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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第1回/全4回)

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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第1回/全4回)

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第6章 見慣れぬ契約者

 ──見間違いだったのだろうか。
 確かにこの森にいる契約者たちはそれを見た。長大な黒蛇がオークの大樹に巻き付く姿、鎌首を空にもたげる姿を。
 それは瞬きをすると幻影のように消え去ってしまったが、確かに存在した証として、巻きついていた場所、オークの樹皮や葉は焼け焦げたように黒に、闇に侵食されて傷ついていた。
 族長補佐に魚の対策を頼み、部屋を出たドリュスの族長ドリュアス・ハマドリュアデスは、小さな肩を震わせた。
 そのまま彼女は大樹の中の通路を通り、とある壁に手をかざした。
 意志を読み取った大樹がぐにゃりと通路を開ける。そこには、室内でありながら豊かな大地と水があふれている。彼女は苗木──大樹の子供たちがいるその部屋へと入る。
 族長や苗木たちの世話役だけが入室を許可されている──尤も大樹が許せば誰でも入れるのではあったが──部屋だった。
 族長の姿に、小柄な、同じローブを着た花妖精たちが駆け寄ってくる。
「ドリュアス様、戦況はどうな、って……!」
 声は驚きによって途切れた。背後に見たのは、開かれた出口に立つ数人の部外者、契約者の姿だった。



「……大樹には苗があって、いざとなれば森を焼き払おうって言ってるみたいだったわ。それに見慣れない契約者が走ってる様子……」
 幽霊船の動きは封鎖に思える。なら今大樹はどうなっているのか……?
 オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が“御託宣”の結果をパートナーの桐生 円(きりゅう・まどか)に伝えたのは今朝の事だった。
「今まで閉鎖されていた場所に、私たちより急いで大樹に向かう……何となく不審な感じがするわよね」
「じゃ、行ってみようか」
 円はオリヴィアとミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)、二人のパートナーと共にそれぞれサンタの箒に乗り、友人たちを誘って樹上都市に急いだ。
 彼女たちは樹上都市に到着して程なく、その不審な契約者たちを見付けた。
 彼らは丁度、オークの大樹にある窓のひとつから駆け出してくるところだった。
 オリヴィアは夜霧のコートに身を包んで姿を隠すと、彼らより高い位置の木陰に身を潜めた。
 “ホークアイ”で彼らの姿を確認する。人数は六人、男性四人の女性二人。学校の制服は着ていない。年齢は少年から三十代まで、一人一人ばらばらで、いかにも、言うなれば「冒険者風」「傭兵風」の出で立ちだった。
 全員の共通点らしきものがあるとすれば、重そうなバックパックの中身が妙に膨らんでいることだろうか。
 彼らの向かう方向を円にハンドサインで送ると、オリヴィアは何か起これば、と呪縛の弓の狙いを密かに定める。
(……あっちに行くよー)
 円はそのテレパシーを、打ち合わせ通り、友人のロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)へ送る。
「あっちね、じゃあこの足場を踏んで!」
 ミネルバはロザリンドの後を追いながら、“パスファインダー”によるアドバイスをした。
「あとはそのまま真っすぐね、後は宜しく!」
 彼女もオリヴィアと同じようにベルフラマントに体を包んで地面を蹴れば、“軽身功”はその大柄な体躯を木の上に押し上げた。ロザリンドの進む先に殺気がないか確かめる。
 ロザリンド自身は、そうしてサポートを受けながら、契約者たちの先回りをすべく走っていた。
 彼女の後を走るパートナーたち、テレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)メリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)は呑気な会話を交わしていたが……。
「あれ? メリッサー、出る前に会ったあれってこの前言ってた人? い、イケメンだっけ? 会って話したはずなんだけど。うち、会ったよね?」
「うん。確かに会ったのあのおにーちゃん…だった……よね? あれー? 名前聞くの忘れたかな? うん、今度メモするねー」
「少し静かにしてくださいね」
「だってうち、ここに来るまで散々目ぇ皿みたいにして監視してたんやもん……」
 テレサはぼやく。彼女は友人からテレパシーで受け取った幽霊船の状況を頭に入れつつ、樹上都市までの道のりをずっと警戒しながら、空飛ぶ箒シュトラウスでロザリンドとメリッサを乗せてきたのだった。言わば怪物の出る高速道路を長距離運転してきたようなものだ。
 ロザリンドは、お疲れ様でしたと言って、きっと前に視線を向けた。


