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リアクション
黒い幻影
〜研究所付近〜
遺跡より少し離れた位置に研究所が立っている。
ガルディアが暴れた際の損害は大きく、まだそこかしこに壊れた機材が転がっていた。
外側から見た外観は半壊といっていいほどでその機能の多くは止まったままだ。
その一角にある瓦礫の山に埋まった大破したプラヴァーの中に羽住 こころ(はすみ・こころ)はいた。
プラヴァーの四肢はもげ、頭部も既に無い。コックピットハッチは衝撃で歪んだのか、自力での解放は不可能であった。
「自力での脱出は不可能か……助けを待つしかないな」
こころは辛うじて原形を保っているシートにもたれかかると、天井を見上げる。
所々配電盤が外れ、火花を散らしているのが見える。通信用のケーブルやら回線やら様々なものが垂れ下がり、どこから修復すればいいのかすら見当がつかない。
試しに適当に線を繋いでみるが、特に何も変化はない。修理の知識もない身ではただの暇つぶし程度にしかならなかった。
深く溜め息をつく。彼女が操縦桿の方に視線を移動させると、半分ほどからぽっきりと折れている無残な状態が目に入ってくる。
残っている部分を掴み、動かしてみるが特に何も反応はない。
「……こんなことになったのも――」
視線を動かす彼女の先に獰猛という言葉が似合うだろうかシャッコー・ドーベン(しゃっこー・どーべん)が座っている。とても不機嫌そうだ。
今は大人しくしているが、先程まではやれ外に出せ、鉄屑風情が道を阻むのかとコックピット狭しと暴れまわっていたのである。
今は疲れたのか、暴れることに飽きたのか座って大人しく目を閉じている。もしかしたら眠っているのかもしれない。
彼の腕に目を落とすと、蠍の姿をした爪のような武器が装備されている。
シャウラ・ドーベン(しゃうら・どーべん)とシャウラ・ドーベン(しゃうら・どーべん)。それが二つの爪の名であった。
それは腕に絡み付くように巻き付き一定の間隔で脈打っていた。詳しい機構は知らないが、何かを糧に動いているらしい。
巻き付いているその腕を見ると、腕の動きに合わせて締め付けを微妙に調整しているようであった。
右と左に対になるように付いているその爪は一見しただけでは分かりにくい差異がある。
目の色が二体共違うのである。あともう一個何かあった気がするのだが、彼女は思い出せなかったので気にしないことにした。
「あー、飽きた!! そろそろこの場所から出るぞッ! こんな所にずっといるのは性に合わねぇ!」
シャッコーはシートから立ち上がると、右腕、左腕のシャウラ・ドーベン達を構えてコックピットハッチに向かって斬撃を放つ。
甲高い金属音が響いて火花を激しく散らした。しかし、ハッチには小さな引っ掻き傷ができただけで破壊することはできなかった。
「くっそ! ここから出れさえすればあんな鉄屑共、捻り潰してやると言うのにッ!」
ハッチに対してなおも攻撃を続けるシャッコー。
かなりの騒音であるはずなのだが彼女にそれを気にしている余裕は既に無かった。あるのは古代兵器による静かな、だが確実な恐怖のみ。
(一切歯が立たなかった……赤でもない、灰色でもない、あの黒い機体は……何?)
