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今年もアツい夏の予感

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今年もアツい夏の予感
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その1:お掃除しましょう。
 

 というわけで、合同でプール掃除が始まりました。
 昨年から放置されていた屋外プールは案の定、かなり汚れています。
 そんなプールサイドにて。
「俺は初めて見るのだが……『ぷうる』とやらはこんな毒沼のようなものなのか。魔物の一匹や二匹は潜んでいるのではなかろうか……」
 掃除開始の合図の後、しばらくの間プールの水面をじっと眺めていたイルミンスール魔法学校の上杉 三郎景虎(うえすぎ・さぶろうかげとら)がぽそりと率直な感想を述べました。
 それくらい水が濁っています。嫌なことに、プールの底の方からポコポコと小さな気泡が浮かび上がっていたりして、明らかに何か棲んでいそうな予感です。
「皆さん、聞いてくださいね。掃除の手順としては……。汚れた水を抜く。→底や縁にへばりついている汚れを取る。→水で流す。→綺麗になったところで、新しい水を張る。という作業になります。これ以外にもプールサイドや周辺の設備も共にきれいにする必要がありますが、一度に取り掛かっても混乱するだけです。順に進めていきましょう」
 早速現場を取り仕切ってくれる人が現れました。天御柱学院のアルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)です。紺のハーフパンツ型水着+白のパーカーの姿で登場した彼は、まず溜まっている汚水を処理することから始めた方がいいと言います。スキルを有効利用し、どこから掃除していけばいいのか計画を立てて参加者たちに伝えてくれます。
「昨年から溜まっていた汚い水、これから抜きますよ。周辺にいる人たちは危ないので下がっていてください」
「いやあの……危険って……?」
 ちょっぴり不安げながらも楽しそうな笑みを浮かべるのは、三郎景虎のマスターの五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)です。彼は借りてきたデッキブラシでさっそくプールサイドの汚れを取り始めていました。ホースや洗剤なども用意されており、水で流しながら少しずつ表面を磨き始めます。
 日射病を避けるようにキャペリーンをかぶりジャージを纏い心地よい青空の下、皆と一緒にお掃除に取り組めてとても気持ちよさそうな表情ですが、元々彼は身体が弱いのです。気遣うように様子を伺っているパートナーのリキュカリア・ルノ(りきゅかりあ・るの)に、素朴な口調で尋ねます。
「どうして俺だけキャペリーンかぶってるの? これって女性向の帽子なんじゃぁ……」
「似合うから、に決まってるじゃん」
 リキュカリアは問答無用とばかりに短く答えてから、三郎景虎に向き直ります。
「やることはわかってるよね? 東雲に何かあったら、ただじゃおかないからね」
「……偉っらそうに。言われなくてもわかっているから、術師はプールの水面を監視するだけの簡単なお仕事を続けるといいぞ」
「あ〜、なんかその台詞で毒沼に突き落としたくなってきたな〜。でもまあ……きっと何かいるよね、ここ」
「というわけで、東雲は安全が確認されるまで、そこで待機!」
 警戒心露わなリキュカリアと三郎景虎に後ろに下がらされて、東雲は素直に隅っこに寄せられます。
「何をやってるんだが……。確かに、汚いし嫌な予感はするよね……」
「なにしろパラミタのことです。水を抜いたらモンスターが住み着いていたとか、普通にありそうですし、いや、あってもらわないと困りますよ、盛り上がり的に……ふふふ……」
 アルテッツァの言葉とともに、ゴボゴボと音を立てながら排水が始まりました。水面は渦巻きながら少しずつ水位を下げていきます。
「……」
 しばらくの間、全員が固唾を飲んで排水を見守ります。なにしろ、50mプールだけではなく、流れるプールや子供用のプールまで全て水を抜かなければなりません。それだけで、結構な手間隙です。
「これは時間がかかるかもしれませんね、マスター。排水を待っている間に別の作業を進めたほうがよろしいのではないでしょうか……?」
 アルテッツァの作業を見つめながら言ったのは、彼のパートナーの六連 すばる(むづら・すばる)です。彼女は少しでもマスターの役に立とうと計画の修正案を考えていましたが、ふと参加者の中に見知った顔を見つけて目を細めます。
