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絶望の禁書迷宮  追跡編

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絶望の禁書迷宮  追跡編

リアクション

 エルド・ダングレイは捕縛され、程なく空京警察に搬送された。
 護送される彼の手には、『無限宇宙の秩序と軌道』の表紙があった。
 それは灰の司書が再生させたときに比べ、煤けてくたびれ果て、タイトルも読めないほどだった。
 潜在した残留魔力を使い果たしたためだろう。

 大罪人は死後無限宇宙に捨てられ、狂った軌道を永遠に回され続けるという伝説があった。
 占星学から派生して、その、廃棄された魂の軌道を宇宙を巡る軌道を割り出すことが、『石の学派』の追及する奥義だった。
 それによって、過去に大罪人として処刑された偉大な魔導師たちの魂が最も地球に接近する時を知り、その時に招魂の術を行って復活させ、結社の力を増強させる。それが究極の目的だった。
 だが、その軌道を観測と計算によって割り出したとされる『無限宇宙の秩序と軌道』が異端審問の時代に失われ、石の学派は衰退した。
 細々と何とか現在まで存在を保ち続けた学派の、新たなリーダーであるエルドは、学派のいわば“失われた聖典”の著者の子孫として期待されていた。
 ――その期待に応えようと、やや勇み足になってしまった感は否めない。
 だが、手放した後、焚書に遭ったのだろうと四百年も諦められていた書の存在を感知できた時、結社の勢力復活のための糸口が見つかったと、逸る気持ちを抑えられなかったのだ。

 結社のため、ひいては自分の力の誇示のため。
 書を求めたのは欲得ずくの動機だったと、自分でも思っている。
 だが、その欲得ずくの自分を、蘇った表紙だけの“聖典”は助けようとした。
 その事実が、すべてを失ったエルドの中の何かを、微かに揺さぶる。

 煤けた表紙を指でつまみ、見つめながら、エルドは高崎 朋美の言葉を思い出す。
(その人がどんな人だったかは、書物で判る事も多い。『文は人なり』ってね。)
 くたびれたその表紙の向こうに、自分の血の遥か源に近い人の影は見えないか。エルドは乾いた目を眇め、ほとんど読めなくなったタイトルを凝視していた。





 地下書庫では、後片付けが残っていた。
 書庫で起きたこの騒ぎは、魔道書による結界で守られていたとはいえ、書庫自体に建物としてのダメージを結構与えていた。ここから出るのがいい、というエリザベートや契約者の意見を、わりにあっさり魔道書達は受け入れた。


 エリザベートと魔道書達との話し合いで、書庫の蔵書は運び出されることになった。大久保 泰輔らが魔道書達に勧めていたニルヴァーナの図書館にも、多くが寄贈されることになりそうである。ちなみにキカミと爺さんの房にあった蔵書は、禁書 『ダンタリオンの書』が引き取る気満々のようである。
 一般の書物は何とか片が付きそうではあるが、さて、肝心の魔道書達はといえば。


「俺が図書館に行っても仕方ないだろ。インチキ錬金術書って分かってるのに」
「そういうことなら俺だって無理だ」
「そうはいってもオッサンは、当時の蒸留酒作りの資料って扱いなら、図書館でも耐えるんじゃないのか」
「まっぴらだ! ヴァニの坊主こそ、画集として重宝されんだろーがよ」
「書棚暮らしなんてやだよーだ♪ 大体、またバカが僕を読んで犯罪起こしてバッシングされるのはこりごりだし」
「そんなのは俺はごまんとあった」
「あー揺籃はあるよねー。世紀末の若者だかバカモノだかに一時受けたんだもんねー終末思想。無難に爺さんが行けばいいじゃん」
「あたしは中身がR−18指定なんだが」
「私!? 無理無理無理、私、紙見本だよ!? 紙見本が図書館にあってもしょうがないじゃん!」
「私も白紙だから、行ってもしょうがない……」
「爺さん? おーい、じーさーん!! 何、今度は何を考え始めたの!?」
「……まさか、行きたくないって、無言のアピール……?」 
「リシと爺さんとか、結構いい組み合わせじゃないかな。あとベスティも。時代が違うし宗教的弾圧もないから、行けるだろ」
「でもおいらも……司書を見届けたいよ……」
「……。そうだよな……」


