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今年もアツい夏の予感

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今年もアツい夏の予感
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その7:我慢大会の続きです。
 

 忘れてはいけません。
 プール掃除が行われている間にも、我慢大会は続いていたのです。
 その様子を、時間をまき戻しつつ振り返ってみましょう。

「みんな、結構頑張るわね。いいことなのか、悪いことなのか……。無理しないで欲しいんだけど」
 救急医のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の助手として看護士の役についていたニケ・グラウコーピス(にけ・ぐらうこーぴす)は、参加者たちの身体を気遣うように我慢大会の様子を見守っていました。大会の模様も記録しておこうと撮影もかねて注目しています。
 一番最初にヒメリ・パシュート(ひめり・ぱしゅーと)が運び出されてからずいぶんと時間がたちますが、まだ他には誰も外へは出てきていません。

 想像していたよりも広い作りのサウナの中では、いくつかのグループが出来ていました。その中の一角。
「……」
 アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)ははいつもの修練中と同じように正座をし、周りからの雑念を防ぐために目を閉じていました。様々な雑音が耳に入ってきます。集中していれば余計な言葉に惑わされることもありません。普段から修練をしている彼女にとって暑さにも耐性がありますし、優勝景品の学食券があれば食費も浮くので是非とも勝ちたいところです。そんな彼女をよそに張り合いは続いています。
「え? ここって我慢大会やってたんですかぁ? 私てっきり『食べ放題』の会場かと思っていましたぁ」
 サウナに備え付けられたコタツの一つで羽切 白花(はぎり・はくか)はそんなことを言いました。やや場違いな水着姿のまま、おいしそうに鍋焼きうどんを食べていますが、もう何杯目でしょうか。汗はかいているようですが、本当に暑がっているのか表情からはわかりません。
「ああ、少し薄味ですねぇ。もっと辛くしないと……」
「全然間違っていないでありますよ。自分も、我慢大会とか全然興味ないでありますし、単に鍋焼きうどんを食べに来ただけでありますし」
 白花の隣では、シャンバラ教導団の葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が、運ばれてきた鍋焼きうどんに唐辛子をかけています。中身を全てうどんにぶちまけて汁は真っ赤になっています。
「さて、いただきま〜s」
 うどんを口に運んだ吹雪は、一瞬ごふっ! と噴出しそうになります。あまりの辛さに全身が真っ赤になったまま硬直しますが、すぐに何食わぬ表情に戻って飲み込みます。
「ふ〜、ぬるいでありますよ。唐辛子も追加するであります」
「……はい、冷たいお水もらってきたわよ」
 吹雪のパートナーのコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が、マスターを気遣って氷の入った水を持ってきてくれます。
「……」
 吹雪は思わず真顔で手を伸ばしそうになって……。
「……喉は全然渇いていないので乾パン持ってきて欲しいでありますね。ホカホカのやつ」
「……何を言っているのかわからないんだけど?」
 コルセアは、仕方ないわねぇという表情で、その水を自分で飲み干します。
「……」
 それをまじまじと見つめる吹雪。目つきが尋常ではありません。
「ふふふ……、そろそろ限界のようだな。早く楽になったほうがいいのではないか? 俺はまだ、全力の160%くらいしか出していない」
 吹雪の隣で、コタツに入り湯たんぽを抱えた小暮が笑みを浮かべます。
「自分も、湯たんぽ二つ追加であります!」
