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 真っ暗な2階の回廊は洋館の中央を貫いており、左右にいくつかの扉が見えた。
「ボクらふたりで手分けするのは、ちょっと危険だね」
「ああ、そうだな」
「誰かが来るまで、詩でもどうだい?」
 そう言ってクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)はリュートを手にした。
「幸せの詩でもいいかな。誰か気づいてくれると良いんだけど」
 LEDランタンを両手でかかえたクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は、クリストファーの奏でるリュートの調べに歌声を弾ました。
 天井の高い回廊と相まって、美しい唄声が反響していく。
 ずし、ずしっ、と足下が揺さぶられると、回廊に部屋の扉が吹き飛んでバラバラに散らばるのを目撃することになった。
「ふふ… 結構なことだな。正々堂々と相手になろう」
 クリスティーの方は、俄然やる気が漲っているようだ。
「大丈夫。ボクとふたりでなら、負けたりしないさ。いざとなったら、アカペラでいいだろ」
 ふたりは頷き合って、対する相手を見据えた。
 全身を鋼鉄で覆った全高2メートルもあるブリキの甲冑が、馬上槍を握りしめている。
「♪)――ラー」
 クリストファーの高らかなアルト(声の音域)が合図であるかのように、クリスティーは懐から取り出した破邪滅殺の札を手にブリキの甲冑へと突っ込んでいく。
 狭い通路でもお構いなく馬上槍を振り回す甲冑によって、辺りの壁が深く抉られていった。
「♪)――――アァー」
 クリスティーの発したボーイ・ソプラノが“咆哮”を発現し、デュエットとなった歌声が鋼鉄の甲冑の動きを制した。
 投げ放たれた破邪滅殺の札が、狙いを違わず甲冑の四肢や額へと吸着する。
「「滅せよ!」」
ふたりの一喝がクリスティの“震える魂”を呼び起こしてダメ押しになると、鋼鉄の甲冑は、それを身に包んでいたアンデッドもろとも、粉々に砕け散った。
「はあっ」
「どうかしたのか?」
 腰の辺りをかき抱くようにして目をすがめたクリスティに、クリストファーが駆け寄る。
「いや、声を張るとほら、アレが苦しくて……ははっ」
 と、クリスティは囁くように訴えるではないか。
「どこが苦しいのかによって、しかるべき対策が必要になるのだが、な」
 クリストファーも囁くように忠告を返した。
「♪)――ナー うん、問題はないね」
「ならばよしっ」
 ふたりは他の部屋も探りを入れてみることにした。

