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THE 合戦 ~ハイナが鎧に着替えたら~

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THE 合戦 ~ハイナが鎧に着替えたら~

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4ターン目:【シェーンハウゼン】 〜 ROUND4 〜

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 さて、その少し前のこと……。
 すでに戦いが始まっている左翼陣営に程近い森の入り口付近には、シャンバラ軍の武将たちが集まっていた。敵攻略のためにやってきたのだが、雲行きが悪そうだった。
「まずいな……、森の中には兵が手配されているぞ……」
 うっそうと繁る木々の隙間からこっそりと顔をのぞかせた匿名 某(とくな・なにがし)は、【シェーンハウゼン】の古代ローマ兵たちが張り込んでいるのを見て困惑の表情になった。
 森の中のほうが手薄だろうとの考えから進軍してきたのだが、敵はすでにそれを予見して大勢の兵士たちを森の中へと投入し警戒に当たっていたのだ。
 側面からの攻撃に弱い鶴翼の陣を敷いている彼らのこと。森の中から回り込まれるのを恐れて丹念に警備をしているのは当然であった。
「おい、ヤバイぞ。向こうでは火が燃えてやがる。誰だよ、森に火つけたの。進めねえぞ」
 某のパートナーの大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が、周辺の見回りから戻ってきた。
 夏のイベント【武将イラスト保有者】で、1000の『弓兵』を用意してきたのだが、これ以上進むと交戦せざるを得なくなるだろう。貴重な部隊をこんなところで消耗したくなかった。
「面倒なことはやりたくないですね。敵の大軍と戦うとか真っ平ごめんこうむりたいところです」
 某の軍勢の後ろからついてきていたのは、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)の率いる槍を装備した部隊だった。
 彼は、平原で猛威を振るっているらしい呂布の軍勢をかわしてこそこそと北の砦に回りこもうとしていたのだが、【シェーンハウゼン】の軍団も監視しているのに気づき、森へと進路をとったのだ。
 こちらからなら目くらましになってうまくたどり着けるのかと思ったが、そうもいかないようだった。
「……平原もだめ、森からもだめ、どうしましょうか……」
 小次郎は考える。なんというかこう、目立たず楽して解決できる方法はないのだろうか……。
 某も小次郎も戦場の主役にはなれそうにないので、せめて主役達の手助けができることをしたいと思っていた。ここで引き下がるわけには行かない。
「う〜ん、楽な方法、楽な方法……」
 そんなに都合よく、ぼくのかんがえたすごいさくせん! が思いつくわけもなく小次郎はため息をついた。
 某も同じだったらしく、二人は顔を見合わせる。
「もしかして、そちらも……?」
「まあ、ないことはないがな。試してみるか、楽な方法。こんなところで手をこまねいているよりはましだろ」
 小次郎と某は、森の片隅でヒソヒソとやりだす。
 十分に作戦をすり合わせてから 小次郎たちは軽い狩りに出かけることにした。
 敵の見回りの内、やや頼りなさそうな古代ローマ兵に狙いをつけて、相手をひきつけておいてから不意打ちで捕まえた。
 小次郎は、ボコボコにした上で衣装と武器を剥ぎ取る。哀れな兵士たちを裸のまま縛って草むらの陰に捨てておいて、衣装をローマ歩兵の武装に着替え直し、敵兵の中に紛れ込むことにした。
「というわけで、どこまで誤魔化せるかは知りませんが、これからちょっと敵陣の様子を見てくることにします」
「俺たちは、この辺にいる敵と適当に戦ってみるぜ。もちろん、追いかけてきたら逃げるし、遠くからだらだらと弓を放ってみるだけだな」
 某は森の中の敵軍は、3000人もいないことを見て取った。きっとどこかの軍団が一部の兵力を割いているだけだろう。森の中に火も回り始めているし、敵が全軍でないなら、互角の戦いができるのでは、と考える。
