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琥珀に奪われた生命 後編

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琥珀に奪われた生命 後編

リアクション


5/わたしをいざなうもの


 あったぞ、アレだ。誰かがそう言ってから、どれくらい経っただろう。
 
『隔壁をいくつか降ろした! それで増援はいくぶん減るはずだ!!』
「おう!! 悪い!!」
 康之は、守るため戦い続けていた。遠いコンピュータールームから影ながら支援を続けるダリルの声に応じて、群がる敵を切り伏せ続ける。
 自分たちは、別にかまわない。このまま、戦い続けるだけだ。
 この部屋の奥、石壁を背負うようにして鎮座する『魂の牢獄』を破壊せんとする仲間たちを、守り続けるだけ。
 
 ──でも。
 
「皆、伏せてっ!!」
 部屋中に響き渡る、セレアナの声。直後巻き起こる爆風と、耳つんざくばかりの爆発音。
「──やったか!?」
 思わず、康之もまた振り返り、背後を見る。破壊工作……うまく、いったか?
「……そんな、これでもダメだっていうの!?」
 残念ながらしかし、結果は良好とは言えなかった。破壊工作をしかけたセレアナ自身の驚愕が、一行の耳を打つ。
 爆発の中から再び姿を現した演算装置には──それを包む外殻には、一切の傷はなく。
「一体どういうことだ……相手はただの演算装置だろ!?」
 襲いかかる黒服を投げ飛ばしながら、鉄樹が通信機に向かい叫ぶ。
 おそらくは状況を掴むために情報を当たっていたのだろう、数拍の後、ダリルの声がその向こうから応じて。
 
『これは仮説だが、研究者たちの手による改造だと思われる。生物兵器の装甲に使われている技術の転用だろう……!』
「……厄介なものを……!」
「かまうものか」
 
 演算装置に向かい、某が一歩前に出る。その隣には、ロザリアーネも同じように武器を構え並び立つ。
 
「そうだよ。こんなもの、叩き壊す。あたしたちの目的はただ、それだけなんだから」
 
 壊れるまで、撃ち続ければいい。それだけのこと。
 跳び上がった唯斗の雷術が『魂の牢獄』を撃ち。同時、ふたりもまた攻撃を開始する。それぞれの、ありったけで。
 

 
「わたしたちは……一体、何を忘れてるんでしょう」
 
 ウィルヘルミーナが、テーブルの冷たい感触を頬に当てながらぼんやりと呟く。
「なんだろう。みんな、なにかが足りないって思ってる。それだけは、間違いなく」
 セレンフィリティも、ぽつりと漏らす。
 なにかか──だれかか。ふたりの『アヤ』も交互に、天を仰ぎ言葉を紡ぎだす。
 その、だれか。なにかがあるからこそ、物足りなさが皆の心にひっかかっている。こんなにいいところで、こんなにやすらぐ場所なのに。
 いい風に、吹かれているのに。
 
「大切な何か……だれか」
 それは、誰? セレンフィリティの心の奥に、おぼろげな『だれか』の輪郭だけはたしかに残っていて。
 
「大好きな、何か。ううん……だれか?」
 綾耶の心にいるその人はきっと、人とのやりとりに不器用で。
 
「必要な、何か。だれか」
 そうなのだと、ウィルヘルミーナは思っていた。
 
 だれのことかはまだ思い出せないけれど、そこにだけは辿り着くことができた。
 
「だれかが……待ってくれてる、から?」
 彩夜も、そう。
 心に浮かんだその相手は──いや、ひとりならぬ相手たちはきっと、ここに勝手にやってきた自分たちにとって必要で。自分たちのことを必要としてくれる人たちなのだと、実感があったから。
「ひょっとしたらここにいる四人は、ものすごく幸せなのかもしれないわね」
 セレンフィリティの苦笑。それは穏やかで、心の奥がなんだかあたたかいから浮かべられる、そんな笑みだった。
 その表情は、伝播していく。彩夜に、ウィルヘルミーナに。綾耶に。
「ボクたちにとってのそのだれかっていうのは、きっと」
「私たちがこうやってのんびりしてるのに、でもこんな私たちのためにものすごく、頑張ってくれてる」
 
