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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

リアクション

 サルーキとウィンダム、そして不知火・弐型の間でしばらく通信を交わしていた後、乱世の声がその通信帯域へと入ってくる。
『話は済んだか?』
 通信を入れてきた乱世からの問いかけに朋美も答える。
『ああ。待たせたね。それで、どうする……その立派なスナイパーライフルも、まずはあの動きを止めないと当てられない』
 落ち着き払った声音の朋美に対し、乱世は獰猛な声音で返事をする。
『どうする、だぁ? 決まってんだろ! まずはアイツの足を止める、それ一択だぜッ!』
 乱世が獰猛に言い放ったと同時にバイラヴァはビームサーベルを抜き放った。
『そう来ると思ったよ。それと、キミの意見には実に同感だ!』
 やはり冷静ながらも、どこか乱世と同じように獰猛な雰囲気が朋美の声音に混じる。それを合図としたかのように、ウィンダムもビームサーベルを抜いた。ウィンダムの装備するビームサーベルは天御柱学院が誇る新型イコンであるジェファルコンタイプに搭載されたシステム――トリニティ・システムを前提に開発された専用仕様の新式だ。形成される刀身や従来よりも大型化に成功しており、当然、それに伴って破壊力も増大している。
 ただそこに存在するだけで威圧感を放つウィンダムのビームサーベルを前に、敵機は右手に持っていたプラズマライフルを腰部後方のハードポイントに懸架し、右手で件の高出力ビームサーベルを抜き放つ。
 高出力のビームサーベルを構えて向き合う様は、さながらクレイモアを持った者同士が睨み合っているようだ。その迫力はもとより、周囲へと垂れ流される威圧感も半端なものではない。
 数秒の睨み合いの後、先に動いたのはウィンダムだった。ホバリング状態から即座に急発進し、一瞬にも満たない僅かな刹那のうちに静から動へと一気に転じる。
 ジェファルコンに採用されているトリニティ・システムは加工した浮遊機晶石による新型フロートユニット・通常の機晶石を利用した補助動力・そして機体の動力炉と、 三つの機晶石が使用する新技術だ。単一でも十分なパワーをまかなえる機晶石を三つ、それらが生み出す膨大なエネルギーを全て推進機構に充てた急発進は凄まじい加速力を発揮し、次の瞬間にはもう敵機との距離を至近まで詰めている。
『ぅ……ぁ……ぅぅ……!』
 通信機から漏れてくるのは、ウィンダムのコクピットでマイクが拾った朋美の呻き声、もとい声にならない悲鳴だ。
 だが、トリニティ・システムをフル稼働させた急加速は搭乗者にも強烈な負担を強いる。たとえ契約者といえど、その凄まじい加速には平然としてはいられない。
 その甲斐あって、あれほどの機動性を誇る敵機に追いついたウィンダムは正面から新式のビームサーベルを振り下ろした。
 ほぼ同時にその一撃を切り払うように高出力のビームサーベルを振るう敵機。つい先刻と同様、凄まじい轟音と閃光、熱量と衝撃が周囲を揺るがしていく。
 だがそれも一瞬のこと、敵機はすぐに鍔迫り合いを中断すると、超高速の機動で更なる高空へと飛翔する。
 すぐにウィンダムもそれに追従しようとするも、その差は圧倒的だ。本来の機動性においても明確な性能差がある上に、つい先ほどの急加速とビームサーベルへのエネルギー供給で疲弊したウィンダムはいとも簡単に振り切られてしまう。
 第二世代機であるウィンダムすら振り切られてしまうこの状況。しかしながらその一方で、果敢にも敵機に追従する機体があった。
 信じられないことに、その機体は第一世代機であるバイラヴァ――乱世の愛機である。
『さっきからチョコマカと……いい加減にしやがれッ!』
 敵機との性能差はウィンダム以上に明確。だが、乱世は類まれなる操縦技術でそれをカバーしているのだ。
 確かに、加速性能や旋回性能では比べるべくもないが、敵機の動きを先読みし、最小限の機動でそれに先回りすることで乱世は敵機の高速機動に追従しているのだ。
『驚いた。第一世代機でそこまでやるとは』
 無線からも朋美の驚きの声が聞こえてくる。朋美とて歴戦のイコンパイロット。その技量は決して低くない。だが、そんな朋美すら驚愕せしめるほどの技量をもってしても、乱世の駆るバイラヴァはじょじょに振り切られていく。
『チッ……これ以上はバイラヴァのボディが持たねえ……! なら……一気に決めるしかねえよなッ!』
