リアクション
【閉ざされた屋敷】
宮殿を覆っていた魔法は、契約者達の活躍により解けた。その直後意識を失っていた観光客達は目を覚まし、見事な程破壊された庭園は豊美ちゃんと姫子の魔法によって修復されている。
仕事に戻る為に別れたフランツィスカ同様、人々の記憶には『不思議な魔法にかかった』程度にしか思い出されないだろう。
そして今、契約者達は再びアッシュの屋敷の前に立っている。
「『銀の鏡で建物を照らして。望むものが得られます』」
誰かがアッシュの母の代わりに呟いた言葉に、豊美ちゃんは鏡を取り出して小さく息を吸った。彼女をサポートするようにアレクが後ろに立つのに後押しされて、豊美ちゃんは鏡を高く掲げ、鏡面を屋敷に向ける。
すると鏡面から光りが満ちあふれ屋敷に降り注ぎ、全てを包み込むと一気にエネルギーが収束する。もしその場に純粋な地球人が居れば、突風が吹いたように感じられた事だろう。
魔法が掛かったのか。それとも魔法から解放されたのか。
気付けば目の前の屋敷は、無惨な廃墟から美しいものへと姿を変えていた。ハインリヒのあの城のように規格外では無いが充分に大きく、白い壁の頭を覆う三角屋根は民家の暖かみを感じさせる。アッシュが誇りに思っていた彼の記憶の中の生家が今此処に立っている。
鍵は当然のように鍵穴に刺さり、ガチャンと音を立てて契約者達を中へと招き入れた。未だ解けない緊張を胸に、契約者達は屋敷を構成する一つ一つを確認していく。
「魔法書だ」
リビングに居たアレクはテーブルの上の本をぱらぱらと捲って、そのまま指先をテーブルへ滑らせた。木製のそれの四つ足一本ずつ、不思議な模様が彫られている。
それは何時か古代魔法の授業で覚えた文字に似たものだったが、部屋の中に居る契約者の全てがめいめい担当個所で似たものを見つけていた。
アレクが膝をついて机下を覗き込むと、丸いテーブルの裏側には魔方陣まで描かれている。
「――防衛魔法の一種か? 何から何を守る為にこんな……」
全ての家具に刻むなど尋常では無いと、契約者達は困惑した顔を見合わせる。
「Heinz, Anything?(*何かあったか?)」隣の部屋から此方へ通じてきたハインリヒに聞くと、彼は腕を組んでどう言うべきか逡巡しているようだ。
「……箒、杖、タリスマン、薬草、その他諸々。彼の家が魔法使いの――しかもそれなりの家柄だった証拠ならごっそりと。
転移事件に関係が有りそうかと言えば――Nothing(*無い)」
話す間に屋敷の中に散っていた契約者の全てが、ハインリヒと同じような表情でリビングに戻ってくる。
「でもおかしな話だよね。
中身もしっかりしているし、屋敷の主のアッシュは健在。それがどうしてあんな廃墟になってたんだろう。ねぇアレク、僕ちゃんと目を開けてる?」
パチパチと瞬きしてみせるハインリヒに、アレクは片眉を上げた。
「夢の中には見えないな」
「だろうね」
ハハッ、とハインリヒが笑った所で、豊美ちゃんと姫子も二人の元に帰ってきた。
「こうして見る限りでは、この屋敷がここに実在しているものとしか思えませんね。でも色々とおかしい部分が感じられます」
「うむ……決してまがい物ではない、しかして周りに建つ建物と同じかと言えばそうではない。
鏡で照らされて復元する時点で規格外だが、こうも謎ばかりとは少々悔しくもあるな」
「ここで一体、何があったのでしょう……」
誰が吐いたか分からない溜め息の音が、沈黙の中で響いた瞬間だった。
バタバタバタと木の床を蹴る音が、玄関口から契約者達の耳へ飛び込んできた。
それぞれ武器の柄を握り直して、その中の数人が廊下へ飛び出す。
と、その身体を幽霊のようにすり抜けて、少年が駆けて行った。
『Mutti!』
キッチンの有る場所から出てきた母に出迎えられ、胸に抱かれる少年の銀の髪が揺れる。
