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【ですわ!】Sympathy~伝えたい気持ち~

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【ですわ!】Sympathy~伝えたい気持ち~

リアクション

 通りを進んだ先、博物館を前にした階段の下で玉座を思わせる豪奢な椅子が四つ。
「どうやらベルクの奴がやられたようだな」
 その一つにどっかり腰を下ろしたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が、冷静に戦況を見つめながら口にする。
「そのようじゃな。よもや、小娘一人のためにわらわ達がでる羽目になろうとはな」
 隣の椅子に座った辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は自嘲気味に答えた。
「いいじゃない。おかげで楽しめるのよ」
「では、わたくし達は青い子の相手をしますわ」
 ソフィア・フローベール(そふぃあ・ふろーべーる)上杉 優陽(うえすぎ・ゆうひ)は椅子から立ち上がり、武器を手にした。
「わかった。俺達はあの騎士を抑えるとするか」
「承知じゃ」
 玩具の騎士達の活躍で有利に進んでいたヴィちゃん達。だが、戦況を押し戻すべく、今トランプ四天王が動き出す。

『ヴィちゃん、このまま一気にお城へと向かうにゃん!』
 子猫のぬいぐるみから着ぐるみになったクルちゃんが、トランプ兵を蹴散らしながら叫ぶ。
 玩具が人型サイズになったように、クルちゃんもヴィちゃんを助けるために不思議な力の影響を受けたのだ。
 着ぐるみの中に入った想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)は、蒸し暑いのを我慢して猫パンチ、猫キックを繰り出す。
 周囲のトランプ兵が退いた隙に、ヴィちゃんと、クルちゃんが駆け出す。
 だが――
「危ない!」
 叫びをあげたのはヴィちゃんでもクルちゃんでもなく、ヴィちゃんを演じてる夢悠本人だった。
 咄嗟に飛びのいた地面に強烈な鞭の一撃が叩き込まれ、空気が弾けるような音が鳴り響く。
 鞭が戻っていく先に、所々にダイヤの装飾がついた煌びやかな衣装に身を包むソフィアの姿があった。
「ふふ、よく避けたわね。そうでなくては苛めがいがないわ」
 ソフィアは引き延ばした鞭に舌を這わせながら、妖艶な笑みを浮かべる。トランプ四天王・ダイヤのソフィアである。
 そんな不意を狙ったソフィアの登場に、夢悠は素で戸惑った。
「ちょっと、今の攻撃は聞いてないんだけど!?」
「アドリブよ、アドリブ。緊張感があっていいでしょう?」
 そう言いつつ攻撃を仕掛けてくるソフィアの攻撃を回避しながら、夢悠は後退する。
「そういう問題じゃない!」
 一度路地に退避しようとした夢悠は、背後からの攻撃を路地の入口にどかされていたモップを手にして受け止める。
 しかし、鞭に絡め取られたモップは引き寄せられ、夢悠ごと勢いよく通路に引き戻された。
「あらあら、まだ劇は終わってないのよ。ちゃんと私を楽しませてくれないとね、お嬢ちゃん♪
 再び襲いかかる攻撃を回避しながら、夢悠は体制を立て直し武器になるものを探す。
「夢悠――!?」
「余所見はいけませんわ」
 夢悠の助けにいきたい瑠兎子だったが、トランプ四天王・ハートの優陽の足止めにあっていた。
 艶やかな黒髪にハートの髪飾をつけ、露出度が高い色鮮やかな着物を身につけた優陽。
 その腕から振るわれる一閃は、模造刀とはいえかなり威力を誇る。
 瑠兎子は振り下ろされた攻撃をとっさに、肉球のついた着ぐるみの両手で挟んで止める。
