イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

動物たちの楽園

リアクション公開中!

動物たちの楽園

リアクション


★第三章「あなたが見ているのは悲劇ですか? ――いいえ。ただの喜劇です」★

 時計の針が動く。
「作戦開始から5分経過! 総員撤収!」
 の声が響く。
「それでは、引き際のようですので皆様、お邪魔しましたわ」
「時間です」
 みとエリスたちが、声を合図にバラけて撤退して行く。仲間たちが証拠を手に入れたと信じて。


***


「ポチ! ああ、よかった。無事で」
 フレンディスが、ポチの助の姿を見て胸をなでおろす。横に立つベルクが嬉しそうなフレンディスの姿に喜びつつ、その喜びの対象がポチの助であることに複雑を想いを抱いていた。
 ポチの助はポチの助で、「いいだろう?」と言わんばかりにフレンディスの腕の中からベルクを見上げて挑発。
(本気で野良にしてやろうか)
 怒りにかられつつも、ポチを保護? してくれていたリカインたちへ礼を言うのは忘れない。

「ご主人、あっちから獣の匂いがします!」
「本当ですか」
「本当なのっ? 急がなきゃ」
 ポチの声に何より反応したのはサンドラだ。次いでアストライト。ようやく暴れられる、と唇を舐める。
 兎にも角にも全員で動物たちを保護しに向かう。
「侵入者か! ここはとおさ」
「どけどけどけぇっ」
「どぶしゅっ」
 護衛たちを殴り飛ばすアストライトの目は、とても輝いていた。サンドラは戦闘を完全にアストライトに任せ、護衛たちが守る部屋に向かう。
「ちょっと! 暴れすぎでしょっ」
 後ろから聞こえたリカインの声にサンドラはしゃがんだ。アストライトを止めようと突き出された拳が、大きな扉に突き刺さり、そのまま破壊する。
「あ」
「お前の方が暴れてんじゃねぇか、バカ女」
「元はと言えばあんたが!」
 言い争いを始めた2人はさておき。サンドラの目の前には、檻に入れられた動物たちがいた。

 怒りに震えるサンドラの横から部屋に入ったベルクは、これ見よがしに置かれた書類を手に取った。
「マスター? どうしましたか?」
「いや……! これは」
 顔が険しくなった彼を怪訝に思ったフレンディスが書類を覗き込む。

 そこには、これらの動物をイキモが買い取る、とサイン付きで書かれてあった。


***


「……ああ、なるほどな」
 入ってきた情報を頭の中でまとめ、納得しているのはアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)だ。ワキヤの動機らしきものが見えてきた。
「ま、俺達は、とりあえず息子を連れていくとするか」
 方法は、聞くだけ野暮である。

 数分後、気を失ったジヴォートを抱えたアキュートがいた。
「俺らは行くから、証拠探しがんばれよ」
「ああ。そっちも頼んだ」
 隠れていたエースらに声をかけてから、温室を去って行った。


***


 騒ぎが起きたことで、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が警戒を強める。
「てめぇらの仕業か!」
「!」
 ワキヤの護衛の1人が激昂して銃を向けてきた。すぐさま美羽がイキモの前に立ちふさがり、ベアトリーチェが『空飛ぶ魔法↑↑』を使い、その護衛を宙へと浮かせて自由を奪う。
「そちらがやる気なら、私たちも手加減はしませんよ」
「くっ」
 護衛の数は同じ。ならば、身体能力に勝る方が有利だ。それが分かっているのだろう。護衛たちが悔しげな顔をする。
「落ち着け」
 ワキヤがいさめたことでなんとかその場は収まる。ベアトリーチェも大人しくなった男を床に下ろす。同時にノック音がした。

「失礼します」

 返事を待たずに入ってきたのは、飛都。イキモの前を素通りして、ワキヤに一礼する。
「たかが嫌がらせのために多くの人間を危険にさらす行為は見過ごせません。
 今回も死傷者を出して脅しをかけるとか、無法な暴力を受けたように仕立てて信用を失墜させるとかそんなところでしょう?
 一度の失敗で懲りれば良いものを、繰り返すとは救いようがないですね」
 一息で言い切る。だがその言葉は、ワキヤだけに当てられたものではない。イキモに対しても、彼は怒っていた。
 ここまで他者を巻きこまずとも、簡単な解決法があったはずだからだ。
「あなたには密売疑惑以外に別の罪状があります。証拠もね」
 ジヴォートの存在。そのものが証拠。

「たしかにジヴォートはそやつの息子だが、それがどうした?」
 しかしワキヤは、あっさりと認めた上に紅茶で喉を潤した。飛都の顔がゆがんだ。
「私は何度もイキモに言おうとしたのだぞ? ジヴォートが生きているとな。しかしそいつは、ジヴォートの名を聞くだけで錯乱し、その先を聞こうとしなかった。
 右眉のところに傷跡が見えるか? あれはそいつが自らの目をえぐろうとした痕だ」
 ワキヤの言葉に全員の目がイキモへと向かう。右眉のはしには、たしかに傷跡のようなものがある。

「事故現場近くを通った私は、唯一生きていたジヴォートを救助し、治療のために家へと連れ帰った。もちろん、警察には通報した。疑うならば聞いてみると良い」
 彼は語りだす。イキモの罪を。
 ジヴォートの容体が落ち着いてから、何度も訪問して言おうとした。聞きたくない、とワキヤの訪問を拒絶するようになった。
 ならばと手紙を送ったが、返事はない。
「本人を会わせれば、正気に戻ったかもしれない。しかし戻らないかもしれない。錯乱した親の様子を見せつけ、子供にトラウマを植え付けるわけにもいかんだろう?
 だからイキモが落ち着くのを待っていた」

