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リアクション
第2章 お料理! お料理?
黒崎 天音(くろさき・あまね)は風通しのいいデッキの上で、木製のデッキチェアに体を横たえていた。
彼は手の中の一枚の手紙にゆっくりと眼を通している。一見大きな葉が千切れたかにも見える紙は、繊維が透けて見え、和紙のようだなと思った。
ドリュアス・ハマドリュアデスに宛てた手紙の返信は、簡潔に彼の疑問に答えていた。
苗木は療養中で、元気を取り戻しつつあること、『苗木にも幼いながら意思があり、樹の声を聞く』こと。
……木は切り出しても呼吸するといわれる。それが本人(樹)の望むことであれば生き続けることになり、生物としての死を迎えなお意思に反して使用されるならそれは死かもしれない。魔法の素材としても使用できる大樹には、加工してもなお意思が残るらしいが……。
天音の知的好奇心は更なる疑問を湧きあがらせ、幾つもの想像をさせる。しかし、もうそろそろか。
「……おい」
天音は立ち上がって軽く伸びをして体をほぐすと、手紙を折り畳んだ。
そして、通りかかった仮装済みの守護天使や花妖精の少女たちに声を掛けた。
「君たちも感謝祭に参加するのかい?」
持ち寄りの料理はどうするつもりなのか。郷土料理の話、料理は得意? 苦手? と話を聞きながら、手製のクッキングパーティーへのご案内のカードを手渡す。
「……おい」
二度目の、少々不機嫌な声に振り向くと、そこではブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)がベンチに座り、ふんわり甘く香るフラワーティーを一口、口にしていた。
一瞥して優雅に歩み寄ると、
「やあブルーズ」
「やあ、ではない」
声だけでなく表情も不機嫌に見えたが、いつものことだ。本気で嫌がっているわけではないだろう。
「他人を誘うのもいいが、自分たちの持ちより料理も考えねばならんだろう?」
「ああそうだったね、でもブルーズはもう決めているんだろう?」
「おまえが案内カードを作っているうちに、少々手配しておいた」
「そう。じゃあ、そっちはお任せしようかな?」
カップを置くと、割烹着に着替えたブルーズは“ナンパ”しているパートナーを置いて、会場に向かい。お玉とフライパンを握った。
作るのは、味噌汁と海鮮海苔巻き。原色の海の海鮮を使った巻き寿司と、甘辛い干瓢や玉子焼きのもの。それに、さっと茹でた花や野菜の色鮮やかな野菜巻き。花はこの都市のものを手に入れので、新鮮で色とりどりなものが手に入った。酢飯は原色の海にないので、珍しいだろう。
それから、地球から取り寄せた沢庵。
食事でも文化交流して、ヴァイシャリーや地球との交易の役にも立つといいだろう、などと真面目に考えているブルーズの思考が分かって、天音も満足そうだった。
そこはお洒落なレストラン。
お洒落なギャルソンエプロンを付けた守護天使の青年は、にこやか爽やかに参加者に語り掛ける。
「えー、それでは皆さんー、説明はこれくらいにして、始めましょうかー」
……しかし、誰も話を聞いていない。
感謝祭だから協力して、と頑張って説得して、お洒落なレストランを借りた努力は早速水泡に帰すところであった。
持ち寄りパーティなのをいいことに、持ち寄り料理を一緒に作って好感度アップ、その後親しくなって一緒にお祭りを巡る! を狙ったのであったが、そもそもそれは、事件の中で出会ったラブラブカップルたちがきっかけで考えたからであって、
「ラブラブ見せつけられるために来たんじゃないのに……」
そのカップルたちが参加してくるとは思わなかったようだ。そして、その原因は自分自身にあった――合コン目的とはっきり言えばよかったのに。
ちなみに話を聞いていない原因のほとんどは、参加者が既にカップル、もしくはお喋り好きだったからだろう。良く知らない守護天使は用事に追われる飲み会の幹事さんみたいなものである。
更に彼は、参加者を眺めてひそかに肩を落とす。
(確かに、合コンとは、はっきり言ってないけど……)
カップルじゃない子も確かにいた――お母さんに連れられてきた幼児、近所の仲良しと連れ立って来た小学生くらいの女の子、井戸端でよく会議してるおばさんたち。全て、彼のストライクゾーンからは外れていた。
「はいはい演説はいいからさっさとやる! シンクの数足りないからね、順番順番!」