 意を決した乱世の声とともにバイラヴァはビームサーベル構え、敵機へと突撃する。エネルギーを振り絞って肉薄し、ビームサーベルを振るうバイラヴァ。しかしながら、その一撃は惜しくも回避されゆく。
『クソッ……! よりによってッ!』
 乱世が毒づいたのに合わせて後退していくバイラヴァ。それと入れ替わりに突出したのは不知火・弐型だ。四対八翼もの飛行ユニットから生み出されるエネルギー翼で済んだ水色の軌跡を引きながら、現行機を遥かに凌駕する敵機の速度にも迫ろうかという超高速機動で空を舞う。
 第二世代機の中でも傑出した機動性能で果敢に追いすがってくる不知火・弐型に対し、敵機は引き離すよりも叩き落した方が早いと判断したのだろうか、敵機は高速回頭で振り返りながら大出力のビームサーベルを抜き放つ。
『そう来るのを待っていたぞ――』
 菜織がまるで晴天の湖面のように落ち着き払った静かな声でそう告げると、不知火・弐型は腰に帯びた新式ビームサーベルを抜き放った。古来の日本を思わせる機体の意匠に違わず、形成されたビーム刃も反りの入った細く鋭い洗練された作りの刃――打刀の形状だ。
 超高速の機動が生み出す絶大なる勢いを乗せて荒々しく振り下ろされる敵機のビームサーベルに対し、不知火・弐型はそれとは全く対極にある動き――一見すると緩やかにすら見える、洗練された無駄のない動きで新式ビームサーベルを振るい、荒々しい太刀筋と斬り結ぶ。
 敵機が持つビームサーベルの規格外の破壊力ゆえに、斬り結んだ相手を吹き飛ばすほどの、凄まじい反発力が互いの刀身と刀身の間に生じるのは今までと変わらない。だが、不知火・弐型は今までとは違い、発生した凄まじい反発力を受け流してしまったのだ。まさにこの技法は日本古来より伝わる武道における技法の一つである『いなし』であった。『いなし』は武道において重要な技法であると同時に実戦での実践には困難を伴う高等技術でもある。
 それを実用してみせるあたり、菜織の武道家としての技量はもとより、イコンパイロットとしての技量も想像を絶するものがあると言わざるを得ないだろう。そのあまりにも鮮やかで洗練された太刀筋に、鉄心は思わず戦いを忘れて魅せられていた。
「この太刀筋はまさか……北辰一刀流……?」
 ややあって我に返った鉄心は慌てて状況を把握する傍ら、そう呟いていた。その呟きをサルーキのコクピット内マイクが拾ったのが通信帯域に流れたのか、乱世から合いの手が返ってくる。
『よく知ってんな。そのとーり、菜織は北辰一刀流の達人だぜ』
 絶大なるパワーとスピードで繰り出される大出力のビームサーベルによる荒々しい斬撃が『動』なる剛剣だとすれば、空を舞うことに挑み続けることを設計思想の根底とする不知火・弐型が洗練された武道の技を体得した菜織を操者として繰り出すビームの打刀での斬撃は『静』なる柔剣。
 どこまでも高く、どこまでも澄み渡る広大な青空の真っただ中で『静』と『動』あるいは『剛』と『柔』の剣が鎬を削る。
 幾合かの打ち合いの末、それを制したのは動なる剛剣を振るう敵機の方だった。決して菜織の技量が劣っていたわけではない。両者の技量は全くの互角。ただ、ごく僅かばかりの差がついたとすれば、敵機の不可解なまでの高機動性だった。人間はもとより、パラミタの住人との契約によって身共に強化されている筈の存在――『契約者』ですら耐えられないほどの超絶的な高機動性。それこそが、ごく僅かな差となり勝敗を分け、雌雄を決したのだ。
 敵機の振るった一太刀により不知火・弐型の持つ打刀型のビームサーベルが手から弾かれ、眼下に広がるヒラニプラの荒野へと落下していく。それにより胴への防御が決定的に無くなった瞬間を狙い、敵機は大出力のビームサーベルを振り下ろそうとする。
『――無念』
 通信帯域に聞こえるのは、ただ静かに覚悟を決めた菜織の声のみ。それ以外は水を打ったような静寂が支配するのみだ。この戦域に集まった兵たちは皆一様に、この勝負に心から見入っているのだった。
 勝敗の行く末を傍目に見守る者たちが、戦場の只中にありながら思わず動くことすら忘れるほどに魅せられてしまう――もはやその域に達した名勝負が決しようとした、まさにその瞬間であった。
 突如として戦場に乾いた破裂音が連続して鳴り響く。
『何だってんだッ!?』
 それに気づいた乱世が声を上げるのに合わせたかのごとく、無数の銃弾が敵機に向けて飛来する。たとえ超高速の機動性を持つ敵機といえども、標的に攻撃を仕掛けている最中の今とあっては銃弾を避けられない。
