校長室
物語を紡ぐものたちへ
リアクション公開中!
五話 舞台の裏で起きていること 社長とは別の、テロリストの仲間と思われる逃げた男は、搬入口の近くにまで来ていた。 ハデスと、竜斗やウィルたちが戦闘を繰り広げているため、顔は出せない。どうにかして隙をうかがい、壊れた扉から外に出ようとしていた。 「――もう帰るの? ちょっと、早いんじゃない?」 女の声が聞こえた。男が振り返ると、そこには二人の人物が立っている。 ひとりはカイザー。前回のレースから行方不明だった、元は人気飛行艇レーサーの男。 そして声を上げた女は――真っ赤なドレスに身を包んだ、アーシャル・ハンターズだった。 「アーシャルさんか。やっぱり来てた、がっ……」 男が口を開くとカイザーが前に出て、男の首を両手で掴んだ。男の体が、持ち上がる。 「『賢者の石』、それに『賢者の邪石』の資料、いつになったらいただけるのかしら? 手に入れてから、かれこれ一週間は経っていると思うけれど」 アーシャルは男に数歩近づいて言う。 カイザーが男を片手で持ち上げたまま、反対側の手を振るった。男の護衛についていた女王・蜂が、警戒して少し下がる。 「女王蜂さん、少し待っていただけますか」 そんな場所に、今度は男の声が響く。通路の先から現れたのは、ファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)だ。 「お会いできて光栄です、アーシャル・ハンターズさん。私はファンドラ・ヴァンデスと申すものです」 ファンドラはうやうやしく頭を下げる。 「あなたの目的を知りたい。奇跡の力、そして、圧倒的なエネルギーを欲するあなたの目的、もしや、とは思いますが、私の目的と、合致するのではないかと思いまして」 ファンドラは鋭い目線をアーシャルに向けて言う。 「目的?」 「ええ。このバラミタという忌々しい場所を、完膚なきまでに滅ぼしたいと考えております」 アーシャルが言うと、間を置かずにファンドラは答えた。 しばらくアーシャルは無言のままファンドラの顔を見ていたが、やがて、少しだけ下を向き、体を震わせた。なにかと思えば、アーシャルは笑っていた。こらえられなくなったのか上を向いて、声を上げ、笑う。 「なにか、おかしいですかな?」 「おかしいに決まっている。バラミタを滅ぼす? 私の目的は、そんなものじゃない。それに、」 「それに?」 「そんなもの、手を下さずともいいことよ」 アーシャルはそんなことを口にした。意味がわからず、ファンドラは困惑の表情を浮かべる。 「確かに『賢者の石』たちの力があれば、そちらの目的のため、協力できないこともない。だが、そんな理由で私は動いたりしない。私が目指しているものは、お前の考えと似ているが、違う」 「して、それはなんです? あなたの目的は?」 ファンドラの言葉に、アーシャルは口にした。 「すべての契約者を抹殺する」 場が沈黙した。少し離れた場所から、ハデスたちの戦闘音が聞こえる。 「カイザー」 アーシャルが口にし、カイザーの手に力が入った。 「こ、郊外にある倉庫だ……13番。そこに、盗んだ資料はある……」 テロの男は口にした。 「ありがとう」 アーシャルが言うと、ごき、と音がして、男の首がありえない方向へと捻じ曲がり、そのまま地面に倒れた。 「……それは、どういう目的なのです」 ファンドラは改めて問うた。 「言葉の通り。この大陸に、いえ、この世界に存在するすべての契約者を殺す。それが、私の目的」 「………………」 ファンドラには、その言葉の真意が掴めなかった。 本音を言っているのか、それとも、なにかを隠しているのか。