「そして3年前。こいつは私の話を聞かぬまま、ジヴォートの葬式を上げ、墓を作り、私にこう言った。

 『もうジヴォートのことは忘れる』とな。

 こいつは……自分の息子を殺したんだ。そんなやつのもとに、ジヴォートを返すわけにはいかん。そう思った私はおかしいのかな?」

 饒舌なワキヤに対して、イキモは



『今回のことは、すべて自分が招いたこと』

『だからどうか。恨むのならば……私だけにしてください。

 あの2人は何も、悪くないのです』



「本当です。
 私に、ジヴォートの父と名乗る資格などないのです。だからジヴォートのことは……」
 短く同意した。

「くーじゃん! イッキー! 歯ぁ、食いしばれーーー−っ」
「え?」
 静まり返った部屋の中に、元気な声が響き渡る。ずっと黙っていた美羽だ。しゃがみこんで、何かの構えをとっている。

 ハッ! そ、その構えは――!

「必殺! セレちゃあああん、アッパーーーーーーーーあーんど、びりびりーーー!」
 見事な伸びあがりと、拳を突き出すタイミングに角度。それはまさしく伝説の(?)セレスティアーナ・アッパーそのものだ。
 しかしそれだけではない。美羽はそこに『雷光の鬼気』による雷を拳にまとわせた。
 真似をするだけでなく一工夫入れるとは……この娘、できる!
「……はっ。いけません」
 やや茫然としていたベアトリーチェは、大きく吹き飛ばされた2人の身体を魔法で浮かせ、床にたたきつけられるのを防いだ。
 アッパーは手加減していたらしく、2人とも意識はあった。
「こ、小娘! いきなり何を」

「難しいことは分かんないけど、2人とも本当はじヴぉ君が好きなんだよね! だったらこんな風に争ってる暇あったら、本人にちゃんと伝えるべきだよ!」

 声には、美羽の精一杯な気持がこめられていた。

「うむ。そなたは良いことを言うな」
 そこへ響く低音ボイス。誰もが勢いよくそちらを見た。そこには……顔面マンボーの男がいた。

「は?」

 あ、いや。違う。宙に浮いた青いマンボー、ウーマ・ンボー(うーま・んぼー)が、1人の男の顔の前に存在した。壁になるかのように。

 からくりが分かっても、中々にシュールな光景ではあるが。


***


 ジヴォートは、生臭いにおいを感じて目を開けた。目の前に広がるのは、青色。
(なんだこれ? 臭い。鱗? これ魚? え、海の中?)
 とても混乱しているようだ。無理もない。
「少年よ。今から聞こえる言葉を、しっかりと受け止めるのだ」
 そして目の前の魚が喋ったことで余計に彼は混乱したが、次いで聞こえた父親の声に耳をすませた。

「たしかにジヴォートはそやつの息子だが、それがどうした?」

 つばを飲み込んだ彼の前で、会話は進んでいく。そして最後に聞こえた声。

「本当です。
 私に、ジヴォートの父と名乗る資格などないのです」

 知らない声だった。知らないはずだった。……だというのに懐かしい。


『おい、ジヴォート! 行儀が悪いぞ』
『まあまあワキヤ。そんなに怒らなくても』
『お前がそうやって甘やかすから、ジヴォートが……』
 目の前でじゃれあう2人。母が、そんな2人を眺めていた自分の耳元で
『まるでお父さんが2人いるみたいね』
 楽しそうにそう囁いたのに、自分は……頷きを返した。


「目の前に誰が居るかは分かったようだな。
 それがしは今から、ここを退く。
 無心となり、目の前の人物を見据えよ。
 そして口にするが良い。目の前の人物がそなたらの目に、そなたらの心に、どう映ったのかを」

 青色が消えていく。
 どう映ったか。そんなの、簡単すぎる。

「父さん」
 誰かに殴られたらしく、顎を抑えて尻もちをつく情けない男たち。目が合うと、気まずそうによそを向く。
 2人ともが、視線をそらした。
「ほんと、バカらしい。そこの人が怒るのも無理ねぇよ」
 馬鹿らし過ぎて、ため息すら出ない。
「記憶が戻ろうと、どんだけあんたがバカなことしてきたって、俺にとってワキヤ・クージャは父親だ」
 ワキヤがハッと顔を上げる。悪事に手を染めていたことを知っていたのか、と。舐めるな、と返した。そんなのとっくに知っていた。
 そこから手を引くために、イキモへすべての罪をなすりつけようとしていたのも。
「止めようとしているなら、それを少しでも手伝おうと思ったんだ」
 言葉を失くしたワキヤから、イキモへと目を移す。
「んで、どんだけバカで間抜けでヘタれで、嫌だって拒否られても。俺はイキモ・ノスキーダの息子だ」
 イキモがハッと顔を上げる。記憶が戻ったのか、と。ああ、戻ったさ。ついさっき。
「でも一番のバカは俺だ」
 もっと早くに思い出していれば、こんな大事にならなかったかもしれない。でも毎日が充実していて、記憶を取り戻す努力を、いつの間にか放棄していた。

「俺は確かにバカだけど、勝手に決めんなよ。親失格だとかなんだとか。俺にとっては昔から、父親は2人だけなんだから」