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白雪姫へ林檎の毒を

リアクション

 空京。
 とあるショッピングモールの前に、少女達のグループがあった。
 白波 理沙(しらなみ・りさ)チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)美麗・ハーヴェル(めいりー・はーう゛ぇる)
 そして小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)
 雑談をしている間に待ち人が着たようで、彼女達は向こう側からくる四人組を見た。
 雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)アリサ・ダリン(ありさ・だりん)に挟まれたジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)、彼女が今回の『買い物の主役』だ。
「まずは下着からだな、ジゼル。覚悟はいいか?」
 アリサにくるりと振り向かれて、ジゼルは緊張した面持ちながら苦笑する。
「あの……洋服を準備するのは何となく分かるけど、何で下着?」
「それは……その……」
 アリサは美羽の方を向いた。そこで助けを求められたって困る。
「有事の為……というか……」
「有事……」
 三人顔を見合わせて、眉を顰めて、それから皆で俯いてしまうので埒が空かない。美麗はそんな様子を可愛いと思って見下ろしていたが――。
「うん、取り敢えず時間無いからもう行こうか!」
 笑顔で強引に話を切り上げて、コハクは雑用を買って出てしまった為哀れにも荷物持ちにされてしまった高峰 雫澄(たかみね・なすみ)を促した。

* * *

「そなたら、分かってると思うが、ここから先は男は入れないからな」
「はいはい。下で待ってるね」
 この一風変わったショッピングモールの上階は全てが男子禁制の下着売り場だ。雫澄と一緒にエレベーターを降りるコハクを見送ると、雅羅が理沙を見る。
「理沙、私達も先に服を下見しておきましょ」
「そうね。買い物終わったらケータイ入れて」
 こうして下着売り場に残されたのはアリサとジゼル、美羽の三人だ。
「さ、行こうジゼル!」
 掌で背中をパチンと叩かれて、ジゼルはつま先を床につっかからせながらギクシャクと歩き出した。明らかに普段通りで無い彼女を見ているアリサは、美羽に耳打ちするように言う。
「ジゼルは大丈夫だろうか」
「うーん……。
 アレクの……あ、あの例のお兄ちゃんね。そっちの立場で考えれば、死んだと思ってた大切な妹とまた会う事が出来た。そしたらびっくりとか嬉しいのとか、いっぱいになって他の事が手つかずになるのも仕方ない……と思うんだよね私は。
 でも逆にジゼルやプラヴダの軍人さんの事を考えると、色々と放置されて、妹のミリツァと一緒に行ってしまった事は酷いとは思う。でーもーなぁー……アレクの気持ちを考えると……うーん…………」
「美羽、そなたの言っている言葉、全くわけが分からないぞ。結局のところどういう事なんだそれは」
「……今は仕方ない。この一言に尽きるかな。ジゼルにはもう言ったんだけどね」
「仕方ないか……」
 アリサは眉を顰めながらジゼルの背中を見ている。確かに美羽のいう通り、仕方ない状況なのかもしれないが、仕方ないで済ませて良いものか考え倦ねてしまう。美羽の事を言ったわり、自分もハッキリしない考えに悶々とするしかなかった。
「兎に角私たちは友人として出来る事をしよう、な」
「うん、そうだねアリサ。女の子が元気になるのに一番なのは買い物だもん。
 これでジゼルが少しでも明るくなってくれたらいいなぁ」
「ああ、私もそう思う」
 話し込んでいる間に、ジゼルがこちらを振り返って首を傾げていた。
「二人とも、どうかした?」
「何でも無い。何かいいものはあったか?」
「えっと、良く分かんない。前に皆ときた時も思ったけど、ここほんと商品多いよね。選択肢が多いのは嬉しいけど、逆に迷っちゃう」
「そうだよねぇ」
「ふむ」
 アリサはジゼルを頭からつま先まで視線を下ろして、それから上にゆるゆると戻して一点で止まる、というか固まった。
「ジゼルは何を着てもいいんじゃないかな」
 アリサの一言に戸惑うジゼルに、美羽も微妙な表情で「ああうん……、私もそう思う」と同意する。二人の視線が集中しているのは、ジゼルの胸だ。
 ゲーリングの誘拐の際、兵器として覚醒したジゼルは一気に大人の女性の姿に変貌した、あの時、元々平均的だったバストサイズは暴力的にも三割増に成長したが、今は元に……戻っていないのだ。
 今度は正規の方法で、平均より大きいサイズまで成長している。あくまで平均以上。今は『向こう側』に行ってしまったトーヴァのように誰が見てもデカイ! と唸ってしまうサイズでは無いが、ジゼルは顔が小さかったり、ウェストがきゅっと閉まっていたりと整った体形の為か、実際よりも大きく見えてしまうのだろう。
「これが伝説に聞く曖昧な存在……『形のいいおっぱい』というものか……!」
「アリサ!? 何変な事言ってるの、みっ美羽も何で頷いてるの!?」
「いや、この胸なら100均のブラジャーですら高級品に見えると思うぞ」
「ええ?!」
「通販の適当なキャラプリントのダッサダサなやつでも超可愛く見えるかも」
「そんな……」
 戸惑うジゼルを前に自分の世界に没入し、二人は同時にそっぽを向いて、ため息を吐いた。
 残念な事に二人の胸元は、大分慎ましやかだったのだ。
「う……えと、あの……、じゃあ、適当でも……いいのかな」
 困った顔でスポーツタイプのコーナーへ歩みを進めるジゼルの肩を慌てて掴んで、二人は大声で言う。
「「今日は、勝負下着を、買うんでしょ!?」」
 その声に売り場にいた客達の視線が一気に集中する。
 三人は小走りでその場から売り場の隅まで逃げると、もう一度作戦会議を始めるのだった。



