リアクション
終章 そして猫たちは日常に戻る
閉店した『キトゥン・ベル』内では、契約者たちのためだけのささやかな、数時間だけの臨時営業を行っていた。
もちろん、人も猫も、あるべき場所に収まった状態で。
猫たちは、その日の慣れない「仕事」で疲れて寝ている者も多かったが、若い猫は元気で、契約者たちにゆるりと寄り添って癒しを振る舞っていた。
厨房に人は戻ったが、椎名 真はまだとどまって、本来の料理人が作らない猫のおやつを作り続けたので、特に猫に大変喜ばれた。
猫ルームではルカルカ・ルーが、寄ってきてくれる猫たちをもふもふ撫でながらくつろいでいる。
「要するに、語尾に『にゃん』がついていたのは、演出ではなく、本当に猫だったからだということなのかな」
早川 小雪は、足元で寝転がる猫をそっとタップするように撫でて呟いた。
「なんだ。仕事だと思って真似しちゃってた。間違いだったって分かるとちょっと恥ずかしいにゃん。
って……あれ、ずっと使ってたからすぐには抜けないみたいだにゃ……じゃない」
清泉 北都は、抜けきらない「にゃん語尾」に自分で困惑していたが、隣りでクナイ・アヤシが口を押えて体を折っているのを見て、
「クナイ? もしかして笑ってる?」
「い、いえ、そんなことは(恥ずかしいにゃんって……恥ずかしいにゃんって北都が……!)」
「じゃやっぱりどこか具合悪いんじゃないかにゃ……違う違う」
――「そう考えると、いい年のおじさんが恥ずかしげもなくにゃんにゃん言ってた理由も、しっくりくる」
北都とクナイのやり取りをよそに、呼雪は呟き、ひとり納得して頷いた。
猫なら5、6歳でもう結構な年だ。そのくらいの猫は店にいてもおかしくなく、人間化した時、人間換算した年齢での姿になったのだろう。
ヘル・ラージャが抱いている白と灰色の猫も、おそらくそのくらいの年であろう。
「でも、解決したから安心だよね。人を猫にして攫うのが目的みたいな、物騒な事件じゃなくてよかった」
うとうとする猫を抱いて、ヘルは笑った。
「誰だって、自分の大切な人が急にいなくなったら、どうしたんだろうって心配したり不安になったりするもんね」
「兄さん、どうしたの」
厨房から猫ルームに来た佐々木 弥十郎は、何となく表情が強張っている兄の八雲に気付いて気遣わしげに尋ねた。
「……つまり、ずっとあの部屋で撫でて構ってた猫は、ほとんどが契約者だったわけだろう」
「そうだね」
「ということは、俺に撫でられた契約者がいるわけだ」
「……どんな撫で方をしたの」
「いや、別に問題はない、と思いたいが……かなりぐりぐりやってしまったのもいる……ようないないような」
「あーそれは……ちょっと複雑かもね」
ちなみに八雲とかなりやり合った(?)ンガイ・ウッドは、唯一この事件に気付かぬままの仲間に回収された被害者だったわけだが、姿が変わらないため事情を知らない上杉 三郎景虎に「何をにゃーにゃーと普通の猫のようなふりを……ふざけておるか物の怪が!」と罵倒され、腹いせに、どうせ何を言ってもにゃあにゃあにしか聞こえぬからと「喧しいこのネガティブ侍、○○、××△……」なとど悪口雑言を続けざまに口走ったところ、途中で呪いが解けて(店でシルクが解呪したタイミングだった)非常に品のない言葉が飛び出した瞬間をばっちり聞かれ、「叩き斬ってくれるわー!」「ぎゃああお助けえぇぇ」という修羅場な帰り道だったことは、当事者たち以外は知らない。
「あなた、ただの猫じゃなかったのね」
人間に戻ったリネンは、部屋の隅の籠の中で香箱を作っている茶猫のリネンにそっと囁きかけた。
『なーに、ちょっと生まれが変わってるだけさ』
猫のリネンはそう言って、ぺろりと舌を出す。
「……よかったわね。あなたもシルクも、この店に残ることができて」
『うん、皆のおかげだね。ありがとう』
シルクは窓辺で、何を想うのか、室内に背を向けて外を見ている。もちろん、黒猫の姿だ。
「そうか、リネンが猫になってたのか……リネンがネコ……ふふふふ」
隣でまたしてもよからぬ妄想をリピートさせているフェイミィの脇をどんとつつき、リネンは、自分たちはそろそろ帰るからと、同じ名前の猫にいとまを告げる挨拶をした。
「それじゃあ元気でね、リネン・ザ・キャット」
『君も元気で、天空騎士のリネン』
――その後の期間、『キトゥン・ベル』は好評のうちに空京での営業を終えた。
店の猫の中に何匹か、器用に後足で立って、尻尾でバランスを取りながらくねくね歩くという特技を持つものが出てきて、話題になった。
騎沙良 詩穂の熱い従業員教育が残した置き土産だという説があるが、真相は定かではない。
参加してくださいました皆様、お疲れ様でした。
今回、猫の日企画ということで、こんな感じでお送りしましたがいかがでしたでしょう。
アクションを通して、皆様の猫愛を沢山感じました。
あと、パートナーとの絆も。
リネンを本来の店長ではないかと推理される方が多かったようですが、実際はあのような形でシルクと繋がっていた、ということで。
シルク(絹)とリネン(亜麻)、織物繋がりの名づけでしたね、はい。
(やっぱりコットンとかヘンプとかの方が良かったかなぁと、ガイド出した後で悩んだのは内緒です)
一部の方々に称号を贈らせていただきます。大したものではありませんがご笑納下さい。
それでは、またお会いできれば幸いです。ありがとうございました。