「康之はこれからハイナのところへ行って金をたくさん借りて来てくれ」
 計画を変更して康之に耳打ちする。ここを突破できないと何も進まない。兵力を減らさずにちまちま粘るしかなかった。
「……何を言ってるんだ?」
「まあ聞けよ」
 某は、とりあえず自軍を一人で率いてパートナーをお使いに走らせるつもりだった。
「……いや、そんな無茶な。そんな計画成功するわけがない」
 話を聞くなり、康之の顔も苦笑が浮かぶ。
 しばらくして……某は、自軍に進撃命令を出した。
「いいかお前ら、頑張るなよ。目立たず行こうぜ……」
「私の軍勢は、森の入り口辺りでとりあえず待機ですね。しばらく一人で行動しないといけないようですので」
 謎の指令に小次郎の兵士たちは不安げにざわめく。ここにいるだけなんて敵に襲われ放題ではないか。それでも戦うなと? しかも指揮官の武将なしでどこまで行動できるのか……。
「いいですか、私が帰ってくるまでくれぐれも森の奥へ行くんじゃないですよ。それでも、もしもの時は……シャンバラ軍のため、皆のために死んでください。犬死はさせません」
「……はっ、喜んで!」
 小次郎の力強い言葉に兵士たちは、気を取り直しビシリと笑顔で敬礼する。これは、何かやってくれそうだ、と大物を見る尊敬の眼差しだ。
「……いや、そこまで期待されても困るんですけどね……」
 ぼくのかんがえたすごいさくせん! 敵は気に入ってくれるだろうか……。 



「森に敵軍が入り込んできたようでございますね。それくらいのこと、ワタシたちが予想していないとでも思っておられたのでございましょうか……」
 左翼後方に布陣していた第七軍団長のガイウス・クラウディウス・ネロは、シャンバラ軍の弓兵や密偵が森へ侵入してきた報告を真っ先に受け取り、表情を引き締めた。
 彼の共和制ローマでの功績は……。マルケルス門下で武将としての才能を開花させ、師と同様、ハンニバル軍に対して積極戦法で臨んだ。例外なく、政治家であり軍人でもあって、紀元前207年、ハンニバルの弟ハシュドゥルバルが兄の救援のために北イタリアに侵入した際、メタウロの会戦において彼を撃破し、ローマの危機を救った。
 そんなガイウス・クラウディウス・ネロが、側面から回りこんでくるであろう敵に対して何の対策も立てていないわけはなかった。
 左翼の配置されている地点は、主戦場南側の森林地帯に近いため自軍から多くの兵員を割き、監視哨を設け、警戒にあたらせる事で、森に隠れながら側面に回り込もうとする敵軍からの奇襲を防いでいたのであった。
 その正体は、シャンバラ教導団のオットー・ツェーンリック(おっとー・つぇーんりっく)であった。
 まだ【シェーンハウゼン】は大兵力を擁し、勝負もついていないにも関わらず、彼は早くもこのままでは嫌な方向に進みつつあることを感じ取っていた。
 ハイナは全くこちらの手には乗ってこない……。
 そもそも、側面からの攻撃を防ぐ目的も、『側面を衝く事は困難だ。それよりも、比較的手薄な中央を突破する方が良いのではないか?』という心理へと敵を誘導し、中央突破を図らせることだったのだ。
「敵は、何を待っておられるのでしょうか……?」
 問題はそこであった。
 ハイナたちは、【シェーンハウゼン】に奇襲と分散攻撃でちくちくと仕掛ける。まあ、それなりに驚かせはしたが、致命的ではない。
 だが、ハイナがその戦術を用いた理由は何? 兵法書を読んだのもあるだろう、信頼のできる優秀な側近もいるだろう。そんなことではない、もっと根本的な理由……。
 敵が罠にかからない理由……総司令官は、何かを見誤った……?
 オットーの森林対策の甲斐あって、敵の行動は逐一手に取るようにわかった。そう、側面からの攻撃は無理だと心理的に思わせ、比較的手薄な中央を狙わせ突破させるために誘導を……。
「心理的……」
 伝令が去っていくのを見やりながら、彼はふと呟く。
 計画通り進んでいないのは、ハイナがこちらの望む心理状態になっていないということだ。兵力で劣っていて、かつ【シェーンハウゼン】に致命的ダメージを与えていないのに、それだけの心理的余裕があるのは、何故? 
「……ハイナは我々に勝ちたくないのでございましょうかね。……いや、違いましょう……」
 簡単なことだ。オットーは一つの可能性に思い至る。
 そもそも、このゲーム内におけるハイナ側の勝利条件は……? 