「…………すみません。今は図書館などに行くことを考えるより、皆、司書と最後までともにいたいという思いが強いといいますか……
 まぁ、明らかに図書館には不向きな者も何人かおりますし……」
 リピカが非常に申し訳なさそうに、イライラ顔のエリザベートに頭を下げる。ちなみに魔道書達の騒ぎはすぐ横で展開していたので、内容もエリザベートには筒抜けであった。
「じゃあいいですぅ! 皆まとめてイルミンスールの施設に雁首並べてぞろぞろ来ればいいですぅぅ!!」
「すみません……」
「けど、今はまだ施設ができてないですぅ! しばらくここで待ってもらうことになるですぅ。
 一週間程度……長くても二週間は待たせないですぅ」
「分かりました。お手数かけます」
「で、出来た施設に灰の司書と魔道書達が移って、ここが空になったら閉鎖する、と……」
 そう言ってエリザベートは、以前この地下書庫を埋め立てることを提案した、パラ実の国頭 武尊の方を振り返った。
「ということになったけどそれで構いませんですねぇ? 空の書庫をどう利用するか、もしくは埋め立てるかは、パラ実側に一任しますぅ」
「もうこれ以上パラ実の縄張りで厄介事が起こるんでないなら、それで結構だ」
 武尊は気怠そうに頷いた。





 夜のシャンバラ大荒野。
 契約者たちも地下書庫を去り、魔道書達は皆、今や期限付きの我が家ということになったその地下書庫の中に潜り込んでいる。はずである。
 パレットは、夜風に吹かれて、書庫入口近くをぶらぶら歩いていた。無人の荒野。獣の気配もなく、星が美しい。
 ふと、パレットは足を止める。
 自分の左腕に巻かれた包帯を見、そしてそれに、やはり包帯を巻きつけた右腕を伸ばして、包帯の端を掴んだ。
 一瞬置いて、包帯を引きはがそうとしたその腕を、いきなり掴んだものがあった。
「リピカ……」
 パレットの目の前で、リピカの長い銀髪が揺れた。
「まだ……諦めなくてもいいんじゃないですか?」
「……。もう、司書に負担をかけるつもりはないから」
「それでも、自ら捨てることはないでしょう」
 パレットの両腕と胸に巻かれた包帯。
 その下に、彼が焼失した彼自身の一部である灰が巻きこまれていることを、リピカは知っている。
 司書に再生してもらうなら、自分は最後でいい。そうやって彼は、自分の灰は自分で保持していた。
 包帯を解けば、夜風が彼の一部を荒野に散らしていくだろう。


 やがて、パレットは包帯の端を放して、右手を下ろした。
「……。帰りましょう、パレット」
「そうだな」


 無人の荒野の上で、星が瞬いていた。


     【完】 

担当マスターより

▼担当マスター

YAM

▼マスターコメント

 参加してくださいました皆様、お疲れ様でした。
 今回は本当にいろんな意味で、自分の限界を思い知りました。
 シナリオガイド作成時点から、どうしてもわかりやすい簡潔なものにできず、非情に苦戦しておりました。リアクションの方でも何度もつまづき突っかかり、本当にリミットぎりぎりでの提出になりました。称号を考える暇もなく、本来ならPLの皆様に個別でご挨拶したしたいところも、時間の都合で今回はそれもできませんでした。
 分かりにくい部分も多々あったであろうあのガイドから素晴らしいアクションを作ってくださった皆様方に、ただただ心より感謝いたしております。前回からの参加の皆様も、新規の皆様も、うちの奇妙な魔道書達の物語に関わりを持ってくださって本当に嬉しかったです。ありがとうございました。(こいつら憎悪とか軽蔑とか言ってた割には結構簡単に人間になびいたんじゃね? という印象を持ってしまった方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません、いろんな意味で私の文章の未熟さゆえです……)
 地下書庫での事件は、一応終わりを告げました。が、このけったいな魔道書達はこの先、またどこかでシナリオに現れると思います。その時は今回の2話よりは、幾らかコメディ色も出してみたいものだなどと、考えていますがさてどうなるやら(苦笑)。
 あとどうして私は、隙あらばエリザベートにキレツッコミの役割を振りたがるのかという、自分への謎が残りました……

 それでは、またお会いできれば幸いです。ありがとうございました。

▼マスター個別コメント