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●テンペスト(4)

 トラックの中。
 イオタがかけていた上着を手にしたまま、リーズはしばし言葉を喪った。
「なんでこんなことに……」
 やっとのことでそれだけ言った。
 イオタの右手がなくなっており、左手も、人差し指と親指だけになっているのを確認したのである。大量の血液が上着を汚していた。もともと赤い色で染められているもののように見える。
「可哀想に……」
 真奈がイオタの手に触れようとしたが、イオタは身体を捻ってかわそうとし、なおも近づく真奈に唾を吐きかけた。
「なんてことすんの! キミね!」
 リーズはカッとなってイオタの両肩をつかんだ。
 イオタは……薄笑みを浮かべていた。
「聞いて。ボク……キミのこと、キライだよ。
 美空ちゃんを殺した因縁の相手だから、憎くないわけじゃない……間違いなく今はキライだよ」
 せせら笑うようにイオタは何か言った。
 ここに正確に描写することをはばかるような、あまりに愚劣な、他人を罵倒する表現だった。『愚か者は死ね』という表現を数百倍に煮詰めたような。
 リーズの顔が一気に怒りに染まった。しかし彼女が口にしたのは意外な言葉だった。
「キライだけど、それでも君を助けたいって思って……何が悪いんだよ!
 キライだからって優しくしないなんて誰が決めたの? キライでも優しくして上げられるんだって知ってもらいたい。
 今は理解できなくったって、いつかその気持ちを感じ取れるはずだって信じたいから」
 リーズはここで言葉に詰まってうつむいた。真奈の胸に抱かれる。
「駄目だ、これ以上、上手く言えない……」
「十分です。リーズ様」
 リーズは肩を震わせていた。
 両手を失い、リーズの言葉を聞いてもなお、イオタは冷笑していた。
「馬鹿ども」
 短く言った。
「『地獄への道は善意で舗装されている』という言葉を知らんか」
 イオタは襟首をつかまれている。
 陣が、彼女のシャツを握りしめていたのだ。
 イオタは半円形の目をして、陣の目を見つめていた。
 陣は凄まじい形相をしている。だが、感情を押し殺して話そうとしていた。
「殺さないのかって? ……それで美空が生き返るんなら、ネクロにでもアベレイターにでもなって、思いつく限りの方法でぶっ祟ってお前をくびり殺したるわ!」
 その勢いに、さすがのイオタも冷笑を引っ込めていた。
「……なんてな。
 んなことしても彼女は生き返らんし、仮にそれで生き返っても、『R U Crazy?』って言われて愛想尽かされるわ。例の調子でな」
 ふっ、と自嘲気味に言って、陣は床に座り込んだ。手をはなしている。
「……君は殺させない。殺されて楽になんて、させない。
 君のクランジ至上主義な性根を叩き直して、人並みな幸せや喜びを知り、それは大切な物だと理解して、美空の分まで長い寿命の生涯を生き抜いてもらう。どうせなら生きて生きて……生き抜いたその果ての果てで死ねや!」
「もう一度言ってやろうか、愚民ども。地獄への道は……」
 陣から激昂が返ってくるとイオタは思っていたのだろう。また皮肉な笑みを浮かべていた。
 だから、意外という顔をすることになった。
「……地獄へ行くにしても、そう急がんでもええやろ」
 陣が、疲れたような笑みを浮かべていたからだ。
 イオタは押し黙り、背中を車の扉に当てたまま目を閉じた。

 アレーティア・クレイスの装輪装甲通信車が併走してきた。
「ナビ感謝! なんとか追っ手も撒けたかな。まあ、油断はできないけど」
 ハンドルを握ったまま、窓越しに桂輔が手を振った。
「おぬしら、まったく無茶をやったもんじゃ。この状況を抜けるとはのう……」
 アレーティアは慣れない調子で手を振り返す。
「ほれ、その先は安全圏じゃ。停めたら、わらわもイオタの治療を手伝おうぞ」