 それは、当然バグ信長を倒すこと。【シェーンハウゼン】を完膚なきまでに倒すことでもないし、クレーメックを討ち取ることでもない。ここが、バグに取り込まれたクレーメックの見逃していたところであった。
 クレーメックは根が性善説の持ち主なのだろうか。敵もまた自分たちと同じく教科書通りの優等生的対応をし、真面目に正直に正面から決戦を挑んでくるはずだと想定していたのである。
 だが……ハイナは、この大軍をまともに相手にするつもりはない……。
 バグ信長を悠々と倒しにいけるほど長い間、【シェーンハウゼン】をこの場に足止めしておけばいいのだ。今行われている分散攻撃などではない、もっと効果的な方法がある。
「……彼女もソツのないこととは存じておりますし、別軍団であるワタシが口出しするのは差し出がましゅうございますが……」
 そう前置きしてオットーは伝令を走らせる。
「念のため第三十三軍団にお伝えいただけますか。お客さんが、森を潜り抜け真っ直ぐにそちらに向かうので、どうぞ丁重に歓迎の準備を整えてくださいませ、と」
 彼らが最も困るのは、ハイナが中央突破戦術に引っかからないことではない。攻撃の要になる砦を陥とされることだ。間違いない、敵はそこをついてくるだろう。
 さて、とオットーは頷く。それだけわかったらやることは決まっている。誘い込んで包囲殲滅だ。
「計画外ですが、森を行くお客さんを奥へとお通ししてさしあげなさい。もちろん、監視を忘れてはいけません。偵察には、砦の守りが手薄だとそれとなく察しさせてさしあげましょうか。敵が軍勢を率いて砦に辿り着いたら、第三十三軍団と我々第七軍団とで挟み込んで、一気に粉砕して差し上げましょう」
 他の軍団間とも連絡を緊密にしなければ、とオットーは伝令を集めた。戦闘中の軍団もあるが、対応と警戒くらいはできるだろう。
 第三十八軍団の放った火は、少しずつ大きくなってきている。その内、敵は逃げ場すらなくなるだろう。
 情報を精する者は世界を制す。ニセ情報も流して敵を思いのままに翻弄してやろう、とオットーは自信ありげに笑みを浮かべる。
「正確な情報を素早く入手する事が重要なのは、何も現代戦に限った話ではございません。クラウディウス・ネロが勝者となれたのは、ハシュドュルバルの軍の動きをいち早く察知できたおかげでございますよ」



 その頃……。
「あ〜、兵種選べるなら、全員ビキニプレートの美少女戦士軍団にしておくべきだったぜ」
 ナンパ好き男で有名なシャンバラ教導団少尉のハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)は、古代ローマの軍人でもあり政治家でもある ヴァレリウス・レヴィヌスとして、この世界に出現していた。
 ヴァレリウス・レヴィヌスは、第二次ポエニ戦争(ハンニバル戦争)中、ハンニバルと同盟を結んだアンティゴノス朝マケドニア王国のフィリッポス5世と対峙した。イタリア対岸のダルマチア地方を守りつつ、巧みな外交を展開し、エジプトやギリシャ諸都市と同盟を結び、マケドニア包囲網を完成させてその動きを封じ込めた。
 それほどの男が、第九軍団長として中央の後方に控えているだけだった。 
 彼は、遅々として進まない戦況に手持ち無沙汰で退屈していた。やることは全部やってあるし、周囲の警備も万全だ。辺りを見回しても可愛い女の子などいやしない。しかめ面のマッチョな古代ローマ兵ばかりだ。
「もうさ、失敗だろこれ。早く画面切り替えて、女の子ばかり出てくるゲームやろうぜ。なあ、そう思うだろ?」
「……」
「お前、シャイなんだな。無口だし」
「……」
 ヴァレリウス・レヴィヌスが、歩兵との会話も飽きたときだった。怪訝な表情をしながら、軍団の上級兵士の一人がやってきた。
「失礼いたします、軍団長。ハイナ・ウィルソン本人より、総司令官さまへ。密書と贈り物が届いております」
「……なんだって?」
 ヴァレリウス・レヴィヌスは思わず耳を疑った。
「プレゼント? ハイナが、俺に?」
「……総司令官さまに、です」
 上級兵士が持ってきたのは、書状の入っているらしい長円柱の筒と、小さな箱。
「本当なのか……? っていうか、どうやって手渡されたんだ? 俺たちとハイナの接点って、今のところねえだろ?」
「ハイナの身辺を探るために潜伏していた密偵が持って帰ってきたのです。顔を覚えているので、その者は我が軍の密偵に間違いないのですが……。戻ってくるなり、これを総司令官さまへ、と私にことづけ姿を消しました」
「それは……、見つかって捕まったということじゃねぇか……」
 ヴァレリウス・レヴィヌスは、表情を険しくした。
 敵陣に偵察に行っていた部下が戻ってこないわけだ。向こうにも優秀な側近と忍者がいるのだろう。その辺りから情報が漏れたのだろうか。しかも、殺されたかと思いきや、何やら受け取ってホクホク帰ってきただと……? 