「と言う訳で、思い切って黒にしてみたぞ!」
「チュールのスケスケだよ!」
「ブラは浅いカップが谷間クッキリ、バストを挑発的に演出! だそうだ!」
「下はふりふりプリーツチュール、小悪魔的可愛さを演出! らしいよ!」
「二人とも!! もう……そんな大声で言わないで……」
 腰に手を置いて踏ん反りかえるアリサと美羽。その二人の間で真っ赤になって丸まったジゼルの両腕を掴んで、理沙と雅羅が引っ張り上げる。
「さあ、今度は洋服よ!」

* * *

「例のミリツァ、私見た事ないから良く分かんないんだけど――、本物妹ってことはそれだけで妹……属性があるってことよね。
 それにジゼルに雰囲気似てるアレクの……妹なら、それなりに美形よね多分」
 不本意な部分は大分詰まりながら人差し指を顎に考え込む仕草をする雅羅に、理沙はきっぱりと言い切る。
「血が繋がっていようがなかろうが素直に可愛い妹キャラと言ったらジゼルの方が上に決まってるじゃない!!」
「そ、そうね……」
「私前にね、学園でジゼルにチョコあげたのよ」
「うん」
「そしたらあの子チョコを食べながらほっぺに、ほっぺによ!? 手を当ててこう、ふにゃってふにゃって顔をして『おいしいねりさ』だって! ねえ! 分かるッ!?」
「…………分からないわ」
「兎に角ジゼルは可愛いわ! あれこそ間違い無く正統派よ! 実の妹など邪道!」
「本物の方が邪道なの!?」
「だから下手に別路線に行かずに今の方向性を無くさず、よりピンポイントな所を狙っていきましょう」
「……取り敢えずやっと冷静になったのね理沙。
 でも――そうねー、今の路線かあ。可愛い系ってこと?」
 考えながら雅羅はジゼルの服をじっと見つめる。地上へきたばかりの頃は「着られればいいや」とでも言わんばかりの変なセンスを披露していたジゼルだが、今はフリフリとヒラヒラがついた愛らしいデザインを好んで着ているようだ。
「そうそう。フリル服とか、大きめのリボンとかつけて、ロリータ系の可愛さをまず出してみたらどうかしら。
 ほら、丁度ココにチェルシーというロリ可愛いのがお手本として居るし」
 ちらっと理沙に視線を送られて、チェルシーは自分の全身を見せた。淡いピンクをベースカラーにした正統派の甘ロリドレスは熟練の職人が仕立てたドレスなので高級感があり、他の既製品とは一線を画す超のつくロリロリアイテムだ。それをばっちり着こなしている彼女も凄いが。
「でもあれ、結構な値段がしたんじゃないの? ジゼルそんなお金無いけど……私達が出したとしても大していかないわよね……」
「いいよ! 皆にお金出してもらう訳にはいかないし!! 服ならお家にあるの着ていけばいいから、ね?」
 雅羅に向かってぶんぶんと首を横に振るジゼル。しかしすっかりジゼルを見立てるつもりでいた理沙達は納得がいかないようだ。
「ロリータ服ってそれなりにするのよね」
 理沙の質問に、チェルシーは困った顔で頷く。
「ジゼル普段はどうしてるの? 今着てる服とかもそうだけど、最近は可愛いの着てるわよね」
「……おにいちゃんが買ってくれるの」
「成る程ね」
 雅羅は腕を組んで頷いた。件のアレクは既に仕事で一定の地位を持っている社会人だ。基本給だけでそれなりなのにパラミタまで出向している訳で、結局幾ら貰っているのか知らないが服を買ってやるくらい訳無いだろう。
「イケメンで金持ちか……、道に落ちたバナナの皮で転べばいいのに」
「雅羅様?」
「なんでもないわ。ほほほ」
 明らかに不自然な笑いで、雅羅は不審がる美麗を誤摩化した。というか誤摩化しきれていなかった。
 理沙とチェルシーが未だ頭を悩ませている雰囲気に、ジゼルはピンク色の財布を開いて、少女の財布に入っているのが不自然過ぎるそれをスリットから引き出してみる。自由に使って良いと渡されたものだが、雀の涙程の現金しか持った事の無いジゼルには怖くて使えなかったものだ。
 鈍い色だというのに何故か燦然と輝いて見える黒いカードに、四人は思わず声を揃えて叫んでいた。
「「それだッ!!」」

