イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

【逢魔ヶ丘】結界地脈と機晶呪樹

リアクション公開中!

【逢魔ヶ丘】結界地脈と機晶呪樹

リアクション

第4章 大樹の下


 仮本部から『丘』までの道は、結界の影響で動きづらいこと以外は特別困難もなかった。『丘』の手前は膠着する最前線ということだが、現在は戦闘は起こっていない。話が自警団の兵団にまで行き渡っているらしく、キオネとカーリアの2人連れは何の妨害もなく、また他から襲撃される心配もなく、それら兵団の中を抜けて『丘』へと向かうことができた。
 行く道は黙々と、会話もなかった2人だったが。

「御機嫌よう」
 気が付くと、中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が2人の傍にいた。いつも通り漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を纏っている。
「あれ……」
 いつの間に、とキオネは思ったが、見知らぬ顔ではないので足を止め、取り敢えず会釈した。
 綾瀬はといえば、常の通り、興味本位でふらりと近寄ってきた、というところである。魔鎧を纏っている以上、この地の結界の作用はかなり堪えているのではないかと思われるのに、そんな様子はおくびにも見せない。魔鎧――ドレスの方にもそんな弱音を見せる様子もなく、そろって飄然としたものに見えた。
「こんなところで。……大丈夫なの?」
 結界の事と、この地の情勢の事。それとなくまとめてキオネが尋ねると、綾瀬はただ「ご心配には及びませんわ」とにっこり笑っただけだった。
「すべて事情は聞き及んでおりますので。
 ヒエロという魔鎧技師に、ドレスが興味を持ったみたいですので……キオネ様の側にいた方が、色々と情報を得ることが出来そうですもの、ね?」
 正直に、悪びれる様子もなく、綾瀬はそう言ってにっこり微笑みかける。
 キオネはといえば面食らった様子だが、だからといって退ける理由はない。なんだかんだ言って、契約者の強さは知っている。有事となっても恐らく自分よりはずっと戦えるはず、とも。
 カーリアはといえば、綾瀬の言葉に、まじまじとドレスを凝視しているらしかった。
 それに倣い、キオネもつい、ドレスを見る。
 ドレスはそれに関しては何も言わなかった。
 綾瀬はただ、自分のペースで微笑んでいるだけなので、会話はそこで停滞してそれ以上無駄に弾むことはない。
「……じゃあ、まぁ、行こうか」
 歩みを再開しようとした時、別の方向から声がかかった。
「私たちも一緒に行くわ」
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)である。
 吸血鬼のアデリーヌはこの地の重力の負担が少し辛そうではあったが、同行の意志を強く秘めた目をしていた。
「……けど、あそこは」
「えぇ、知ってるわ。魔族以外は入れない場所、でしょう?」
「だから、中には私が行きますわ」
 さゆみとアデリーヌはキオネにそう告げた。
 このような形で協力者が現れるとは思わなかったキオネであった。
「……ありがとう」
 キオネは素直に言って、頭を下げた。

 いざという時には、キオネとカーリアの2人を守る人が必要でしょう?
 今回の件を知ってそう言い切るアデリーヌに、押し切られるようにさゆみも同行する件は承知してしまったが、内心は気が気でない。交渉場所はほぼ敵の本拠地で、魔族以外は入れないというし、何かあったら2人を守るとは言ってはいるが、アデリーヌは外見と同様、繊細で傷つきやすく、およそ戦闘向きな人物ではないと分かっているので、ただただ心配である。



『丘』は、大樹の陰にある。

 長く伸びた大樹の大枝の先が、かぶさるかかぶさらないかギリギリの距離の手前、そこにあったバラック小屋のようなものが、どうやら指定された場所らしい。
 小屋の後ろに、コクビャクの兵らしい、大型銃で武装した数人の男の姿が見える。けれど。

「……この辺から、結界が効いているね」
 その小屋の後ろに回る前に、すでに結界が、魔族以外を締め出しにかかっている。
 位置にしてちょうど、小屋の数歩手前が境界線という感じだ。
 綾瀬は――ドレスだけなら魔鎧なので入れないわけでもないのだが、別行動をする気はないので、
「私のことはお気になさらず。気に入った場所に好きに居りますので」
 そう言って、どこかへ歩き去った。
「結界で中の音声まで完全にシャットアウトできるというわけでもありませんでしょうに」
 小屋の近くにはコクビャクのベースキャンプ地が広がっている。天幕や、同じようなバラック小屋が幾つかあるが、皆が皆、人がいるというわけでもなさそうだ。コクビャクは空中要塞によって人員を投入していくらしいので、好きな時に好きなように人員を増減できると高を括っているようだ。ベースキャンプは、最大に人員が増えた時の規模に合わせて作られているのだろう。今は多分、それほど多くの人員がこの地に駐留しているのではない。
 気配の薄いキャンプ地は、さながら貧民窟がゴーストタウンに最後の格下げを喰らった、という雰囲気である。
 探せば、小屋からさほど遠くないところで身を潜めながら、中の様子を窺える場所はありそうである。

「気を付けてね」
 同じように適当に近くに潜伏場所を捜し、有事に備えることにするさゆみは、キオネらに同行するアデリーヌにそう言って、結界の前から立ち去った。
 結界を間にして離れても、テレパシーで情報交換はするが……
 もちろん交渉を見守り、件の2人を守るのが一番大事なことではあろうが……
(とにかく無事帰ってきてほしい)
 心中は懸念でいっぱいのさゆみであった。




 境界を跨ぐと、それまで纏わりついていた重力負荷が嘘のように消え、思わずキオネとカーリア、アデリーヌは顔を見合わせた。
「本当に、ここだけは特別な地なんだな……」
 吸う空気までが変わったかのように感じられ、キオネは空を仰いだ。
 丘とそのふもとを抱き包むような、巨木の枝の傘の影の中だ。

「……行こうか」
 小屋の前には、見張りが一人立っているだけだ。話は聞かされているらしく、一行を阻む様子は見せない。
 3人は、小屋に向かって歩いていった。







 簡素な小屋の中は、意外に奥行きがあった。
 中央にテーブルと椅子がある以外には、特に何もない。本当に、今日この日の話し合いのためだけに設えられた場所と思われた。
「奥に扉があるな。あっちからも出入りできるのか」
 キオネが呟いた時。

 扉が開いた。

『よくまいられた、まがいたんてい、とそのなかまたちよ』

 反射的に、カーリアは提げ持った大剣の柄を掴み、それを制するようにキオネがさっと手を出した。

 現れたのは、綾遠 卯雪(あやとお・うゆき)――の体。
『このようなちらかったところでもうしわけないが、まぁゆるりとすわられよ』

 話しているのは紛れもなく、コクビャクのブレーンにして顧問・奈落人タァであった。