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仇討ちの仕方、教えます。(後編)

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仇討ちの仕方、教えます。(後編)

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第六幕


 合同公演「美人後家仇討旅」の打ち合わせのため、契約者たちは夜の公演を終えた染之助一座の小屋に集まり、土間に車座になった。耀助だけは、舞台に腰かけて様子を眺めている。
「フハハハ! 我が名はオリュンポス一座の座長、ドクターハデス(どくたー・はです)! ククク、今回は十六凪の筋書きを使い、染之助一座と【美人後家仇討旅】の合同公演をおこなう! これが、十六凪が用意した筋書きだ!」
 例によって例の如く高笑いしながら、ドクター・ハデスは台本を参加者に配った。ちなみに明倫館のコピー機は使わせてもらえなかったので、昔懐かしいガリ版で、隅をホチキスで留めてある。
「これはちょっと、大掛かりね」
 コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が、台本と舞台設定書を見ながら言った。「ここじゃ、無理じゃない?」
「こちらの小屋で行えばよろしいですわ」
と言ったのは、ハデスのパートナー、ミネルヴァ・プロセルピナ(みねるう゛ぁ・ぷろせるぴな)だ。
「でも小屋主から、契約違反だと文句を言われているんですよ」
 染之助はかぶりを振った。「一度不義理をすると、次に来たとき、小屋を借りられなくなります」
 それだけでなく、そういった話はあっという間に伝わる。芝居仲間からも白い目で見られ、他の土地でもやりづらくなるだろう。
「そこはそれ、蛇の道は蛇と申しますでしょ? お任せくださいな」
 コルセアと目を見合わせたミネルヴァは、口元を隠してくすくすと笑った。
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、背筋に冷たい物が走った気がした。彼女はハデスに目をやり、
「どうせ、『芝居を征する者は、世界を征するのだぁー!!』とか思ってるんでしょ?」
「な、なななななな何を言うのかナ! 僕はそんなこと考えてないヨ!」
「口調変だし!!」
 二人のやり取りに噴き出したのは、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)だ。彼の【嘘感知】によれば、今の発言は間違いなく「嘘」である。
 グラキエスは、ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)と共に、過去にハデスのヒーローショーに出演したことがある。その時の経験や、これまでのハデスに関する記録によれば、「暴れてヘマをした挙句に吹っ飛ばされて星になって撤退」が彼のいつものパターンだ。善人ではなかろうが、悪人にもなりきれない「面白い人」というのがグラキエスの認識だった。
 ゴルガイスは、グラキエスよりもう少しハデスたちを警戒していた。天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)は何か企んでいるようであるが、今のところ、殺気や害意は誰からも感じ取れない。
「これを読む限り、ヒーローショーと伝統芸能のコラボというわけではないのだな」
 ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)が言った。染之助一座のいつもの芝居に、派手な演出が加わっただけのようだ。
「伝統芸能なんて、そんな大層なものじゃありませんよ。ただの大衆演劇です」
 それでも悪い気はしなかったのだろう。染之助が照れたように笑う。
 しかしベルテハイトは、妙だと感じた。ハデスであれば、仇を討たれる側を正義に仕立てるぐらいのことはするはずだ。それはそれで、グラキエスが影響を受けたりしないか、ちょっとだけ心配なのだが。
 つまりは、あまりに正統派すぎる。
「あらすじがそれでいいなら、後は役者を決めて――主役の後家さんは、太夫だろ? 後はどうする?」
「配役については、僕に任せてもらえますか? 問題があるようなら、明日にでもまた話し合いましょう」
 台本を書いた本人がそう言うなら、任せてもいいだろうと染之助は思った。
「よっし、決まった! 太夫、飯でも食いに行こう」
 ぴょんと飛び降り、耀助は素早く手慣れた手つきで染之助を立たせた。
「え? でも……」
「いいからいいから。こいつらを信じて。な?」
 口調と物腰は柔らかいが、有無をも言わさぬ力で、耀助は染之助を連れ出した。出て行く直前、軽いウィンクを残し。
「――さて」
 二人が出て行ったことを確認し、十六凪は契約者たちに向き直った。
「この話が、現在進行形で起きている、野木坂健吾と千夏さんの仇討ちだというのは皆さん、もうご存知でしょうが」
「時事ネタを取り入れた素晴らしい芝居だろう!」
「まあ、そうだろうとは思った。内容が酷似しているからな」
 ハデスが踏ん反り返り、ゴルガイスは顔の傷跡を撫でながら頷いた。「犯人を燻り出すつもりか? そううまくいくか?」
「ええ、実はそう思っていたのですが、――実は千夏さんが誘拐されました」
「そうなの!?」
 それについては全く知らなかったらしいセレンフィリティとグラキエスたちは目を丸くした。後者は、微かに反応しただけだが。
「しかも、誘拐犯がこの公演の最終日に、仇討ちそのものを断念するよう、要求してきたのです」
「それはつまり、仇討ちの相手である立花ナントカが誘拐したということ?」
と、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)。今一つ、その説に納得いかないようで、軽く首を傾げている。
「違います。幸いというか、立花十内の正体は既に分かっています。左源太さんです」
「ええっ!!??」
 これには葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)も、コルセアも驚いて声を上げた。
「左源太さん――本名は呼ばないように気を付けてください。染之助さんは何も知りませんから――彼は千夏さんの誘拐については何も知らないようです」
「じゃあ、犯人は一体誰?」
「それは分かりません。しかし最終日に、千夏さんを連れて芝居を見に来ることは確かのようです。そこで、です」
 十六凪が声を落とした。ハデスが時々、「ふむふむ。ほうほう」と大げさなほどに唸っている。――どうも座長のくせして、十六凪の意図を知らなかったようだ。
「なるほど、それは面白いですね」
 上田 重安(うえだ・しげやす)がふむふむと頷く。
「しかし、準備に時間がかかりそうだ」
「それに、染之助太夫はこのことを知らないのだろう?」
 ベルテハイトが渋面を作る。「騙すようで気が引けないか?」
 グラキエスが染之助の芝居を好んでいるだけに、ベルテハイトは心配だった。
「彼女には不利にならないよう、徹底的にサポートをします。後は土下座してでも許してもらう他ありませんね」
 契約者たちはそれぞれに役割分担をし、染之助には内密に事を進めることを確認し、その日は解散した。