イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

最強タッグと、『出来損ない』の陰謀 後編

リアクション公開中!

最強タッグと、『出来損ない』の陰謀 後編

リアクション

5/光明

 ずたずたの着衣が、爆煙を流していく風に吹かれなびいている。

「アル……セー、ネ……?」

 自分を狙っていたのは、アルセーネ──の、はずだった。

 そして、自分を庇ったのも同じくアルセーネ。
 なんのことはない。前者は偽物。後者は本物。それだけのことだ。しかし。

「アルセーネェっ!!」
 膝を折り、くずおれていくパートナーの姿に、ただただ雅羅は悲鳴のような声をあげるしかできない。
「雅羅、落ち着いて! ……真人っ!!」
 真人の援護を受けたセルファの突撃。本物を倒したアルセーネの偽物を、向こうへと押し出していく。その間に、倒れ伏すアルセーネのもとに雅羅ははいずり寄っていく。
「なんで……なんでっ!」
 わかっていたはずなのに。アルセーネ自身、手一杯だったということ。彼女自身、知っていたはずだ。ヘタに他人を庇ったりしたら、こうなることくらいは。

「……、は、っ……、ぁっ」
「! アルセーネ、しっかりして!」

 苦しげな息を吐く、パートナー。生きている。まだ、やられてはいない。

「ふたりとも、下がって!」

 リネンが、二人の身体を持ち上げる。とにかく今は後ろに下がらなければ。その判断は、正しい。
 だが、このまま消耗し続けているばかりというわけにもいかない。
 なにか、なにか打開策を打たなくては──それが見えている者だけでなく、ただ闇雲に戦うだけの、追い詰められていく者たちにも、それを広く伝えなくては。でも……どうすれば?

「!?」

 思案に暮れるリネン。必死でパートナーに声をかけ続ける雅羅。
 その頭上。ずっと、この混乱の最中にブラックアウトをし続けるだけだった、巨大なオーロラビジョンに光が灯る。
「今度は、なに!?」
 徐々にかたちをはっきりさせていくその映像は、ここではないどこか。
 別の場所。そう、地下で繰り広げられる激戦の、様子だった。



 あちこち、打たれて。攻撃を浴びて。
 まだまだ、倒れやしない。けれど、痛い。すごく。
 彩夜と、自分と、パートナーと。三人と同時に、自分ひとりの力でやり合っているのだから。
 でも、倒れない。絶対に、倒れるものか。

「彩夜は……もっと痛い思いしたんだからっ!!」

 美羽は、叫びとともに拳を振り切る。向こう側の美羽が──偽物もまた、まったく同じモーションでこちらの拳めがけ、その鉄拳をたたきつける。

「う、ああああぁぁっ!!」

 押し負けようとしている感覚が、わかる。単純な身体能力はあちらが上、というのはどうやら嘘ではない。
 負けない。負けたくない。ひたむきなその想いとともに、美羽は強く、強く足を踏み込む。
 彩夜のためにも、絶対にこの戦いには負けられないから。
「だからっ!!」
 拳に宿る激痛を堪え、自身の限界以上の力を押し込んでいく。
 砕けてもいい、かまわない。その勢いに気圧されたか、向こう側の『美羽』が一瞬、拳を引くようなそぶりを見せる。
「……逃がさないっ!!」
 このまま、退かせるものか。叩き潰す。とっさ、その身を追わんと、体勢が崩れるのも気にせず更に前へ前へと身体を倒す。前傾に、駆け出す姿勢をとる。
「!」
 そして、もうひとりの自分が後退をした背中の向こう側に──よく知った顔と同じその「ふたり」は、いや、「二体」はいた。
 彩夜。ベアトリーチェ。その、偽物。

 ふたりの武器が、光り輝いている。

 罠。そのことがはっきりと頭をよぎる。自分が、まんまとはめられたことを理解、できてしまう。
 避けれないなら、叩き落とすしかない。崩れた体勢のまま、拳を振り上げようとする。

「……っぐ……っ!!」

 集中が途切れたがゆえに、それまで気にならなかった激痛に眉根が歪む。
 そのせいで、対応がワンテンポ遅れる。
 すべてがそこから、ゆっくりとしたスローモーションに見えた。
 構えなおせなかった、拳。
 こちらへと放たれる、逃げ道を塞ぎつつ一点めがけ迫る光条。せめてひと呼吸置けたら、かわせるのに。
 ……ごめん。心の中呟いたその謝罪は、彩夜に対するものか、コハクへと向けられたものなのか。

「──美羽さんっ!!」

 さすがに一瞬、観念をした。だが、救う者が、いた。
 躍り込んできた加夜が、その射撃を弾き飛ばす。大丈夫ですか、と振り返った彼女に、一瞬美羽はぽかんとなって。
 彼女が自分を助けに来たということは、まさか──……!

