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蟲と鼠の饗宴-バイオハザード-

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蟲と鼠の饗宴-バイオハザード-

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2/ 待つ人のために

 かちりと、音がして。皆の腕時計の針がそれぞれ同時に、打ち合わせたとおりの時刻を指した。
 さあ、時間だ。結界の中。彼女たちは、各々手にした得物を握りしめる。

 ここは、中にして外。

 製薬会社施設に張り巡らされた強力な結界──その外周の一角に、突き出るようにして、それと干渉しあいながらも新たに張られた異なる結界の中だ。
 言わば、この場における第二の結界。その保持をし続け、安定を図るグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が強く頷いた。
 彼女の相棒、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)へ。施設内部へと突入すべく集まった、面々へと。
 準備、OK。これでこの一角に穴を開けたとしても、外界にまで蟲たちが出てくる心配はない。グロリアーナの結界で「蓋」をして、ここで食い止めることができる。

「それじゃあ、いきましょうか」

 用意は、いい。ローザマリアの問い。
 もちろん、と山葉 加夜(やまは・かや)は返し、緊張した面持ちの後輩に顔を向ける。

「彩夜ちゃんも。大丈夫、ですよね?」
「はいっ」

 肩を強張らせて、詩壇 彩夜(しだん・あや)が返事をした。
 若干、気負いすぎているのかもしれない。加夜が察してか、彼女の肩を軽く叩く。
 知人とともにこの施設を見学するはずだった。その友人が、内部に閉じ込められている。そんな、無事を願う焦りが、命取りにならなければいいのだけれど。

「まず第一段階はあんたたちが頑張ってくれないとなんだから。しっかりね」
 若干の、危惧はある。けれど、ローザマリアは彼女たちを信じる。

「ええ。……彩夜ちゃん」
「はい、先輩」
 
 やがて加夜が、彩夜が施設を包み込む、結界の前に仁王立つ。
 それぞれの武器を構え、並んで。
「呼吸を、あわせて」
 深く息を吸う。そして吐く。ローザマリアが、腕時計に目を遣る。
 
 カウントダウン。──ワン。ツー。

「いきますっ!!」

 スリー……タイミングは、ぴたり同じ。
 ふたりの放った一撃が、結界へと吸い込まれていく。それを確認すると同時、他の皆とともに、ローザマリアもまた行動を開始する。
 結界は強力。修復力も強い。ゆえに、穴を開けてもそれが長く持つわけではない。ぼうっと、していられない。

 ──Rock’n Roll、ってね。リズム刻むのは、得意分野さ。

 心中で呟き、ぎりぎりのタイミングを見極めるそのスリルに堪えきれぬ微笑を浮かべながら、ローザマリアは仲間たちとともに口を開けたその施設内へ続く道へと飛び込んだ。
 さあ。やれること、しっかりやりましょうか。



 ままならない肉体を操って戦うというのが、こうもやりにくいとは──無論はじめてではないけれど、しかしそれを強いられるたび、思い出したようにその苛立ちを実感させられるのは困ったものだ。
 切り結ぶように拳と牙、あるいは鉤爪とが交差するたび、本調子であれば押し切れる最後の一押しができない自分がいる。その歯痒さに、セレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)はフラストレーションを逐一、感じている。

「くっ!?」

 肉体的不調と、苛立ちと。それらが戦術を雑にする。
 相手は鼠。畜生ゆえの、動物的本能はその隙を見逃さない。
 力任せに、足りない力を補おうとしたところで一歩、あちらが退いた。慣性に従って当然、セレスティアーナは前に向かってつんのめる形になる。
 よろけた態勢を、立て直すのがやっと。その間に、三方向。三体の異形が彼女を取り囲み、飛びかかって。

「危ない!」

 とっさに、避けられるほど今の彼女は身軽ではない。
 ゆえに助けられる。友、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)に。本来己の技である独特のモーションからのアッパーが、異形を打ち倒し彼女を救う。
 くずおれるその巨体を跳ね除け、美羽はセレスティアーナを抱え包囲網の中心から離れていく。

「すまん……っく、せめてもう少し、この身体が本調子に近ければ……っ」

 あとほんの少しいうことを聞いてくれる状態なら、この野獣たちを押し返すことも可能なのに。

「大丈夫! きっと助けも来るし、それまで私たちがセレちゃんたちを守るから! 無理はしなくって、オッケー!」

 駆け寄ってくる、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)。彼女の手が光を放ち、セレスティアーナはそれを受けた全身がいくぶん、楽になっていくのを感じ取る。ナーシング……見たこともない、正体もわからないウイルスを相手にけっしてそれだけで完治はしないけれど、応急処置としては必要十分な効果を、その行為は彼女に与えていく。