「お見事な白羽取りですわ」
「それはどうも……」
 瑠兎子は蹴りをお見舞いして距離をとる。
 さすがに着ぐるみ姿で激しい運動は厳しいものがある。中は超絶サウナ地獄。息苦しいだけでなく、そろそろクラクラもしてきた。
「これもあんた達のアドリブってやつ?」
「はい。そういう風に脚本家から指示がありましたので」
「…………あの人は」
 瑠兎子はミッツの顔を思い出し、深いため息を吐いた。
 その時、少女の叫び声が聞こえ、振り返るとポミエラがトランプ四天王・スペードの刹那から攻撃を受けて吹き飛ばされていた。
「まずい!」
「ですから、余所見はいけませんと……」
 救援に駆けつけようとした瑠兎子だったが、またしても優陽に邪魔されてしまう。
「ポミエラにこんな戦いはムリだわ。どうにかしないと……」
 瑠兎子は優陽を振り切ろうとするが、それができない。

 刹那は先のベルクとの演技から、当初の予定通りの殺陣ができると踏んでいた。
「む、誤ったかの……」
 しかし、実際は避けてくれるはずの攻撃をポミエラはもろに食らっていた。ベルクが発動していたスキルの効果が切れ、能力上昇がなくなったためだった。
「まだまだですわ」
 鎧の一部が破損したようだが、ポミエラ自身は元気そうなのに安心する。
 刹那は加減しつつ、攻撃を続けることにした。
「スペードのエース……刹那。そのお命いただくとするのじゃ」
 刹那の台詞に、ポミエラは慌てて剣を構えなおす。
 それは事前に打ち合わせておいた殺陣の開始を合図するものだった。
「まずは動きを止めるのじゃ」
 刹那は短刀を取り出すと投げつけ、走り出そうとしたポミエラの行く手を遮る。
 足を止めた所に、顔を守るようにした剣に向かってさらに短刀を叩きこむ。剣を落とせば大怪我は免れない。ポミエラは両手で必死にその攻撃を耐えた。
「隙だらけじゃな」
 だが、守ると同時に剣で視界を失ったポミエラに、刹那が柳葉刀を手に襲いかかる。
 地を駆け接近する中、柳葉刀に取り付けておいた鈴の音がなり、横凪の前にポミエラは一歩退き攻撃を免れた。
 そして、反撃のために振り下ろしたポミエラの一撃だが、飛び退いた刹那に紙一重で交わされてしまう。
「なかなかやりおるの……」
「何をやっている刹那!」
 トランプ四天王・クローバーのエヴァルトは怒鳴り声をあげると、交戦していた悠里から距離をとった。
「だから言っているだろう。そいつは曲がりなりにも騎士だ。正攻法では分が悪い」
 エヴァルトは「俺が相手をする」と、刹那と対戦相手を交代した。
 打ち合わせ通りに、ポミエラは剣を構えなおして余裕の表情を見せる。
「見た所クローバーの兵士さんのようですわね。でも、誰が相手でしょうとわたくしは負けませんわ」
「ならば、その力見せてもらおうか。おまえの実力と、その想いを!」
 ポミエラは一瞬首を傾げた。台本に書かれていた台詞とは微妙に異なっていたからだ。
 しかし、突きだされる拳の動きや蹴りの一挙一動は教えられた通りだったので、あまり気にしなかった。
 ポミエラは予定通りに剣を振い、攻撃を受け止めあるいは回避しながら、観客が見入るような演技をこなして見せた。
 筋書き通りに追い込まれていくエヴァルトに、ポミエラがトドメを刺すべく剣を突き刺す。力強く地面を蹴り、身体ごと貫くように伸びる剣先。少女の一撃はとても真っ直ぐで、まるで彼女自身の抱えてる問題に対する想いのようだった。
「これで――」
「甘い!」
 だが、その渾身の一撃は身をひるがえしたエヴァルトにあっさりと避けられ、しかもあろうことか剣を握る腕を掴まれてしまった。
 それは台本にはない展開で、ポミエラだけでなく周囲の役者さえも驚いていた。
