|
|
リアクション
第二章
祭の一角に長い行列を作っている屋台があった。
弁天屋 菊(べんてんや・きく)が雑煮を提供している屋台だ。
馬場正子(ばんば・しょうこ)を相手に新年の料理対決を申し込もうとしたらかなり切羽詰まった状況にあったため、急遽予定を変更して料理の手伝いをすることにしたのだ。
菊が作る雑煮はとにかく人気だった。その要因は餅というより出汁のほうに秘密があった。あっさりしているのに餅にはしっかりと絡みつくような出汁はいくら餅を食べても腹の虫が鳴ってしまうような不思議な魅力があり先ほどから立ち去った客がリピーターとして列に並んでいる状態が続いている。
近くには巨大な七輪が置いてあり、網の上で膨らんだ餅を食べて楽しんでいる客もいるため屋台の周辺は一月の寒さなど感じさせないほどの熱気があった。
「参ったね……料理人冥利に尽きる話じゃあるんだけど、肝心の餅が無くなりそうだよ……」
需要と供給のバランスが崩壊しそうになっていると、突然大勢の男性客が列を離れていった。
料理人としては少し不本意ながら料理を作る余裕を確保できたことに安堵しながら菊は男性客が向かった先を見ると、そこには冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が餅をついている姿があった。
しかし、男達が食いついているのは餅では無く、小夜子の服装の方だった。
冬だというのに和服を上だけ脱ぎ、サラシを胸に巻いた姿で杵を振り下ろし餅をついていた。
男達は代わる代わるに餅つきに参加するという名目でつかれた餅をこねた。
が、視線は餅なんか見ていない。小夜子が杵を振り下ろすことに集中しているのをいいことに全員の視線は小夜子の胸に向かっていた。
杵を持っているために脇が絞まり、豊かな胸はその両腕に挟まれて寄せるような形になり、サラシから溢れてしまいそうだ。
男達は餅より蕩けた表情を浮かべながら小夜子の胸を凝視しては餅を、なんだかアレな手つきでこねていた。
「は〜い、お餅ができました〜。皆さん、お餅はぜんざいにしますので食べていってくださいね〜」
言われるがままにぜんざいに群がる男達。
純粋な料理の腕で客が取られていないことに菊は若干の不満を覚えたが、今の状況で文句を言うのは筋違いというものだろう。が、餅が少なくなっていることの根本的な解決になっていない。
と、
「お困りみたいですね。助太刀しますよ」
そう言って声をかけたのは九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は杵と臼を肩に担いだ馬場 正子(ばんば・しょうこ)を連れてきた。
「菊よ。すまぬな、こんな事にかり出してしまって」
「今日のところは貸しにしといてやるぜ。口はいいから手を動かしな」
菊はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。正子も臼を下ろし菊のところから蒸された餅米を入れて杵でこねると、餅米は潰れていき徐々に見慣れた姿へと変わっていく。
頃合いを見て、ジェライザは客の注目を集めた。
「さあさあ! 今から高速の餅つきをお見せします! 料理が出来るまでの間、こっちをご覧ください!」
客の視線が自然と集まる中、ジェライザは袖をまくって手を水で濡らす。
「手が潰れても恨むでないぞ」
杵を構える正子の身体の表面からは威圧するような気配がうっすらと滲むがジェライザは怯むこと無く笑みを浮かべる。
「正子さんこそ、本気に私ついていけるかな? ……餅をこねる、水をつける……両方こなさなくちゃあならないのが手水役の辛い所だな……覚悟は良いか? 私はできてる」
「ならば……ゆくぞッ!」
正子は腕の血管を浮き出させながら高速で杵を振り下ろし、すぐさま持ち上げて再び振り下ろす。その所作にジェライザが水をつけてこねるための配慮などまるでされておらず、下手に手を出せば人間の手など容易く粉砕してしまうだろう。
だが、それでもジェライザは目まぐるしく振り下ろされる杵の間を突いて手を出して餅をこねる。高速の動作はすでに肉眼では手の先を追うことが出来ず、餅をつく音に混じって濡れた手が餅を叩くような音が聞こえてくるだけだった。
客がその光景に心を奪われ、ハッと我に返る頃には臼の中で立派な餅が出来上がっていた。そこで初めて客達が歓声を上げて万雷の拍手を送った。
「菊。餅が出来たぞ、これでここに居る人たちの分は持つだろう」
「ああ、後は任せておきな」
正子は餅を渡して再び臼と杵を担ぐ。
「さ、休憩休憩」
ジェライザはそう言ってどこからかビールを取り出した。
「おぬしは未成年ではなかったか?」
「もう成人したから大丈夫。正子さん知ってる? ビールの美味しい飲み方」
ジェライザはそう言ってビールを横倒しにするとペンで缶のそこ付近に穴を開けて口を付けながら再び縦に戻してプルタブを開けた。瞬間、ビールは穴の開けられたところから急速に噴きだし、ジェライザは口の端からビールを垂らしながら豪快に飲み干した。俗にショットガンと言われる飲み方である。
「プハァーッ、イェス!イェスッ!」
ジェライザは楽しそうに叫ぶが正子は疑わしそうな目でそれを見つめた。
「成人したばかりの娘が思いつくような飲み方では無いとは思うが……まあ、折角の祭で下衆の勘繰りやめておくとしよう。飲み過ぎぬようにな」
「わかってるよ〜」
ジェライザはもう酔っ払ったのかフニャフニャした笑顔で遠ざかっていく正子の背中に手を振った。