▼△▼△▼△▼


 1階のグランド・エントランスより右手の部屋はライブラリーになっていた。
 蔵書は主に死霊術師とソウルアベレイターを志すものが手にする学習書が多く、それ以外に変わったものもない様子だった。禁書などが紛れているような気配もない。
 書棚に収められている蔵書の背を指先でなぞらえながら足早にチェックしていた高円寺 海(こうえんじ・かい)が、その歩みを思わず止めた。
「綺麗な唄声だ。いったい誰が?」
 彼の歩みに追い付かんと必死で小走る杜守 柚(ともり・ゆず)は、海の背中に衝突したのちに、進行方向の奥を指さしてこう知らせた。
「にんぅぐ――あ、あの、2階だと思います。この先の、階段からかも」
 超感覚を発動させて“けものミミ”に“けものシッポ”を一瞬だけ生やした柚の言い分なら、信憑性が高いというもの。このライブラリーはくまなく歩いたも同然だったから、この先に階段があることも既に把握済みだ。
「柚は、ちゃんと前見て歩かないとダメだよ」
「も……もお、三月ちゃん。前見て、歩いてますっ。恥ずかしいコト言わないで」
 そんな彼女をやんわりとたしなめたのが、杜守 三月(ともり・みつき)である。
「ここはもういい。よし、2階へ行こう」
「オッケー、海っ」
「はい、海さん」
 海、柚、三月が、ライブラリーの奥にある階段へ迫ったときだった。
 スケルトンの部位がカランカランと軽い音を立てて、階段から転げ落ちてきたのだ。
 ぼうっとした焔が宙に浮かび上がると、片方が肘までしかない骸骨が組み上がる。
「後ろからも来るみたいだよ。こっちは任せて」
 全方位からの敵に対処するべく、書棚の列と階段に挟まれた狭い空間で、3人は背中を合わせるようにして武器を身構えた。
 書棚の上を駆けてくるのはワーウルフで、ジャイアントバッドも何匹か確認できる。
「気をつけて、柚」
「それは三月ちゃんも、だよ」
 そう言った三月は並び立つ書棚の棚を足場にして、軽々と棚の上まで上り詰めた。
「そりゃあああああっ!」
 光術を帯びた拳でワーウルフの目を眩ませた三月は、相手の曲刀を手刀ではたき落として脚を払い、バランスを崩したところに掌底を放って書棚から突き落とした。
「えへへーっ、チョロいなホント。海には負けないぞっ」
 三月に迫り来るジャイアントバッドが、柚の放ったタービュランスに飲まれて墜落していく。
「三月ちゃん頑張って」
「まかせろーっ」
 一方、丸腰だと思われた正面のスケルトンは、肘から先のない方の骨を握りしめると、それをこん棒か何かのように引き抜いて身構えるではないか。
「便利な身体してるな。……こいっ」
 海は妖刀村雨丸を抜刀すると、スケルトンが打ち下ろす鈍器を避けて、刃を袈裟懸けに振り下ろした。肋骨を数本断ち切った相手の胸部から、軽い音を立て骨の破片が転がり落ちる。
 それで終りかと思いきや、スケルトンは振り抜いた鈍器を海めがけて突き入れた。
「――なんだとっ」
 思わぬ反撃に初動が遅れた海は、スケルトンの握りしめた鈍器を二の腕に擦られてしまった。眼窩が光るスケルトンには何らかの魔力が宿っていたようで、鈍器として見立てた二の腕の骨は、刃のように切れ味を持っていた。
「ぐうっ……こいつっ」
 一太刀、二太刀と軽快なスケルトンの斬撃を回避した海は、練り上げた炎術を相手の頭蓋へと叩き込んだ。
 真っ赤に燃え上がる頭骨を抱えたスケルトンは、その場で膝を付くなり真っ黒な灰へと変貌していった。
「そっちは平気か?」
 何事もなかったかのように妖刀村雨丸を納めた海だったが、ハッとなった柚は口を真一文字に引き結んで彼に駆け寄った。そしてすかさず全精力を傾注したナーシングを施して切り傷を癒やしていく。そのあまりの気迫に、海は柚に迷惑を掛けたのだと思い当たった。
「気にするな。こんなのケガのうちに入らない」
「動いたら痛いはずですから。あと少しだけ我慢してください」
 ナーシングを終えた柚は、ポケットから取り出したハンカチを八重歯でかみしめて半分に裂いた。そしてその半布を、海のケガを治療して制服が解れただけになっている部分で、やさしく結わえた。
「おい、傷はもう塞がっているぞ。こんなことしなくったって、イイっ……て」
 戸惑う海を上目づかいに見上げながら、笑っているのか怒っているのか分からない顔で柚は答えた。
「これ以上は、けがしないようにって、おまじない……っていうか、――」
 そこへアンデッドを退治してきた三月が戻ってくる。
「海っ、ケガしたのっ!? 具合はっ」
「いや、心配ない。ちょっと、大げさなんだ」
 海の素っ気ない態度に、柚は――ちょっぴりやり過ぎたっ――と、激しい後悔の念に駆られて、切ない思いを抱いたのだが、
「ハンカチごめんな。後でその、なんとかするって……」
「――ううん平気。勝手にしたことだから」
 それだけで柚の心は、充分に満たされた。
 自然と柔かな微笑をたたえた柚の様子に、三月も得心する。
「なーんだ、足したこと無かったんだね。そんじゃ次、行こうよ」
「ああ」
「うんっ」
 3人は一丸となって、2階へと躍り上がった。

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 2階をくまなく捜索した結果、洋館の右手より空に伸びる尖塔から地下へと降りる隠し階段の発見に至った。
 中央が吹き抜けた螺旋階段を下へ下へと降りていくと、地上から採光された礼拝堂にたどり着いた。

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 礼拝堂では、ローゼン卿による禁忌の書を扱った儀式が執り行われている。
「一寿、ヴォルフラム、経過はどうなっている?」
 ローゼン卿との話し合いに持ち込んで折り合いの付いたふたりは、ローゼンの支援を買って出ていた。
「こりゃあ、芳しくないねえ。やっぱり魂を定着させるまでには、とんでもなく莫大な魔法力が要求されるのだと思うよ」
「禁忌と呼ばれるだけの書ではあります。我々の手に余る代物であることは明白です。ひょっとするとこれは、異界の魔人ですら御しきれない魔法力を要求されているのではありませんか?」
「ぐううっ……全くの変化なし、だというのか」
 ローゼン卿は、悲痛な呻きを漏らした。
 礼拝堂の真ん中に安置された石棺には、生き血のようなものでなみなみと満たされている。
 そしてその液体の中には、真っ白で小柄そうな人骨がまるまる一体、どっぷりと浸かっているではないか。
「嗚呼っ――どうすればいい。このままでは禁書を維持することすら、ままならないというのか」
 人の気配を感じたローゼンはフルーレを手にすると、仇なす者たちを迎え撃つ覚悟を固めた。