「彩夜はっ!?」
「……まだ、油断はできない状態です」
「だったら! ここは私が! 彩夜の手当てを!」
「いえ」

 言葉を更に重ねようとして、美羽はまた、気付く。加夜の周囲に、冷気が渦を巻いていること。そして彼女の右腕に、エネルギーが集中していくことに。
「今は、戦います。戦わせてください。……彩夜ちゃんのメッセージを、無駄にしないためにも」



 そして、加夜は解き放った。自身に出来得る、最大威力の一撃を。
 その衝撃は、彩夜とベアトリーチェ、ふたりの姿を模したカローニアンの間を抜け、一直線にひとつの影を目指す。
 それは──コハクと戦う相手。加夜自身を模造した、鉱物兵器。

「でも、この距離でおまけに、そのままじゃあ……!」

 不意をついた一撃であったことは、間違いない。
 加夜のコピーは乱戦の中受けたその一撃を避けることも、ガードすることもできず、直撃を喰らう。
 だが、何事もなかったように爆風の中から、無傷のその姿を見せる。
 これではやはり、カローニアンを破壊することはできない。
 コピーをされた、当の本人の力によるものでは、けっして。

「まだ、です」

 しかし、加夜の声にはまだ、力があった。確信の色に、満ち溢れていた。
「手と手を、重ねること。──別な人と人の力と力を、重ね合うこと。彩夜ちゃんが教えてくれたことが正しいなら、きっと」
 直後、そしてそれは爆ぜた。
 たった今、加夜からの直撃を受けた箇所から。なにかに当たり、粉々に粉砕をされた──つまり、加夜は『本物』しかいなくなった。
「え……!?」
 なにかが、加夜の攻撃の着弾直後に、鉱物兵器を穿ったのが、美羽の目には見えていた。
 一体どこから。視線を巡らし、その射線を辿っていく。
「……どうやら、成功したみたいね」

 それは、梅琳の狙撃。加夜の攻撃を耐えきった敵への、とどめの一撃として彼女の正確な射撃が命中をし、粉砕した。

「はい。これなら──……、」

 これが、彩夜ちゃんの伝えたかったことなんです。
 最大威力の攻撃の直後に、別の攻撃を重ねること。
 力と力を連鎖させ、打ち砕く。それが──カローニアンへの、突破口。

「これなら、無駄にせずにすみます」

 彼女の、想いを。



 通信機のモニター越しに、その光景を千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は見ていた。
 たしかに、強敵……カローニアンが、粉々になっていくその様。
 たったひとり自分自身のコピーによって追い込まれた地下迷宮の中、希望の光がそこに灯ったようにさえ思えた。

「……よし」

 とはいっても、こっちはひとり。彼女たちがやったように連携する相手など、望めない状況だ。だったら、どうするか。
 大丈夫。やりようはある。

 かつみは、自身の手持ちの装備を確認する。これならばきっと、やれるはず。ただし、急がなければ。
 追っ手のカローニアンはいつ、この隠れ場所に気付くかもしれない。
 真正面からひとりで挑むのが不利極まりないことは、ここまでの戦いで嫌というほどわかっている。
 勝機を。知らされた勝算を生かさなければ、勝ち目はない。

「……でも、一体誰が?」

 通信機を突如としてジャックした、この映像。果たして一体、誰が流しているのか。
 疑問に首を傾げながら、行動を開始するかつみ。
 彼が、知る由もない。

 より深い場所、知られ得ぬ部屋。
 コンピューターをハッキングしたテレサの、全て万事うまくいったことに対する高笑いも。
 その足許に簀巻きにされ転がされる、彼女とアルベールのカローニアンたちのことも、だ。
 一体どのような手を使って、二体をそのように捕らえたのか。
 それはたったひとり、アルベールしか、知らないのだから。