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梅雨の宴『夏雫』

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梅雨の宴『夏雫』

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5 神

 華やかな赤の舞い装束を纏う舞い人が、扇を閃かせる。それに合わせて落ち着いた青の装束を纏う舞い人が、見えない雫を受けるかのように扇を開いた。愛らしい仕草と静かな仕草のあいなす魅力に、観客から息が漏れた。
 1幕を先駆けるのは遠野 歌菜(とおの・かな)とパートナーの月崎 羽純(つきざき・はすみ)だ。とんと跳ねて、雫のキャッチボールをするかのように楽しく、幸せそうに。
(上手く踊れるか、不安だった。舞い人なんて初めてやるから……。舞う前は凄く緊張したけど、今は……とても楽しい! ねっ、羽純くん!)
 水の神様に扮する2人は、見えない水の玉で遊んでいる。歌菜の舞扇から羽純の舞扇へ。羽純の舞扇から歌菜の舞扇へ。
 ぽん、ぽん、ぽん。水の玉は軽やかに跳ね、2人は微笑み合う。
(直前まで緊張していた歌菜が、舞台に立った途端、表情が変わった。俺も舞いにだけ精神が集中するのを感じる。この舞台がそうさせるのか……。楽しいな、歌菜)
 羽純は、歌菜の表情を見て目じりを若干下げる。面をつけていないので、舞いの最中は大きく表情を崩してはいけない。歌菜も羽純もきちんとそれを守っているが、余裕が出てきたのかどうしても嬉しさ、楽しさが滲み出てしまう。けれど、それはきっと良いこと。何せ1幕は神様が主人公。華やかさ、楽しさを出して悪いことなんてない。
 シテを支えるのは水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)。共に水の神様に従う妖精役で、2人の周囲をくるくると回る。
 歌菜と羽純、互いが互いの目を見つめ、口角を上げる。永遠に続くような楽しい時間。しかしこの見えない水の玉は、続いて現れた神様によって姿を変化する。

 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)とパートナーのリュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)扮する2人は、農耕を営んでいる誠実な青年役だ。しかしこの地域では全く雨が降らず、このままでは2人ではなく村人全員が飢えてしまう。2人は直接、神様に願い出ることにした。
シテの度会 鈴鹿(わたらい・すずか)とパートナーの織部 イル(おりべ・いる)が姿を表した。鈴鹿は雨と雲を模した装束、イルは竜神をイメージした装束を纏い、青年達に舞扇を差し出しその願いを叶えた。
 人間はなんて思慮深く、他者に対する慈しみを持っているのだろう。人格の出来た青年達に対する喜び、慈しみ。雨の神様に対する感謝。鈴鹿とイルが祝福の雨を誘うように舞う。その姿はとても雅やかで、且つ涼しげな雰囲気を醸し出す。洗練された舞いに、観客は魅了されて声すら出ない。
(この1幕で、ご覧下さる方の印象も大きく変わります。指先まで美しく、意識を漲らせて舞いましょう)
(雨は誰の頭上にも降る、恵みとして、観客にもそういった福や喜びを齎せるよう願って舞おう。しかし、鈴鹿もなかなかのものになったのう)
 鈴鹿の動きを見ながら、イルは満足そうに心の中で微笑む。
 舞台袖では、鈴鹿のパートナーである鬼城 珠寿姫(きじょうの・すずひめ)が2人をそっと見守る。
(イル殿の舞は流石見事だが、鈴鹿殿の舞も美しいな……。所定の時間舞うのは結構体力が要る故、舞いを終えて舞台裏に戻ってきた舞い人達の為にお茶やスポーツドリンクを用意しておこう)
 見えない水の玉は、やがて雨となり天から降って来る。しかしその一部は、別の形に変化していた。厄災はこれで終いではない。
 観客の誰かが「あ」と呟く。
 現実世界で、小雨が降り始めた。