「報告に来ず姿を消すとはねぇ、……カネでも貰って寝返った後ろめたさかな……?」
「私も不審に思い、直接総司令官さまにではなく、軍団長に確認してもらおう、と」
「ああ、そうかよ……、何かあってもアイタタな目に遭うのは俺だからな。毒見でもなんでもするぜ〜っと」
 ヴァレリウス・レヴィヌスは箱と筒を受け取ると、眉をひそめる。外見上は特に問題はない。だが、すごく嫌な予感がした。だからといって、調べないわけにもいかない。
「……あけてみな」
 ヴァレリウス・レヴィヌスは、さっきのシャイで無口な歩兵に箱を手渡した。
「……」
 シャイで無口な歩兵は箱を開け中身を覗き込む。
 ドオオオオオン! 轟音と共に箱が爆発した。火薬をふんだんに使っての仕掛けが仕込まれていたらしい。
 その歩兵は、哀れ上半身が吹っ飛び黒焦げになって死んでいた。
「やっぱりか」
 普段は軽薄なヴァレリウス・レヴィヌスが、怒りをあらわにする。
 怪しいとは思っていたが、一歩間違えれば自分が被害にあっていたところだ。いや、それ以前に総司令官に届いていたら……、まあ彼のことだ。そんな間抜けではなかろうが。いずれにしろ未然に防げてよかった。
「もう一度、警備を徹底させろ。怪しいものを見つけたら、触らずにすぐ報告だ。周辺も何度もよく探索しておけ」
 ヴァレリウス・レヴィヌスが軍人の顔になって言う。暗殺や事故を防ぐのが彼の役目だった。これ以上調子に乗った真似はさせるつもりはない。
 その言葉に、兵士たちがざわめいた。混乱と困惑振りが伝わってくる。
 ヴァレリウス・レヴィヌスは兵士たちの動揺が手に取るようにわかった。
 敵に寝返った者がいる……? あれほど結束が強かったはずなのに。しかも密偵は忠誠心高い人物だった。その彼が寝返るなんて……もしかして他にも……? もう誰も信じられない……。疑心暗鬼が伝播し蔓延していく。
「爆弾一つでやってくれたな、ハイナ。見損なったぜ……」
 いい女には、棘がある。
 こりゃ、しばらく縁がなさそうだ、とヴァレリウス・レヴィヌスは天を仰ぐ。
「ところで軍団長」
 別の伝令がやってきた。
「敵が森の中を通ってこちらに向かってくるという情報が伝わってきました。恐らく我が軍の背後を突こうとしているのではないかと」
「……ダメじゃん。まったく、何をやってるんだよ。作戦失敗してるじゃねえか。自分の持ち場すら守れねえのかよ?」
 ヴァレリウス・レヴィヌスは不満げに言った。
「で、手の空いているオレたち第九軍団が、森の中から襲い掛かってくる敵を迎撃しろってか? 地点的にはそうなんだろうが、仕事違うだろ? オレたちは正面突破の伏兵のはずだぜ。敵に姿を晒してどうするんだよ? ……ああ、腹立つ。まあ、暇していたからいいけどよ」
 そんな中、第九軍団の本陣付近が騒がしくなり、兵士たちがざわめき始めた声が聞こえた。
「さっそく来たな。敵が現れたのか?」
 急に忙しくなってきやがったぜ、といきいきし始めるヴァレリウス・レヴィヌスの元に、また別の伝令が駆け寄ってくる。
「ん、なんだと? で、そいつはどうしたんだ?」
「連れてまいりました」
 他の武装兵に両脇を抱えられ、シャンバラ軍の密偵と思われる男が連れてこられた。兜を目深にかぶった、怪しさ爆発の男であった。ご丁寧に、信長軍の兵装を整え見つかりにくくしていたようだが、そんな小細工は通用しないのだった。
「実は、この男がこれを……」
 伝令が、敵の密偵から没収したらしい小さな箱と書状の入った長い円筒を差し出してきた。
 ええええ……、とテンション下がり気味で半眼になるヴァレリウス・レヴィヌス。
