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第一章 大切な人と過ごす通り雨


 ツァンダ東、獣人の村のこどもの家『こかげ』。
 観光客向けの託児所と孤児院に子供達の遊び場が一緒になった二階建てのログハウス造りで外観は幼稚園のような施設。あいにく本日は休講日。

「……この書類はこれで終わり。あとは日誌をつけるだけ」
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は一人事務所で孤児院と児童館の業務を片付けていた。
 あっという間に日誌をつけ終え、
「……これも終わり。あ、もうそろそろおやつの時間。早く用意しなきゃ」
 ネージュは日誌を閉じ、室外から聞こえてくる子供達の元気な声に笑みを洩らした後、時間を確認するなり厨房へ急いだ。子供達に美味しいおやつを用意するために。

 厨房。

 おやつを準備していたネージュはふと窓に叩き付けるおかしな雨に気付き
「……雨? 朝は天気が良かったのに。こどもたちが風邪を引かなきゃ良いけど……水穂さんがいるから大丈夫だよね」
 首を傾げながら子供達が雨に興味を持つ事を想像し、心配するがそれもすぐに消えた。教室にはしっかりした園長がいるから。
「……おやつが出来たぐらいに上がればいいな。でも素敵な雨」
 ネージュは少しだけ作業を中断して不思議な雨を眺めた。

 廊下。

「ねぇ、ねぇ、きれーな雨が降ってるよ!」
 獣人の少女が足を止めて一緒に遊んでいたパストライミ・パンチェッタ(ぱすとらいみ・ぱんちぇった)に窓を指さしながら声をかけた。淡く輝き、物に当たる度に鈴の音を奏でる雨が降っていた。遊ぶ事に夢中になっていた間に雨が降ったようだ。
「うわぁ、きれいだね。そうだ、私、ネージュおねえちゃんにも教えて来る!」
 パストライミは興味津々で窓の外を見ていたが、ネージュにも教えたいと思い立ち事務所へ向かった。
 しかし、
「あれ? いない。ネージュおねえちゃん! すてきな雨が降ってるよ!」
 事務所にはおらず、パストライミはネージュ捜索を再開した。
 しばらくして、お菓子の香ばしい匂いがパストライミを目的地に導いた。

 厨房。

「ネージュおねえちゃん、きれいな雨が降ってるよ!」
 厨房に入るなりパストライミが楽しそうに雨の事を話し始めた。
「うん、実はあたしも綺麗だなって今見ていた所だよ。もう少ししたらおやつが出来るから食べながら楽しもうね」
 ネージュはにこにこしながら窓を指さしながら答えて中断していた作業を再開した。丁度、慌てて庭から駆け込んで来る子供達の足音が廊下に響いて来た。
「うん。私もお手伝いするよ」
 パストライミはネージュの横に立った。
「ありがとう。それじゃ、お手伝いして貰おうかな」
 ネージュはパストライミに楽しくて簡単な作業を任せた。
 『調理』を持つネージュとパストライミのお手伝いで美味しいおやつが出来上がり、二人は仲良く出来上がったばかりのお菓子と飲み物を手にみんなが待つ教室に行くため廊下を歩いた。

 廊下。

 待っているみんなのために急いでいた時、
「ほら、見て雨が上がって虹が出ているよ」
 突然、ネージュが立ち止まって大きな窓を指さした。いつの間にか雨は上がり、森の上に見た事もないほど大きくて美しい虹が架かっていた。
「きれいだねぇ。あっ、消えてしまう前にお教室のみんなに早く教えなくちゃ!」
 じっと虹に感動していたパストライミは友達の事を思い出し、ネージュの横をすり抜けて教室へと急いだ。友達と一緒に虹を見て感動を共有するために。
「転ばないようにね」
 ネージュは微笑ましげにパストライミを見送った。

 通り雨が降る少し前、庭。

 午後の青い空の下、元気な子供達があちこちで走り回っていた。その中に樹乃守 桃音(きのもり・ももん)の姿があった。
「ももんちゃん、鬼ごっこしよう!」
 少年が桃音に声をかけた。
「うん!」
 桃音は元気にうなずき、少年達の所へ駆けた。
「じゃんけんぽん!」
 桃音と子供達はじゃんけんをして鬼を決める。
 その結果、
「僕、勝った」
「あたしも」
「ぼくも勝った」
 と子供達。
 負けたのは
「ボク負けちゃったから鬼だね。ぜったいに捕まえるからね」
 桃音だった。
 一斉に子供達は逃げ、桃音はトタトタと駆け回って友達を捕まえようと頑張る。
「みんな、はやいよ」
 桃音は立ち止まり可愛らしく口を尖らせ、困ってしまう。
「……あれ? 雨? 光ってる?」
 再び走り出そうとした時、桃音は頭上から降る不思議な雨に小首を傾げた。
「ねぇ、みんなおかしな雨が降ってるよ」
 桃音は一緒に遊んでいる友達に声をかけた。
「あ、本当だ。でも鈴の音がしてきれいだねぇ」
 少年は足を止めて地面に落ちては鈴の様な音を発する雨を楽しんだ。
「うん。とってもきれいな音。こんな雨があるんだね」
 桃音は楽しそうに雨の音に聞き入っていた。他の子供達も遊びを中断し、雨を楽しんでいた。自分達が雨に濡れている事など全く気に留めていなかった。