そもそも、そんなことが可能なのか。 「へえ。怖いこと考えるねーちゃんだとは思ったけど、そんなおおそれたこと考えてるとはねぇ」 「ホント。ますます魅力的ね」 声が聞こえ、ファンドラは振り返る。女王・蜂は、すでに後ろを向いていた。 そこに立っていたのは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)、そして、ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)だ。二人は並び、アーシャルのことをじっと見つめていた。 「やっと会えたな。会ったら名前を聞こうと思ってたんだけど、アーシャルってんだっけ? 聞いちまったもんはしょうがねえ、そう呼ばせてもらいますよ」 唯斗はゆっくりと前に出る。ソランもそれに合わせて、すう歩前に出た。 「カイザー」 アーシャルが言うと、カイザーが前に出る。女王蜂も、身構えた。 「行きますぜ、ソラン」 「ええ」 唯斗たちはそう頷きあい、 「【縮界】」 唯斗が飛び出した。刹那のうちに、女王蜂の目の前にまで到達する。 「っ!」 女王蜂の反応が遅れた。唯斗の突き攻撃は槍を両手にし抑えたのだが、衝撃で両足の自由が効かない。 その隙にソランが脇を抜けてアーシャルの元へ。振りかぶったカイザーの手刀をかがんで避け、アーシャルの目の前にソランは立った。 「んで、聞きたい事は、捕まえてからゆっくり教えて貰うわー。……あ?」 唯斗が口にして、アーシャルのほうを見て固まった。 見るとソランが、女に唇を重ねていたのだ。 「あ?」 「は?」 「え?」 唯斗、ファンドラ、女王蜂がそう反応する。その間のカイザーの無表情が、なんとなく印象的だった。 「むーっ!」 アーシャルが唸る。そこに、 「【陰術・篭絡昇華】」 唇を重ねたままソランが口にする。気を流しこむことで莫大な快楽を与え、戦闘力や戦意を削ぎ行動不能にする術。ソランの強すぎる煩悩と無駄にすごい努力が生み出した、彼女の最強の術だ。 (これでこの女は私のもの! とっ捕まえて全裸にしてM字開脚拘束で猿轡つけて、あとバーストエロスに写真とってもらってネットに無修正でばら撒いてやる!) と、下衆の極みにあることを考える。勝利を確信して薄ら笑いながら唇を重ねていると、 「むぐっ!」 突然、体中を熱さが走った。 【陰術・篭絡昇華】によって流したはずの気が、逆に、ソランの体に流れている。 (跳ね返した!?) ソランはその全力で注ぎ込んだ自分の最強の術により、その場に倒れこんでしまった。 「っ……危なかったわ」 アーシャルはそう口にし、口を袖で拭う。 「っと、おい、そりゃねえぜソラン!」 正気に戻った女王蜂の攻撃を後ろに回転しながら唯斗は避ける。避けつつソランの元へ近づくと、 「やば、これ、気持ひいい……」 ソランはアヘ顔になっていた。 「お遊びは終わりよ!」 アーシャルは叫ぶ。女王蜂、ファンドラも女の近くによる。 「蜃気楼!」 そして女は一言、大きな声で叫んだ。 「でやーっ!」 ペルセポネは全力で挑みかかってきていた。 なんとなく彼女は悪い子のような気がしないと前々から思っていた竜斗としては、どうにかして無力化しようと考えていたのだが、途中から手加減して挑める相手ではないと気がついた。 ドクター・ハデスの改造した【パワードスーツ】が、相当のものになっている。わけのわからない相手でも技術は一流だな、と、ペルセポネの【ビームブレイド】を受け流しながら思った。 「っ!」 ユリナも【覚醒型念動銃】で援護するが、ペルセポネはそれを確実に受け流している。