「またさっきと同じ手かよ。芸がねぇな」
 彼は、ニッコリ微笑んで捕らえられている密偵に言う。
「その箱、開けてみな。おかしな真似をしようものなら即座に死ぬぜ。……あ、どちらにしろ、お亡くなりになるのか」
 ヴァレリウス・レヴィヌスの言葉に、密偵と思しき男は両腕を離され箱が手渡された。その後ろから、無数の槍がいつでも相手を突き殺せるように構えられる。
「……」
 密偵と思しき男は、観念したように箱を開けた。何も起こらなかった。
「……えっ!?」
 爆風を避けようと距離をとっていたヴァレリウス・レヴィヌスは、箱の中身を見て驚きの声を上げる。
 箱の中にみっしりと詰まった輝く物体。黄金……。魔力を秘めたような光を放つ砂金が、ふんだんに詰め込まれていた。
「これは……?」
 疑問顔のヴァレリウス・レヴィヌスに、密偵を連れてきた部下の兵士が、無言で書状の入った長い円筒を差し出してくる。
「……」
 用心しながらも、書状を取り出し中身を確認した彼は、更に目を見開く。
ガイウス・クラウディウス・ネロ殿。
 お約束の件、お待ちしているでありんす。
 軍資金を用意したでありんす。
 くれぐれも悟られぬよう気をつけられよ。
 かしこ。 ―― ハイナ・ウィルソン ――

「この者、第七軍団へと向かおうとしているところを捕まえたのですが。それは……?」
 不審な口調の兵士に、ヴァレリウス・レヴィヌスはふっと笑った。
「一見……、寝返りを促す書状とも読めるな。だが、まあ彼に限ってそんなことは有り得ねえだろ。きっと、彼を疑わせようとのつまらん小細工だ」
 よく使われる手だと判断し、ヴァレリウス・レヴィヌスは書状を丸めて筒に突っ込むと、送り返すように命じる。
「一応、第七軍団長にもお知らせしておいてくれ。敵は、お前を陥れようとしているとな。……はい、事件はおしまいだ。各自持ち場へお戻れ。敵がいつ出てくるかわからねえぞ」
 何事もなかったように、彼は言う。
 斬り殺されると思っていたハイナの使いは、開放されて大喜びで帰っていった。もちろん、手土産を持たせてやるのも忘れないところがヴァレリウス・レヴィヌスの抜かりのないところであった。お土産を貰って帰ってきた密偵を見て敵はどう思うだろうか。
「ふう……、やれやれ」
 ヴァレリウス・レヴィヌスは一箇所に固まっているのも飽きて、辺りをぶらぶらと歩き始める。ここから見える森の奥へとふと目をやって……。
「?」
 森の奥からかすかに漏れ聞こえてくるざわめき。伝令の報告どおり、敵が森の中を進軍して来ているのかもしれなかった。
 第九軍団の隊形を引き締めた彼は、警戒しながら伺う。敵がいつ森から飛び出してくるかわからなかった。
「……」
 しばらく待ったが何も出てこない。
 このまま、出撃して一網打尽に討ち取ってやるか……。ヴァレリウス・レヴィヌスは考える。うん、間違いない。敵は森の中にいる。出口付近で待ち構え、一気にカタをつけてやるのがいいだろう。
 いや、勝手に動くのはまずいか? 彼の任務はあくまで伏兵である。事前に芽を摘んでおくことも重要なのだがイレギュラーの事態に単独行動はまずいと思った。
「……」
 ……敵は罠を仕掛けて待ち構えているに違いない。こちらを誘い出して何かするつもりではなかろうか……。
 ヴァレリウス・レヴィヌスは、油断することなくじっと待つ。



 同時刻。
「それにしても、ハイナもよくこれだけの砂金を用意できたものです。どこに溜め込んでいたのやら?」
 砦から離れた森の中。
 開放された密偵は、箱の中を見つめて首をかしげていた。彼は、先ほど信長軍の武装を奪い敵兵のフリをしていた小次郎であった。