「信頼する者から離れ、連れ回され、恐怖に晒された騎士よ……」
 エヴァルトの言葉にポミエラは驚き、目を丸くした。その言葉の意味をポミエラは数秒もしないうちに理解した。
 傍から見れば、それは呪いをかけられ女王の娘に捕らえられていた騎士のことを指しているようにも思える。
 しかし、その真意は別の所にあった。エヴァルトはポミエラ自身の境遇をさしているのだ。
「こちらの情報網を甘く見るな、騎士よ。そんな気持ちの状態でまともに闘えるものか! もし問題ない騎士の心のままだというのなら、そのような偽りの強さを示す剣などでなく、おまえの本当の実力……真(まこと)の強さを示してみるがいい!」
 エヴァルトはポミエラの手を離すと、その小さな体を突き飛ばした。
 床に倒れ込んだポミエラは、零れ落ちた剣にその手を伸ばそうとする。だが、その手は届かない。伸ばせば届くはずなのに、ポミエラの心がそれを拒絶した。
 ざわざわと胸の奥で虫が這いずり回るような嫌な感じがした。
「……本当はわかっていましたの」
 こんなことで自分を示そうだなんて間違っていると。直接言えば済むことなんだと。
 だけど、それができなかった。
 共に過ごしてきたエヴァルトを含めた生徒達には思ったことをぶつけることができる。なのに、転入してできたクラスメイトにはそれができない。
 二年前の幼かった自分にはそれができたはずなのに。いつの間にかできなくなっていた。
「今のわたくしは駄目なんですわ!」
 役を忘れ、ポミエラは叫んだ。『できない』づくしの自分が嫌で仕方なかった。
 観客から動揺の声が聞える。
 そのヒソヒソ話の声が、ポミエラに学校での出来事を思い出させる。
 ポミエラは泣きだしたい気持ちを堪えた。逃げ出したくなる身体を押さえつけた。見えない重圧に押しつぶされそうになりながら、自分を守ろうと少女は必死になった。
 そんな思いの中、誰かがポミエラの傍に立った。
「騎士さんが駄目な人だなんて思ってないよ」
 その一言は深い海の底に射した一途の光だったかもしれない。
 顔を上げると、悠里が優しく笑いかけていた。ポミエラに手が差し出される。
「悠里は今のポミエラさんが大好きだし、友達だと思ってるから。それはみんなも一緒だと思うよ」
 掴んだ手は暖かく柔らかい。
 見渡せば多くの声援を受けて立っていた。暖かい笑顔も声も、全てがポミエラに向けられている。
 その中には、ポミエラのクラスメイトの姿もあった。
 嬉しかった。胸の奥が今度は焼けるように熱くなった。
 ポミエラは涙を拭うと、悠里に渡された剣を握り、エヴァルトと向かい合う。
「騎士よ。まだその剣を握るか」
「……はい。たとえ偽りでもこれが今のわたくしですから」
 ポミエラはそっと目を閉じ、精神を集中させる。すると、ポミエラを包み込むように、周囲に淡い光が満ちていく。
「それともう一つだけ……わたくしは騎士(ナイト)ではなく、今日から魔法騎士(パラディン)に昇格ですの」
 光は剣に収束し、振り下ろすと同時にエヴァルトへと駆けていく。
 直撃の瞬間、エヴァルトは微かに笑った。
 ポミエラの魔法を食らったエヴァルトは、垂直に宙を舞い地面に激突した。
 エヴァルトに続いて、ポミエラは刹那もその想いを込めた一撃で倒していった。

 その様子を横目で見た夢悠はホッと胸を撫で下ろした。
「ポミエラはどうにかなったか」
「あら、他人の心配をしている余裕があるの?」
「――っ」
 ソフィアの放った鞭が肩を掠め、ヴィちゃんの制服が破れる。
「中々魅力的な衣装になってきたじゃない♪」
 街に置かれた樽や箒を手に応戦してみせるものの、徐々に追い詰められていく夢悠。ヴィちゃんの制服は所々破け、隠れていた肌が部分的に露出していた。