反射神経ですら上昇しているのかと思うほどだった。 「たーげっと、捕縛シマス」 一方、ハデスの発明品と対峙しているウィルも、その長い触手の攻撃に有効打を振るえずにいた。 【機械の触手】、【空捕えのツタ】、【怪植物のツタ】を使った変則攻撃は、素手で戦っているウィルからすれば武器を奪われる心配はないのだが、リーチが短い分、近づくのに一苦労だ。 しかも、近づいたところで弱点の見つけずらいハデスの発明品に対し、ダメージを与えられているのかも疑問だ。 「ウィル、離れるのじゃ!」 「っ、よし!」 ウィルは触手の隙間を身を低くして突撃し、発明品の中心部あたりに飛び蹴りをかました。その衝撃を生かして空中を翻っている間に、 「はぁぁぁっっ!」 ファラが【サンダーブラスト】を放つ。 たちまちハデスの発明品は電気に包まれるが、 「む、無傷じゃと!?」 ハデスの発明品はびくともしない。着地したウィルがファラの前に立つと、ハデスの発明品はゆらりと近づいてきていた。 「えい!」 「おら!」 フレンディス、ベルクは次々現れる戦闘員と戦っている。さらに、ジブリールがとどめに【しびれ粉】を使って、戦闘員を足止めしていた。 「フハハハ、その程度か!」 一度、ウィルたちとペルセポネたちの距離が開いた。ちょうど戦闘員もいなくなり、ハデスたちと全員が対峙する形となる。 「ハデス師匠!」 そこに、怪人デスストーカーも現れた。向かい合う竜斗たちをよそに、ハデスに近づく。 「申し訳ありません! 主要設備の確保は失敗です!」 「く、さすがに分が悪いようだな……」 ハデスは素直に数の不利を認める。 「ハデス先生! 私が! リミッター解除を!」 「ペルセポネ……しかし、いいのかっ!? リミッター解除は、三分経てば!」 「大丈夫です!」 「よし、ならば、【機晶解放】!」 「リミッター解除!」 ハデスが叫び、それに答えるようにペルセポネも声を上げると、ペルセポネの体が真っ白な光に包まれた。 「なんだっ!?」 竜斗が叫ぶと、真っ白な光となったペルセポネが、先ほどとは比べ物にならない速度で迫ってきた。竜斗が剣で抑えようとするも、振りかぶる一撃一撃が重い、数度の攻撃で竜斗は耐え切れなくなり、後ろに弾き飛ばされる。 「竜斗さん!」 ユリナが駆け寄っているあいだにウィルが立ち向かうが、攻撃が早く、避けるのに精一杯だ。 「くうっ!」 「はあっ!」 ウィルは、ペルセポネの回し蹴りを両手でガードするも、ガードごと弾き飛ばされた。「ウィル!」と叫び、ファラが駆け寄る。 「こんのっ!」 ベルクが【闇黒死球】を放つも、それをペルセポネは【ビームブレイド】で弾き飛ばし、そのまま、ベルクへと突進した。ベルクは壁に背を打ち付ける。フレンディスが「マスター!」と叫んだ。 「はあーっ!」 そして、ペルセポネが声を上げ、再度、突進しようと思った、ちょうどそのとき。 三分が経過した。 「……へ?」 装甲が強制パージされ、まとっていた装甲が少しずつ剥がれ落ちて消えてゆく。 「きゃ、きゃああっ!」 やがれペルセポネは全裸になり、必死に身体を隠した。 「リミッター解除は、三分立てば装甲が強制解除を……」 「早く言ってくださいーっ!」 ハデスの今更な指摘にペルセポネは叫んだ。 「どうやら、切り札は使い切ったみたいだな……」 「さすがにもう、負けはしませんよ!」 竜斗、ウィルが立ち上がる。 「オレだって、やれるんだ!」 まだ衝撃が残っているベルクをフレンディスが介抱しているあいだに、ジブリールが前に出た。 「フハハハ、切り札は、まだあるのだ!」 ハデスは高らかにそう宣言し、ハデスの発明品の、隣へと立った。 