リアクション
◇ ◇ ◇ 舞台の上では、オーケストラが華やかな音楽を演奏している。 遠野 歌菜(とおの・かな)と、名実共にパートナーである月崎 羽純(つきざき・はすみ)は、ひとしきりダンスを楽しんだ後、ご馳走の数々に舌鼓を打った。 「船上パーティー、素敵♪」 楽しく船旅を満喫しながら、歌菜はふと、こっそりと影からパーティーの様子を見つめている少女の姿を見つけた。 ドレスはシンプルで女中と間違えそうだが、髪を可愛らしく結い上げている。 視線を追ってみると、この船旅のホストと紹介されたエイリークが、イルヴリーヒと語らっていた。 最も大事なゲストと判断しているのか、それとも女性客の注目を集め続けているイルヴリーヒの近くにいれば、自分も彼女らの視界に入る、という算段だろうか、客の相手をする時以外は、極力彼と一緒にいるようだ。 少女の視線は、彼等に注がれている。 他の女性客達のものよりも、その視線は真摯に感じられて、歌菜は気になった。 視線の先では、イルヴリーヒが、暫く一人で佇んでいる様子の客を気にしているのに気付き、気が利くアピールか、エイリークがすかさず先回りをして、その女性客にダンスを申し込んでいる。 「こんにちは」 急に声を掛けられて、少女はびっくりして振り向いた。 「びっくりさせちゃってごめんなさい。 このケーキ、とても美味しいですよ。よかったら一緒に食べません?」 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、ハルカも誘ってこの船旅に参加していた。 船上からの景色を楽しみ、ご馳走を食べたりして楽しんでいると、ダンスもご馳走にも目もくれずに立っている少女を見かける。 「どうしたんだろ、あの子? 話しかけてみようか」 美羽の言葉に、ハルカも頷く。 「一人でつまらないなら、一緒に楽しむのです」 と、歩み寄ろうとしたところで、歌菜に声を掛けられている。 流れのまま、美羽達も歌菜達の後を追った。 また一方で、ネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)も一人、パーティーを楽しんでいた。 実際に来てみたら、自分には少し場違いのような気がしていたが、折角来たのだから、楽しまなくては損だ、と思うことにして、船内をあちこち散策する。 そうしてふと、その少女の姿を見かけたのだった。 「あなたが、とても悲しそうな瞳をしているから、気になって……。 よかったら、気晴らしに私達とお話しませんか?」 ぱちぱち、と少女は瞬く。 「私、遠野歌菜って言います。 隣は私の旦那様で、月崎羽純くん」 よろしく、と羽純も言った。 「私は美羽だよ」 美羽達も便乗して自己紹介する。だが少女は黙ったままだ。 「あ……もしかして、声が出せない?」 こく、と少女は頷いた。 「じゃあ、私の言ってることに、イエスなら頷く、ノーなら首を振ってくれますか?」 歌菜はそう提案してから、訊ねる。 「エイリークさんのことをじっと見てたけど……もしかして、好きだったりする?」 少女は目を丸くして、ブンブンと首を横に振った。 「顔が真っ赤だよ」 と、美羽が笑う。 「よしっ、ここは私達が一肌脱いであげようよ! 私達が代わりに、エイリークに伝えてきてあげる!」 どんと胸を叩いた美羽に、少女は驚いて腕を掴んだ。 真っ赤になって、フルフルと首を振る。 「大丈夫! 心配しないで任せてよ」 「美羽、いきなり告白は、やっぱりちょっと早計なんじゃないかな……」 美羽の思いやりや優しい気持ちは解るが、コハクはそう留めた。 的確に、この少女の考えていることを察せられているのか、という心配がある。 「そうかなあ」 「でも、想いを伝える、ということには賛成です。 恋は見てるだけじゃ駄目なんです」 歌菜が言った。 「私も勇気を出して好きって伝えたから、今、羽純くんと一緒にいられるんだ。 例え相手に好きな人がいても、自分の気持ち、絶対に伝えるべきですよ。 何もせず終わるより、想いをぶつけるべきです!」 少女は、じっと歌菜を見て、その言葉を聞いている。 「俺も歌菜の意見に賛成だ。 何もせずに後悔するよりいい。 それに、玉砕すると決まったわけじゃない。 向こうは、君の気持ちを知らないんだろう?」 気付いて貰えるまで待つというのはやめた方がいい。羽純もそう説得した。 少女は、ぎゅ、と両手を合わせて握り締める。 決意した様子のその表情を見て、歌菜達は頷いた。 「筆談で話したらどうかな」 コハクが、メモ用紙とペンを少女に差し出す。 受け取りながら、少女は困った顔をした。 「その子、文字が書けないのよ」 声を掛けられて振り向いた。 通りがかった見知らぬ女性は、少女と同じ屋敷に勤める女中だという。 この人も、少女同様、主人であるエイリークにこの船旅に招待されたのだ。 「エイリーク様に拾われてから、ぼちぼち習っているのだけど、まだ自分の名前も書けないの。 私達はアリーと呼んでいるのだけど」 「そうだったんだ。