彼女の脳裏にその時の意識が甦る。
黒い影がプラヴァーの攻撃をまるで幻のように躱し、何もできず遊ばれるように破壊されていった事を。
気づくと無意識に体が震えていた。
(誰か……誰か……助けて……)
研究所の中央、開けた広場にアサルトライフルを装備したクェイルが立っている。
周囲を警戒するように頭部を振り、敵影を探していた。
「まったく……訓練中にぶっつけ本番で任務が入るなんて思わなかったわよ」
モニターと睨めっこをしながらセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は呟いた。
モニターの灯りが彼女を照らしている。少し緊張の色が見えるのは操縦に自信がないからだろうか。
「そうね……もっと適任者がいたでしょうに。私達みたいな赤点スレスレの――」
「ごめん、それ以上言わないで。なんだか悲しくなるから」
がっくりと肩を落としながらセレンはセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)にそう言った。
突如、研究所の外周部で爆発が起きる。炎が立ち上がり、施設の一部が破壊されていた。
「敵!? 一体どこから!?」
「レーダーに反応がないわ。とりあえず爆発した方向へ……」
そう言いかけた時、目の前に黒いクリミナが現れクェイルを殴り飛ばした。大きく後ろに吹っ飛び研究所の壁に激突する。衝撃で機体が軋んだ。
モニターの周囲にいくつか被害状況を知らせる表示が点灯している。無傷ではないが、戦闘に支障はないようだ。
「いったた……いきなり殴ってくるなんて随分なご挨拶ね。こっちは慣れてないんだから――手加減してくれてもいいじゃないッ!!」
起き上がり様にアサルトライフルをフルオート連射。銃弾が目の前のクリミナを襲った。しかし、簡単に避けられてしまう。
クリミナの右腕から放たれるレーザー砲を左に跳んで避けるクェイル。そのまま地面に手をついてバランスを取りつつアサルトライフルで射撃。
吐き出された空薬莢が地面を激しく叩いた。
銃弾はクリミナの左半身に命中したが、さほど効果的なダメージは与えられなかったようだ。
右腕を薙ぎ払うように振ってレーザーを放つ。レーザーは刀身のようにクェイルに迫った。
「しゃがみながら右後方へ跳んでっ」
「そんな難しい操作……ああもう! どうにでもなれぇっ!!」
セレアナの指示に従って必死にセレンは操縦桿を引いた。
クェイルがしゃがんだ状態でよろめきながら右後方へ跳ぶ。お世辞にも綺麗にな跳び方ではないが一応跳んだ。数秒後、バランスを崩したまま地面に着地もとい激突する。研究所地面のアスファルトが捲れ上がって土煙をあげた。
レーザーの刃が先程までクェイルのいた場所を焼き払い、地面に一筋の傷を作った。
倒れたクェイルが立ち上がるよりも先にクリミナがその背中を踏みつけた。右腕のレーザー砲の砲身をゆっくりと向ける。
砲身にレーザーが収束。発射――――――される前にその右腕は宙を舞っていた。
ロード・アナイアレイターが大型超高周波ブレードで切断したのである。
返す刃で水平に薙ぐロード・アナイアレイター。
クリミナはそれを後方に跳んで躱し、右腿からビームソードを抜く。そのまま上段から体重を乗せて斬り掛かった。
ロード・アナイアレイターはそれを受け止め、力任せに押し返す。元々のパワーの差だろうか、クリミナは軽々と吹き飛んだ。
香 ローザ(じえん・ろーざ)は操縦桿を引き戻し、中距離射撃用のスコープを展開。操縦桿を握る指はトリガーにかけられた。
照準が調整され、徐々に空中で体勢を崩したままのクリミナに合わさっていく。
「もう少し、もう少し……今!」
ローザは操縦桿のトリガーを指で押し込んだ。
両手に握るツインレーザーライフルを連射するロード・アナイアレイター。
弓で放たれた矢の様にいくつものレーザーがクリミナを襲った。
右腕、左腕、腹部。あらゆるところに命中し穴を空けていく。
「ダメ押しでこれも持っていってくださいッ! あなたに避けられますか! この攻撃が!」
ベータリア・フォルクング(べーたりあ・ふぉるくんぐ)はインファント・ユニットを射出し、クリミナへと向かわせる。
インファント・ユニットはクリミナの周囲を囲むと一斉に攻撃を始めた。
ベータの操作するインファント・ユニットはビーム砲台であり、時間差でクリミナに攻撃を加えていく。