「ククク、この俺の真の姿を、特別に見せてやろう!」 そしてハデスは【ユニオンリング】を掲げる。 「了解シマシタ、合体シマス」 ハデスの発明品がそう言い、ハデスの体を触手によって包み込んでゆく。 やがて、先ほどのペルセポネと同じように光に包まれたハデスは、半身が機械となっていて、その体には、多数の武器が装着され、さらに大量の機械の触手が伸びている。 「な、なんですかこれっ!?」 ユリナが叫ぶ。 「フハハハハ! 見るがいい、これが俺の真の姿、メカハデスなのだっ!」 メカハデスはそう宣言すると機械の触手を伸ばし、その場にいた全員を捕獲した。 「ぐっ、ウィル……」 「ファラさん……」 ウィルたちが手を伸ばそうにも、ぎりぎり届かない。竜斗、ベルクも、もがこうにも触手から抜け出せなかった。 「うう、マスター……」 「く、苦しい……」 フレンディス、ジブリールも身動きが取れない。 「フハハハ! 無駄な抵抗はしないことだな!」 メカハデスは高らかにそう叫んだ。 「おい、私を助けろ!」 そこに、ちょうど社長が現れた。ハデスたちをテロリストだと思ったのか、駆け寄る。 「お遊びは終わりよ! 蜃気楼!」 さらに、叫び声が聞こえた。搬入口の大きなシャッターが破られ、甲冑の騎士、蜃気楼が姿を現す。 「やっと会えましたね……蜃気楼さんよぉ!」 姿を現した唯斗が叫ぶ。 メカハデスが、蜃気楼に気をとられた、その一瞬だ。 「はぁっ!」 「でやっ!」 現れた牙竜、そして陽一が、【22式レーザーブレード】、【ソード・オブ・リコ】でメカハデスの触手を断ち切った。 「なんとっ!」 メカハデスがよろける。その隙に、この会場に集まったほとんどのメンバーが、ハデスたちと対峙した。 「アーシャル・ハンターズ。また会ったな」 「バーストエロス、だったわね」 「いかにも。俺の名は土井竜平(どい りゅうへい)。またの名を、瞬速の性的衝動(バースト・エロス)」 竜平が名乗りを上げる。 「なんであなたも来たの?」 「SAYUMINさんたちが慌てていたので……なにかったのかと」 さゆみの後ろには虎之助もいた。 「主殿! 無事であるか!」 「生きてはいるみたいねぇ」 ミリーネとシェスカは竜斗の元へと駆け寄った。 「っ、なんとか。それより、ユリナを頼む」 竜斗は立ち上がって、近くに倒れているユリナを抱え上げて言った。 「大丈夫か、フレイ、ジブリールも」 「平気です……マスターこそ」 「……オレも平気だよ」 ベルクも二人をかばいながら立ち上がる。 ウィルもファラに肩を貸して、一緒に立ち上がっていた。 「ソラン、くそ、ソランになにをしたぁ!」 ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)が倒れているソランを抱き上げて言った。「へへー、ハコぉ、今わたひはいこーなの、ぐへへ」とソランは笑っている。「それただの自爆っす」と唯斗が言った。 「女王・蜂……ガキがテロリストごっこなんざしてんじゃねーよ!!!」 藍華 信(あいか・しん)が叫び、【蒼の十字架】を構えた。 「誰がガキですか……」 女王・蜂も構える。 「ええい、待て、動くな!」 そんな一触即発の空気を打ち破ったのは、社長だった。 「この女がどうなってもいいのかっ!」 そして、先ほど吐いた言葉と同じ言葉で、衣草 玲央那(きぬぐさ・れおな)の映像を見せる。 通信によって、この話は全員の耳に入っていた。ハデスたちと対峙しているメンバーは、動けなくなる。 「ははは、そうだいいぞ。下手に動くな、動くとこの女を殺すぞ。ナイフで目をくりぬいて、内臓を引っ張り出して、殺してやる!」 