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食材自由の秋の調理実習

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食材自由の秋の調理実習

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洋食−パスタ



「パスタは応用の幅が広いからな、ここの班の品数には期待してるんだぜ」
 夫人を伴った涼司がパスタ班の様子見にやってきたようだ。
 生徒がせっせと運んでいる食材を眺め、うんうんと首を上下に振っている。
「やっぱりな。パスタを茹でてソースや具材と混ぜるだけだってのに、この食材の種類の多さ、いいねぇ」
 何気に参加人数も多くこれは期待できると一人満足し、大いに励めと次の班へ移動を始めた。
「秋の食材は豊富よね……この季節に生えてくるタマゴタケはあるのかしら?」
 秋と言えばきのこ。きのこと言えば秋。と秋の食材代表格のひとつであろうきのこをメインにしようと食材置き場の前で奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)は小さく唸った。
「タマゴタケは確か、根が卵のような形をしていてそれを割って生えてくるから、この形かしらね。で、傘は真っ赤で茎はオレンジ色……て、知らない人から見ると毒キノコにしか見えないわね。食用なのに。毒キノコは傘の表面にブツブツのついた猛毒持ちテングタケが見た目もそっくりで見分けが難しくて大変よね」
 学校側が用意してくれているとわかっているが、だからより一層良い物をときのこ選びの手が慎重になってしまう。
「きのこ、詳しいんだ。タマゴタケは美味しいよね」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はそんな彼女に感心とばかりに声をかけた。
「あ、はい。タマゴタケは味は卵に似ていてクリームソースに合うの……あとはブナハリタケもあれば一緒に入れたいのだけど……」
「プナハリタケは、確か、ブナとかの枯れ木に生えているキノコ……だったかな」
「ええ。ちょうど今の季節に顔をだすからぴったりだと思っていたのだけど、どこかしら」
「これじゃない? ほら、茎無いし傘だけ。しかも――」
「――ブナハリと言われる所以の傘の裏のトゲトゲ! 香りも合格!」
「こっちのまいたけも美味しそうだ。うん。美味しい茸は良い茸。より美しい君に決めた」

 きのこ選びで意気投合している二人の隣で栗が入っている籠を持っているのはグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)だ。
「俺も何か作りたいな。あまり手の込んだ物は作れないが、アウレウスに礼をしたい」
 調理実習への参加を表明し張り切っているアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)に当然一緒にとついてきたが、しかし、本人を前に自分も参加したいとは最後まで言い出せず、アウレウスの目から逃げるように静かに移動し、自分の作業を進めていく。
「エンドロア、何をしている」
 と、そこにウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)が声を掛けた。
「大人しく待っているんじゃないのか?」
 寝ていられない事情があるからと聞いていたが、見学するかと思えば自らも動き出して安静にしないパートナーにウルディカは頭を抱えそうになる。

 ふるふると。ふるふると、鍋とペンネを両手に持つミリーネ・セレスティア(みりーね・せれすてぃあ)は震えていた。
 つい今しがたユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)から任せられたペンネを茹でる大役に緊張しているわけではなく、苦手な料理の克服の為の調理実習だというのにペンネを茹でるだけでは腕が上がらないのではと気軽にユリナに質問した時に、
「ミリーネさんはペンネを見ていてください。 絶 対 に他の事には手を出さないでくださいね」
 と笑顔で言われ、笑顔の中の真剣な瞳の凄みに太刀打ちできなかった結果であった。
「ま、まぁこれも料理において必要なことであるからな、この大役、引き受けよう」
「お、ミリーネ。なんでそんなに震えてるんだ? 料理が苦手だからってそんなに緊張しなくていいんだぜ?」
 鍋に水を入れようと洗い場に来たミリーネに野菜を洗っていた黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)は声をかける。
「食べられると思ったのにお手伝いなんてー」
 と、ひとりごちる雲入 弥狐(くもいり・みこ)を挟んで左右に張り付いたクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)御劒 史織(みつるぎ・しおり)は彼女が持つきのこに興味があるらしい。
 小さな二人にそれは毒キノコではと無言で問われて、タマゴタケの下拵を終えた弥狐は違う違うと左右に首を振った。
「これは食用よ。もちろんこれにそっくりな毒キノコもあるけど、懐かしいわね、よく毒キノコ見つけたっけ……」
 暗闇に光るツキヨタケ、キノコに見えないカエンタケ、ついつい回想に耽る弥狐は「食べられるですかぁ」「美味しいのにゃん?」との質問に慌てて頷く。
「ええ。ところで君達はお手伝い? とりあえず食材を切ればいいのかな?」
「はい、お手伝いですぅ。ユリナ様はいつも、料理は食べる人の気持ちを考えて作ることが大事って言ってましたぁ」
「お、オイラも手伝い手伝いだにゃん」
 サポートするべく気合が入る史織と、調理よりも食欲を優先したいカールッティケーヤは体裁を繕うように、声を上げた。
「秋は食べ物が美味しくていいですね」
 別の班とは言え、料理の師と仰ぐ人物と授業を同じにしエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)はずっと緊張しっぱなしだった。彼が野外であるのがせめてもの救いか。
「エース、これで本当に良いんです?」
 まいたけ、エリンギ、えのき、しめじ、ベーコン、秋鮭、パルメザンチーズに、白ワインにデザートの材料と調理台に広げ、パートナーであるエースに首を傾げる。
「普段の料理が一番美味しいと思うんだけど?」
 みんなでいつも食べているいつもの料理。エースの希望に沿ったコースに、他の生徒もいるのだから気合を入れたほうがと進言したが、普段作られている料理が美味しいのだから飾らないで行こうと言われ、そうですかとエオリアは了承する。
 勿論、普段通り手抜かりせず、真摯で行こう。
 一番美味しいものを。その言葉を隣で聞いて、アウレウスは同感と頷いた。優れない体調で無理を押して来て下さったパートナーの為、作る料理に更に心を込める。
「今までの成果を試したいと思い参加したが、やはり学園が用意した食材だ。良い色と艶をしていていかにも体に良さそうなのだよ」
 これで必ずや主にお喜び頂ける料理を作ってお見せするのだ! と決意も新ただ。
 梨の入ったコンポート作りが落ち着いてチーズケーキに取り掛かったエオリアの死角になる場所で、茹で上がった栗の皮むきをしているウルディカは、同じく栗の皮むきを椅子に座って行うグラキエスに注意を配っていた。
「アウレウスが作ってくれる料理が食べたいけど、俺もなにか食べてもらいたいからな」
 その長身を生かしアウレウスからの壁になっていてくれる彼にグラキエスはにこやかに笑った。
「……わかった、好きにしろ」
 心を心で返す。それを料理で表現しようとするのなら、その行いを止める術をウルディカは持っていない。
「ちょっと味み――あいたッ」
 材料を切り終えガス台側に来たカールッティケーヤは叩かれた手の甲をさすった。そんな彼にエオリアはにっこりと微笑む。
「摘み食いは駄目ですよ。試食まで我慢してくださいね」
 容赦のない一撃を披露したとは思えぬ温和な微笑みにカールッティケーヤは拗ねるように口を閉じた。
「あ、やっぱり摘み食いしようとしてたんだな。油断も隙も無い」

