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デート、デート、デート。

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デート、デート、デート。
デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。

リアクション


●やってきました『スプラッシュヘブン』

 超の上に喜んで『弩級』をつけよう。
 それがこの施設の大きさだ。街一つが丸々入っているのではないかと思えるほどに広い。しかもそこに足を踏み入れる者の99パーセントが水着着用だったりするのだからまさしく異世界である。
 いわゆる大プール、競泳用プールもあれば高飛び込み可能のプールも、波の出るプールもある。大小さまざま目が眩むほどある。名物ウォータースライダーは、ゆるゆると滑るお子さま用レーンから、阿鼻叫喚のマックススピードレーンまで多種多様、数人で一斉に滑る競争レーン、二人で小さなゴムボートに乗って滑るカップル用レーンもあった。これらすべてが半透明のドーム型天井に覆われ、常夏の世界を作り上げているのだ。ちなみに年中無休であるという。
「お、お待たせいたしました……」
 顔を隠すようにしていそいそと、女子更衣室からフィリシアが出てきた。
「おう、こっちだ」
 迷彩柄のブリーフ海パン姿で、ジェイコブはひょいと片手を上げる。
「想像のはるか上をいく巨大さだな。一日では回り尽くせないかもしれない。久しぶりにのんびりとできるな……フィル、どうした?」
 話ながらジェイコブは、フィルの様子が気になった。なにやらもじもじとして、足の指先で字でも書くような仕草をしている。
「……え、あ、な、なんでもありませんわ!」
 まさか堂々と自分の水着姿の感想を訊くわけにもいかず、フィルは怒ったような声を出して歩き出した。
「さっそくシャワーを浴びてプールに入りましょう。着替えただけで汗ばんでしまいましたわ」
 と言ってスタスタと歩くわけだが、彼女の鮮やかな南国風の花柄のビキニ、腰回りを彩るシースルーのパレオ、大人っぽく加味に飾った花、そして白い肌は、なんともセクシーなもののようにジェイコブの目には映った。大きすぎず小さすぎないフィルのヒップが左右に揺れている。背中から腰にかけてのなだらかなラインも美しいではないか。ほどいた髪が、それを隠すカーテンのようにちらちらと動いている。
 ジェイコブは決して枯れた男ではない。フィルが思っているほど朴念仁でもない。ただ、人並み外れた自制心があるだけだ。だがその自制心も、普段とはあまりに違うこの環境下では、いくらか効きが悪くなっているようだ。
「こいつ、意外とこう、出るところはきっちり出ていて、くびれるところはきっちりくびれてるな……ああいかんいかん!」
 などと呟き首を左右にシェイクするはめになってしまった。
「なにかおっしゃいまして?」
 きょとんとした表情でフィルが振り向いている。
「いや、何でもないぞ。何でも!」
 派手に咳払いするとジェイコブは彼女の背を追い並んで歩いた。肩に手を、置きたくなる誘惑と戦いながら。
 そんなジェイコブとフィリシアをぼんやりと目で追っていた黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)だが、
「竜斗さん、よろしいですか……?」
 背後から声をかけられて飛び上がった。なんとなく後ろめたい気持ちを抱きながら振り返ると、おずおずと照れ笑いしながら、ユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)が更衣室から出てきたところだった。
 竜斗の心臓は、某太鼓ゲームをドンと一発、叩いたときのような振動を覚えた。
 ――可愛い。
 大げさではなく。
 ユリナは顔の左側隠したいつもの黒髪。けれどその服装は、いつもとはひと味もふた味も違うのである。レース飾りのついた黒い水着で、ちゃんとセパレートになっている。胸元に大きな白いリボン飾りがついているのもよろしい。腰から下はスカート状で、フリル地が少し幼いようでもあり、けれどユリナが精一杯自己主張しているようでもあり、なんとも印象的だった。いずれにせよ、健康的な愛らしさがある。
 ジロジロ見るのはいけないと思い、目を逸らしながら竜斗は言った。
「今日は……その……誘ってくれてありがとうな。……水着、よく似合ってるぞ」
 なんとも照れくさいが、正直な気持ちを伝えられたので満足だ。ユリナの顔が、ぼっと火を噴いたかのように紅くなった。
「ありがとうございます。竜斗さんと来ることができて、よかったです」
 この日、プールに行こうと誘ったのはユリナだった。引っ込み思案な彼女にしては驚くべき大胆さではないか。二人は恋人同士なのでデートに行くのは珍しいことではないが、ユリナから誘うというのは実に珍しい。
 だから、という気持ちを秘めたまま竜斗は言った。
「せっかく来たんだ。楽しまなきゃな」
「……はい。たまにはこうして平和に遊んでもいいですよね」
 竜斗が手を伸ばすと、ユリナはすっとその手を握った。
 シャワーを浴びて二人、水をしたたらせつつプールの一つに向かう。
 けれど――なんとなく竜斗には違和感があった。奥歯にゴマでもはさまっているかのような……。さっきから妙に視線を感じるのである。誰も見ていないと思うのだが、いや、しかし……。
 ふっと振り返ってみたが、彼はなにも見つけることはできなかった。
 竜斗が出し抜けに振り返ったので、肝を冷やしてミリーネ・セレスティア(みりーね・せれすてぃあ)は柱の影に隠れた。
 危なかった。
 ミリーネは溜息をついた。