社長も冷静でなくなっているのか、そんな残虐なことを言う。 「なにを言っているんだ!」 ……が、思わぬところから横槍が入った。 「ハデス師匠は死者を出すなと指示したはずだ!」 「え?」 怪人デスストーカーが、男をオリュンポスの同士とでも勘違いしたのか、そんなことを口にする。 「いや、なにを言って」 「その通りだ」 ハデスの口も動いた。 「いくら今回は特別に依頼が来たとはいえ、殺人者になるつもりはない。我らオリュンポスは高貴な組織だ。そんな下衆な真似はしない」 ハデスが言う。そして、触手で携帯端末を男から取り上げ、 「いいか、彼女は人質だ。絶対に傷つけるな。繰り返す。彼女は絶対に傷つけるな」 端末に向かってそう口にした。アーシャルが軽く、笑い声を上げた。 「はあ? 傷つけるなだってよ。おい、どうする」 「マジかよ……オレ、女の泣き喚く声好きなんだけど」 玲央那の近くにいた男たち二人はそう言い合う。玲央那はチャンスだと悟った。 「はぁ。情けないわね。若い女の子捕まえて、触ることもしないわけ? あなたたち、もしかして女性経験ないの?」 「あんだと?」 男二人はナイフをちらつかせて玲央那に近づいてきた。 「おいアマ、あんまり調子のんなよ、今は社長命令で生かしてんだけどな、許可が出たら死んだほうがマシってくらい遊んでやるぜ?」 男は玲央那の眼前にナイフを突きつけて言う。 「だったら、もうちょっといい拘束の方法があるんじゃないの?」 息がかかるような距離にある男の顔に、玲央那は声を浴びせた。笑いながら。 「この縄、簡単に解けたわよ」 玲央那の右手は、すでに自由になっていた。 「あ……?」 男が反応する前に、掌底で男のあごを貫く。衝撃で男の体はのけぞり、そのまま地面に脳天から落ちた。 「やろっ!」 もうひとりの男が迫る。玲央那はローキックの要領で身を屈めて男の足に自分の足を絡み付け、ねじる。男の体がバランスを崩して倒れこんだところで立ち上がり、そのまま両足で跳ねた。 そのまま、ひざを曲げて男の腹へ。衝撃に男は呼吸をすることもできず、苦しそうな表情で気を失った。 「ふう……」 そして、男が持っていた携帯端末を手に取る。そこにはドクター・ハデスと、ひとりの男が言い争っている絵が見える。 そこに、玲央那は大きく息を吸い、大声で言った。 「玲央那ですーっ! こっちは無事よー!」 その声は搬入口に響き渡った。 「今だ!」 魔術やら銃撃やらが飛び交う。社長は地面に伏せた。 「蜃気楼!」 アーシャルとカイザーの前には蜃気楼が立ちはだかる。蜃気楼は立って剣を横に構えるだけで、すべての攻撃を受けきった。 その隙に、ハデスたちは蜃気楼が壊したシャッターの隙間から逃げようとする。 「逃がさないわよ! いっけー、【ラブアンドヘイト】!」 美由子が蜃気楼の周囲にヤドリギを飛ばした。ヤドリギが蜃気楼の片腕を取り、自由を奪う。 「伸びろ【触手】!」 そこに、ハイコドが【軟体化】した触手を伸ばして、両足の自由を奪う。 「【技・龍気砲】、狙い撃つ!」 さらに信の射撃が、蜃気楼に向かう。蜃気楼は残りの腕を前に出してガードするが、それで、四肢すべての自由はなくなった。 「そこだ、【氷縛牢獄】!」 「ボクもやらせてもらう、【氷術】!」 ダリルが【ゴッド・スピード】を使って蜃気楼の上へ。十字の氷柱を地中から発生させる。それに合わせるように、アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)も氷を放った。 氷結に対する耐性が高くとも、その強力な氷を完全に防ぐことはできないようだ。動きが止まる。 「今だよ、ルカ!」 