「あ……林田樹……」
「何を警戒しているのですか、スバル。……おや、あれは……?」
 すばるの視線を追ったアルテッツァは知っている顔を見つけてやや眉根を寄せます。彼らの視線の先にはシャンバラ教導団の林田 樹(はやしだ・いつき)がいるではありませんか。
「……ん?」
 汚れたプールサイドを磨いていた樹も気づいたようで、見つめ返してきます。
「目を合わせてはいけませんよ、スバル。今日は他の人たちもいるのです。知らない人のフリをしておきましょう。関わると縁起が悪いですからね」
 アルテッツァが聞こえるように言います。どうやら彼ら色々と因縁がある模様です。
「ずいぶんなご挨拶だな、アルテッツァ。貴様は何をしに来たんだ?」
 樹は、今日は教導団公式水着+Tシャツというラフな格好で、純粋に掃除を手伝いに来たのですが、アルテッツァの姿を見つけるとこちらへやってきます。
「何の用だ、マスターに近寄るんじゃない!」
 すばるは機関銃を物質化して取り出し、容赦なく構えます。以前、すばるはアルテッツァに『スバルはこの人の代用品だ』と言われたことを思い出し、不意に敵意がわいてきたからです。
「他の人たちが見ているでしょう。やめなさいといっているんです……」
 アルテッツァは気色ばむすばるをたしなめておいてから、樹に向き直ります。ちょっと肩をすくめるようなしぐさをして。
「これはこれはイツキではありませんか。……そんなに驚かないでください。見てのとおりボクたちはただ依頼を受けて清掃をしに来ているんですから」
「掃除だと……貴様が……? にわかには信じられんな」
 フッと鼻で笑うように答える樹。
「まあいいでしょう。今日はそんな話をする場ではありません。そう……みんなで楽しくプール掃除ですよ……」
 内心教導団に対してわだかまりを持つものの、それを対外的に見せるべきでないと考えたアルテッツァは柔らかい表情で頷きます。
「そうそう……ちょうどよかったですよ。今日はイツキに紹介したい人がいるのです。……シシィ、こちらへ……」
 彼は連れのパートナーに声をかけます。
「パパーイ! 洗うための機械、借りてきたわよ。早く担当場所に行きましょ……って、え、あ、パパーイ、何……?」
 高圧洗浄機をひょいっと持ち上げながらやってきたのは、黒のビキニ+パレオという姿のセシリア・ノーバディ(せしりあ・のおばでぃ)でした。彼女は樹に気がつくと、にっこりと微笑みます。それに合わせてアルテッツァは樹に言いました。。
「セシリアと言います、ボクの娘ですよ、未来から来たそうです」
「な……貴様の娘? 確かに東洋人の血が入っているように見られるが……」
 セシリアとか名乗っている娘に東洋人も何もあったものではないと思うのですが、まあとにかく樹は驚いた表情をしました。
「この髪色……どことなくキミに似ていませんか?」
「いや……、似ていないだろう。私は黒だし、彼女は焦げ茶色だ」
 何が言いたい、という様子の樹。
「わたしは、セシリア・ノーバディ。訳あってこう名乗っているわ、過去に影響が出ないようにね。最も、わたしが来た時点で時間軸に影響は出……」
 そんな未来人のセシリアの台詞は途中でさえぎられました。向こうで掃除すると見せかけて早速女の子を眺めていた樹のパートナーの緒方 太壱(おがた・たいち)がすごい勢いで飛びついてきたからです。
「あ、ツェッツェ〜! ツェツェ! お前もこの世界に来てたのか?」
「きゃあああっ!! タイチ?! いきなり飛びつかないで、抱きつかないでよ! 相変わらずあんたしつっこい! それとその呼び方やめて!『ツェツェバエ』みたいでしょ!」
「っと、いきなり何ですか、キミは? シシィの知り合いのようですけど?」
 今度はアルテッツァが少々驚いた様子。その彼を見て太壱が自己紹介してくれました。
「……あ、こちらがツェツェの父さんね。初めまして、緒方太壱です。林田樹の息子……父親は名字で察してよ」
「『オガタ』……? イツキとあの男の息子だというのか?」
「……」
 その問いに、樹は明確には答えませんでした。ただ意味ありげに目を閉じ小さく笑みを浮かべるだけです。そして、すばるに顔を向けます。
「そこの強化人間。確か貴様はアイツのパートナーだったな……」
「……」
 話しかけられたすばるは、警戒の目で樹を見つめ返します。
「……アイツは『過去の私』に拘っているだけだ。私を倒せば、今の自分に平穏が訪れるとでも思っているんだろう。それを変えてやれるのが『強化人間』……お前だ。アイツを、アルトを救ってやってくれ、頼む」
