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茅野 菫(ちの・すみれ) 菅原 道真(すがわらの・みちざね) 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)



キャロルと別れた日の夜、俺は住みなれたアーヴィンの家には戻らず、マジェにいくつかあるアーヴィンの隠れ家の一つに泊まった。
ドスケベ親父は、普段住んでいた仕事場兼住居の家の他にも、ダウンタウンにいくつかの部屋を借りていて、たまに一人になりたい時なんかにそこを使ってたんだ。
いったい全体、全部で何か所、借りていたのかは、俺にもわからない。
いまになってみれば、犯罪の手伝いをするのや、人に見られてはやばいものを隠すのに、場所が必要だったんだ。
そのいくつかを俺は知っている。
アーヴィンがあらかじめ教えてくれていたからだ。

「ボウズ。もし、ヤバくなったら、ここに隠れろ。
客にしてもヤードにしても街の裏の連中にしても、腹の底でなにを考えているのかは、わかりゃしねぇ。
ヤバくなったら、隠れる場所が必要だ。
ほとぼりがさめるまでは、ダウンタウンの隠れ家を転々として、隙をみてマジェから逃げだせ。
パラミタは広いからな、どこかへ逃げちまえばいい。
なぁに、何年かしてから涼しい顔でマジェに戻ってくれば、誰もなにも言いやしねぇさ」

アーヴィンは死んじまって、もう2度と隠れ家は使わないだろうから、俺が使わせてもらう。
町外れにあるレンガ造りで、古びいてて、扉は何年もしまりっぱなしの、空っぽの倉庫の二階の部屋。
俺は1人で横になり、置いてあった毛布をかぶって寝ようとした。
けど、目がさえて眠れない。

キャロルとは、もう本当にあえないのか。あってはいけないのか。

同じことを繰り返し考える。
真夜中、俺は足音に気づいた。
誰かが1階を歩いている。これは間違いなく人の足音だ。

どうする。
金目当てで、俺を殺しにきたのか。

とりあえず、様子をみるしかないか。

ノックもなくこの部屋のドアが開いた。
階段をのぼる音はしなかったのに、いつの間に2階にあがったんだ。
わずかに開いたドアに隙間から顔をだしたのは、ブロンドの髪に大きなリボンをしたキャロルだった。

「キャロル! どうしたんだ。なんで、俺がここにいるって」

「私、昨日、あれから、やっぱり、あなたとお別れしたくなくなって、ずっと、あなたの後ろをついてきたの。
あなたがこの倉庫に入ったのをみて、それでも、どうしても帰る気になれなくて、ずっと、外で眺めていたら、さっき、何人かの人たちがここへに入っていって、もしかして、あなたの身に危険が迫ってるんじゃないかと思ったから、私もここへ」

「そんな危ないことをして。
ごめん。俺のせいだ。
俺は大丈夫だ。
二人でここを、マジェをでよう。
きみは俺が守る。
いいだろう。
俺を信用してくれ。
一緒に。
一緒にいこう」

俺は急いで身支度をして、といっても鞄を一つ持っただけだ、キャロルの手を握って部屋をでた。

「やつらは1階にいるんだな」

「ええ。1階のあちこちを調べて、あなたを探してるみたい」

「きみはどうして俺が2階にいるってわかったんだい」

「あなたがこの倉庫に入った後、2階の窓ごし人影が動いたのをみて、きっと、あそこにいるんだろうなと思ってた」

「大正解だ」

キャロルは、金持ちの貴族の娘ってだけでなく、頭のいい娘だ。
俺はキャロルがこうして、学のない俺の横にいてくれるのを人に自慢してやりたくなる。
俺たちはしゃがんだまま、中腰で静かに通路を歩いた。
倉庫内にはあかりはない。
2階から下におりる階段は二カ所だ。
他には建物の外側についている非常用の梯子がある。
俺を追っている連中は1階を調べているらしいので、やつらが2階にこないうちに俺たちは非常口の梯子で外へ脱出するとしよう。

「オリバーはこれからどうするつもりだったの」

「俺は、おまえと別れたのをずっと後悔してた。
寝ようとしても全然、寝れなくて、そればっかり考えてた。
キャロルがここへきてくれなかったら、夜が明けたら、おまえに会いにいってただろうな。
そして、二人でマジェをでて、どこかで暮らすんだ」

「仕事はいいの。
アーヴィンさんのことは」

「仕事は、なんだってするよ。俺は根性はあるんだ。どんな仕事でも我慢してみせる。
バカ親父が死んじまったのは、そりゃ、悲しいけど、俺はあいつがそこまでヤバイ話に首をつっこんでたなんて、まるで知らなかったし、あいつも裏の稼業の話はなんにもしてくれなかった。
いま考えてみると、裏の仕事に俺がかかわりあいにならないように、あいつなりに俺を守ってくれてたみたいな気さえする。
きっと、儲けを独り占めしたかっただけだろうけどな」