* * *

 ショッピングモールの一階、テーブルと椅子が並ぶ軽食コーナーで、コハクは雫澄と好物のドーナツを食べながら美羽達を待っていた。
 これはキアラの考えだが、トーヴァが率いる『白の教団』は今の所表立った動きを見せていないものの、こちら側から仕掛けようとすれば向こうが動くこともまた必至だろう。ならばこの買い物すら妨害される可能性もあるかもしれない。念のために周りを気にしながらも、余裕を見せるコハクに対し、雫澄の方は全く余裕が無かった。
 パートナーホロウ・イデアル(ほろう・いである)の裏切り、失踪。それが今の雫澄には大きく伸し掛っている。
(……ホロウはあれから帰って来てない……連絡も取れない。なら、何も解決なんてしてない。
 トーヴァさんも、他の人達も……。
 あの、アレクさんの妹……らしい、ミリツァって子、彼女が何か握ってる筈なんだ……!)
 そう考えた雫澄は、キアラに接触を試みた。しかし今朝彼女の口から出てきたのはこの作戦の概要である。
(……なのに何だ? この……デート、作戦……?
 いや、アレクさんを確実に味方に付けよう……と言うのはわかるけれど……向こうも動いて来る……か?
 なら、何か掴めるかも……知れない)
 雫澄は考えを口に出し始める。
「しかし、アレクさんがジゼルさんの敵になるって事はないと思うんだけどな……僕が呑気すぎるのか?
 ……うん、いや。そう言う問題だけでもない……のかな?」
「うん、僕の方も同じ考えだ。美羽はアレクがちょっと、舞い上がってるんじゃないかって。それも仕方ないって言ってたけど実際はどうかな、彼とはもう一月以上会ってないから」コハクは肩を竦めた。
「アレクさんに接触できたら、話せるかな……。
 アレクさん、やる事はメチャクチャだけど間抜けじゃない。考えなしに見えても、愚か者じゃない。
 何か考えがあって、協力出来る事があるかも知れない」
「そうだね」と頷くコハクに、雫澄は伸びをして天井を見上げる。
「……ま、ないなら無いで僕なりにやるか」
(……ホロウは、どうやらこの場には来ないようだし……ね)
 そうして暫しの沈黙の後、静かに待っていた彼等の前に、やっと買い物を終えた雅羅たちが戻ってくる。
「買った……買ったわよ!!」
 どういう訳か肩で息をし、やりきった顔でギラギラと目を血走らせる彼女達は雫澄に荷物の山を押し付ける。
 ヘリコプターだか戦車だかが一括払いで買えるカード。という魔法のアイテムを手に入れた彼女達はそこから一気に快進撃を開始、理沙の提案通りフリルとレースがふんだんに使われたドレスはワンセットだけでもかなりの重さになるというのに、結局後でもう一度熟考しようと何着も買い込んだ為かなりの量と重さになっているが、最終的には「私達が持たないから関係無いよね!」だった。
「これ、もしかして僕が全部……?」
「そうよ」
 言い切る雅羅にもう一度袋を見て雫澄が嘆息していると、隣のコハクは「わー」と声を上げた。
 ジゼル、そして美羽とアリサがすっかり召替えて戻ってきたのだ。
「取り敢えず第三候補までフルセット着せてみたのよ。反応が見てみたくて。でもその感じ、結構な好感触ね」
「うん、可愛いと思う」
 まだ下を向いて悶えているままのコハクの横に座って、雅羅は理沙を見る。
「で、何だっけ後は」
「キャラ作りよキャラ作り。
 萌えキャラのポイントで、口癖を作ったり語尾を特徴的にしたりするってのもあるそうよ♪ これは後で順番に試すとして――」