 枝の間に渡された、木の板で作られた道……例の契約者たちがそこにいた。
「な、なんだアレは……!?」
 彼らは一様に呆けて、ロザリンドを──いや、その後ろの物体に釘付けになった。
 ブラックダイヤモンドドラゴンの翼を、あえてばっさばっささせて。背中に跨る少女は、霊杖【桜姫】の先から魔力の桜吹雪を舞わせて。
「私ですか? ついてくれば面白い敵と戦えるんじゃないかと期待してですよ、暇だったら海蛇でも探してスープにしませんかー?」
 少女・牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は髪の毛の先を指先で弄りながらテキトーに応える。
 しかも、同じ竜が、一歩退いた位置にもう一頭。ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)も、エレガントに、ばっさばっささせて桜を舞い散らせていた。
 しかしこれらはテキトーに選んだわけではない。ナコトは意図を聞いて、
「なるほど、豆粒まどかが更に目立たなくなるように優雅に進めばいいのですわね!!」
 と、答えたという。円は「豆粒っていうなー」とか抗議していたとか。
 ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)は楽しそうにしているアルコリアや、仕えるナコト、それに真面目に準備しているシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)たちを横目で見つつ、
「別に腐れた海も元の海も等しく美しいからラズンにとってはどーでもいいんだけど」
 と、背負ったパーソナルスラスターパックに引っ張られるように、人形のようにくったりして着いてきていた。
「全て美しくても、全て醜くても いけない。両方混ざり合って混沌としてるからこの世なんだよ、くきゃは」
 そんな彼女たちに呆然としている彼らに向かって、口を開いたのはロザリンドだった。
「……こんにちは」
 にこやかに。内心の緊張を抑えて、彼女は笑顔を作る。
「急がれているようですが、何をされているんですか?」
 一人、盗賊風の格好をした青年がにやけ顔で答える。
「……ああ、この都市が魚の怪物に襲われてるってんで、助けに来たんだ。ほらヴォルロスで傭兵募集してただろ?」
「それでしたらお手伝いしますよ。魚はここではなく、水面にいますから。一緒に行きませんか?」
「そうだな、そうしよう」
 青年は笑顔で頷く。他の契約者たちも笑顔で……だがぎこちない。
(やはり怪しいですね。今起こっているのが陽動……時間稼ぎ……であるならば、本命はここにおける一番重要な物、大樹に関して何らかの工作が行われようとしているかもしれませんね)
 海蛇と幽霊船、それにこの契約者たちの動きに何か繋がりがあるのか、否か。
 あやしげな契約者たちは目くばせし合いながら、細い道をロザリンドたちと下へと降りようとする。
 メリッサは殺気を探り、怪しい行動をしないか、尻尾をぴんと立てて見張っている。
(……でも、戦闘は起きて欲しくないなー。どうすればいいかな? できたら銃で武器や四肢を攻撃して戦えないようにするとか?)
 それは戦いのうちに入るだろう、と誰かが言いそうだが、その辺がシーマ曰く、百合園の武闘派……なのだろう。
 が、広い道に出た途端に、彼らは急に駆け出した。
 ──ひゅん、矢が飛んできた。と潜んでいたオリヴィアの矢は一人の契約者のふくらはぎを貫き、同時に時空を歪めた。数秒間の間、彼は弓矢の名の通り呪縛された。たった数秒だったが、それで十分だった。先頭に立った契約者の少年が押され、派手に転ぶ。
「ロザリンド班長、戦いましょう」
 シーマがサポートツールで、アルコリアの夜桜を強化すると振り返り、
「優秀なガーダーがいるのでな、ボクもオフェンスに回る……アル、術師が前衛に混じるな……」
「マイロードの御心のままに……」
 ナコトは万能武装サポートツール・Nを自身の桜姫に取り付けると、“叡智の聖霊”を呼び出して魔力を高める。
 隠れていたミネルバの警告の叫び“クライ・ハヴォック”が、その場にいた仲間の闘志をかきたてる。
 彼女自身は梢を渡しつつ、梟雄剣ヴァルザドーンの刀身を後衛の魔法使いらしきローブ姿に叩きつけた。ローブの女性の身体が弾け飛ぶ。
「いいから先に行け!」「ああ!」
 だが二人を残し、残る四人は駆け出した。
「待ってください!」
 ロザリンドも叫びながら走り出す。そうして追いつこうとした時、今度は彼らの背後に見慣れぬ花妖精を見付けた。