(まあ、あの場で斬り殺されることはないと思っていましたけどね。また、そうなっても暴れて無双するつもりでしたが。……向こうは策士です。だから考えるでしょうね。捕らえた密偵をどうにか利用できないか、とね)
 盗人に追い銭というのだろうか、更に工作費用に見せかけたお小遣いまで貰ってしまった小次郎は、森の奥から自分と同じ格好をした康之が戻ってくるのを見つけた。
「騙された。この砂金、ただの色のついた砂じゃねえか。しかもこの箱上げ底だし。見ろよ、表面にしか金色の砂がねぇ。これはひどい……」
 康之は全く同じシチュエーションを第七軍団長の目の前でやってきた後だった。つまり、ガイウス・クラウディウス・ネロの元にマルクス・ポルキウス・カトーへの寝返りの誘いの手紙を持って行ったのだった。
「ハイナ、お金用意できてないじゃねえか。で、貸してくれずにご覧の有様だよ。これ、敵が本当に砂金を没収していたらどうするつもりだったんだ? すぐにばれるじゃねえか」
「いや、返してくれると確信していましたよ。どんな形であれ、『敵の密偵と思しき者から金品を受け取ったらしい』こんな噂、【シェーンハウゼン】内じゃ嫌うでしょう」
 真面目で潔癖そうな連中ですからねぇ、と小次郎は小さくうなずく。
「……計画通り、某殿は、敵と戦い始めているみたいですね。時間を稼いでくれるでしょう。さて、もう少しお付き合い願いますよ、康之殿。今度は私が第七軍団へ行ってみますので、康之殿は第九軍団へお願い思案す。
「もう一回やるのかよ、あれ……」
「しかも、今度は持っていくアイテムを変えましょう。あの二人がいかにもハイナ軍と密通を交わしているように……」
 これ、本当に楽なのかな……。勝てるか負けるかはともかくとして、小次郎はそれが気になっていた。


「斬ってしまいなさい」
「はっ!」
 今度はガイウス・クラウディウス・ネロも容赦はなかった。
 怪しげな書状を携えうろうろしていた密偵を捕まえ、そのまま斬り捨ててしまう。
「しかし……、敵も滑稽なほど必死でございますね。我が【シェーンハウゼン】が、こんな工作に引っかかるとでも思っているのでしょうか」
 ガイウス・クラウディウス・ネロは密偵が持っていた書状に目をやった。これで二通目の不穏な手紙だった。
ヴァレリウス・レヴィヌス殿。
 【シェーンハウゼン】の布陣見取り図しかと受け取ったでありんす。
 わっちの本陣の見取り図も同封いたす。
 入場の際は、西の通用門を使われよ。歓迎いたす。
 かしこ。 ―― ハイナ・ウィルソン ――

「……」
 書状と一緒に本当にハイナ陣の見取り図が入っていたところが驚きだった。まさに……そう、もうすでに仲間になることが確定している人物に教えるような、無用心さ……。いやまあ、ニセモノだろうが……。
 ヴァレリウス・レヴィヌスが、我が軍の布陣を漏らしているだと? ないない、そんなことは絶対にない。【シェーンハウゼン】の結束は鉄より固く、忠誠と義理を欠くことなど有り得ない。全く、下らない詮索だ。
「……」
 そう、絶対に裏切りなど有り得ない。もう一度、彼は念を押す。
 ハイナ軍は、こちらが疑心暗鬼になって和を乱すこと目的としているのだろう。それが武将の失脚、排除の引き金にもなり得る。兵力を使わずに敵を葬る策謀だ。
「……?」
 しかし……と、ガイウス・クラウディウス・ネロは、視線を移す。
 森の中を進撃していたはずの某の弓隊たちは、遠くからやる気なさそうにパラパラと矢を射掛けてくるだけだった。
 その様子を彼は訝しむ。