「アッシュだ……」
* * *
「今から話す『魔法世界』はぁ、イルミンスールの先にある世界の事だと思ってくださいねぇ。
分かる人は『龍族』や『鉄族』が元々住んでいた世界と同じようなもの、でだいたい分かると思いますぅ」
そう前置きをして、エリザベートは『魔法世界』の概要から説明を始める――。
「『魔法世界』とはその名の通り、魔法が世界の中心となっている世界ですぅ。ここではたぁ〜くさんの魔法が人々の生活の中に溶け込んでいるみたいですぅ。
……あ、魔法世界という呼び名は、外から見た時の言い方ですからねぇ。そこの住人がなんて呼んでるかまでは分かりませぇん。アッシュならもしかしたら知ってるかもですけどぉ」
「アッシュなら知ってるかも……ってことは、アッシュ君はその『魔法世界』っていう所の住人であって、地球人ではないってこと?」
リカインの疑問に、エリザベートは「そうでしたけどそうじゃないですぅ」と回答する。どういうことだろうと首を傾げる一行へ、エリザベートは説明を再開する。
「『魔法世界』の特徴は、『二つ名』と呼ばれるものが術者の力を表している点ですねぇ。
例えば【氷を飛ばす者】【雪を降らせる者】。【空を翔ける者】で空を飛んで【海を渡る者】で海の中を進むことが出来、【風と炎で焼き尽くす者】なんて合わせ技もあるみたいですけどぉ、二つ名はだいたい2つから3つの単語の組み合わせで決定されて、単語は術者の能力に応じて持っているものや個数が異なっていて、持っている中でなら好きに組み合わせることが出来るみたいですねぇ。
エリザベートの説明に、皆は分かったような分からないような顔をしていた。話に追いつくのすら必死な様子のジゼルに、エリザベートも自身で体験してはおらず、聞きかじったレベルであると公言した上で話を続ける。
「アッシュは魔法世界の中でも特に有名な貴族の家の長男として生まれ、類稀な魔法使いとしての才能を持っていたそうですぅ。私とキャラ被りますねぇ! アッシュのくせに生意気ですぅ……と昔なら言ってやったかもしれませんけどぉ、私も大人になりましたからね! 見逃しておいてやるですぅ。
アッシュは幼少にして多数の単語を持ち、その中でも『操る』というとても珍しい単語を持っていましたぁ。聞いた感じだと便利そうな単語ですよねぇ」
「ふむ……持っていた、ということは今は無い、と?」
馬宿の確認するような問いに、エリザベートは「無い、と言いますか……」と言葉を濁した。
「その辺は、アッシュの力を狙った悪いヤツの話と関係してきますけどぉ……。
アッシュが生まれるよりも以前、魔法世界に
ヴァルデマール・グリューネヴァルトという魔法使いが居ましたぁ。彼はとても優秀な魔法使いでしたけどぉ、ある時から『世界を自らの手で操る』という野望に取り憑かれてしまったそうですぅ。……ありがちな話ですねぇ」
エリザベートの感想通りの思いを皆も抱いただろうが、その『世界を自らの手で操る』というヴァルデマールの野望と、先程アッシュの持っている単語に出てきた『操る』という言葉の一致から、皆はもしかして、という想像を浮かべた。エリザベートもそんな皆を見て「まぁだいたいその通りですよぅ」と口にする。
「ヴァルデマールは研究を重ね、ある秘術を会得しますぅ。
それは、『二つ名を他の魔法使いから奪って自分のものとする』。これは当時の魔法世界において他の魔法使いもダメと分かりながら研究していた術らしいですねぇ」
確かに、とても便利な単語を他の魔法使いから奪えるなら、おそらく単語を一つ会得するのにそれなりの時間がかかると予想出来る以上、楽な事は無いだろう。
「この術を武器に、ヴァルデマールはアッシュを襲撃し、彼の持つ『操る』という単語を奪おうとしたのですぅ――」