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リアクション
ディシプリンは壊滅した。
彼女たちの中心で指揮をとっていた【天殉血剣(あまのじゅんけつのつるぎ)】が、契約者の前にゆっくりと歩み寄る。
「あなたと、お話をしてみたいのです」
天殉血剣と対峙したのは、ハルミア・グラフトン(はるみあ・ぐらふとん)だ。彼女には気になることがあった。
どうして、天殉血剣は零に仕えるのか。
(でも。大人しくお話してくれそうにはないのです)
戦いは避けられないかもしれない。ハルミアは戦闘を望んでいないが、いつでも反撃できるように身構えながらも説得をつづけた。
「あなたの主は道を誤っているのです。なのに何故、側近であるあなたは、主を諌めず、同じように道を誤るのですか!」
「まったくですよ。なぜよりにもよって、八紘零などという男に従うのでしょう」
アルファ・アンヴィル(あるふぁ・あんう゛ぃる)が深いため息をついた。
「人間には失望することさえ飽いていましたがね。それでも奴の悪行には、ほとほと呆れてしまいますよ」
人体実験。児童買春。大量破壊兵器の開発――。アルファは、今まで八紘零が重ねてきた罪科を並べ立てた。
良心があれば呵責があってしかるべきだが、天殉血剣の表情にはない。彼女は感情のない瞳で、ハルミアたちを見つめ返していた。
「やはり、そうほいほいと寝返るものではありませんね」
アルファが肩をすくめてみせる。
「そもそもわたくしならば、この程度で寝返る忠誠心の従者など、長く傍には置いておきません」
「それは、ハルミアもわかっているのです」
主人への忠誠がそんなに軽いものでないことは、ハルミアが誰よりも知っていた。
だけど、もし。天殉血剣は零に利用されているだけで、他の生き方を知らないのだとしたら……。
ハルミアの真っ直ぐな想いは、これまで幾度も人の心を動かしてきた。ドラゴン討伐隊。そして、主人に捨てられ狂ってしまった機晶姫。
洗脳から解かれた機晶姫は、今ではハルミアやアルファを慕うことで、主人に仕えていたころの喜びを思い出すことができた。
ハルミアはもう一度、天殉血剣に向き直った。彼女にはどうしても伝えたいことがある。
ただのエゴだとしても。自分と同じように『仕える者』として、ありえるかも知れない可能性――。
「あなた達を受け入れてくれるのは……。本当に、零だけなのですか?」
かすかに、天殉血剣の表情が変わった。
それは湖に目薬をたらしたほどの小さな変化だったが、確実に、天殉血剣の心に波紋を広げていた。
「――私を支配してくれるのは、零様だけ」
はじめて、天殉血剣が口をひらく。
彼女の告げた言葉にハルミアは違和感を抱いた。
「支配……?」
「そう。――支配されることが、メイドの喜びでしょう」
「それは違うのです!」
「――なぜ?」
ハルミアの反論に、天殉血剣はただ小さく首を振った。
「愛する人に、支配される。――それ以外に、なにを望むというの」
「う〜ん。こりゃ今までの敵と違って、洗脳されてるってわけじゃない。自分の意志で従ってる感じだな」
今は戦う時だ。
そう判断したソークー1が、宣戦布告する。
「そちらが赫空だと言うのなら! 蒼い空からやってきて! 邪悪な野望を砕く者!! 仮面ツァンダー! ソークー1(旧式)!」
旧型のマスクをかぶり、改めてポーズを決めてみせた。
「ティア! 十握剣を!」
「いくよ、タツミ!」
ティアから光条兵器『十握剣』を受け取り、臨戦態勢に入る。対する天殉血剣は、触れたものを切り離す力を持つ。いわば全身が剣だ。
神話に導かれた剣の因果が、無音のまま、激しく交錯していた。
ソークー1と天殉血剣が睨み合っているうちに、富永 佐那(とみなが・さな)は風術を張り巡らせた。敵と自らの周囲へ気流を形成する。
どんなに強い敵であれ、攻撃に移行する瞬間は別のアクションが必要だ。周囲の気流はその僅かな動きの変化さえ逃さない。佐那にとって風は、自分の肌のようなものであった。
突如。風が乱れる。
――しかし、彼女の風が察知したのは、敵の動きではない。
「もう……誰も……大切な人達を失いたくありません……」
パートナーを追いかけてきたソフィア・ヴァトゥーツィナ(そふぃあ・う゛ぁとぅーつぃな)だった。
「ソフィーチカ!?」
エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)が、彼女をロシア語での愛称で呼ぶ。佐那もエレナも、予期せぬソフィアの到着に驚きをかくせない。
「追い掛けて来たのですか!?」
「二人は……私を護ってくれた……。だから、私も二人を護ります!」
儚げな瞳に強い意志を宿して。
ソフィアが、愛する二人をしっかりと見つめた。
「分かりました。――共に征きましょう、ソフィーチカ。あなたの悪夢が始まった場所まで」
エレナは天殉血剣を、そしてその先にいるはずの、八紘零を凝望した。
張り巡らせた風のなか、佐那は殺気看破で天殉血剣の動きを予測する。
「佐那さんには指一本、触れさせません」
エレナが後方からホワイトアウトで援護した。荒れ狂う吹雪のなか、ソフィアが投擲したのは、大型戦輪『ドラゴンアヴァターラ・ループ』。
自らの尾を咥えた竜型の機晶生命体――。ウロボロスのごとき戦輪が、天殉血剣に襲いかかる。
「私達はсемья(家族)です。それは、絆によって結ばれた、掛け替えの無い存在……」
身を翻してかわす天殉血剣へ、サイコキネシスで戦輪を誘導しながら、ソフィアは告げる。
「семьяを守るためなら、私に躊躇いはありません。だから私はここに来たのです。――私を苛んでいた醒めない夢を、今度こそ断ち切る為に!」
ソフィアの影から『темная‐урания』が召喚された。舞い散るのは炎を纏う鱗翅目――蝶や蛾の大群だ。
かつて実験によって融合され、意識を侵食されていたパラミタホウオウドクガの遺伝子。それが彼女のなかで突然変異を遂げ、新たな力となる。
体内に残された過去の呪縛さえ、ソフィアは今、自分の意志で制することができた。
ソフィアのサポートを受けた佐那が、風を『パラキートアヴァターラ・グラブ』でサッカーボール大に凝縮し、連続して蹴り込んでいく。
次々と飛び交う風の塊に、天殉血剣が一瞬ひるんだ。そこへすかさずコインの弾丸を狙い打つ。
しかし。佐那の本当の狙いは、別にあった。
「――どうやら騙し果せたようですね。エレナ!」
援護に徹していたはずのエレナが、天殉血剣へ向けて詠唱していた。
「我が名に於いて請う。己が羨慕せしものを悉く凍て付かせ我が物とせん――此処に謹んで御名を呼び奉る。リヴァイアサン!」
前線に出ていた佐那こそ囮。本命は、エレナの召喚にこそあったのだ。
巨大な海蛇によって動きを奪われた天殉血剣へ、佐那が即座に切りかかる。鍵となる右手が宙を舞った。
降り注ぐ血しぶきを浴びながら、佐那は厳かに告げた。
「――これは、増上慢の報いです」
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