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【逢魔ヶ丘】かたくなな戦場

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【逢魔ヶ丘】かたくなな戦場

リアクション

終章 半解除


 小型要塞が完全に姿を消した後、契約者たちは、交渉の場に着いた者も外部調査に出ていた者も合わせて、パクセルム島の飛空艇発着場に集まった。
 島に大きな被害はなかった。
 但し、あの小屋にいた「『黒白の灰』汚染被害者」の天使の一人が自ら要塞へと去り、それを止めようとして悪魔の戦士の刃を受けたらしいザイキは空から落ちていって、消息不明となった。
 その後、空京警察の飛空艇が島しょ内の近を、連絡を受けた空京本部から出動した部隊が座標を頼りに島からの落下予測地点周辺を捜索したが、彼は見つからなかった。
 あの時、彼に自力で飛行できる力が残っていたのかどうかは分からない。


 島外調査の結果、中継基地や要塞の隠れる場所などが発見できなかったのは当然のことだった。
 コクビャクは何らかの技術を用いて、『時空転移』かそれに準ずる技を使い、直接要塞を島の近くに出現させていたのだ。
 要塞はどこから現れるのか――ザナドゥからなのか、あるいはもっと別のどこかか。それは分からない。
 出ては消えるのは、転移の術の限界のためなのかもしれない。一度は歪んだ時空は、要塞が消えた後、穴が自然に塞がるように消えてしまった。
 但し、普通よりも時空の壁がもろくなっているかも知れない、ということで、この空域は後日、十分な機械や人員を準備して慎重に大規模な捜査を行うことを、警察が明言した。

 また、例の石造りの壁の跡のようなものがあった島については、その後調査により、「かつて中継基地的なものとして使っていた場所」ではないかという推察がなされた。
 痕跡を残さないために、使わなくなった時点で自ら破壊したと思われる。
 つまり、侵攻を開始した当初は、コクビャクは転移による移動を使ってはいなかった。途中から可能になった方法だったのだ。
 このことは、ずっと戦い続けてきた島の守護天使たちから聞き取り調査を行えば、もっと詳しく判明するだろう。
 他の島々に残った、細かな痕跡は、その後の研究で飛空艇のものであろうとされた。
 もしかしたら、小型要塞の完成と転移による移動への手段変換は同時に起こったのかもしれない。
 換言すれば、要塞が完成したから時空転移も使えるようになったのではないか。

 かように発見されたものはコクビャクの「過去」の手段の跡ばかりだったが、過去の手法を知り、現在のやり方への変遷を知ることで、コクビャクの内部での考え方や狙い、使用技術の変遷などを探る手掛かりになるかもしれない。警察では、今回よりは規模を縮めながらも、時空の歪みの調査と並行してこの島しょ内の調査も続けることを検討している。


「もしかしたら、交渉の場に俺が来ると思ったのかもしれない。フードをかぶっていたというのはそれで、じゃないだろうか」
 キオネは、ザイキについてそう言った。
 彼が撃墜されたあの一瞬に、偶然ルカルカの飛空艇の窓から見た姿。どこか覚えがあると思っていた。
 それは以前、ゆる族のシンポジウムを巡る奇妙な依頼をキオネに持ち込んだ、ウルテと名乗った男だった。
 あの時もフードとマントを着用し、幻影を使って訪問していたが、間近で接したらキオネに気付かれるかもしれないと考えたのかもしれない。現にキオネは、雰囲気と合わせて何となくではあるが、彼を覚えていた。
 ザイキ・メオウルテスというその守護天使。
 後になってマティオンから聞かされた話だが、あの頃パクセルム島はすでにコクビャクの侵攻に悩まされており、そのコクビャクの動向を探るためにザイキは一時期パラミタ大陸に降りて、情報収集などの活動をしていたらしい。
 魔鎧職人と共に島を出たエズネルとキオネの名は、島の歴史に残っていた。その名で探偵事務所を掲げていたキオネを見出し、その人となりを分析するために依頼人として接触したのだ。ザイキはマティオンにそう報告したという。



 ザイキを失い、あの代表団のメンバーを中心に島の「中枢部」には動揺、落胆が走った。
 彼は、『丘』を巡ってコクビャクと戦う『自警団』――という名の自衛武装軍の総指揮官だったのだ。


*******

 こうなったからには、お話しするよりほかありますまい。


 そう言って、クユウ長老は話し出した。――落胆のためか、交渉に入る前より、どっと老けたように見えた。
 島の内部に入って土壌の結界に当たり、疲労した契約者たちも、その影響から逃れる発着場ですでにそれぞれ体力は回復している。全員が、長老の話を聞くことができた。


 まず、この島の結界について。
 島を空間ごと覆う、強度は相当だがタイプとしてはごく一般型の結界と、例の「土壌と一体化した」自律型結界の二段重ねだという。
 後者については、この島独自のものだと、長老は話す。

「もう何千年も昔のことじゃから、話に聞くばかりじゃが……
 それこそ古王国の時代に、王国守護のために研究・開発されていた秘術による結界だということじゃ。
 だが、それが完成する前に、古王国は滅んでしまった。我らの先祖は、王国滅亡への失望と未完成の技術だけを持って、この地に移り住んだという」

「その後、どのような研究を経てか、資料は残っておらぬが結界は完成し、この島を守るために使われることになった。
 我らの先祖は結界の開発研究と共に、武勇の民としても知られ、古王国に使えたのじゃ。当然その時代には、かの鏖殺寺院などとも熾烈な交戦があった。
 古王国滅亡後、この島に移り住んだご先祖らに、時折、戦いを逃れた寺院の残党が襲撃を仕掛けてきたことがあったそうじゃ。
 交戦時の因縁による報復ではないかと言われておる。ゆえにご先祖らは、強力な自警手段を持つ必要があった」