発射されるビームはクリミナの腕や足を吹き飛ばし、ついにはクリミナは空中で爆散する。
倒れているクェイルを助け起こし、ロード・アナイアレイターとクェイルは引き続き研究所の防衛の任へと着いた。
〜遺跡外部・上空〜
次々と転移してくるクリミナを荷電粒子砲で吹き飛ばしている機体が一機。フラフナグズ。
「昌毅、荷電粒子砲内の温度が上昇! これ以上は撃てません」
モニターに表示される警告文を見ながらマイア・コロチナ(まいあ・ころちな)は斎賀 昌毅(さいが・まさき)にそれを伝える。
オーバーヒートした左腕を下ろし、残弾を確認しながら右腕でバスターライフルを三連射する。
一発目はクリミナの頭部を吹き飛ばし爆散させる。
二発目は隣のクリミナの右肩口を削り取った。バランスを崩したクリミナはきりもみ回転しながら落下していく。
三発目は胴体を貫きそのまま爆発させる。
「これでだいぶ数も減って――なッ!?」
「敵の転移反応っ! 2……3……5……なおも増加中っ!」
昌毅は簡易レーダーに表示される敵の数を見て頭をかく。が、すぐに気を取り直して操縦桿を握りなおす。
「どんどん増えていくんだろ? だったらそれ以上の数落としてやればいいだけの簡単な話だ」
「で、ですけど……そんな簡単な話じゃ……」
「考えるよりも行動、そういうもんだろ! いくぜぇぇぇぇぇーーッ!」
デュランダルを抜き放ち、背面のブースターを吹かせて空を駆け抜けていくフラフナグズ。
空に一筋の白い軌跡を描くフラフナグズの後にいくつもの爆発が起きる。
フラフナグズはスラスターを噴射し、機体の向きを変えながら空を駆け続けた。
〜遺跡外部・上空・高高度〜
地上が霞むほどに高い高高度。その空域に一機のイコンが滞空している。
ブラックバード。佐野 和輝(さの・かずき)、アニス・パラス(あにす・ぱらす)が運用するイコンである。
彼の元には戦場に関するあらゆるデータが送られてくる。しかし和輝の元に集まるデータは今の戦況があまりいいものでは無いことを示していた。
戦闘開始当初は、高威力の兵器によるクリミナの大量撃破により戦況は契約者達の有利に動いていた。
遺跡突入班も無事突入し、あとは陣形の崩れたクリミナを各個撃破すればよかったのである。
そこで突如、クリミナの増援が現れ状況は変化を見せる。クリミナはどこからともなく転移し、契約者達を襲った。
高威力兵器使用による消耗もあり、契約者達は増え続けるクリミナに徐々に押されていった。
現状は後方に位置していた戦艦を中心に防御陣形を取っている。
だが度重なる戦闘による契約者達の疲弊も手伝い、その陣形は少しずつ崩されつつあった。
「……このままでは押し切られる可能性があるか」
彼は手元のパネルを操作すると各イコンの損害状況、残弾数を確認する。
「補給に向かわせた方がいいな。こちら管制、各機は補給に向かう機体の援護に努めよ」
視線をパネルに落とすと、いくつかの点が動いている。損耗した機体を巧みに援護し無事補給に向かわせることに成功したようだった。
「さすがはそれぞれが戦いに慣れているといった所か……この分では、サンプルも……」
契約者達に的確な指示を与える和輝の後ろでアニスが飛び交う情報の整理に奮闘していた。
なにせ戦場の情報は刻一刻と変化し、先程まで有用だった情報が数秒後には全くの無価値に変わってしまう事も少なくはない。
その為、送られてきた情報とそれに関する数秒後の予測を交えながら和輝に報告するのである。
常人ならばすぐにパンクしてしまうだろう膨大な情報を彼女が長時間扱えるのにはちゃんとした理由がある。
本人の能力もあるが、彼女は膝の上にいるスフィア・ホーク(すふぃあ・ほーく)と協力し、集まる情報を整理、的確に処理しているのであった。
「スフィア、これどうしよう? なんか意味のない情報っぽいんだけどー」
「こちらで現状の処理と並行して追跡調査しておきます。アニスは他の情報の整理に努めてください。」
「りょーかいー」
スフィアは送られてくる情報を種類別に整理し、最適な状態でアニスのモニターの方へと送る。
不確かな状態の情報が来た場合一時的に保留扱いとし、それに関係する情報をある程度並行して収集した上でアニスへと送った。
送られてくる情報は様々でバラバラ。それだけではあまり意味をなさない情報も少なくはない。
それをアニスとスフィアが集め、報告できるデータの状態へと整える。
めまぐるしく変わっていく戦場の情報相手に二人は奮闘した。