 でも、そんなことより疲労の色が見え始めたポミエラの方が心配だった。
「そんなにあの騎士が心配? なら、あちらを先にするわ」
 そう言うと、ソフィアはアイコンタクトで優陽をポミエラの方へと向かわせる。
 追いかけようとする夢悠と瑠兎子だが、ソフィアとトランプ兵に邪魔されてしまう。
「あなた達は大人しく見ているといいわ」
 ポミエラの所へ向かった優陽。
「失礼しますわ」
 気づいたポミエラは咄嗟に後退しようとして転び尻餅をついてしまう。だが、そのおかげで最初の一撃は回避することが出来た。だが、その時点で次を避ける余力はない。起き上がるより早く、優陽は次の一撃の構えを見せていた。
 絶体絶命。そんな言葉が過った時――
「そこのあなた、待ちなさい!」
 通りに女の声が響いた。
 夕日に照らされて、月美 芽美(つきみ・めいみ)が民家の屋根の上に立っていた。
 芽美は飛び上がると、優陽に向けて雷を纏った強烈な蹴りを叩き込む。
「――っ」
 距離をとることで回避した優陽。
 ポミエラの前に着地した芽美の足元は綺麗に抉られ、直撃を食らえば骨が砕ける程度ではすまなかったことを物語る。
「ポミエラちゃん、さっきの戦い見せてもらったわよ。あなたの想いしっかりと感じられたわ」
「あ、ありがとうございます」
 ポミエラは目のやり場に困りながら、魅惑のマニキュアの塗られた芽美の手をとり立ち上がった。芽美は露出度高めのビキニアーマーを身につけ、(主に男性)観客の視線を釘付けにしていた。
「あれだけの想いがあるなら、ここで終わったりなんかしないわよね」
 芽美はポミエラにそう言って笑いかけると、豊かな胸を揺らしながら優陽を振り返る。
「ここは私が引き受けるわ。あなたはあの子を連れてお城へ!」
 芽美はすらりと細い指で、ハートのお城を指さした。
 ポミエラは芽美に感謝しつつ通りを進む。
「ヴィちゃん、ついて来てください!」
「ポミエラさん、悠里はここで足止めするから急いで!」
 悠里はトランプ兵の足止めに残る。
「行かせませんわ」
「それはこっちの台詞よ!」
 芽美はポミエラを止めようとした優陽を蹴り飛ばす。そして、すぐさまソフィアとの距離を止め攻撃を与えると、ヴィちゃんが城へと向かう道をつくった。
 芽美がつくってくれたその隙に、ヴィちゃんとクルちゃんはポミエラと一緒にお城に向かいだす。
「さてと、今度はあなた達が見ている番よ」
 芽美は「アドリブは大歓迎」と告げると、高速の足技でソフィアと優陽を相手に台本になかった即興の激しい戦いを仕掛けた。

 城を目指すヴィちゃん達。
 街を照らす夕日が徐々に闇へと沈んでいく。 
 不意にヴィちゃん演じる夢悠が躓き、ポミエラが支えようと後ろから抱きついた。けれど、支えきれず一緒に転んでしまう二人。
「だ、大丈夫ですの!?」
「うん……平気」
 夢悠は鼻を抑えながら恥ずかしそうに答えた。
 あくまで演技の途中なので、夢悠は周囲に聞こえぬよう小声尋ねる。
「ポミエラこそ怪我はなかった?」
「はいですわ」
「夢悠、今日のポミエラは騎士なんだから、あんたは心配なんかしてないで、むしろされてなきゃいけないのよ?」
 そう言って瑠兎子が同意を求めると、ポミエラは力強く頷いた。
 ポミエラは二人の前に進み出ると、白銀の剣を掲げる。
「ヴィちゃん、クルちゃん。お二人はわたくし赤の騎士がお守りしますわ」
 幼くも勇ましい宣言に夢悠と瑠兎子は微笑みを浮かべた。
 そんな時――
「残念ながらお二人をお連れするは、わたくし白の騎士の役目ですわ」
 通りに声が響き、ポミエラと夢悠達の間にナラカの蜘蛛糸が駆け抜けた。
 ポミエラが振り返ると、数メートル先に真っ白なウェディングドレス風の衣装を身に纏った白の騎士、アンネリーゼが待っていた。