ごめんね」 コハクはアリーからペンを受け取る。 「アリーって呼ばれてるんだね。私達もそう呼んでいい?」 美羽の言葉に、アリーはこくりと頷いた。 アリーの恋を成就させる為に、エイリークに探りを入れることにする。 待っててね、と、美羽達は何故か引きとめようとするアリーに笑ってエイリークに向かう。 「えっと……えっとね」 少し後ろで、一通り会話が終わるのを待っていたネーブルが、最後にアリーに話しかけた。 「もし、告白したいんだったら……砂浜がいいと……思うなあ」 この島の浜辺には観光客等いないと言うし、シチュエーションとしては最高だと思う。 アリーは解っていないのか、不思議そうに首を傾げた。 他の皆が、すぐにでも、という意気込みだったのに対して、時間を置くようなことを言っているからだろうか。 確かに、船旅は何日か続くから、砂浜で待ち合わせとなると、告白できるのは数日後、となるだろうが、それまでに心の準備をしておけばいいと思う。 「……うん、上手くいくかは分からない……けど、案ずるより……産むが易し……って、言うし、王子様を誘い出すのが恥ずかしいなら……私が伝えておくよ?」 だから、頑張ってね、とネーブルはおっとりと笑った。 「よろしければ、一曲如何ですか」 空になった飲み物の杯を、近くの給仕に渡していた綾小路 憂理(あやのこうじ・ゆうり)に声を掛けて来たのは、エイリークだった。 一人でいたのを気遣われたようだ。 一人でいたのは人と話すのが苦手だからだが、舞踏会の方にも参加したいと思っていたので、 「喜んで」 と、憂理は差し出された手を取った。 舞台音楽は、人数を減らした楽器音楽と、三人の歌姫によるものに代わっている。 「シャンバラの方ですか」 問いに頷いた。 「正式な社交デビューをしていないので、失礼をしていなければいいのですが」 面倒だなぁと思いつつも、猫を被って敬語を使ってみたりする。 「シャンバラの社交界も、素晴らしいものなのでしょうね」 エイリークは興味を示した。 「その折には是非、エスコートさせていただければと思います」 そう微笑みながら、シャンバラの社交界と誼を結ぼうとする。 「嬉しいです。その時が来ましたら、是非」 憂理はにこやかにそれに応じた。 下心有りとはいえ、あんな少女にも声を掛けるくらいなら、アリーも脈有りなのではないか、と、ダンスが終わって別れるエイリークと憂理を見ながら、羽純と歌菜は思った。 近くで踊っていたので、会話が聞こえていた。 羽純は、イルヴリーヒの近くに戻ろうとしているエイリークに声を掛ける。 「若い女性が好みで?」 エイリークが振り返る。 「失礼。少し会話が聞こえてしまいまして。 貴方には意中の方がいると噂を聞いていたものですから」 「そうでしたか」 エイリークは苦笑した。 「恥ずかしながら、振られてしまいまして」 「そうなの?」 歌菜が驚く。 「このパーティーに招待したのですが、来て頂けなかったのです」 それで、他の女性客に声を掛けまくっているわけか、と羽純は納得する。 「やはり、若い方を?」 「そうですね……。 年齢は、ともかく……美しい女性であれば嬉しいですが」 一目ぼれをするくらいだから、やはり見た目が重視なのだろう。 「じゃあ……、例えば、アリーみたいな子は? 好みとして」 美羽が訊ねた。 「アリー?」 「さっき、友達になったから」 「そうでしたか。 アリーは妹のように可愛いと思いますが……」 エイリークは少し肩を竦めた。 「……少し、気の強いところが……可愛いと思いますが、私はもう少し、楚々とした方が……」 「気の強い子は駄目なんだぁ……」 美羽が大袈裟にしょげ返る。 「じゃあ私も、よく気が強いって言われるから駄目かな……」 コハクが、何か言いたげに美羽を見るが、口は開かない。 「いえ、勿論、それも魅力のひとつだと思いますよ」 「じゃ、脈有りだ!」 しゃん、と美羽は元気に立ち直った。 「もしもその時が来たら、ちゃんと真剣に考えてね!」 やはり本人が伝えるべきという歌菜達の意向で、ギリギリのところまでで伝えなかったが、美羽はそう念を押した。 「あの……ね」 歌菜達が去った後、おず、と、残ったネーブルが声をひそめた。 「あなたの意中の姫君が……この船旅の後、砂浜にいるかも……」 ネーブルの言葉に、エイリークは驚いた。 「それは本当ですか?」 こくりと頷く。嘘ではない。 もしも実際に居るのが、今エイリークが想像した人物ではなかったとしても、ネーブルは「いるかも」と言ったのだから。 「そうか……私の勘違いだったのか……」 プロポーズは公の場で大々的にすべきと考えていたのだが、かの姫君は、奥ゆかしい性格なのかもしれない。 招待には応じてくれなかったが、逢瀬の伝言を託してくるなど、健気かつ情熱的だ。 エイリークは俄然元気になった。 何故か、パーティー参加の女性客に声を掛ける頻度は減らなかったが。 |
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