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クライム・イン・ザ・キマク

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クライム・イン・ザ・キマク

リアクション


<part5 キマクと紅鶴>


 スラム街のすぐそばに存在するブラックマーケットに初めて足を踏み入れた旅人は、そこを普通のバザールだと誤解するだろう。
 そこには天幕を張っただけの粗末な露天が何十と寄り集まっている。品物は籐籠に盛られているか、地面に敷いた布に積まれているか、最高でも古びた木の台に並べられているだけ。中東の方で見かけそうな市場である。
 だが、普通なのは店の外観だけ。品物の向こうに座っている売人は……そう、売り子ではなく売人としか呼べない風体なのである。
 まず、目つきが死んでいる。
 そして、死んだ目の奥に妙な光が宿っている。
 加えて、全員が武器を携帯している。
 なにより、並んでいる品物が普通ではない。
「さすがキマクだ、なんでも揃っているであります!」
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)雪は興奮しながら露天の品物を眺めていた。
 まさしく、『なんでも』。銃火器、爆弾、手榴弾、地雷、ミサイル、禁呪の呪文書、非合法な合成生物、廃人を作る薬も、逆に恐ろしいほど急速に人体をパワーアップさせる薬も。
 露天の老婆が柔和に笑いながら、カップに茶を入れて吹雪に差し出してくる。
「お嬢ちゃん、よそ者じゃな。ほれ、喉が渇いたろう。飲みんしゃい」
「お気持ちだけありがたく受け取っておくであります。毒薬が入っているでありますから!」
「ひっひっひっ、よう分かったのぅ」
「それより、武器を売って欲しいであります」
 吹雪が言い、イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)も口を挟む。
「この店で一番むごたらしく大量に敵を殺せる武器はどれであろうか?」
「火力で言うなら、これじゃねえ」
 老婆が細い透明の筒に入った豆粒のような物体を指差した。
「これを起爆させれば、十キロ四方の敵が吹き飛ぶんじゃよ」
「素晴らしいであるな」
 とイングラハム。老婆が一言注意する。
「その代わり、発動者の肉体と魂を全消費するがのう」
「酷い欠陥であります!」
 と吹雪。イングラハムが老婆に触手を差し出す。
「しかし一応もらっておこう」
「そんなものいつ使うでありますか!」
「イラッとしたときである」
「そんな軽い気持ちで使わないで欲しいであります!」
 なんのかんの言い争いつつも、結局イングラハムはその武器を買い求めた。
 吹雪とイングラハム、そして連れの上田 重安(うえだ・しげやす)は、あちこちの露天を覗きながら歩く。蛸のような外見のイングラハムは見るからに怪しい存在だが、有象無象の蠢くキマクではたいして注目を引かない。
 本来はエリス救出のための情報収集を名目に来たはずだが、三人ともすっかりショッピングに夢中になり、名目など頭から消え去っていた。
「ちょっと待ってくれ。あの店も見てみたいんだ」
 重安が吹雪とイングラハムを呼び止める。
 その店には古い屏風や扇子や茶器など、キマクには似つかわしくない芸術品が陳列されていた。露天も他の店に比べてしっかりとした造りだ。
 重安は故買屋の店番をしている女将に尋ねる。
「この茶碗、千利休の作風だが、どこで仕入れたんだ?」
「そんなこと知るかね! 気にしないのが花さあ!」
 女将は豪快にガハハと笑う。
 実を言えば、この店は故買屋。要するに盗品ばかりを集めた店なのだった。