 ──そこに現れたのは、小柄な一人の花妖精だった。
 頭頂に咲くのは、白い菫の花。菫色の長い髪に瞳。白く長い衣をまとった彼女は、その手を契約者たちに伸ばしていた。
「返して!」
 危ない、とロザリンドが思った時は、彼女の白い喉に、盗賊風の男が抜いたナイフが突きつけられていた。
 ナコトは“トリニティ・ブラスト”を唱えようと予備動作に入ったまま放てない。
「……傷つけるつもりはないんだが、この都市を出なきゃいけないんでな」
 その間にも、背後で女性が箒を取り出し、またがっていた。
 仕方あるまい、と、シーマは“オーバードライブ”で自身の機晶石の動力をフル稼働させた。数分しか持たないが、今がその時だ。そして足を移動させ“チャージブレイク”の構えを取った。自分の体に傷をつけるのも厭わない。
「細かいところは任せる、ただ弾丸になるのみ……参る」
 シーマが木の板を蹴って、まさに弾丸のように突っ込んでいく。
 盗賊風の男が弾き飛ばされ、手すりに叩きつけられた。花妖精の少女もまた、勢いで飛ばされ、床に転がった。
「……ちっ! 全員バラバラでいい、逃げろ!」
 彼自身が床を蹴ると、飛行能力のある靴だったのだろうか、空に舞い上がる。箒の女性が一人引き上げて、後ろに乗せて、北の空へ飛んだ。
 一人は木々を渡ると、隠してあった小型飛空艇で下方へ逃げていく。
 今までぼんやりとしていたラズンだったが、相手の逃亡に嬉しそうに笑顔を浮かべて、“覚醒”する。スラスターを全力でふかし追いかけ、“ポイントシフト”で一瞬で距離を詰めた。
「きゃはっ、くきゃははっ」
 体当たりを喰らわせると、吹っ飛んだその体に強者の牙を突き立てようとする。
 ──だが、それを止めたのは、何とか床から上半身を起こした菫の花妖精の少女だった。
「……だめ、戦わないで!!」
 ラズンはそのまま彼に噛み付き、彼の身体は放物線を描いて海に落ちて行った。その時彼のバックパックの蓋が外れ──苗木が後を追ううように、海に落ちていく。



 ……白い菫の花妖精の名は、ドリュアス・ハマドリュアデス。盗まれた苗木を追って大樹の外に出たのだと言った。
 結局、捕まえた契約者は三名。盗まれた苗木は三つ。見つかった苗木は二つ。……つまり、逃げたもう三名のいずれかが、苗木を持っている、ということになる。
 牢屋にぶち込んだ契約者たちは、金儲けのために力が欲しくて、インターネットで相手を見付けた契約者だった。職業は……傭兵、冒険者、いわゆる何でも屋。
「苗木のひとつが盗まれたことは、皆さんには明日お話しましょう」
 契約者たちとの溝を深めたくない、今は親睦をして欲しいとの族長の判断だった。
 彼女たちの前、オークの大樹の広間では、アキラたちが投網で捕まえた魚をみんなで食べ始めたことで、ちょっとした魚パーティーが始まっていた。
 誰からともなく食べてみたいと言い出して、更に酒盛りになった。蜂蜜酒や金木犀酒や苺ワインなど、花や果実の用いた酒が振る舞われた。
 契約者たちが魚退治に奮闘したことで、とりあえず一旦の危機は脱したのだ。
 樹上都市を救おうと後からやってきた海軍の船に乗って来た一同は、呆気にとられたという。

 もちろんこれは一時の話。
 また明日から魚たちの群れに対抗しなければならない。守護天使たちと海軍はといえば、定置網の設置準備を終え、機晶技術を用いた網の作成が始まっていた。