「あなたは、アーヴィンさんの裏の仕事とは、無関係なのね」

「ああ。昨日も言った通りさ。
おまえが親父さんの仕事の内容を知らないのとまるで同じ。
俺たちは、二人ともとんでもない親父を持っちまったよな」

「ええ」

キャロルと俺が話しながら、非常口の前までくると、拳銃をかまえた女が立っていた。
こちらに銃口をむけながら、女は空いてる手で俺たちに伏せろ、と合図する。
しかたなく俺とキャロルは床にふせ、女を見上げた。
女は軍隊の、戦闘服ような服を着ている。

「自分は葛城吹雪であります。
偶然にも教導団の同僚の1人から、マジェのスコット商会の噂を聞き、個人的興味から、貴殿たちの組織の活動を調査させていただきました。
現在、貴殿らは依頼をうけ、大英博物館およびにハーブ園の殺人事件の関係者たちに暴力行為を行っている最中かと思います。
この事実を自分がスコットランドヤードに報告すれば、貴殿らの有罪は明白であります。
自分としましては、貴殿らの信念を尊重し、貴殿らスコット商会と協力体制を結びたいと考えます」

「具体的にはどうしたいわけ」

女、葛城吹雪のわけのわからない話に、キャロルは平然とこたえた。
俺にはさっぱり意味がわからない。

「貴殿らの秘密を守るので、協力費をいただきたい。
そうすれば、いま、まさにここで行われようとしていた、この少年への暴行も目をつむり、自分は黙ってこの場を立ち去ります」

「それはいいアイディアね。
正直、あんたがでてきたおかげで」

キャロルは立ち上がった。葛城に手を差しだす。
握手に応じようと手をのばしかけた葛城の背後から、いつの間にかそこにいた、黒髪、皮ジャンの女が襲いかかり、葛城の首に腕をまわし締めあげた。
葛城はろくに抵抗もできず床に崩れ落ちる。

「オリバー。あんたのおかげで余計な手間がふえたのよ。こんな感じでね。
道真。こいつをどこかに閉じ込めて、適当にしぼってやって。
今回の仕事が全部、終わるまでは表にださないように頼むわ」

「了解。そっちは」

キャロルに道真と呼ばれた女が、俺に目をむけた。

「こっちはいい。彼はシロね。なにも知らないみたい。私もすぐに行くから、外で待ってて」

「ああ。わかった」

道真は気絶している葛城の両手、足首をロープで手際よく縛り上げ、口にテープを張りつけると、彼女の体を抱えて去っていった。
この場に、キャロルと2人になると、俺は、

「どういうことだ。
おまえは誰だ。キャロルじゃないのか」

「違うわ。
私は茅野菫。この格好はあんたに近づくための変装よ。
あんたの様子を今夜ずっと見張っていたの。あんたが本物のキャロルといた時からね。
あんたにお仕置きするために」

「お仕置きってなんだよ」

「アーヴィンの裏の仕事のせいで、ひどいめにあった人が大勢いるわ。
その人たちが、アーヴィンの養子で、彼の仕事の相棒だった、あんたにもアーヴィンと同じくらいのひどいめにあって欲しいと思ってるのよ」

「俺は、ハゲ親父の裏の仕事なんて知らねぇよ」

「そうみたいね。だから、私はなんにもしないで帰るわ。
さよなら」
菫は、俺に背中をむけた。
俺は菫の肩をつかんだ。
「待てよ。1階にいた連中とかってのは、おまえの嘘なのか。
それに、そのお仕置きってのは、キャロルもやられるのか」

「1階にいたのは葛城1人よ。
あいつが私よりも先に倉庫に入って行ったんで、あんたが心配になって私もきたの。
アーヴィンに文句や貸しがあるやつはけっこう多そうだし。
てっきり、あいつもあんたが狙いなのかと思ったのよ。
先に獲物を奪われちゃ困るからね。
あんたと一緒にいて、適当なところで道真にきてもらうつもりだったわ。
キャロルについては、私たちは依頼を受けてない。
ただ、1つ教えてあげると、キャロルはあんたみたいに、なんにも知らなくはないわよ。
あの娘は、父親の仕事の後始末を自分でつける気じゃないかしら。
果たして、あんたにとめられるかしらね」

「父親の仕事の後始末」

「正義漢の強い娘が、父親とその仲間たち、敵対する犯罪組織になにをするか、想像してごらん」

菫は俺の手は払いのけると、振りむかず、非常口から外へでていった。