 闇の住人が往来するブラックマーケットを、舞花が颯爽と進む。
 高級スーツに身を包み、サングラスを装着しているが、明らかにこの毒沼のような場所には似つかわしくない、可憐な少女。いかにも育ちの良い物腰は、否が応でも闇の住人たちの注目を集めた。
 舞花は用心棒に賢狼とスペースゆるスター、特戦隊を引き連れ、周囲に十分な警戒を払いながら歩いた。ブラックマーケットの片隅、様々な薬を扱っている露天に近づき、店主に会釈する。
「初めまして、店主さん。お薬を譲って頂けるでしょうか?」
 店主は顔をしかめた。
「あんた……、あんたみたいなお嬢ちゃんが、こんなところに来ちゃあいけない。早く帰りな」
「危険は承知です。それに私は、正規のバイヤーとして薬を仕入れに来たのです。お金はたっぷり用意してあります」
 舞花はジェラルミンケースを開け、見せ金を示した。
「ふうん……。子供にお使いさせるなんて、変わった組織だなぁ。それで、なにが欲しいんだ?」
「人間を強化する薬です」
「筋力? 魔力? 速力か?」
「精神を。どんな倫理や法律にも従わず、ただひたすら我が社のために尽くす、最高最悪の企業戦士を造りたいのです。そんな薬がありませんか?」
「それなら、これかね」
 店主は背後に置いていた箱を開けると、中から錠剤のシートを取り出した。
「まだ試作段階だが、良心を消せる薬だ。ただ不具合があってなぁ、良心だけじゃなくて、あらゆる抑制心をなくしちまうんだ」
「これでいいです。できれば大量に仕入れたいのですが、製造者を紹介して頂けませんか? お礼はします」
 舞花は札束の詰まったジェラルミンケースを店主の方に差し出しながら言った。
 店主は頭を掻く。
「仕方ないなぁ。他の客には秘密だぞ? ……闘技場から大通りを西に行ってな、キマクの一番外れに建ってるパン工場。そこに行けば会えるぞ」
「ありがとうございます」
 舞花は店にある分の薬を買い求め、店主に紹介料も気前よく渡してから、その場を去った。
 HCで和輝に連絡する。
『根城を突き止めました』


 その頃、ブルタは東の広場に近い幼稚園を訪れていた。
 ブルタ一人だけでは場違いというか、確実に警備員に叩き出される外見なので、桜井 静香(さくらい・しずか)ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)も同行している。
 百合園校長の静香が学校運営の参考にするため幼稚園を見学したい、と園長に頼み込んで、三人は敷地に入れてもらった。
 幼稚園はちょうど自由時間。園児たちは園庭の遊具や砂場で思い思いに遊んでいる。平和な幼稚園の光景。あちこちに幼稚園専属の用心棒が武器を持って警備しているのが、まったく普通と違うけれど。
「やめてよー! 虫は嫌いなんだよー!」
 甲虫を持った園児に追いかけられて逃げ惑う静香。
「どうしてあなたはそんなところに潜り込んでいるんですの?」
 ローアングルから邪気眼レフを向けてくる別の園児を、ラズィーヤが取っ捕まえる。
 どれもブルタがけしかけたものだ。意外にも彼は悪戯好きの園児たちのハートを鷲掴みにし、すっかり幼稚園に打ち解けていた。
 ブルタは準備が整ったと判断し、園児たちに呼びかける。
「この中で、赤い髪のお母さんがいる人ー?」
 はーい、と十人ほどの園児が手を挙げた。
「じゃあその中で、赤い目のお母さんがいる人ー?」
 女の子一人が手を挙げた。赤い髪と赤い目の女の子だ。
 ブルタはその子に近づいて屈む。
「君のお母さんは紅鶴さん?」
「違う。でも、そう呼ぶ人もいる!」
「そうか。君のお母さんに、たくさんの人が連れて行かれて帰ってこないんだ。帰りを待ってる人が泣いてるから、帰してって頼んでもらえない?」
「……うん」
 女の子はきょとんとした顔でうなずいた。