 吹雪が対抗します。すぐさま運ばれてくる湯たんぽを抱え込む吹雪。辛いうどんを必死でかきこみます。
「小暮……、自分で言ってることわかってる? 無理しなくてもいいんだぜ……?」
 小暮を気遣うように声をかけたのは、同じくシャンバラ教導団の大岡 永谷(おおおか・とと)です。男装女子で、見た目は男の子っぽいのですが中身は普通の女の子。小暮のことが気になるようでずっと傍に張り付いています。暑さを我慢することで、最近妙にドキドキする精神を鍛え直そうという目的ですが、そのドキドキは誰に向かっているのでしょうか? 小暮が頑張るなら、最後まで見届けたい。そんな決意の元、永谷は事前に冷たい水を大量に飲み、汗として蒸発する水分を確保しておくことで我慢しやすくしていたのですが、見た目にも暑苦しいちゃんちゃんこなどを着ていることもあって、もうどれだけ汗が出たのかわかりません。
「いい機会だ。小暮……、お前はいつも確率確率で推し量れると考えているようだが、理論よりも大切なことがたくさんある。それをここで教えてやるぜ」
「『心頭滅却すれば火もまた涼しい』……、そんなことをお前は言っていたな。だが、ナンセンスだ。火が涼しい確率は……うむ、何%くらいだったかな……?」
「すでに理論もおぼつかなくなっているようだな」
 ふふふ……と永谷は笑いますが、勝ち誇ってのことではありません。内心は、いつもと違う小暮を見ることが出来ることを嬉しく思っているのです。そんな永谷をどう思っているのかは知りませんが、小暮は彼女を追い出しにかかります。
「ふっ、そろそろ御託も聞き飽きてきたところだ。一気に勝負をつけようか。……火鉢三つ!」
「……じゃあ、こっちは火鉢六つであります!」
 吹雪も熱さを追加注文します。
「お餅をやくのにちょうどいいですわねぇ。辛い生姜醤油でいただこうかしらぁ」
 白花はさらに食べ物を頬張ります。
「……」
 むんむん……というか、ガンガンする熱さのなか、しばし沈黙が続きます。
 ピシリ……! と熱に耐え切れず小暮の眼鏡に亀裂が入るほどの熱気が渦巻いています。
「それで……? まあ、ちょっと暑いけどこれくらいなら許容範囲かな……」
 永谷は小暮を見つめながら言います。熱さで目の焦点が合わなくなってきていますが。
「……ところで、小暮っていつから三人になったんだ……?」
「俺はすでに前すら見えない……」
 パリン……! と小暮の眼鏡のレンズが割れます。
「おい……?」
「……」
 とうとう小暮の返事がなくなったのに気づき、永谷は心配そうな表情で傍まで擦り寄ります。
「……眠るな、小暮。寝たら死ぬぞ! 俺が暖めてやるから、もう少し頑張れ。救援は必ず来る……!」
 永谷は雪山で暖をとるように、小暮に抱きつきぎゅっと力をこめます。普段なら恥ずかしくて到底不可能な行為ですが、すでに熱さで頭が朦朧としていて何が起こっているのかわかりません。むしろ煩悩が溢れかえっています。
「もっと熱くなろう、二人で……」
「……」
「暖かい……暖かいよ、小暮……」
「……」
 永谷と小暮は抱き合ったまま動かなくなります。その顔はとても幸せそうでした。
「はい、お疲れ様。後は涼しいところで火照った身体を冷やそうね」
 救護班の一人として様子を見ていたリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)が、もう限界と判断して二人を回収に来ました。永谷と小暮はそのまま担架に乗せられて外に運び出されていきました。
「ふっ……、勝ったでありますよ」
 吹雪は、ニヤリと笑いますが、次の瞬間口からぐはぁっ! と赤い液体を吐き机に突っ伏します。それは血ではなく、唐辛子の胃液でした。
「ああ、汚いなぁ、もう……。ごめんなさい、皆さん。しっかり片付けていきますから……」
 コルセアは後始末をしてから、動かなくなった吹雪を外に連れて行きます。
「ふふ……、では私もそろそろ失礼いたしましょうかぁ……。ご馳走様でした……」
 食べ放題を存分に満喫した白羽は、ほとんどダメージを受けた様子もなく汗でずれた水着を直しながら優雅に立ち上がります。
「あ、アイス食べたくなっちゃいましたねぇ」
 そんなことを言いながら、白羽もサウナを出て行きます。