休むことなくパネルを操作し、手を動かすアニスの額には大粒の汗が滲む。
膝の上のスフィアもフル稼働しているのだろうか。その体を発熱させていた。
「さて、できる指示は送っている。それでも現状の維持が精一杯……あとは突入班に掛かっているか」
和輝はモニターを見ながらそう呟いた。
〜遺跡外部・上空・ウィスタリア戦闘ブリッジ内〜
ウィスタリアの周囲に出現した数体のクリミナがレーザーで攻撃を仕掛ける。
レーザーは直進しウィスタリアを襲うが、直前で見えないフィールドに衝突し拡散して消えた。
フィールドに衝突する度に激しい閃光が走り、不可視のフィールドはその姿を一瞬だけ見せる。
「バリア出力80%に低下! 攻撃はなおも継続中」
「敵機、艦周囲を包囲するように展開」
戦闘ブリッジ内にクルー達の報告が次々と飛び交う。
「フィールドを維持しつつ、グラビティキャノンの発射準備開始」
アルマ・ライラック(あるま・らいらっく)はブリッジ内のクルー達にそう指示を飛ばした。
クルー達が情報を読み上げ、アルマに報告する。
「グラビティキャノン、重力子生成率80%。フィールドシェル安定……」
再び激しい閃光。クリミナは艦前方に集結しレーザーをバリアのある一点に集中させてくる。
どうやらバラバラに攻撃しては意味がないと判断したようだ。
「バリア出力75%に低下! ブリッジ部分のバリアに攻撃が集中しています! このままでは……」
「そのまま発射の瞬間まで維持してください」
「りょ、了解っ!」
アルマは焦った様子もなく指示を出した。その表情は冷静。
「重力子生成率100%。加速フィールド、ガイドエネルギー接続。加速設定60万ガル。グラビトンブレッド、チェンバー内へ移動。透過フィールド、発射可能レベルへ。加速導体、チェンバー内注入。オールグリーン……」
発射可能の表示がアルマの前の中空に表示された。
「グラビティキャノン、発射します!」
ウィスタリアからグラビティキャノンが発射され、前方のクリミナ達を薙ぎ払った。
〜ウィスタリア・甲板上〜
ウィスタリアの甲板には即席の整備デッキが構築されていた。
まさに戦場の緊急救護所の様に損傷したイコンがひっきりなしにそこへ運ばれてくる。
最初はドックに格納してから個々に整備、補給を行っていたのだが……あまりにも数が多く、艦内のドックも含めフル稼働しなくてはならない状況であった。
甲板上で柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)は大声を張り上げる。
「ああ、そいつは後回しだ! あっちの機体から補給と応急修理後、発艦させろ!」
彼の目の前の機体は特に他に比べ損傷が大きい。所々装甲が剥がれ中のフレームが露出。右腕は完全に吹き飛んでいた。
「まったく……どういう戦い方したらここまで損傷するんだよ。」
深いため息をついた後、彼は機体を見つめる。
「まぁ、そこまで激しい戦いって事だよな……よし、待ってろ。またお前も戦えるようにしてやるからよ」
そういうと彼は他の整備班に指示を出しながら機体の修理に掛かった。
〜遺跡外部・上空〜
戦艦を囲む防御陣形の外、単独行動している赤いイコンがいた。
赤いイコンが武器を水平に薙ぎ払うと数十体のクリミナが引き裂かれ、地上へと落下して爆散。
辛うじて生き残ったクリミナも姫晶制御テンタクルによってその身を拘束されると大きく開いた顎で星喰に喰いちぎられる。
「ゴチソウサマでしたー。いやぁ……数が多いと色々気にしなくていいねぇ」
そう言いながら柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は星滅のカルタリを振ってクリミナを刈り取っていく。
クリミナ達も抵抗を試みるのだが、レーザーを放つ前にその体は両断されてしまう。なす術など何もないかのように。
「一体ぐらい盾にでもしようと思ったんだけどな……その必要もねえみたいだし――まぁ苦労するよりはいいか」
向かってきたクリミナを蹴飛ばし、カルタリを胸部に突き立てる。そのまま水平に振り回して他のクリミナ共々撃破する。
一見すれば、その見た目も手伝ってどちらが悪役なのかわからない。
それほど性能差は圧倒的であった。
破壊しながらも彼はパーツの回収も忘れない。
「この調子なら結構な額の分パーツが集まりそうだ。後で地上に落下した奴らのも頂くとするか」
そんな風に言いながら彼と星喰は荒野の空で暴れまわった。