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A NewYear Comes!

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A NewYear Comes!

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「ん〜、うまっ!」

 あつあつのたこ焼きを頬張りながら羽切 緋菜(はぎり・ひな)は上機嫌で通りに並ぶ屋台を見て回っている。隣を歩く羽切 碧葉(はぎり・あおば)も同じようにニコニコと笑いながら、周りを見回す。
 中心から一本それたわき道には多くの屋台が並んでおり、楽しそうな声や音、美味しそうな匂いが漂っている。夏祭りにでもきたかのような賑わいになんだかわくわくしていた二人だった。

「ねぇねぇ、お好み焼きだって!」

 今さっきたこ焼きを食べたばかりだというのに、緋菜はすっかり屋台を楽しんでいるようだった。

「ん〜、あんずあめも捨てがたい……あえてフライドポテトにいくのも……いやでもそろそろ焼き鳥に……あ、でも甘い物にいこうかなぁ……クレープ、鈴カステラ、大判焼き?」

 どれを食べるかでこんなにも悩んだことがあっただろうかというくらいに頭を抱えている緋菜。その直前までくじ引きや射的などの出店を見つけてやるかやらないかでかなり悩んでいた。
 せっかくだから好きなものを食べればいいですよと告げれば『やっぱり食べなきゃ損だよね』と大きく頷いてかなりの量を買い込んでいた。
 気付けば、碧葉の手にはビニール袋に包まれた食べ物がいっぱいになっていた。

「あ〜、買った買った! さ、食べよう!」

 休憩時間を利用してすぐ近くにある屋台へ出かけた二人。
 買出しに行くだけだったはずなのに思いのほかのんびりとしてしまったようで、休憩時間はあと半分程度になっていた。
 どさりと休憩室のテーブルに食べ物を置くと結構な量がある。
 食べきるのが無理なら差し入れればいいのよ! と言い放ち、店主がおまけでくれたたこ焼き一パックは差し入れとして置いておくことにした。

「ぜんざいも買ってきたの! 一緒に食べよっ」

 ぱくぱくと本当に嬉しそうに食べる緋菜を見ていると碧葉もなんだか楽しくなる。
 今日の休憩時間までのことを話ながら二人は食事を続ける。

 二人がいた御神札授与所のすぐ側には絵馬を奉納する絵馬掛け所もあり、お守りなどを買いにくる参拝者だけでなく、合格祈願で絵馬を求める学生たちも多く見受けられた。

「なんだかすっかり様になってきましたね」

 仕事ぶりを見ていて、あれほど仕方なくアルバイトに参加したとは思えない変わりっぷりに碧葉は内心驚いていた。
 今回の『一度巫女服を着てみたかった』という理由で仕事に応募した碧葉。そんな碧葉に誘われてしぶしぶ参加した緋菜だったのだが、業務に慣れてくるとテキパキと参拝客に対応し、普段は見せないような素敵な営業スマイルまで習得したようだ。
 そんなことないという緋菜だったが、碧葉と喋っているときは普段と変わらないのだが、参拝客が来たときの対応は素晴らしい営業スマイルなのだ。しかもいつの間に覚えたのか、お守りの種類なども覚え、説明なども行えるようになっていた。
 巫女服に着替えなおし、再び授与所の席に戻る。

「ん〜、でもこういうのもなかなか楽しいわね。今日は来てよかったかも」

 緋菜のぼそりとした呟きに碧葉が顔を向ける瞬間、ちょうど参拝客が緋菜のところに訪れ緋菜の表情がパッと変わる。
 丁寧に対応している様子を見ていると、本当に緋菜も楽しんでいるのかもしれない。

「それでしたらこちらとこちら、それとこちらのものもございますよ」
「あら、本当。いろいろあるのね。じゃあ……こっちにしようかしら」

 丁寧にお守りの種類を見せながら笑顔で次々と対応していく緋菜。
 お祭りや自分の欲しいものを買いに行くときなどテンションが上がる時以外面倒臭がって動きたがらない彼女はどこに行ったのか、テキパキと待たせることなく忙しそうに動き回っている。

「本当に様になってますね……」

 安価なものだけではなく、女の子ならより可愛らしいものを、ビジネスマンにはストラップにもできるようなシンプルなものなど相手に合わせて上手くすすめている緋菜。商売上手というか何というか、少し呆れる碧葉だったが、楽しそうに接客している緋菜を見て自分も負けないようにと笑顔で対応するのだった。




「ありがとうございましたー!」

 カランと鈴の音と元気のいい挨拶が店内に響き渡った。
 ふわりといい香りが漂うここは『ティアーレ・フラワー・サービス』の空京支店だ。

「兄貴ー、こっちは終わったよー」

 ひょこっとレジから後ろを向いて弟のリクト・ティアーレ(りくと・てぃあーれ)が兄を呼ぶ。
 兄であるリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)とともにこの花屋――通称『T・F・S』を経営している。本店はドイツで二人の姉が経営しているのだが、T・F・Sはかなりの数の種類の花を取り揃えているので花好きの間ではちょっとした有名店なのだ。
 今年は年末年始も休まずに店を開けており、そのおかげかいつもより注文も多くなっているようで、二人としても年明けから幸先のいいスタートを切ることが出来た。
 兄のリュースは切花やフラワーアレンジメントを担当し、弟のリクトは鉢植えやガーデニングを担当している。