落ち込んでいる間に、パンパン、と手を叩いてパンチパーマのおばさんが仕切りだした。
(合コンって聞いてたけど、これなら大丈夫そうだな。アル……さんとの目的とは外れるけど)
参加者の中から、匿名 某(とくな・なにがし)は恋人の結崎 綾耶(ゆうざき・あや)と共に、守護天使に挨拶するべく近づいた。
「料理をみんなで作って交流って企画はとっても素晴らしいと思います! アル……さん。今日は一緒に頑張りましょうね!」
綾耶の笑顔に、守護天使は困ったように頭をかく……名前を間違ったかなと一瞬不安になるが、というより、彼女と某の距離が近いので居心地が悪いらしい。
「アル……さん、あれ、名前ボブさんでしたっけ?」
守護天使のお洒落ギャルソンエプロンから視線を上に挙げると、胸元に大きく「ボブ」と書いてあった。しかも黒の油性マジックの手書きでとりあえず書きました、といった風だ。
「あー、いやー、これは成り行きで……」
半泣きに見えるのは気のせいだろうか。
「そ、それより今日は何を作るんですか……?」
「海のイベントだし、海の幸を使った料理を作ろうと思うんですよ。で、材料なんですけど、穢れが発生した後にそこの食材使うのって、大丈夫ですか? できるなら、あんな事件があった後だからこそ使いたいんですけど」
「食材取ってくるとこから始めるんですか……あー、よく言いますよね、居酒屋で注文忘れられた時とか。
それだったら、アステリアの皆さんが獲ってきてくれた材料があるので、安心ですよ。穢れの影響受けたのは結構見た目で分かるので」
守護天使だって海に行くだろうに、他力本願っぽいのは気のせいか? と思ったが、某は礼を言うとさっそく食材を選んで調理に取り掛かった。
某は海鮮チャーハンと海鮮サラダ。カニ、海老、イカ、それに海藻。
綾耶は海鮮パスタとペスカトーレ風スープ。アサリなんかの貝に、イカやエビを入れて。
「あと、デザートも忘れちゃいけないですね! 海のデザートってなんだろうって思われるでしょうが実はあるのです! それは……カスピ海ヨーグルト!」
じゃーん、と彼女はクーラーバッグからヨーグルトの入った瓶を取り出した。時間がかかるので、あらかじめ作っておいたのだ。これに最後にフルーツを入れてさっぱり美味しいデザートにするのだ。
「それって……」
「……はい、ただ名前に海ってついてるだけですね。あうあう」
某は、ちょっとへこんで照れたように俯く彼女も可愛いなぁと思う。思わずにやけてしまった。
「ちょっと味見してもらえるか?」
某は軽く味付けしたチャーハンの乗ったスプーンを、綾耶に「あーん」する。
逆に綾耶も赤いトマト風スープの小皿を口元に差し出して、某の口元に持っていく。
そのさりげなさに、横でうわーとか唸っている人がいるようないないような?
「これ、美味しいです」
「うん、美味しい」
「よかった……」
お世辞ではない、二人とも結構料理慣れしているのだ。
(幸せだなぁ)
同じキッチンに立って、こうやって料理して。いや、何もなくても、隣にいるだけで幸せだが……。
長い間苦しんできた彼女が今何事もなくいてくれること。某にとっては綾耶が、綾耶にとっては某が、ただ隣にいることが自分の幸せで、そこが自分のいるべき場所だと思った。
どちらからともなく見つめ合って微笑みあう二人の横で、もう一カップル、幸せそうな人たちがいた。
「なかなか大変だったけど、何とか平和に戻ったようで、よかったね」
料理にいそしむ人たちを見て、シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)は優しく微笑んだ。
包丁を初めて握る女の子の危なっかしい手つき、パッパと料理を切って、強い火力でチャーハンを舞い上げる守護天使のおじさん、パンチパーマ(っぽく見えるが、実は単に葉っぱかも知れない)のおばさん花妖精に指示されて、テキパキ手分けして次々に料理を作り上げるおばさんたち。
今までは穢れの影響に怯えて樹の上の方に避難していたりもしたのだ、今は生き生きとしている。
代わって手元を見たシルフィアは、ちょっと落ち込んだ。
(それにしても、料理、かぁ……うう、なんでうまくならないんだろうなぁ。私だって本当は手料理とかご馳走できるようになりたいのにな。
アル君が横で口出ししてるときは大丈夫なんだけど……一人だと悲劇が。本当になんでなんだろう)