 こうして影ながら主殿を守るのも騎士の務め、そう誓っているミリーネは、本日こうして、主殿(竜斗)とユリナのデートを護衛しているのだった。といっても気づかれてしまっては色々と台無し、ゆえにこうして黒子よろしく身を隠し尾行しているという次第だ。もちろん、不審人物と思われないようミリーネ自身も水着を着用している。まあ問題があるとすれば、不幸にして使える水着がなかったので、ユリナのスクール水着を無断借用して着ているところくらいだ。(ユリナとミリーネとではサイズが激しく違うので、あちこちきつく、とりわけ胸はパンパンで大変なことになっているのだが敢えてそこには触れまい)
「主殿のリードでユリナ殿ともどもプールに入ったようだな。まずは滑り出しは快調……」
 言いながらもミリーネは油断無く目を光らせていた。
 なぜってここには、いるべきはずの人物がいないから。
「一番の心配は……セレン殿が何かトラップを仕掛けていないかということだな。それにも気を配らねば……」
 つい唇から言葉が漏れてしまった。
 そう、セレン・ヴァーミリオン(せれん・ゔぁーみりおん)の姿がないのだ。ともに竜斗たちを守ると決めて出てきたはずなのに、セレンはさっさと着替えるや、
「リュウとユリの仲を進展させるために一肌脱ぐとするぜ〜」
 などと言ってぷいと姿を消したのである。
「進展とはどういう意味か!?」
 というミリーネの問いかけは虚しく夏空に溶けた。
 ゆえに今回彼女にとって、最大の心配の種はセレンの動向ということになる。
「まったくセレン殿もわざわざ人為的に進展させようとせずともよかろう。お二人はほのぼのとしているのが一番というに……」
 柱の影から出て椰子の木陰まで小走りで移動するミリーネの背に、仁科 耀助(にしな・ようすけ)がイタズラっぽい目を向けた。
「なんだか窮屈そうな水着を着ている子がいるね〜? 声かけてみよっかな〜」
「で、でも……」
 すると彼の連れ、一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)が文字通り泣きそうな顔をしたので、耀助はクルリと振り向くと、
「冗談だよジョーダン」
 あははと笑った。
「だって今日は悲哀ちゃんとデートだもんねー」
「え? いま……」
「呼び方? いきなり『ちゃん』付けでびっくりした? いいよね?」
「い、いえ……そ、それもですけど……あの……」
 頭の中で花火が爆発したような、それなのに膝から力が抜けていくような、そんな感覚に悲哀は襲われていた。もちろん、悲しいからじゃない。
「いま、『デート』って……言ってくれました……」
 しかしその呟きは小型の蚊が鳴いているかのようで、まるで耀助の耳には届いていない。
 いいのだ。それでも。
 ここから少し、回想シーンとなる。
 十分すぎるほど時間的余裕を見て一週間前、偶然を装って耀助の下校時に悲哀は彼に声をかけた。
「……こ、こ、こんにちは……今、帰りですか……奇遇ですね……」
「おっ、久しぶり。夏合宿以来かな? 元気してた?」
 さすがに今度は、耀助も悲哀を忘れていなかったらしい。トレードマークとなっているへらりとした笑みをひょいと向けてくれた。
 さあ、ここからが大変だ。一生懸命練習してきた台詞だが、つっかえつっかえ悲哀は言った。
「ス、『スプラッシュヘブン』……って、ご存知ですか……?」
「巨大プールの? 行ったことないけど知ってるよ」
 次の台詞を言うために、悲哀にはこの夏一番の勇気を振り絞る必要があった。
「私と一緒に……そ、その……『スプラッシュヘブン』へ行きませんか? プールとか私、行ったことなくて……」
 ああここで視界が真っ暗になる。断られたらどうしよう。「別の女友達と約束があってね」なんて言われたら、悲哀は立ち直れないかもしれない。震える声で続けた。
「……私が……仁科さんと一緒に……行きたいんです。一緒に……行って下さらないでしょうか……?」
 とりわけ後半は哀願するような口調になってしまった。もしここで針で突かれたら、悲哀は風船みたいに破裂してしまうかもしれない。
 しかし風船は破裂しなかった。緩やかに元のサイズへと戻ることになった。なぜって、
「いいよ。いつにするー?」
 何気なくへらりと笑み浮かべて耀助が返事したからだ。
 ――といった過程を経て、悲哀は長い時間をかけて選んだ青いビキニ姿で、今こうして彼と並んで歩いているのだった。鮮やかな水着の青は彼女の髪色にもマッチしており、南国の小鳥の羽のようである。
 実は今日『デート』という意識は悲哀にはなかった。ただ一日一緒に過ごすというだけだった。けれど今「デート」と言われてこの状況を急に意識するようになり、悲哀は天にも昇らん気持ちと、巨大な石を背負っているような気持ちの両方を同時に胸に抱いていた。
 学校でも、外でも、いつの間にか悲哀は、無意識のうちに耀助の姿を求めるようになっていた。遠くから眺めるだけでも、彼の姿を見られるだけで満ち足りた心になったものだ。それが、デートだなんて。
「に、仁科さん……こんな私と、デデ、デートしてくれてるんですね……」
「オレは最初からそのつもりだよ〜。悲哀ちゃんは、嫌?」
「嫌だなんてとんでもないです……! 光栄です……とっても……」
「そういってもらえると嬉しいなあ。ところで、ひとつお願い」
「お願い……!? なんですか……?」
 彼はやはり笑顔で、けれども、少しだけ真面目な表情で言った。
「オレのことは『耀助』でいいよ。仁科さん、ってどうも、他人行儀っぽくてさぁ」
 悲哀にとって今日はまさしく、驚きと緊張と歓喜の連続だ。
 彼女は仰天し、硬直し、そして紅潮しながら、もう一歩踏み出したのである。
「はい……にし……いえ…………耀助、さん……」
 本日の悲哀と耀助に、幸あれ。