 通り雨が降る少し前、教室。

「ウサギさんは……」
 子供達に絵本の読み聞かせをしていた高天原 水穂(たかまがはら・みずほ)は部屋に吹き込んで来る風が少し重く感じ、本を閉じて窓の方へ。
「おねえちゃん?」
「どうしたの?」
 子供達は小首を傾げながら水穂を見守っている。
「……雨が降りそうですから」
 そう言うなり水穂は窓を閉めてから庭に通じている窓の方に行った。
 するとすぐに雨が降り、
「やっぱり降って来ましたね。みんな、早く教室の中に入って下さい」
 外で遊ぶ子供達に呼びかけた。
「えーー、こんなにきれいな雨だよ」
「まだ遊びたい」
 遊び足りない子供達は一様に不満の声を上げる。
「風邪を引いて熱を出してしまったらお友達と遊べなくなりますよ。それにもうそろそろおやつの時間です」
 水穂は優しく言い聞かせる。
 それを援護するように
「みんなお部屋に入ろう!」
 桃音は雨を楽しむのをやめて友達に声をかけて教室の中へ入って行った。
「あっ、ももんちゃん、まってよ〜」
 子供達は桃音を追いかけるように教室の中に入った。

 教室。

「濡れた子はお姉ちゃんと一緒に浴室に行きましょう。ももんちゃんは大丈夫ですか?」
 水穂はぐっしょりと濡れた子供達を連れて浴室へ急ぐ前に桃音に訊ねた。
「大丈夫だよ!」
 あまり濡れなかった桃音は元気に答えた。
「そうですか。すぐに戻って来るので待ってて下さいね。行きますよ、濡れねずみさん」
 水穂は桃音や子供達に大人しくしているように言ってからびしょ濡れの子供達を連れて教室を出て行った。子供達は“ねずみ”の単語に反応し、鳴き声を真似した。
「行ってらっしゃい」
 桃音は、手を振って水穂達を見送ってから窓の前に座り、雨に濡れる庭をのんびりと眺めていた。
「きれいな音だね」
 と桃音が目を閉じて雨の音を楽しみながら隣に座る友達に言った。
「だねー」
 友達も同じく目を閉じて音を楽しんだ。
 その間、水穂は浴室で濡れた子供達をタオルで一人ずつ拭いて新しい服に着替えさせていた。

 浴室から子供達が戻って来た後。
「おやつの時間まで絵本を読んでいましょう」
 水穂は中断していた絵本の読み聞かせを始めようと置いたままにしていた本を手に取った。
「おねえちゃん、雨が降ってるのにお空が青いよ」
 少女が外を指しながら不思議そうに質問した。
「通り雨というすぐに止む雨ですよ。雨も時々気まぐれさんですから晴れた日に雨を降らせるんです」
 水穂は笑顔を浮かべながら通り雨を教えた。
「気まぐれさんなんだー」
 少女は窓から空を見上げ、感心の声を上げた。
「せっかくですからこの絵本はまた今度にして雨の絵本を読みましょうか」
 水穂は先ほどまで読んでいた本を片付けて雨がテーマの絵本を選んだ。
「水穂おねえちゃん、早く読んで」
 先ほどまで雨を眺めていた桃音も水穂の側にやって来てちょこんと座って読み聞かせを促した。
「はい。読みますね」
 そう言って水穂は新たな絵本で読み聞かせを始めた。

 しばらくして通り雨は去り
「水穂おねえちゃん、雨がやんだよ」
 桃音が庭を指さした。
「そうですね」
 水穂は読み聞かせを中断し、桃音にうなずいた。
 同時に
「ももんちゃん! お外、お外。虹が出てるよ!」
 お菓子が載った皿を持ったままパストライミが勢い込んで入って来るなり、桃音の手を引っ張って庭へ連れ出した。
「虹?」
 桃音は不思議そうな顔のまま。教室からは虹が見えないのだ。
 しかし、庭に出るとその顔はすぐに
「うわぁ、虹だ。水穂おねえちゃん、虹だよ。とっても大きくてきれいだよ!」
 最高の笑顔に変わった。
「みんなも早く、早く」
 パストライミは教室にいるみんなを手招き。
「虹?」
「ももんちゃん、パストラちゃん、どうしたの?」
 パストライミに手招きされた子供達は急いで外に出てびっくりと感動を味わった。
「……とても綺麗な虹ですね」
 水穂も子供達と一緒に虹を楽しんだ。
「みんな、おやつだよ。虹を見ながら食べよう!」
 笑顔のネージュは室内からおやつの時間を知らせた。
「食べる!!」
 子供達は一斉に声を上げてネージュの所に駆けて行った。
 そして、おやつは虹を見ながらとなった。
「……みんなと一緒にきれいな虹が見られて嬉しいな」
 桃音はお菓子を食べながらネージュ達や兄弟のような孤児院の子供達や村の子供達を見回してにっこり。
「私も嬉しいよ。あのね、このお菓子、私もお手伝いしたんだよ」
 パストライミは桃音にうなずいた後、お菓子を片手に胸を反らしてちょっぴり自慢。
 このように『こかげ』で過ごす休日は増え、優しい人達に囲まれてパストライミは、とても幸せに感じていた。
「パストラちゃん、すごーい」
 元気で優しい友達は感心して拍手をいっぱいした。
 ネージュと水穂は虹よりも子供達のやり取りを眺めて幸せそうな顔をしていた。
「ねじゅちゃん、こんな素敵な日常がずっとずっと続けばいいですね」
 とお菓子を食べながら水穂。
「そうだね。あたしもこどもたちのあのきらきらした瞳を見る度に幸せになるよ」
 とネージュもお菓子を食べながら洩らした。
 水穂とネージュは明日もその次の日も目の前の虹に負けないほどの素敵な日常が来る事を願った。なぜなら、二人は子供達が絶えず笑顔を浮かべくれるようなありふれていてもかけがえのない時間を大切だと思っているから。
 子供達はいつまでも飽きずに虹を眺めていた。