「あぁ、ありがとう。こっちも出来たよ。ほら」

 リュースの作った花束を見て、リクトはおぉっと声を上げる。

「さっすが兄貴! いい配色〜」

 注文された花束の仕上にリボンを結んで時計を見る。もうすぐこの花束を注文していたお客様が受け取りに来るはずだ。
 あまった花をケースに戻し、テーブルの上の葉や茎を片付ける。
 今回は花好きな方の注文で、花も全て使うものは指定されていたので作るのは簡単だったのだが。

「同じ花で作っても俺はこんなに上手くアレンジ出来ないよ。やっぱスゲーな兄貴は」
「はは、そんなことないよ」

 二人で会話しながら片づけをしていると、この花束の受け取り主が現れた。

「こんにちは。花束をお願いしていた秋平といいますが……」
「あぁ、ありがとうございます。秋平様ですね。花束できておりますよ」

 受け取りの時間ちょうどに現れた秋平という老婦人は、人の良さそうな顔立ちをしていて、ハーブのいい香りがかすかに香っていた。

「あぁ、確かにこの花です。ありがとうございます。きっと姉もよろこびます」

 出来上がった花束を大事そうに受け取って老婦人は微笑った。

 再び静かになった店内。
 リクトはいろいろと考えていた。
 今回は指定された花だったが、そうでなくてもリュースは相手の望むような花束を作ることができる。相手の雰囲気に合わせた作り方が出来るというか、相手の欲しいものが分かっているような。
 手つきもよく、花を無駄にしないアレンジをするのが本当に上手い。全体的な配色やバランスも素晴らしいし、何より温かい感じがするのだ。
 その温かみもバランスも上手く出せない分、弟は兄には勝てないと改めて思った。
 しばらくショーケースを見つめながら考えていたが、結局のところ出来ることをするだけだと「適材適所だ!」と叫び、いつも通りに鉢植えの手入れを始める。
 そんな弟を見ながら兄は微笑み、いつも通りに幸せの歌を口ずさみながら作業に戻るのだった。

「二人ともあけましておめでとう! はい今年もよろしくね〜」

 近くにあるパン屋のおかみが焼きたてのパンを持って挨拶に来てくれた。

「うわぁ〜美味そう〜! ありがとね!」
「いいのよ〜リクトちゃんたちにはお世話になってるからね。あ、そうそう。この間言ってた鉢なんだけどね……」

 パン屋のおかみさんは恰幅のいい人で、一昨年辺りからガーデニングを始めたらしい。おかみさんといってもパンを作ってるのは旦那さんと息子さんたちで、おかみさんは全く作れないらしい。旦那さんからも生地はいじらなくていいから庭をいじってろと言われたとこの間も文句を言っていた。
 しかし旦那さんが花好きなのもあって、お店に飾る分と時々旦那さんにプレゼントする分、自分のガーデニングのものを買いにこうしてよく足を運んでくれているのだ。
 ガーデニングはまだまだ不慣れなことも多いらしく、こうして足を運んではリクトに質問をしている。それに丁寧に答えるリクトもとても楽しそうで、リュースも嬉しくなる。
 ガーデニングの説明が上手いとこのおかみさんから広まったのか、近くに住んでいる奥様たちが訪れて質問されることが増えたようだ。園芸用品も売れるし、時たまこうやって差し入れを持ってきてくれたりする。

「ん〜、この時期だったら福寿草とかどう? 元日草とか朔日草って呼ばれたりもする春の花なんだけど、幸福を招くなんて花言葉があるから縁起がいいよ」
「あら、いいわねぇ!」
「でも間違って食べちゃうと中毒になっちゃったりするから、口に入れちゃダメだよ?」
「やーねー! 食べないわよ!」

 あははと豪快に笑って楽しそうに会話する二人。

「あ、そうだ。リュースちゃん、小さいのお願いしてもいいかしら?」
「大丈夫ですよ。どういった感じのものにします?」
「せっかくだからちょっとお正月っぽい感じにしてもらいたいんだけど……大丈夫かしら」

 お正月ですね、とリュースはケースから数種類の花を取り出してテーブルに並べていく。
 手で簡単にまとめてみて「こんな感じでいかがでしょうか」とブーケの出来上がりを大体の感じで示してみれば「和風でいいわねぇ」と声が返ってきた。

「兄貴、せっかくだからこれ、一本でいいから入れてよ」

 とリクトがショーケースから先ほど話していた福寿草を取り出して持ってきた。

「おばちゃん、気に入ったら今度買いに来てね。鉢植えでの育て方教えるからさ」

 リクトが持ってきた小さな黄色の花を最後に添えて、完成だ。後は土台の鉢をどのようにラッピングするかだが、正月らしく和紙でまとめようと思ったのだがもう一工夫欲しいところだ。

「兄貴、違う和紙重ねてさ、リボンも和風っぽい感じのやつにしてみようよ!」

 弟の一言でより納得するものが出来上がり、おかみさんも大層喜んでくれていた。
 花自体のアレンジはまだまだだが全体的な花に対する感性はリクトのほうが高い。まだどうしてこの組み合わせがいいのかなんていう理詰めの考えがなく、感覚で組み合わせているため自由な発想が出来るのだ。

「これから先が楽しみだな……」
「何? 兄貴」
「んー、なんでもないよ」

 上機嫌で兄弟が歌う幸せの歌が流れるフラワーショップは、今日も元気に開店中だ。