 追撃しようとすると、すばやく後退し逃げてしまう。そしてしばらく後にまた同じ場所にこそこそ戻ってきて、離れたところから攻撃してくるのだ。森の半ば辺りで留まり、本気で攻撃してくる様子も何かを探っている様子もない。もっと迫って来たら背後からの第九軍団とともに包囲し、殲滅させてやるつもりだったのだが。
 いや、今攻めてもなすすべもなく一網打尽だろう。攻撃してみるか、と彼は考える。
「……」
 だがそれも難しい。あの距離だ。弓隊の装備は軽いらしく先ほどから重装歩兵が追っても逃げられている。逃げ足重視で攻撃してくるので退却準備は整っているようだった。
 それよりも、得体の知れない敵を深追いして陣を離れる方が問題だ。ましてや、罠が仕掛けられてあったら……。
「罠……? 何をばかな。罠を仕掛けて待ち構えているのは我々でございますゆえ」
 やはりただのハッタリとつまらない工作だ。出撃して一気に片をつけて……。
 ちょっと待て。一つだけあるじゃないか、敵の罠が……。ガイウス・クラウディウス・ネロは戦慄する。
「もし……、本当にヴァレリウス・レヴィヌスが裏切っていたら……」
 奴らは誘っているのだ。この第七軍団は出て行くなり、あの弓隊と森に飛び込んできた第九軍団に挟み撃ちにされて、窮地に陥る……。
 あの弓隊が本気で戦っていない理由がわかったような気がした。待っているのだ。こちらがまんまと罠にはまるなり、その時こそ全力で襲い掛かってくる。
「……」
 ないない、そんなことは絶対にない。【シェーンハウゼン】の結束は鉄より固く、忠誠と義理を欠くことなど有り得ない。全く、下らない詮索だ。いやしかし……!
「……」
 さっきから自分はどうしてこんなところで固まっているのだろう……とガイウス・クラウディウス・ネロは思った。裏切りを否定しようにも疑心暗鬼が渦巻いて動けない。
 どれ程時間がたっただろうか。ガイウス・クラウディウス・ネロは、音もなくやってきた男に目を見開いた。
「……シニョーレ・クラウディウス。あなたに不穏な噂が流れている件について詳しくお伺いしたいのですネ」
 軍監のルイス・フロイスが静かな口調で厳しく追及してくる。
「いや、それは……」
 どう説明したものか、とガイウス・クラウディウス・ネロは戸惑った。
 自分もヴァレリウス・レヴィヌスも絶対に裏切ってなどいない! だが、だとしたら敵の工作に翻弄され騙されたとでも答えるのか? 【シェーンハウゼン】にそんな無能はいないしいらない……。
 第三十八軍団の放った森の火は、こちらにも燃え広がって近付きつつあった……。


「ふぅ、やれやれ……。兵士から代役を立てておいて正解でした。嫌な予感がしていたんですよ」
 小次郎は、こっそりと敵陣を抜け出す。さっき斬られた身代わりの密偵には気の毒だが、そこそこに効果は出ているようだった。第七軍団も第九軍団も、しばらくあそこから動けまい。
 全くもって地味な作戦だった。派手な戦闘もしていないし無双もしていない。ただ、あの軍団長たちの両方に手紙を届けただけだ。
「案の定、目立てませんでしたね」
「まあ、俺たちは主役の手助けをするのが目的だったんで、あまり問題はないのだが」
 小次郎と康之は、一仕事を終えるとそれぞれ持ち場に戻っていく。
「さて。私は、自分の部隊のところに戻りますか。少し森が騒がしくなっている間に、こっそりと過ぎ去りたいものですね……」
 後は、砦を攻撃するときに活躍できるでしょうか……と、小次郎は自嘲気味に呟く。
「つくづく私は、主人公にはなれませんねぇ……」

▼小次郎軍団:1000→999