アル君ことアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)は、内心を知ってか知らずかシルフィアに微笑む。その様子は熟年夫婦のようだった。
「そうだね、力になれたならこんなにうれしい事はないね。
さあ、今はパーティの料理だよ、これはいかにもうってつけ。我が祖国の料理ニャッフルホッフをパラミタにも広めるため、私も腕を振るうとしよう」
「ニャッフルホッフ、ね」
アルクラントによれば――、素材はいかにもごった煮という感じだがスパイスの配分や煮込みソースの甘味と酸味と辛味。これらの調和によりあらゆる肉、魚、野菜の味がそれぞれに引き立つ、我が祖国、ソコクラントの家庭料理だ。ということである。
「シルフィアも良く知ってるだろう、手伝ってくれないか。こいつは残念な事に、見た目が悪い。飾りつけや盛り付けならシルフィアの方が上手だからね」
オブラートに何重にもくるんだものを念のため横に投げ捨てたような言い方を、アルクラントはした。シルフィアにも自覚はあるのだ、ここであえてダメージを与えるような言い方をしなくてもいいだろう。
シルフィアは元気が出たのか、軽く頷き、
「見た目を何とかするなら……最後にパセリとチーズ振ってみる、とか?」
言ってから、またちょっと泣き出しそうな必死な顔になって、
「それくらいだったら味も……変わらないよね? そうだと言って?」
「大丈夫さ、勿論……適量を入れれば」
「その適量が難しいのよね……」
少々臆病になっていたシルフィアは、アルクラントの指導を受けながら、包丁を握り食材を切っていった。食材を切って味付けして、最後にぐつぐつ煮込む。
「ふう、煮込みだからしばらく時間があくなぁ……」
鍋は見ているから行っててきていいよ、とアルクラントに言われ、シルフィアはクッキーを作っている女の子たちに混ぜてもらって、お菓子を教えてもらった。
「あ、そこの……あの、なんだっけ。このクッキー味見してみて貰えます?」
天音に誘われて美形目当てに来た、料理中の妙齢の女の子が妙に積極的な守護天使を微妙そうに相手をしていたが、振り向いた守護天使はそれがラブラブカップルのシルフィアだと気付いて、ちょっと気圧されたようだった。
が、出来上がったクッキーは美味しそうで、ささやかな親切に感謝して口に含んで……。
「ぶほっ」
「……だ、大丈夫……?」
心配になって食べてみたシルフィア。甘かった。とても甘かった。ざりざりしていた。
涙目のシルフィアを見に来て心配そうなアルクラントを見比べて、
「そうですか……お二人はこれくらい甘い、と。……瘴気に人は悩みますが、リア充の幸せオーラに宛てられる僕は魔物ですね、クッ、黒の堕天使は憎しみに翼を染めた悪役……う、羨ましくなんか……っ」
なんかブツブツ言っている守護天使は泣きながらどこかに行ってしまった。
「そこのお嬢さん、判らないことはないですか?」
ひとしきり泣いた守護天使だったが、気を取り直して、端の作業台に立つ、エプロンの似合う大人しめの女性に声を掛けた。
「ああ、お花の料理ですか?こっちの花はどうですか? 彩りも良くて……」
セミロングの黒髪を纏めた落ち着いた雰囲気の女性は、ライスペーパーの上に海老や葉を入れてくるくると丸め、白いバットの上に出来上がった生春巻きを並べていた。側には焼き上がったミニサイズの丸いキッシュがあり、花や葉っぱで彩りが綺麗だ。そして食用花のフラワーサラダ、フライの盛り合わせにカルパッチョや刺身などなど……どれも一口でつまめるものだった。
「段取りがいいですね」
「下ごしらえはある程度してきたから……久しぶりに作ったから、心配だわ」
腕が落ちていないか、心配する姿にちょっといいなぁ、と思った守護天使だったが、
「そんなことないですよ、とっても美味しそうです。お仕事が忙しいんですか? そういえば、この前ヴォルロスで……」
彼女は普段はエプロンと包丁ではなく軍服に拳銃を握っている、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)教導団大尉である。
「ええ、銃の腕の方は落ちないように訓練を重ねていますけど……」
大尉といえば、責任を求められる立場でもある。平和のための戦い、平和の維持のための訓練もまた、仕事の内。平和に近くて遠い日常。ともあれ、その仕事の合間を縫ってしか料理できない立場にいる。
