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リアクション
第七章
機晶都市ヒラニプラ。市街地。
なななの手を引き、今まで逃げ回っていたみのりの足が初めて止まった。
「はぁ……はぁ……ど、どうしたの、みのりちゃん」
動き回って上がった息を整えつつ、なななは前方を確認する。
自分がいる路地裏の二十メートルほど先に、ウィルコと刹那が立っていた。
先回りされたことに気づき、なななの顔が引きつる。
「逃亡ご苦労。けど、お前らの旅路はここで終わりだ」
ロングコートの両裾から大小さまざまな短剣を出し、ウィルコはそう宣告した。
なななにはもう武器がない。立ち向かう手段もない。
死への恐怖で心がすくみ上がるのを感じ、なななの足が凍ったように動かなくなった。
ウィルコは無表情でゆっくりとなななに近づく。
しかし、
「変わったな、ウィルコ・フィロ」
聞き覚えのある声に、ウィルコの足は止まった。
なななとみのりの後方から、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)が歩いてきて、二人の前に立つ。
「僕が知っているウィルコは、戦闘能力はともかく、普通に泣き笑い怒り愛する、ごく普通のヤツのはずだが」
「トマス、か……」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ウィルコは言い放った。
「そこをどけ。殺されたくないならな」
「君にそんな台詞は似合わない。今は戦時ではないんだ」
「お前に何が分かるんだよ?」
「分かるさ。短いとは言え、同じ釜の飯を食った仲間なんだ」
「ちっ……」
ウィルコはトマスから視線を外し、舌打ちをした。
「なら、なおさらそこをどけ。どいてくれ。
俺は自分の知り合いを殺したくはないんだよ」
「嫌だ。僕はどかない」
「……そうか」
ウィルコは悲しそうに目を伏せてから、トマスを見つめた。
常人なら身も心も竦むほどの視線を、トマスは真っ向から見つめ返す。
「もう一度言うぞ。どいてくれ」
「何度でも答える。僕はどかない」
二人が睨み合うまま数秒の時間が過ぎ――その静寂を破ったのは魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)だった。
「……ウィルコさん、私にはあなたが苦しんでいるように思えてなりません」
ウィルコは視線をトマスから子敬に移した。
子敬は言葉を重ねる。
「やむを得ぬ理由があるから、そうしているのでしょう。
楽しい殺人ではなさそうです。
精神異常者でもない限り十日毎に自発的に殺人――なんてことはまずありますまい」
子敬は今までの情報を思い返す。
教導団の本部から聞いた姉の延命薬とダオレンという怪しい人物。
廃ビルに向かった仲間と連絡がとれないのは気になったが、子敬はウィルコの凶行の理由を推測し話しだした。
「あなたはダオレンという人物に依頼され、薬を報酬に人を殺し続けている。
そして、それは全て姉であるシエロさんのためでしょう。違いますか?」
「……それを知って、何になるんだよ?」
ウィルコは否定をしない。
子敬は構わず、言葉を続ける。
「新しい方法を一緒に探せます。あなたが苦しまず、姉を助ける最善の方法を」
「……っ」
「あなたの凶行の訳が私の想像通りならば――きっと、私たちは協力できます」
子敬の言葉巧みな説得。
しかし、ウィルコは搾り出すような声でその提案を拒否した。
「……無理だ。姉さんには時間がない。そんな悠長な暇はない」
「しかし、今のあなたの選択では……」
「姉さんが少しでも長生きできる可能性がある。それだけで、俺には十分だ」
「しかし……!」
ウィルコは頑なに拒否した。
子敬は諦めずに説得しようとするが、ウィルコの声がそれを静止させた。
「じゃあ、どんな方法があるってんだよ。時間がないんだ、せめて代案を示しやがれ」
感情が剥き出しの声に、子敬は声を失う。
「どんな方法なら姉さんを救えるってんだ。不知の病で死にゆく姉さんを、どんな方法が、言葉が救うんだ!?」
ウィルコの双眸は、深い哀しみを湛えていた。
それは精悍な略奪者の顔ではなく、世界の理不尽に立ちつくす少年の顔だった。
「頼む。もしそれを知っているなら教えてくれよ。誰も傷つけないで済む方法を! 姉さんを幸せに出来る方法を!」
静かな絶叫は、子敬の胸を抉った。
ウィルコは泣きそうな表情でトマスを見つめた。
「……頼む。知り合いとして一生のお願いだ。金元なななを殺させてくれ。他に被害は出したくないんだ」
トマスが音もなく首を横に振った。
「もう死者は出さない。これまで殺人を犯してきたウィルコも含めて……そう決めたんだ」
トマスはミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)に合図を送った。
ミカエラは手を挙げる。
路地裏の奥、建物の上からトマスの配下であるシャンバラ教導団の生徒が現れ、銃をウィルコに向けた。
「本当は戦いたくなかった。けど仕方ない。制圧してでも止めて、君には生きてもらう」
「……お前は変わらないな」
ウィルコは小さく首を振った。
止まった瞳は、微塵の迷いも存在しない略奪者のものに戻っていた。
刹那に無言で合図を送る。
「あい存じた」
刹那はウィルコの背中を蹴り大きく跳躍し、痺れ粉付きの暗器を建物の上にいる生徒にまとめて投擲。
それと共に、ウィルコは背後へと振り向き様に数条の短剣を投げる。奥にいる生徒の足や腕に突き刺さり、苦悶の声をあげて崩れた。
曲芸のような二人の動き。
地面へと着地した刹那と共にウィルコが路面を蹴った。
なななに向けて一直線に進む二人に、エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)とエリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)が立ち向かう。
「この分からず屋が! 差し伸べられた手を素直にとっておけばいいのによ!」
エヴァは叫び、腕をなぎ払う。
手の内で圧縮された炎が拡散し、路地裏が炎で包まれた。
皮膚や服が焼けることを気にせず、ウィルコは炎を通過した。
指の股で掴んだ二本の短剣を素早く投げつける。
エリスがエヴァの前に立ち、大楯でその攻撃を防御した。
「一気に攻めるわよ、エヴァ!」
「あたしに命令してんじゃねぇよ!」
エヴァはポイントシフトを発動。
ウィルコの背後に瞬間移動し、疾風突きを放った。
対するエリスは薔薇の細剣を構え、強力な突進攻撃。
前と後ろから同時に迫る二つの攻撃を、いとも簡単にウィルコは防いだ。
両手の短剣で迫る切っ先を受け止め、刃に沿って受け流し、二人の体が空を泳ぐ。
がら空きの脇に拳と回し蹴りを叩き込んだ。
衝撃でノックバックした二人を見て、刹那がウィルコに言った。
「ここはわらわに任せておくのじゃ」
ウィルコは二人を無視して、なななに向かっていく。
追いかけようとする二人を、刹那は柳葉刀を円に振るって静止させた。
「さて、しばらくわらわの相手をしてもらうぞ」