……!」
 遂にハラを決めたのか、乱世は一度深呼吸した後、操縦桿を捻ってバイラヴァにビームサーベルもといビームダガーを構えさせる。その出力は先程から輪をかけて減衰しており、もはや刀身と呼べるだけの幅も形成できず、形成されるビーム刃はさながら細い針のようで、もはやビームダガーですらない。
 それでもバイラヴァは背部ラックにスナイパーライフルを懸架すると、壊れかけのビームサーベルを両手で構え、目線で射殺さんばかりに敵機をカメラアイで睨み付ける。
 しかし、そんな乱世の覚悟とは裏腹に敵機はバイラヴァに背を向けると、既に丸腰となった不知火・弐型へと向き直る。
 不知火・弐型の消耗はバイラヴァに輪をかけて悲惨な状況だった。機体に搭載された防御装置の数々も、現行機を遥かに凌駕する大出力のビーム兵器は完全に防ぎきれず、結果的に不知火・弐型はダメージを負ってしまった。幸い、機体そのものの大破や撃墜という事態は免れたものの、強力なエネルギーの余波は不知火・弐型が装備していたビームアサルトライフルと冷凍ビームを破損させるには十分だった。
 また、隠し玉として用意していた試作型の手榴弾――カットアウトグレネードを投擲する不知火・弐型であったが、それも敵機によって大出力のビームサーベルで切り落とされてしまう。
 怪我の功名というべきか、不知火・弐型は装備していた銃器を一切使うことなく破壊された為に、エネルギーの残量だけはまだ若干の余裕があった。とはいえ、武器も何も無いこの状況、もはや徒手空拳で戦うしかない。イコンが人型ロボット兵器である以上、手足を使って殴る蹴るの攻撃を行うことができる。強いて言えばそれを武器と呼べないこともないが、いかんせん敵機は武器を持った状態でも苦戦した相手だ。人間で言えば、刃渡りの長い刀剣と大口径の銃砲を持った相手に素手て立ち向かうようなもの。無謀以外の何物でもない。
 だが、それでも菜織の闘志は死んでいないようだ。
 不知火・弐型は自然体に足を開き、相手との距離を測るように平手を向け、まるで古武道のような構えを取って敵機と相対したのだ。
 決して勝負を捨てないその姿勢を目の当たりにして、つい乱世はマイクに向けて叫んでいた。
「何やってんだっ! 菜織、いくらなんでも無茶だろうがっ! 機体性能だけじゃねえ、敵のパイロットは正真正銘のエリートなんだぞ!」
 通信回線を通して乱世からの制止が聞こえているであろうにも関わらず、不知火・弐型が構えを解く気配は一向にない。
 それでもめげずに乱世は再びマイク越しに菜織を制止する。
「菜織、この空を飛ぶ為に――飛ぶことに特化してカスタムされたてめぇの機体なら、残った力を全部突っ込めばソイツを振り切れるほどのトップスピードは出せるハズだぜ。確かに……ここで退けねえ気持ちはわかる。それはあたいも一緒だ。けど、今は退かなきゃならねぇんだよ……もしここでてめぇまで落とされたら、一体誰がソイツとの戦闘データを持ち帰るんだ。よしんばデータは機体経由で本部に同期されてても、生の経験ってヤツはてめぇ自身が生きて帰らなきゃ持ち帰れねぇ。だから生きてくれよ……あたいたちの為にもてめぇ自身の為にも」
 乱世からの真摯な説得を受けて不知火・弐型の構えが揺らぐ。それを見るに、コクピットの中で菜織の心も激しく揺れているに違いない。
「もぅ……無茶は止めてくれよ……武器の一つも……ねぇってのに……!」
 たとえ返事がなくても、自分の言葉が届いていると信じて乱世はマイク越しに菜織へと語り続けた。歯を食いしばり、涙を堪えるような乱世の声がバイラヴァのコクピットを震わせてから少しして、コクピット内のスピーカーが菜織の声を響かせる。
「せめて、せめて武器さえ……ビームサーベルの一本でもあれば……! 刀の一振りさえあれば、私も……不知火・弐型もまだ戦える……っ!」
 押し殺した悔しさと歯がゆさ、そして慟哭が滲み出る声で絞り出すように返事をする菜織。菜織からの精一杯の言葉に応えようと、乱世はバイラヴァのカメラアイ越しに自機の両手が握るビームサーベルを見下ろした。
 自分たちの手札が極限まで逼迫したこの状況において、たとえ壊れかけといえども武器ひとつを手放すということは、それだけで自機が帰還できる確率を大きく下げることになる。
 だが、それがどうしたというのだ。
 少なくとも、菜織の方が自分よりも上手く使ってくれることに疑いの余地はない。それに、どうせ自分が持っていてもヤケクソに振り回すのがせいぜいだ。
 なら、刀剣の扱いに長けた菜織に使ってもらった方が自分や仲間の為であるし、この武器も喜ぶだろう。
 乱世は一分の迷いも悩みも、そして躊躇もなく、自然とそう思うことができた。
「菜織――」
 マイクに向けて呼びかけながら、乱世がビームサーベルを不知火・弐型へと投げ渡そうとした瞬間だった。
 Pi――。
 菜織へと呼びかける乱世の声に重なるようにして、普段の小刻みなのとは違って長音気味のアラートが響き渡る。
 そのアラートがエネルギー残量ゼロを知らせるものであると乱世が理解したのと同時、バイラヴァが握った柄から出ていたビーム刃がまるで横殴りの暴風に吹き消されたロウソクの火のように立ち消える。
「クソッ……! よりにもよってこんな時にっ……!」
 抑えきれない悔しさをぶつけるように、握り拳でコンソールを叩く乱世。遂に耐えかねて彼女が涙を流しかけた時、再びバイラヴァのコクピットにアラート音が響き渡った。