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蠱毒計画~プロジェクト・アローン~

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蠱毒計画~プロジェクト・アローン~

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  ニルヴァーナ市外


「少年の名はヴアドよ」
 そう宣言した声の正体は、天貴 彩羽(あまむち・あやは)であった。

 その場にいた契約者たちが、驚いて彼女を見る。
「なぜ、私が彼の名を知っているのか。理由を教えてあげましょうか」
 コツコツと足音を立てて、彩羽は歩み寄った。ヴアドと呼ばれた少年は、正気と狂気のはざまで苦しみ、うずくまったままだ。
「彼のことはいろいろ調べさせてもらったわ。この少年は、金団長に復讐を誓っていたから」
 憐れむ目でヴアド見ながら、彩羽は、鋭峰の前で立ち止まる。
 鋭峰を正面から睨みつけ、彼女はつづけた。
「だから私は、ヴアドをここまで連れてきた。警備が手薄になっているところを狙ってね」
「どうしてそんな馬鹿な真似をしたの!」
「馬鹿な真似? その言葉、そっくり返させてもらうわ」
 しばしの間、ルカと睨み合う彩羽だったが。
 ふたたび鋭峰に視線を戻す。
「金団長。いますぐ人体実験をやめさせなさい」
「実験、だと?」
「エグゼクティブ・ジャイナ。知らないとは言わせないわ。社の設立者は、紅生軍事公司の元従業員で、金団長を信奉している」
 臆することなく、彩羽は、鋭峰を見据えた。
 権威のもとに子供を利用する人々。彼女の瞳には、そんな大人たちに対する怒りが込められている。
「金団長にも、少なからず責任はあるはずよ」
「噂は聞いていた。EJ社では、条約から外れた実験をしていると」
「じゃあ……」
「だが。EJ社はただの視察対象だ。信奉者など、私の知ったことではない」


 そう言い放った鋭峰のもとに、神凪 深月(かんなぎ・みづき)が【疾風迅雷】の勢いで突進してきた。
 深月は、鋭峰に急接近すると。
 がっしりと、彼の胸ぐらを掴んだ。

「ぬしらは何をやっておるのじゃ! 金も、そこの少年も……。憎みあって救われるのなら、わらわが二人を殺してやるのじゃ!」
 深月の目に、熱い涙が滲む。
「じゃが、そうではないじゃろ? 憎しみの果てに殺しあっても、何も救われん!」
「全く、やってられへんわ。いつも泣くのは力無いガキや。そんなガキらが大きくなるまで守ってやるんが、大人であるわいらの仕事やろ?」
 狼木 聖(ろうぎ・せい)が怒りを噛み締めるように言う。
「まあそれは、オレも同意見だけどな」
 フェイミィ・オルトリンデが、聖に応えた。ふたりの視線の先には、リネン・エルフトによって頭を撫でられる、異形の少年がいる。
 ヴアドの精神は、乱れたままだ。
「やっぱ……人間は怖いですの……」
 物陰から震えているのはアリア・ディスフェイト(ありあ・でぃすふぇいと)
 彼女は恐れていた。人間の残酷さ。非情さ。欲深さを。
 私利私欲のためなら、同族でさえも食い物にする。それがたとえ子供であっても、だ。
「でも……わしは嫌ですの。深月が……沢山の人が泣くのは……嫌ですの」
 震える身体に力を込めて、アリアが、少しずつ近づいていく。
 たしかに深月は泣いていた。涙は瞳の上で留まっていたが――。
 心が、激しく泣いていた。
 パートナーの心に流れる涙を見て、アリアは自分を奮い立たせ、鋭峰に告げる。
「……お願いですの。子供達が……辛い目にあって……。これ以上、誰かが泣いてしまう前に……助けてあげて欲しいですの…」

 深月もまた、ヴアド少年に語りかけていた。
「手を貸すのじゃ、かつての悪夢を知るぬしよ。同じ悪夢が起こっておる。おぬしと同じ悲しみを背負う者が、また現れること、わらわは決して許せぬのじゃ」
 ヴアドはうずくまったまま、唸るように、想いを吐き出す。
「助ケタイ……助ケ……タイ」


 狂気から抜けだそうと、必死にもがくヴアド。
 ふいに、彼の様子を見つめていたダリル・ガイザックが叫んだ。
「貴様! まだいたのか!」
 先ほどの戦いで立ち込めた煤煙をめがけ、彼は狙撃する。
 その向こうには。
【煙幕ファンデーション】で存在をかき消す、松岡徹雄がいた。
「…………」
 彼は、ずっと少年に悪夢を見せつけていたのだ。
 ダリルの狙撃を受け、今度こそ徹雄は去った。

 だが、少年の心は、もはや修復が効かないほど狂っている。