「貴様たちは……異状ないか……?」
「今はまだ、なんとかですが」

 自覚できる異状は、ない。どうやら美羽たちふたりはまだ、蟲による被害は受けていないようだった。

「SPや他の皆さんも、症状自体は桁違いに重いだけの流行性感冒といったところです──……かといって動けるほどではありませんし、これから先もそのままという保証は、ないですけれど」

 本来はセレスティアーナを護るべき者たちが、蟲の襲撃によってその戦闘能力を失い、部屋の片隅で彼女ら三人に守られている。
 無論、怠慢だとは思わない。暴漢やテロが相手ならばともかく、これは事故。そして、相手は蟲なのだから。流石に、想定できていようはずもない。むしろ、彼らは最大限自らを犠牲にセレスティアーナを警護しきろうと、試みてくれていたのだから。

 東シャンバラ代王として、自分が彼らを守る番だということだ。

「ひとまず、無理はしないでください。あなたもウイルスに侵されているんですから」
「そうも言ってられん……助けがいつ来るかもわからんのだ。少しでも奴らを減らして、持ちこたえねば」
「だからこそ、です」

 私たちにとっては友だちでも、多くの人たちにとってセレスティアーナさんは、王様なんですから。
 戦えない状態で、無理はしないでください。今は、治療を。
 施されるその治療もそこそこに立ち上がろうとした彼女を、ベアトリーチェは諌めた。そして迫りくる虫たちを、自らの放った火で追い立て、寄せ付けない。

「無理をして、なにかあったらたくさんの人が困るんです。だから、もっと自愛を持ってください」
「……む」

 珍しく強い言い回しで、ベアトリーチェは彼女に言う。
 その正論に圧され、セレスティアーナは二の句を継げず詰まる。

「そーそー。それに、助けもすぐにくるよ、きっと。言ったでしょ?」
「美羽」

 鼠の化け物たちの攻撃をいなし、かわし。やりあいながら、美羽も言葉を投げる。

「携帯も通じないし、連絡も届かないけど……でも、大丈夫。きっと外のみんなが、なんとかしてくれる」
「……貴様の、連れか?」
「そ! ちょっと気が弱いけど、芯は強くって、しっかりしてる子!」

 彩夜のことは、信じられる。きっと、頼りになる皆を、連れてきてくれる。だからやっぱり大丈夫だったね、と思ってもらえるよう、こっちもこいつらを片付けちゃう。
 まっかせといて。美羽が左手でつくったサムズアップを、セレスティアーナはぼんやりと眺める。


 ──まったく。私は一体、何をやっているのだ。


 美羽のその仕草に抱いた彼女が感情は、自嘲と苦笑だった。

 セレスティアーナはまだ、美羽の言う「アヤ」という少女の顔はわからない。けれど友人がそう言うからにはそうなのだろうと、漠然とではあっても思うことができた。

「……そう、だな」

 思えたからこそ、なおのこと──じっと休んでなど、いられない。
 彼女にもまた、信じて待つことのできる相手の心当たりがあったから。
 幸い、ベアトリーチェのおかげでいくぶんの回復はしている。それが、続いているうちに。再び体調が悪化の兆しを見せないうちに、自分にもすべきことがある。
 奴らならば、きっとやれる。それまで、倒れるわけにはいかない。なあに、無理はしないさ。

 瞼の裏に思い描くふたつの顔へと、セレスティアーナは誓う。
 ともに行動することもできたはずの「あのふたり」は、事態を打開すべく彼女と別れ、その手立てを探し求めに行った。
 持ちこたえるだけでは、ダメだと。ワクチン──つまるところウイルスへの明確な対抗手段を、得るために。

 セレスティアーナは、「彼ら」を信じている。

 信じているから、持ちこたえるだけなどらしくないと、自分を嗤うことができる。
 身体をウイルスに侵されて、弱気になっていたか。それならたしかに、美羽たちにも心配をさせて当然ではないか。まったく、らしくない。
 代王として。また美羽たちの友人らしく、こんな畜生どもの好き勝手にさせてなど、いられない。

「そういう、ことだ」

 まっすぐに突き出した正拳は、瞳を開かずとも的確に異形の鳩尾へと吸い込まれていた。
 急所を打ち抜く、一撃。ゆっくりと左右の双眸を開くセレスティアーナの顔には、不敵な笑みが宿る。
 ベアトリーチェが、美羽が、満足げに笑っていた。

 そうだ、無理はすべきじゃない。今ここで。
 なんのことはない。無理じゃないことを力の限りに、やればいいだけのこと。
 信ずるべき者を信じ、そのために勝利を目指すこと。それはこれっぽっちも、無理なことなんかじゃあない。