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【琥珀の眠り姫】密林深く、蔦は知る。聖杯の謎

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【琥珀の眠り姫】密林深く、蔦は知る。聖杯の謎

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第一章 襲撃

 遺跡の扉前にはキロスと、調査に参加している複数人の姿がある。ユーフォリアを含む幾人かは、既に遺跡の中に入っているのか、周囲に姿は見当たらない。
「琥珀の眠り姫を女としてコレクションにしたいとは、キロス、そこまで追い詰められていたのでありますか……」
 遺跡のすぐ傍にある木陰に身を隠した葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は、遺跡の扉の前で上空を見上げているキロスのことを、哀れむような目で見つめる。
 どうやら、キロスが『琥珀の眠り姫を起こしてやりたい』と言ったその言葉だけが一人歩きした結果、吹雪には『リア充になりたくて琥珀の眠り姫を目覚めさせようとしている』と受け取られたようである。
「無駄に終わるのに……」
「んん? なんか言ったか?」
 吹雪の、リア充成立阻止を目論む強い意志(?)がキロスに伝わったのか、キロスが不審そうに問いかけてきた。
「何でもないであります」
 その野望は、今のところ吹雪の胸の内にひっそりとしまわれている。
 そんな吹雪の隣で、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)は双眼鏡を覗きながら周囲を警戒していた。
「それにしても、琥珀の眠り姫か。見てみたいわね」
「見せ物じゃねえんだぞ……。ま、封印が解けたら、会う機会くらい作れるだろうけどな」
「じゃあ、機会があったら是非お願いしたいわ」
「そのためにも、どうにかして聖杯を手に入れねえとな」

 一際強い風が吹いて、周囲の木々の枝葉がこすれあうように鳴った。
 不穏な雰囲気に、一瞬喋るのを止めたキロスたちの元へとリネン・エルフト(りねん・えるふと)ヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)の三人が近付いてきた。
「ねえキロス、頼みがあるの。空賊の首領のことなんだけど」
 リネンがそう切り出すと、キロスはあからさまにいらっとした表情を見せた。
「あいつか。こっちは忙しいってのに、懲りもなく何度も狙ってきやがって」
「でも、色仕掛けで陥落しそうな誰かさんに真っ向から仕掛けてくるんだから、気概あるじゃない?」
 リネンが笑うと、横からフェイミィが割り込んできた。
「いいねぇいいねぇ、オレ好みだぜ! その女首領、もらってもいい?」
 フェイミィがそう言い終わった直後、リネンのツッコミ――と呼ぶには、やや力加減が強かったが――で殴り倒される。
「でね、その空賊の首領とちょっと話してみたいの。いいかしら?」
「ああ、構わねえよ。空賊には空賊同士の方が引き出せる情報もあるだろうしな」
「けどソイツ、なんで眠り姫のことそんな詳しいんだ? 別邸も独自に見つけてきたんだろ?」
 ひょいと起き上がって呟くフェイミィに、キロスは難しそうな顔をして頭に手をやった。
「別邸は、荒らされた後がなかったから独自に見つけたとは言い切れないな。恐らく俺たちの誰かの後をつけてきたんだろう。
 今回も、俺たちに聖杯を取って来させておいて、そこを奪うつもりなんじゃないか」
「なるほどね。頭も回るじゃない」
 ヘリワードが頷く。
「でも、キロスが人をだませる頭に見えるってのは……男絡みで何かあったのかしらね……」
 リネンの言葉に呼応するように、ヘリワードが小声で呟く。
「似たもの同士、か」
 その声は、キロスの耳にも微かに届いていたらしい。
「何か言ったか?」
「いえ、何でもないわよ」
 ごまかせたかどうかは定かでない。
「でもその女首領、不老不死の秘薬のことみたいにオレらの知らないことも知ってるよな?
 それって、フリューネとユーフォリアみたく、ヴァルトラウテ家の子孫が先祖の宝を探してるんだったり?」
「ヴァルトラウテ家の子孫、か……」
 調べた古文書の内容を思い起こすように、キロスは目を瞑って答えた。
「その辺りも、直接本人に聞いてみるしかねえな」
 キロスが答えた――刹那。

「複数の飛行音が聞こえる……空賊かもしれない」
 その時、超感覚で耳をすましていた清泉 北都(いずみ・ほくと)が呟いた。一瞬にして空気が張りつめる。
 北都とソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)は、扉近くの木立に隠れて索敵をしながら、キロスたちに合図を送る。
「間違いないな……ちょうど俺たちが調査に入ったと思えるタイミングを狙ってきたんだ」
 ソーマは北都に目配せをして、警戒を一層強める。
「当たり、みたいだね」
 北都の見上げた空の先から、複数の飛空艇が向かって来るのが見えた。
「後は任せたぜ。何かあったらすぐに連絡しろよ」
 キロスは鍛練所の扉をくぐると、内側から石造りの扉を押した。重く鈍い音と共に、扉がピタリと閉ざされた。
 吹雪やリネンたちも、遺跡の周囲に散らばって空賊の動向をうかがう。
「敵は空賊だけじゃねえぞ。モンスターだってうろついてるはずだから気をつけろよ」
「うん。僕たちは、とにかくここを守り抜かないとね」
 ソーマと北都は、お互いに連携を確認し合うようにアイコンタクトを取った。
「問題は、空賊がどう出てくるかだね……」
 北都は空だけでなく周囲にも気を配るように辺りを見回しつつ、呟く。

 こうして、鍛錬所を巡る長い一日が始まろうとしていた。