「カーリー、こっちは巻き終わったわよ。で、これはどこ刻めばいいんだっけ? 真ん中? 下の方?」
ゆかりの下へ、中学生――にしか見えない魔女の教導団員、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)がひとくちロールサンドイッチのタッパーを隣に置いた。
そして、水菜に似た野菜を持ったまま、ゆかりに寄って来た「変な男」に訝しげな視線を向けた。彼が誰であるか、は、勿論知っていたが、料理中のゆかりに用があるとも思えない。
「あー、あなたも一緒にこの料理を……? 素敵ですね」
「そう、あたしも作ったのよ」
しかし守護天使がゆかりの料理をほめると、ふふん、と得意げな顔をした。ゆかりはあえて口を挟まない。、
マリエッタは料理は得意ではないので、刻んだり、撒いたり、挟んだりといった簡単なをした作業だけだ。が! 手伝いでも一緒に作ったと立派に言える……だろう。
「さあカーリー、さっさと作ってパーティに持ってきましょ。そっちが本番よ! あたし、ぴったりの衣装選んだんだから!」
二人はさっさと作り終えると、守護天使に挨拶だけして、すぐに着替えに行ってしまった。
ゆかりはデルフィニウム――誕生花であり、好きな花でもある――をイメージした青いドレスを。
そしてマリエッタは、ピンクのプリムラのような丈の短いドレスを選んだ。これはプリムラの花言葉で選んだからだ。
(まさに自分にぴったりの花よねー)
元気に広がったドレスを着た彼女は可愛らしく、自分の可憐さに得意になっている様子も花妖精のようで可愛らしかった。花言葉の「可憐」のように――そう、黙っていれば。
別に花妖精だって、薔薇の花妖精だから華やかで、チューリップだから愛らしく、金魚草だからふわふわひらひらしているわけでもないように、マリエッタも妖精は妖精でも、イタズラ妖精だろう。
「ねぇカーリー、これ食べてもいいでしょ!」
お祭りに行った彼女は、ヒールのあるパンプスでデッキを駆けまわりながらゆかりをひっぱりまわした。
ゆかりはそんな様子に、平和はいいものよね、と思っていた。戦場ではゆっくりご飯を食べている暇もないのだ。こういうのもたまにはいいだろう。
「あー。守護天使さん守護天使さん!」
仕方なく、レストランの隅っこにて一人で料理を始めた守護天使だったが、聞きなれた声に振り向くと、意外なことに笠置 生駒(かさぎ・いこま)が立っていた。
「生駒さんが料理コンに参加するなんて……もしかして生駒さん、僕をかわいそうに思って……?」
そんな言葉は右から左へ聞き流し、生駒はいつものように元気よく言った。
「守護天使さんも出場ですか?」
「しゅ、出場……?」
「料理コン……テスト。料理大会ですよね! へぇ、アルカ“ピー”アさんは今何を作ってるんですか?」
手元を覗き込んできた生駒に、守護天使は気を取り直して説明した。彼はタラコのようなピンク色の粒々と、みじん切りの玉ねぎをマッシュポテトに入れて、混ぜまぜしているところだった。
「これは魚卵のサラダです」
「それじゃこっちは?」
「それはひき肉とナスの重ね焼きです。味見してみますか?」
「肉ですかぁ、折角だからこの辺りで取れた魚介類を使ってみましょうよ、守護天使さん!」
生駒は守護天使に教えてもらいながら、タコのトマト煮に挑戦した。出汁をしっかりとって、下ごしらえに時間をかけて、吸盤をきちんと処理して……。
「これで後は煮るだけですね」
と、守護天使は言って彼女は待っていたが、次第に何となくうずうずしてきた。
ぐつぐつ鍋の火力を横から覗き込み、
「料理はやっぱり火力が大事だよね」
彼女がツマミをいじりだしたことに守護天使は気付かなかった。そして……。
ぼーん!
鍋がどんな圧力なのか魔法でも使ったのか、ぼんっと爆発して、赤い液体をぶちまけた。
「こ、これは……」
守護天使は頭に手をやる。血のような液体が頭部に付着し……ふらりとよろめいた。
「重症だ……もう僕は駄目だ」
「しっかりしてください、ただのトマトですよ守護天使さん! 大丈夫ですよ、た、食べるとこ残ってます!」
鍋を抱えて見せに来る生駒に、これじゃあ料理中はナンパは無理だなと、薄れる意識の中思う守護天使であった。
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