「これより、赤の騎士ポミエラに少女を連れていく任を賭けて一騎打ちを申し込みますの――いざっ、参りますの!」
 アンネリーゼの周囲には倒されたトランプ兵が横たわり、邪魔する者はいなかった。
「一騎打ちの邪魔なんて無粋ですよ♪」
 笹野 朔夜(ささの・さくや)の体をつかった笹野 桜(ささの・さくら)は、糸を使って夢悠と瑠兎子の足止めをする。
 その間にアンネリーゼは一気に距離を詰め、両手剣をポミエラに向かって振り下ろす。
「わたくし本気でいかせてもらいますの!」
 咄嗟に剣を盾にしたポミエラだが、アンネリーゼに押し切られバランスを崩しかける。どうにか態勢を立て直そうとするポミエラだが、両手剣の連続攻撃に防戦状態だった。
「瑠兎姉、ポミエラを助けないと!」
「そうね。でもこう足止めを食らってたら……」
 桜は一向に道を譲る気はない。
 劇でなければ……・いつもなら武器を持ち歩いているのに、と後悔しても仕方ない。
 ならば魔法なら――
「大丈夫ですわ!」
 アンネリーゼの不慣れな剣捌きの隙を見つけて距離をとったポミエラが叫ぶ。
「わたくしなら大丈夫ですわ。アンネリーゼさんとは少々荒っぽいですが、お話がしたかったのですわ」
 ポミエラは今度はこちらの番とばかりにアンネリーゼに剣を振り下ろす。
 それを正面から受け止めるアンネリーゼ。
「少し前は言えなかったことが、今なら言えますの」
 ポミエラはアンネリーゼごと吹き飛ばそうと剣に力を込める。
「わたくしは今でも変わらず……お友達ですの!」
 力一杯に振り切った剣はアンネリーゼをよろめかせる。
「わたくしも……」
 アンネリーゼはその想いに応えるように、それ以上の斬りこみをポミエラにぶつけた。
 お互いに一度も避けることなく、少女達のたった数分のがむしゃらな剣の打ち合いは、何時間にも渡る死闘にも感じられた。
「あ――!?」
 先に疲労から剣を落としたのはポミエラの方だった。その首筋にアンネリーゼが剣を向ける。
「勝敗は……決しましたわ」
 荒い呼吸でアンネリーゼは自分の勝利を告げる。
「そうですわね。後はよろしくお願いしますわ」
 負けたポミエラは腰が抜けたように座り込む。しかし、その表情は晴れやかだった。
 アンネリーゼは剣を収めポミエラに礼をすると、夢悠達の所へ向かう。
「では、お二方にはわたくしがお供いたしますわ」
 夢悠は戸惑いながらも、瑠兎子に急かされてお城に向かうことに。
「時間がないわ。ポミエラちゃんのことは後でにして、今は劇を終わらせましょう」
 そう言って走り出した彼らだが、少しして大事なことを忘れていたことに気づかされる。
「あ、うん。兵も大量にやられて退屈だし、あちきもこのまま二人には帰ってもらった方がいいかなぁ、なんて思い始めてことだったんですよねぇ」
 ヴィちゃん達が進む先では、豪奢な椅子に腰かけるハートの女王レティシアが欠伸をかいて待っていた。
 最初は後方からノリノリで戦況を見守っていたレティシアだが途中で飽きてしまい、膝の上で寝息を立てているイコナに続いて自分も眠りそうになっていた。
「まぁ、でもラスボスですからねぇ。きっちり仕事はさせてもらいますからねぇ」
 レティシアはイコナは起こさぬようにそっと椅子に座らせると、ヴィちゃん達に向かって歩き出した。その手に握られたダンシングエッジの刀身が、光を灯し始めた街灯に照らされて輝く。
「あちきは混沌(カオス)守護者レティロット……じゃなかった。おほん、この世界を統治する唯一無二の存在! ハート女王レティシアでなのです!」
 レティシアがダンシングエッジを翳すと、太陽の光が反射して夢悠は思わず目元を隠した。