 言いながら、理沙はチェルシーへ振る。するとチェルシーは人差し指を立てて演説する様に始めた。
「よくある恋愛ゲームでの妹ポジション……。コレが何を意味するかご存知かしら?」
「「わかりませーん」」
 声を揃える皆に、チェルシーは鼻高々と演説を続け……というか捲し立て始めた。
「他の攻略キャラが顔を赤らめて気が有る様な素振りを見せつつもエンディングで『お友達でいましょう』と裏切りやがるのに対し妹キャラは『お兄ちゃんのバカぁっ!』とか言いつつも決して離れる事の無い非モテの救世主なのですわ!
 妹キャラであること……それ即ち兄の心のオアシスで有り続ける事ですわ!!」
 言い切った!
 そんな顔で居るチェルシーを沈黙が包み、雅羅は理沙に耳打ちする。
「あれは何?」
「チェルシー、まだ例の恋愛ゲームをクリアしてなかったのね……」
「あのヒロインが我が侭過ぎるのですわ!!」
「どうどう」と興奮したチェルシーの背中を叩いている理沙と雅羅に、正面に座るジゼルは小さく首を傾げる。
「心のオアシス……?」
「ジゼル、ちゃんとお兄ちゃんのバカぁっ! って言ってる?」
「……うん。バカっていうか……へんたいとか言っちゃう。そんなつもりないのに……でも元はと言えばお兄ちゃんが変な事ばっかりするから!
 あ。でもでもっ誤解しないでね! いっつも変な訳じゃなくて、たまになの! いつもは優しくて……その……かっこいいところも……ないことはないような……
「くっそかわいいわね!!」
「理沙、いいから。いいから。話し進めて」
「うん、そうね雅羅。「お兄ちゃんのバカぁっ!」まずそこはクリアーね。あとは……萌え、萌えね……萌えか……
 萌え、萌え……きゅん」
「迷走してるわよ理沙。もういいわ、美麗、あなたは何かない?」
 雅羅にこちらを向かれて、美麗は逡巡する。
「えっと、そうですわねぇ……。
 あ、萌えと言えば動物耳とかお約束ですわよね?」
「そうなの?」
 美麗に頷かれて、ジゼルは「そっかあ……」と頭の中によく超感覚を使う友人達の姿を思い浮かべた。その中にはジゼルから見て年上のお兄さんも含まれていたが、美麗の話によって、ジゼルの中では萌えイコール獣耳でインプットされた為、今や彼等も萌えキャラにカテゴライズされてしまった。
(そっか、真やハイコドは『萌えキャラ』なのね!!)と言った具合である。
「先日理沙様の話を聞いた感じ、ミリツァ様のキャラではそういうのはやらないでしょうから、彼女と真逆のキャラ付けをすべきだと思いますわ。丁度ここに……」
 言いながら美麗は買い物を終えた袋をゴソゴソと漁り、何かを見つけるとテーブルの中央にそれを置いた。
「こ、これは……」
 アリサがごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。
「バニーちゃん。ですわ」
「バニーちゃん……」
「うさみみ。ですわ」
「うさ耳……」
 鎮座するそれを見て、皆は考え込む。幾らなんでもこれは攻め過ぎでは無いだろうか。いや、可愛ければよかろうなのだ?
 一体どちらが正しいのかと思い悩み、遂に結論を出したのは雅羅だ。
「取り敢えずジゼルにつけてみたらいいんじゃないかしら」
 そうだそうだとはやし立てられて頬を染めつつ頷いたジゼルに、雅羅は慎重な手つきでそれを掴むと、まるで戴冠式でもするかの如く恭しくジゼルの乳白金の上に被せるのだった。
 斯くしてショッピングモールの一階に、彼女達の声が響き渡る事となる。

「「かーわーいーいー」」