イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

【第五話】森の中の防衛戦

リアクション公開中!

【第五話】森の中の防衛戦

リアクション

 同時刻 イルミンスールの森 某所
 
「まったく……とんだ切れ者がいたものね。危ない所だったわ」
 両肩に紡錘形の巨大なモジュールを有する漆黒の機体――“シュピンネ”。
 優れた電子線能力を持つその機体のメインパイロットシートで彩羽はそう呟いた。

『……アン……ャール……応……答……て……くだ……い……』
 今も“シュピンネ”のコクピットでは傍受した無線通信の音声が流れている。
 音が途切れ途切れなのは決して“シュピンネ”の性能が低いわけではない。
 発信源である機体のダメージが酷く、無線機も壊れかかっているせいだろう。
 
“シュピンネ”の優れた電子戦能力を活かし、彩羽は無線通信を傍受するのと並行して機体の制御を奪いにかかっていたのだ。
 制御を奪ったアルマイン・マギウスはかつて彩羽の所属していた天御柱学院の機体は違う技術で建造された機体。
 いわば規格が違う機体なわけであるが、アルマインのカスタム機であるアルマイン・トーフーボーフーの所有者でもある彩羽にとっては全く知らない機体というわけではない。
 その知識を活かし、彩羽見事に制御を奪ってみせたのだった。
 
 上機嫌で彩羽はレーダーを見つめる。
 制御を奪ったアルマイン・マギウスのマジックカノンを暴発されてからというもの、敵機を表す四つの光点は動いていない。
 どうやら同志討ちという形で早くも連中を無効化できたようだ。
「ま、こんなものね。さて――」
 彩羽がやはり上機嫌な声を出した直後、“シュピンネ”のモニターにウィンドウがポップアップする。
『流石だな。だが、油断はするな』
 現れたウィンドウに映っているのは漆黒のパイロットスーツに三つ編みにした黒髪の青年だ。
「わかってるわよ、来里人。あなたの手を煩わせるようなことはしないわ」
 彩羽はウィンドウに映る来里人に向けてくすりと微笑みかける。
 そのまま目線を流しつつ、彩羽はタッチタイピングでコンソールを叩く。
 コンソールの鳴る音に合わせてモニターに映る背景が僅かに動く。
“シュピンネ”が頭部を僅かに動かし、メインカメラを移動させたのだ。
 いわば彩羽と同じく横目でチラリと見たことになる。
 
 それによってモニターに映ったのは彩羽の“シュピンネ”と同じく漆黒の機体。
 来里人の乗るその機体は“シュピンネ”の右斜め前に立っており、時折首を動かして周囲を油断なく哨戒していた。
 レーダーによる警戒は彩羽に任せ、彼は有視界での警戒を行っているのだ。
 彼の機体は普段のスリムなシルエットとは違い、随分とマッシブな印象を受ける。
 見る者が見れば、その姿は先日の海京攻防戦で初めて確認された“ヴルカーン”bisと良く似た姿であるとわかるだろう。
 それもその筈。
 今、彼の機体が装備している追加外装モジュール――“ユーバツィア”は“ヴルカーン”タイプのものなのだから。
 
 小刻みにカメラを動かして自分も有視界で警戒しつつ、彩羽は味方機への通信回線を一斉に開いた。
「手始めにすべき仕事は終わったから次にあなた達の機体に偽装識別信号を送るわ。セッティングはこちらで行うから、結果的にはあなた達の機体に侵入することになるけど、許してちょうだいね」
 通信越しに来里人へと語りかけながら彩羽はコンソールをタッチタイピングしていく。
 先程、アルマイン・マギウスの制御と一緒にイルミンスールの識別信号を奪っておいた彩羽。
 今、彩羽がしているのはその識別信号を仲間達の機体へと書き込む作業だ。
 これにより、敵はレーダー識別不可となる。
 それによって有視界での敵味方判別が必要となった敵は、連携や射撃を阻害されるのだ。
 
 作業状況を示す緑色のバーグラフがモニターに表示される。
 それを彩羽が見守っていると、バーグラフのすぐ横に三つ目のウィンドウがポップアップする。
『随分と殊勝だな。パソコン嬢ちゃん』
 ウィンドウがポップアップすると同時、来里人と同じく漆黒のパイロットスーツに身を包んだオレンジ髪の青年――“鼬”こと航が話しかけてくる。
「あらどうも」
 再びクスリと微笑みかける彩羽。
 すると今度は犬歯を剥き出して笑う青年が映ったウィンドウがポップアップする。
 今度は“蛇”が返事をしてきたらしい。
 やはり彼も漆黒のパイロットスーツ姿だ。
『まったくだぜ。随分とエゲツねえマネを見せてくれたばかりでそんなコト言われたら、逆に面食らっちまう』
「驚かせたようでごめんなさいね」
“蛇”のジョークにも彩羽が笑みを返していると、またさらにウィンドウがポップアップする。
 それに映るのは漆黒のパイロットスーツと同色のショートヘアが特徴で、真面目そうな印象を受ける青年である“鼬”だ。
 彼は印象に違わず真面目そうな声で航と“蛇”をたしなめる。
『二人とも、そんな言い方をしては失礼ですよ』
 しかし航と“蛇”の二人はわざとらしく聞き流すジェスチャーをするだけだ。
『へいへい』
『おうよ。わーったわーった』
 その様子がおかしかったのか、彩羽は思わず声を漏らす。
 彩羽が声を出して笑い始めた瞬間、先程から表示されているウィンドウの中で来里人が言う。
『彩羽。同志として迎え入れた以上、お前を信頼している――少なくとも、俺達はな。それだけだ』
「来里人……」
 彼の言葉を聞き、彩羽は小さな声でぽつりと呟く。
 たった今の発言は味方機の通信帯域すべてに聞こえていたようで、ウィンドウに映る他の三人も彩羽にサインを送る。
『ま、そういうこった』
 そう言いながら航はかつての複葉機乗りがしたという敬礼をしてみせる。
『僕も来里人くんと同じです』
 一方、“鼬”は微笑を浮かべながら頷いた。
『テメェとツルむのも悪かねェ』
 二人に続いて言いながら、“蛇”は再び犬歯を剥きだす独特の笑みを浮かべた。
 
 その四人だけではない。
 更には五つ目のウィンドウがポップアップし、短髪の大柄な青年の姿も映し出される。
 今まで黙して語らず、会話にも入ってこなかっただけあって、彼はただカメラ越しに彩羽へと頷いただけだ。
 だが、彩羽に不満があろうはずもない。
 そしてやはり彼もまた、四人と同じく漆黒のパイロットスーツを纏っている。
 とはいえ、あまりに彼が大柄だからだろうか。
 同じものだとはわかっていても、ついつい別物に思えてしまう。
 
(そういえば、あのパイロットスーツもスミスの開発なのかしら。戻ったら聞いてみないとね――)
 彩羽が胸中に呟いた直後、作業状況を示すバーグラフは完全に埋まり、ウィンドウは自動的に閉じられたのだった。