「本音を言うと帰ってもらった方がこれ以上迷惑しないですむんですが、それはそれ、これはこれ。娘(イコナさん)のこともありますし、これまでのツケはきっちりと払ってもらいますかねぇ」
 勢いよく駆け出すレティシア。
 夢悠に向かってきたレティシアを、アンネリーゼと桜が止めに入る。
 レティシアは真っ赤なドレスを翻しながら攻撃を回避しつつ、死角に回り込んで攻撃を仕掛けようとする。
「そのようなドレスでよく動けますね」
 桜は感心しながらも、アンネリーゼが攻撃できるように相手の動きを封じようとした。
「ならば……」
 レティシアはアンネリーゼに攻撃を仕掛けるふりをして、桜へと標的を変えた。
 不意を突かれた桜が咄嗟に腕でガードしようとした。
 その時――
「まぶしっ!?」
「今です、アンネリーゼさん!」
 レティシアの顔に光が走り、あまりの眩しさに一瞬動きが止まる。
 その光は、ポミエラが剣で僅かな太陽の光を収束させて当てたものだった。
 先ほどまで剣を交え、お互いに気持ちをぶつけあった友の声。アンネリーゼはレティシアとの一気に距離をつめる。
「まずっ――」
「逃がしませんよ!」
 眩い光から逃れようとするレティシアを桜が糸で拘束する。
「覚悟してください!」
 逃げることもできなくなったレティシアは、アンネリーゼの剣によって背後から斬りつけた。
「うぎゃあああああ、このあちきがこんな所でぇぇぇ……」
 ハートの女王レティシアはクルクル回転しながらイコナの眠る玉座に近づくと、届かぬ手を伸ばし倒れて逝った。

 女王の叫びはスピーカーを通して、通り全体に聞こえた。
「どうやら終わったようね」
 芽美は鞭を足に絡めると、ソフィアごと空中に放り投げる。
 ソフィアは鞭を捨て、宙で態勢を整えつつ地面に着地する。
「これは敗戦かしらね」
 ぼろぼろになった衣装についたゴミを払いながら、ソフィアはため息を吐く。
 手強い相手に苦戦を強いられたソフィアと優陽。
 優陽は居合いの構えをとっているが、その表情には疲労が見えていた。
「さて、あなた達はどうするの? あっちの援護に行かないと行けなさそうだし、ここで退くならそれでいいけど……」
 芽美は言葉の最後に「戦場じゃなくて残念」と口にしていた。
 劇の盛り上げるつもりのアドリブが、いつの間にかちょっと本気になっていた。
「ま、でも役目は果たせたわよね」
 周囲からはフラッシュの嵐。
 衣装がボロボロになったソフィアと優陽。そもそも露出が多めのビキニアーマー姿の芽美。
 三人の美女が汗を垂れ流し、乳を揺らし、あえぎ声をあげれば、それは男どもが気にならないわけがなかった。興奮と熱気に包まれた観客。
 それはある意味成功だった。

「これで先に進め――」
 ヴィちゃん達が安心したその時、背後からトランプ兵が怒涛の勢いで攻めてくる。
「追いつかれる厄介ですね。あーちゃん、先に行ってて」
 桜はアンネリーゼにヴィちゃん達を任せ、トランプ兵の相手に向かった。
「お待たせ! 助けに来たわよ」
 芽美が救援にかけつける。
「では、わたくしも――」
 戦いの連続でよろよろのポミエラは後に続こうとして、ふいに足を止めた。
 そして、夢悠に近づくと小声で、「また後で」と告げて赤の騎士ポミエラは戦の中へ向かった。
「さぁ、行きますわ」
 白の騎士アンネリーゼはヴィちゃんを連れて、城とされる博物館の中へ入り、その門を閉ざした。
 瞬間――通りを白い霧状の煙が包み込み、スピーカーからおばあさんの声が流れる。
『いらっしゃい。あら、どうしたんだい、そんなぼろぼろで!?』
『私、ちょっと冒険に言ってたの。話すと長いんだけど、聞いてくれる?』
 ゆったりとしたBGMが流れ、霧が消えると通りには役者の姿はない。
 そして、ようやくこのハチャメチャな劇は終わりを告げる。