「……それが我らが、余所者を寄せ付けぬ暮らしを続けてきた由縁か、とお訊きかの?
 それもあるかもしれんが……要するに、古王国滅亡によって、ご先祖らはすっかり厭世的になってしまったのじゃろう。
 時勢の大きな変化によって深い失望を味わい、もうその流れに左右される生き方はすまいと意固地になってしまったのじゃろうな、後世の我々の目から見ると。
 しかし我らもまた、時勢の変化から隔離されたこの地で、安穏としてその生き方を引き継いだ――」


 自律型結界は、空間結界のように、侵入者を拒絶し弾き出すのではない。
 土壌と一体化したそれは、その上にある者に呪術的に重圧をかけ、じわじわと動きの自由を奪っていく。
 現に、結界の内側に入った契約者たちは、だんだんと体が重くなり、動くことが大儀になっていく感覚を覚えた。
「しかし、さすがはコントラクター……まさか、そこまで動いていけるとは思わなかったじゃ。
 契約によって身体能力が向上するという話は聞いておったが」
 事実、あの時一緒に結界の土壌の上に走ったいった非契約者の警察関係者たちは、ほとんどが数歩でうずくまってしまった。
 空間結界のように不審者を閉め出すことはできないが、動けなくさせれば後は、島の訓練された天使たちがやってきて侵入者を捕縛できる。だから自由を奪うだけで充分だった。
 空間結界は、どんなに強固に張っても、力に長けた者によって破られ無力化するという事態も、敵の力量によっては考えられる。
 が、土壌と一体化したこの結界が破られることはない。
 ひとが、己の立つ大地を砕き散らすことができない限り。


「この結界は、特に魔族に対して強い力が働く。
 我々の安住のために調整した結果、同じ守護天使や、太古の時代には我らの盟友も多かったヴァルキリーに対しては、効きにくいものになっていったらしい。
 自律型結界は、それ自体が生きて作用する結界なのじゃ」 

 そこで、一つの疑問が生じる。
「ではなぜ、コクビャクはあの『丘』に近付けるのですか?」
 一同を代表する格好でさゆみが尋ねると、長老は渋面を更に苦くして首を振った。

「情けない話じゃが……詳しい理由は不明なのじゃ。
 現在、何故かあの『丘』の周辺だけが、土壌の結界の作用を裏切り、魔族以外が近付けない場所になってしまっている。
 それがどのようなシステムによってもたらされたものなのか、我らには判然としない。
 あの木の根元や丘の裾野に簡易キャンプができ、コクビャクが送り込んだ魔族の戦士が、島の住人である我々の接近を武力で阻止しようとしているという現状じゃ。
 今、あの丘を囲んで我らとコクビャクは膠着状態にある」


 そして時折、どこかからあの小型要塞が現れ、新たな人員を投入していくという。
 その時には必ず、丘の上に立つあの大樹が強い光を放ち、空間結界の一部が崩れ、そこからやすやすと敵は侵入してくる。
 どうしてそういう仕組みになっているのか――コクビャク側には分かっているのだろうが、天使たちには分からない。


「おそらく、あの『丘』の成り立ちに、秘密があるのじゃろうとは思うが。
 ……あの『丘』は、かつて、結界を破ってこの島にやってきたある悪魔が作ったものと言われている」

「ヒエロ・ギネリアン? ……いいや、それは千年ほど昔の話じゃろう。先々代の長老の話を聞いたことがある。
 その頃にはもうあの丘はあった。もっとずっと昔の事じゃよ。
 悪魔の名も、やって来た目的も、今となっては伝わっていない。
 ただ、どういうわけか傷だらけで辿りついたその悪魔は、善意で看護した一族の女性と恋に落ち、子を授かり、共に暮らすために何かの施設を作ろうとしていた。それがあの『丘』じゃった、と聞いている」


「――それでどうなったか、とな?
 ……その交わりを一族への反逆だと激昂した一族の若い者たちの手によって殺されたのじゃ、親子3人。
 それが、あの『丘』にある我らの恥――一族の女の悪魔との密通、同族殺し、幼子殺し。それらすべての隠ぺい」


 わしが聞いたのは、そんな話じゃ。すべてが正確な事実なのかどうかは、今となっては分からぬが。
 そう結んだ長老は、話し疲れたように、しばらく肩を落としていたが、再び目を上げ、契約者たちを見た。


「島を包む結界は、解除しよう」



「しかし、土壌の結界は、我らには何ともできぬ。
 これを無効化するすべを知る者は今はいないのじゃ」




「かように外部の者にとっては面倒な地で、しかも『丘』に関しては今、コクビャクにイニシアチブがあると言ってよい。
 ――それでも、我らを助け、共にコクビャクと戦ってくれると、貴方がたは仰るか?」



 老人の落ちくぼんだ目の奥には、一すじの光の筋を求めて揺らぐような弱々しい閃きが見えた。

担当マスターより

▼担当マスター

YAM

▼マスターコメント

参加してくださいました皆様、お疲れ様でした。
やや「詐欺だー」と言いたくなる展開に感じられる方もいるかもしれません。特に周辺調査に回った方々はやや旨味が少なくて申し訳ないです(平身低頭)。
今回時間的な余裕のなさから称号をお贈りすることすらできません。重ね重ね申し訳ありません。
ここからとんとんと対コクビャクの展開に行きたいところですが、多分次回は魔道書シナリオになるかと思います(汗)。良ければそちらにもお付き合いただければ嬉しいです。

それでは、またお会いできれば幸いです。ありがとうございました。