 もしも立場が逆だったら、同じようにここにいる四人もまた、そのだれかのために頑張りたいと思える。そういう相手。
 
「忘れてしまっていることが申し訳なくなるくらい、まっすぐで一生懸命なみんな……なんですよね」
「うん、だからこそ」
 カップの水面を見つめ、綾耶がはっきりとした意志を込めた声を、発する。
「だからこそ私たちは──ここでぼんやりしてるだけじゃいけない。思い出さなくちゃ、いけないってこと」
 かけがえのない、だれかのことを。だれか、たちのことを。
 

 
 目の前に、掌が差し伸べられている。
 
「行きましょう、香菜ちゃん」
 それを差し出した杜守 柚(ともり・ゆず)と、彼女の隣で強く頷く杜守 三月(ともり・みつき)とが、それぞれの双眸でまっすぐにこちらを見つめている。
 その視線が、息苦しくて。香菜は目を逸らす。足元に、目線を落とす。
「行きたいんでしょう? みんなと一緒に……彩夜ちゃんを、助けたいんでしょう?」
 言われる言葉に応えることなく、未だ包帯の巻かれている右手の袖口をぎゅっと、引っ張って自らに寄せる。その香菜の様子を、戦況を気にしながらも美羽もちらちらと振り返り、気遣ってくれている。
「気付いてるのが、美羽だけだと思った? 僕たちも……みんなもう、気付いてるんだよ、香菜」
「──だから?」
「だから、行こう。僕らと一緒に。遺跡の中で戦ってる、みんなのところへ」
「それは」
 
 ……それは、できない。
 行きたいか、行きたくないかと問われれば、無論行きたいに決まっている。自分の不始末と、その犠牲となってしまった友の命。ふたつの落とし前を自分の手でつけたくないわけが、ないではないか。
 
「私のわがままにまた、皆を巻き込むわけには、いかないでしょう……?」
 そうすることで、たくさん迷惑をみんなにかけた。同じ轍を二度踏むわけにはいかない。
 その気持ちが、香菜に柚の手をとらせない。
 今の、与えられた役目を放り出すことはできないから。自分がやるべきことは、ここを離れることじゃあない。
「馬鹿!! 行けよ、香菜!!」
「っ!?」
 そう、思っていた。納得もしていたのだ。けれど遠くから投げられた声は真っ向から彼女を否定し──そして、許可していた。
 断続的にファイヤーストームを放ち『G−ブレイド』を狙い続けるシリウスが、行けと。
 彼女だけではない、更に。
「そーですよー。ここは気にせず行くが吉ですぅ。こっちがいいって言ってるんだからつべこべ言うもんじゃないですよぅ?」
「!」
 レティシアもまた、香菜の背を押す。自らはセルファと、姫月と交互にポジションを入れ替え、『M−リーフ』のまわりを動き回り、攪乱をして。
 
「そういうことだ、行ってこい、香菜」
 
 煉が、ローグがいつしか目の前にいた。
 肩を叩き、決断を促す煉に、無言で手にした武器──コアトルを差し出すローグ。
 使え。これで、壊してこい。目がそう言っている。
「行ってください!」
 加夜も。
「最初からそのくらい、織り込み済みだ!! 早く行け!!」
 轡を並べ戦う、加夜の夫も。
 皆が、行けと言っている。
 
 ──行って、いいの? それが……許されるの?
 
 まだ一瞬、香菜の心には逡巡が残っていた。左右の瞳を閉じ、ひとつ深く息をする。
 あなたを助けに行って、いいのかな。……彩夜?
 静かに、目を開ける。柚の視線と、視線が絡み合う。
 もう、迷いはしなかった。前に、後ろに。右に左に、滑稽にすら見えるくらい深々と頭を下げて。
 それから片手には、差し出された武器を受け取る。誘う柚の右手を、握り返す。
 
 力強い声で、宣言をする。
 
「いってきます」
 
 戸惑いも、躊躇いもなく。香菜は、駆け出した。
 したくて、すべきことのために前へと進み始めたのだ。
 仲間たちに背中を押され、ともにゆく仲間たちに遅れをとらぬように。