 渡り鳥が大空からルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)のところに舞い降りてくる。
 そのさえずりを聞き、ルナはうんうんとうなずいた。
「そうなんですかぁ〜。なるほどぉ〜。ありがとですぅ〜」
 渡り鳥はルナからお礼のクッキーをもらうと、嬉しそうに飛び去っていく。
 ルナは和輝の顔を見やった。
「例のパン工場からは、ぜんぜんパンの匂いがしなかったらしいですぅ〜」
「やはり、か」
 難しい表情の和輝。
「確定ね。パン工場なのにパンの匂いがしないなんて、だったらなにを作ってるのって話よね」
 とスノー・クライム(すのー・くらいむ)
「じゃ、早く行かなきゃ! そこにエリスが閉じ込められてるんだよね!? 早く助けよっ!」
 アニス・パラス(あにす・ぱらす)は珍しくやる気満々だった。普段は人見知りをする彼女だが、性格の合うエリスとは仲の良い友達なのだ。そんなエリスをいつまでも危ない場所に独りで置いてはいられない。
「待て。その前に事件の全容を整理しよう」
 急いては事を仕損じる。和輝は早る心を落ち着けて言った。ずっと情報交換のハブとなっていた和輝のもとには、契約者たちの手に入れた情報が集積している。
「紅鶴の目的は、他の組織をすべて潰してキマクを支配すること、だな」
 和輝が始めると、スノーがうなずいた。
「だから暗殺者集団を作りたいのね。そのために良心を消す魔法薬が必要なんでしょう」
「そして、研究要員として上園エリスをさらった。被検体として、闘技場のランカーや若者をさらった」
「犯行現場は路地裏よね」
「弱点は、たった一人の娘」
「アジトは、町外れのパン工場だわ」
「……相手は大きな組織だ。人数を揃えてかからないとな」
 和輝は顔を引き締める。
 仲間を集めるため、ジャッジラッドにテレパシーを送った。


 他の契約者たちより一足先に、黒塗りの高級車がアジトの前に停車した。
 車内から国頭 武尊(くにがみ・たける)と侠客の猫井 又吉(ねこい・またきち)が出てくる。
 武尊はこの事件を穏便に解決したいと考えていた。もし紅鶴の組織が壊滅すれば、それまで押さえていたシマを巡って新たな抗争が起きるのが目に見えているからだ。
 二人はアジトの偽装パン工場に足を踏み入れる。前もって面会を申し込んでいたので、紅鶴の部下たちも咎めることなく二人を受け入れた。当然、たくさんの部下が見張りとしてついてくる。
 二人は紅鶴の執務室に入った。
「話ってのはなんだい? 鬼魔狗野獣会さん」
 紅鶴は安楽椅子に背を預けてキセルを吹かしていた。
 又吉がさりげなく尋ねる。
「最近、キマク界隈で誘拐事件が多発してるけど、あんたのところになにか情報はないか?」
「さあねえ。あたしは自分のシマを見てるだけで精一杯だからねえ」
 紅鶴が嘘をついているのを、武尊は感じた。
 又吉が続ける。
「理由は知らねーが、百合園の校長やヴァイシャリー家の令嬢が動いてるって話だ。もしかしたら、誘拐された被害者の中に百合園の生徒やヴァイシャリー家に連なる奴が含まれてるのかもな。恐竜騎士団も幹部クラスが事件捜査を始めたって話もあるしよ、なにか知ってんなら教えて貰いてーな」
「知らないもんは知らないからねえ。情報が入ったら教えてあげるさあ」
 紅鶴はしらを切った。
 武尊が言う。
「今なら、穏便に事件を終わらせることができるんだ。被害者を解放して、被害者の監禁場所を畳んで、証拠を消せばな。手遅れにならないうちに、そいつを説得したい」
「ふふふ、手遅れってのはなんだい。そいつも穏便な解決なんざ望んじゃいないさ。従わぬ者は殺す、と思ってるんじゃないかい?」
 紅鶴は口角を引いて高笑いする。
 これは駄目だ、と武尊は諦めた。
 早々にいとまごいして、又吉と共にアジトを立ち去る。
 去り際、なにかあったら又吉を頼るよう構成員たちに言い含めておいた。紅鶴の組織が破綻した場合、離散した構成員を又吉の下でまとめれば、抗争をできるだけ避けることができるだろう。