 樹にそう頼まれたものの、すばるも戸惑っている様子。セシリアのことも胸騒ぎがして大変気になりますし、なによりアルテッツァの顔色が悪くなったからです。
「……気分が悪くなりました。スバル、ボクたちは持ち場に向かいましょう。シシィ、話が終わったらボクについてきて下さい、宜しいですね?」
 そう言いながら、アルテッツァはすばるとともに向こうに行ってしまいました。一体何があったのでしょうか? 周囲の人たちはよくわからない目で様子を見つめています。それよりも……。
「いつまでその娘にしがみついとるか、貴様はっ! 馬鹿なことをして教導団の品位を下げるな!」
 樹の放った蹴りが太壱にクリーンヒットしました。
「いってー……わーい、お袋の『教育的指導』だぁ。話には聞いていたけど、初めて体験するなぁ……」
 吹っ飛んだ太壱はまだ汚水の抜けきっていないプールに転落し、ゴポゴポと沈んでいきます。
「『初めて』? ……と、言うことはお前の居た未来では私は生きていなかった……」
 そんな台詞をはく樹とは別に、セシリアが苦笑を浮かべながら太壱に手を貸しプールから引き上げます。
「……なあ、あっちの後ろにいるの何人目だ?」
 浮かび上がってきた太壱は泥まみれになりながらも真剣な表情に戻って小声で聞いてきます。それに対してセシリアは……。
「いわゆるファースト、よ」
「ファースト……じゃ、彼女を守り抜けば未来は変わるんだな? でも、それじゃお前の存在は……」
「彼女が存在することが、幸福な未来の条件なの。元々わたしは存在してはいけないの……だから『nobody』」
「了解……お互い、何とかして悲劇を切り抜けようぜ」
 ……なんだかまあとにかく……約束が交わされたようです。
「こちらのほうが悲劇かもしれないんだけど……」
 よそ様の家庭の事情に首を突っ込まずに離れた場所に移動していた東雲とリキュカリアと三郎景虎は、水が減るにつれてプールの中からわらわらと這い出してきた変な虫をガシガシ潰しているところでありました。
 こっちはこっちで大変なことになっています。フナムシみたいな茶色い虫、大型のイニシャル“G”が寝床を奪われ襲い掛かってきます。いや水中に棲んでいたのですから正確にはイニシャル“G”ではないでしょう。ですが、姿が姿です。女の子たちはキャーキャー悲鳴を上げて逃げ惑います。
「慌てるでない。Gの字は洗剤に弱いのだ」
 デッキブラシを手に救世主のごとく登場したのは、東雲のパートナーのンガイ・ウッド(んがい・うっど)です。
「遅ればせながら……我はいま流行りのポータラカ人、ンガイ・ウッドである! 呼び難ければシロと呼ぶが良いぞ!」
「……いや、いちいち大げさに名乗りを上げなくても知ってるよ」
 東雲がすかさず突っ込んできますが、それを好意から発せられた台詞と見て取ったのかンガイは、ぴったりと彼にくっつくように寄ってきます。
「おお……我がエージェントはプール掃除に励んでいるようであるな。ひ弱なくせに忙しない事である。仕方ないので我も手伝ってやるのである」
「手伝いよりも、今はGをどうにかするのが肝心だと思うんだけど……?」
 リキュカリアと三郎景虎の奮闘を離れたところから指差しながら、東雲は言います。
「このことあるを予想して、洗剤をたっぷりと用意してきたのである」
 洗剤の入った大きな容器をドヤ顔で取り出すンガイ。それをプールサイドに垂らし始めます。
「こう……デッキブラシのブラシの上に乗ってだな、洗剤をブラシの手前から流すのである」
「使い方違うと思うんだけど」
「ええい、分からぬであるか? 説明し難いのである。……我は此処から動かんからな! ネガティブ侍の眼光が怖くても我がエージェントから離れぬぞぉおお!」
 Gを処理しながらもさっきからこちらをガン睨みの三郎景虎をネガティブ侍と呼んだンガイは、デッキブラシの上に乗ったまま洗剤を撒き散らし、小さな敵と戦い始めます。
「……うおおお、どこからでもかかって来い。我がエージェントには近寄らせんぞ!」
 時折、褒めてほしそうにちらちらと東雲に視線をやるンガイ。
「ウザいんだよ、キミはぁっ! 遊んでないで、ちったあ働け!」
 凄い勢いでこちらにやってきたリキュカリアが、デッキブラスでンガイをプールの中に吹き飛ばします。
「なああああ……! Gがっ!? Gがああああっっ!」
 水に落ちたンガイは、まだプールの底に残っていた謎の虫にたかられながら沈んでいきます。まあ、そろそろ水も抜けてなくなることですし、死ぬことはないでしょう。
「……ふう、少しは掃除できたみたいだね」
 リキュカリアは労働の汗を心地よく拭いながら、いい笑顔を浮かべたのでした。