 他のグループに迷惑が及ばぬようエースが更に監視の目を光らせているという三人の様子をミリィ・フォレスト(みりぃ・ふぉれすと)は驚きの目で見ている。
「ミリィ?」
 その様子に気づいた涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)は鮭の火通りを気にしながらも、娘に声をかけた。
「どうしたんだ? 釜飯は上手く行きそう? あっちの班の人とは仲良くやってる?」
「なんでもありません。釜飯はあとは蒸らしを待つだけですわ。釜飯班の方はとても良くしてくださってわたくし頼りっぱなしです」
 近づいてきた娘の様子に、涼介は、肩を竦めその小さな頭を軽く撫でた。
「料理が上手い人達ばかりでびっくりだな」
「……はい」
「ミリィが見てた人達は同時に二つも作ってて、流れるような同時進行で手際が良い」
「はい」
「楽しいな」
「はい!」
「で、ミリィは確か私と同じ食材を使った釜飯だったっけ?」
「はい。鮭ときのこで釜飯ですわ。ちゃんと火加減は始めチョロチョロ中パッパ、赤子泣いても蓋取るなのご飯炊きの基本に則って行いましたわ。あとは鮭の皮と骨をとってさっくりと混ぜるだけです」
 おこげができていると尚良いと嬉しそうに報告する娘に同じく涼介も微笑んだ。
「なんだ、親子で参加か?」
 釜飯班に戻る少女の背中を見送った涼介に、竜斗は首を傾げた。
「にしても涼介も良い腕してんな」
「え?」
「けど、うちのパートナーの料理の方が絶品だからな」
 サポートに徹している分周りがよく見えて、彼女のライバルになりそうな相手に思わず牽制してしまう程、竜斗はユリナの料理が自慢であった。
 優勝間違い無しだぜ! と鼻息も荒い竜斗に、しかし負けられないと涼介も調理に戻った。
 秋は旬を迎え甘みの増した野菜も捨て難い。
 そんな野菜をたっぷりと使った秋野菜のスープパスタ作りを、分担してスムーズに完成へと運ぼうとしているユリナはそんな自分を絶賛する竜斗に頬を赤くし僅かに顔を俯かせる。
 得意としている分野であり、どうしても美味しい料理を振る舞いたくてミリーナにきつい対応を取ってしまったが、茹で上がったペンネは想像以上の出来だった。
 史織もよく手伝ってくれている。
 ユリナは知らず微笑んでいた。

 強いてコツをあげるならパスタの茹で上がりとソースの出来上がりをきちんと計算して同時に仕上げる事と、ナツメグと乾燥ディルを使ってコクはあるが後味がしつこないソースに仕上げる事。
 この二点をきちんとおさえることを念頭に入れている涼介は全ての下準備を終えて皮と骨を取った鮭を炒める鍋にオイル、ニンニク、エリンギ、シメジ、椎茸、舞茸を次々と投入した。
 一度教室の時計を見遣る。出来立ての熱い内に食べてもらうにはどの時点でパスタを茹でればいいだろうか。きのこの火通り加減を眺めて考える。
 誰かがデザートを用意しているのか、パスタ班には甘い匂いが漂っている。