『何とか、間に合いましたね。大丈夫ですか?』
 突如として味方の通信帯域に割り込んでくる声。青年のものと思しきその声は、十分に美声と言える。
 美声とともに鳴り響いた機体接近のアラートに知らされ、鉄心たちの機体が一斉に振り向いた先にはイコンサイズの人型を昆虫――端的に言えば『虫メカ』がいた。
『おう、助かったぜ……って、何だぁあの虫メカは!? あぁ、そういや――イルミンのイコンにそんなのがあったな?』
 驚いた後に納得した様子の乱世に、先ほどの青年が無線で相槌を打つ。
『その通りです。要請を受けて救援に参りましたザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)と申します。自分のイコン――アルマイン・ハーミットも機動性に特化したタイプなのでこちらに参加させて頂きます』
 すると今度は渋い声がアルマイン・ハーミットの無線から聞こえてくる。時折、息の通り抜ける音が音声に混ざるあたり、どうやら小さく笑っているようだ。
『虫メカとは随分な言いようだな、乱世の嬢ちゃんよ。さて、敵さんのほうは普段の機動は相当なもんだが、あのライフルを撃ちながら機動性を維持するのは難しそうだな。隙を狙って確実にダメージを蓄積させていこうぜ。ただ、押さえ込んだと油断して敵が突っ込んで来ないよう注意だ。もし突っ込まれたら冷静に下がりながら四方から射撃して対応するのでどうだ?』
 その提案に真っ先に反応したのは乱世だ。
『……! ザカコ、あんたのイコンだったか! ってことはそっちのあんたは――』
 すると再びアルマイン・ハーミットの無線から小さな笑い声が流れてくる。
『そういうことだ。もうわかってると思うが、ザカコの相棒――強盗 ヘル(ごうとう・へる)だ。今回もよろしく頼むぜ』
 そうした会話をサルーキのコクピットで聞きながら、鉄心も通信回線を開き、次いで口も開いた。
「救援、感謝する。こちらは教導団の源鉄心上級曹長だ」
 名乗った鉄心に、ヘルが早速通信を返す。
『おう。そのプラヴァーはあんたのだったか。んじゃ、今回もよろしく頼むぜ。それにしてもあの機体……あんな機動で動き回って無事なパイロットも気になるな……脳ミソだけとか無いよな? それにこの五機が編隊を組んで本陣へ集中攻撃をしかけてきたらヤバイ筈だが……何かテストでもしてるのか? こいつを捕まえて調べれば何か解るかもしれないな』
 その鋭い推察に頷き、鉄心も応える。
「ああ。あの敵機を鹵獲できれば何らかの事実が判明する可能性は高い。その為にも、協力をお願いする」
 頼み込む鉄心に、今度はヘルに代わってザカコが応える。
『もとよりそのつもりです、任せてください。それと、一見しただけでわかります。相手のパイロットは、間違いなく……天才です。ですが、自分たちとて伊達にイコンパイロットを務めてきたわけではありません――行きますよ、ハーミット!』
 気迫のこもった応答とともにアルマイン・ハーミットは急加速に入った。見るからに装甲は薄そうだが、その分、単純なスピードはジェファルコンタイプと同等かそれ以上だ。
 その機動性が脅威足りえると判断したのか、敵機は腰部後方に懸架していたプラズマライフルを再び掴み、まるで抜き撃ちのように発砲する。
 ほとんど予備動作も挟まずに放った銃撃でありながら、プラズマライフルの光条は標的を正確に捉えていたものの、アルマイン・ハーミットもさるもの。その驚異的な機動性をフル活用して紙一重の所でビームを避ける。
 間髪入れず二射、三射と追撃が続くも、そのいずれもアルマイン・ハーミットは機動性に任せて紙一重で回避していく。
 アルマイン・ハーミットもただ回避一辺倒ではない。回避しながら巧みな操縦技術で距離を詰めながら、マシンガンで反撃まで加えている。しかも、マシンガンの銃撃はただめったやたらに乱射しているわけではなく、牽制と本命を的確に織り交ぜた正確な射撃だ。まだ何発かが命中したに過ぎないが、あれほどの機動性を誇る敵に攻撃を当てたのは事実。その事実が友軍の闘志を少しずつ高揚させていく。
 機動性を得る為に犠牲にした装甲は、現行機の中ではかなり薄い部類に入る。そんなアルマイン・ハーミットにとって、凄まじい攻撃力を持つ敵機との戦いは薄氷を踏むような危うい勝負だ。それでも、アルマイン・ハーミットは装甲という代償を払って手に入れた機動性で、敵機と互角に近い戦いを演じていた。
 援軍を加え、未確認の敵機体へと立ち向かう教導団。
 この戦いの行方は、果たして――。