アゾートが叫んだ。その横を、ルカルカが走り抜ける。 「うん! 【超加速】!」 ルカルカは一瞬で蜃気楼の前まで飛ぶ、そして、二本の【霊刀】を手に、斬撃を加える。 「はぁ!」 動きが遅くなっていた蜃気楼はその攻撃を受けきることができず、剣を構えていた腕がわずかに浮いた。 「せいっ!」 そこに放たれるルカの重い一撃。腕を叩いたその一撃は、ルカが思っていたよりも甲高い音が響き、男の右腕を上げさせる。 「【アクセルギア】!」 ルカが下がると、今度は牙竜が前へ。体感時間を引き延ばすことができるスキルを使用し、相手から見れば、牙竜が超高速で動いているよう見える。 「はぁーっ!」 超高速の動きで絶え間なく数十発の攻撃を与えると、蜃気楼の体が後ろへとぐらつく。そして、99発目を叩き込んで完全に蜃気楼の体が後ろへ反り返ると、 「【チャージブレイク】!」 渾身の力を込めた一撃を、牙竜は蜃気楼の右腕に放った。蜃気楼の腕から剣が離れ、宙に浮かび上がる。 「頼む、ジブリール!」 牙竜が叫んだ。【隠れ身】を使って近くに来ていたジブリールが、飛んできた剣を空中でキャッチする。それを見届けると牙竜はジブリールをかばうように、ともに後ろへと下がった。 「蜃気楼の剣を……」 アーシャルが驚きの声を上げる。 「【エンドレス・ナイトメア】は効くかい!?」 ベルクが精神攻撃を仕掛けた。頭痛や吐き気などをもたらす闇黒の魔法は、蜃気楼には効いていないようだ。 「なら、これで!」 【禁じられた言葉】により魔力のチャージを行っていた涼介が、さらに【覚醒シーアルジスト】で魔力をブースト、その極限まで高めた能力で、 「いでよ、『召喚獣:新世界の神』!」 強力な召還獣を呼び出し、それを蜃気楼にぶつけた。ヘルメスの神の姿をしたそれは蜃気楼にぶつかり強力なエネルギーを放出、蜃気楼の体を弾き飛ばす。「あれはオリュンポスの神ではないか!」と蜃気楼の後ろにいるハデスが叫んだ。 「まだまだ行くわよ! 【タービュランス】!」 さらにリネンが乱気流を発生させ、蜃気楼、そして、その後ろにいるアーシャルたちを巻き込む。 「唯斗!」 「待ってたよ!」 リネンの横から唯斗が飛び込む。よろめく蜃気楼の目の前に立ち、 「【正中一閃突き】!」 右腕を伸ばす。 蜃気楼は左手を掲げて、最初の一撃を防いだのだが、 「まだあるんだよ!」 唯斗の攻撃は、複数回にもわたる連続攻撃。三度ほどの攻撃を受け、左手のガードは完全に外れた。 蜃気楼のボディにあたる部分に、唯斗の攻撃が入る。 「なんだい、前回のはまぐれかい!?」 四度、五度、六度、鎧の上からとはいえ、強力な攻撃に蜃気楼は一歩ずつ下がる。 「ちゃんと効いてるんじゃねーかよっ!」 七回目の攻撃が入って、蜃気楼は搬入口の外へ。もう足もがくがくと震えている。 とどめだ。そう、唯斗が口にしようとした。 「唯斗、上だ!」 「なっ!?」 牙竜の言葉に唯斗は驚きの表情を浮かべて後ろへと飛び引いた。放たれた八回目の攻撃をすんでで止めつつも後ろに飛ぶ、あまりの急激な動きの変更に体が悲鳴を上げた。 そして、牙竜が立っていたその場所に巨大な剣が振るわれ、唯斗の体ぎりぎりをかすめていった。 ――ほんの一瞬でも遅れたら、真っ二つだったかもしれない。 そんな、単純な事実すら確認する精神的余裕はなかった。そしてそれは、その場にいた全員もそう。 現れたのは、姿形の全く同じ、二体目の蜃気楼だったのだから。 「ど、どういうことっ!?」 ゆかりが叫ぶ。 現れた二体目の蜃気楼は一体目の蜃気楼をかばうように前に立った。 「だが、一体はすぐには動けない!」 ジェイコブが叫ぶ。 「だったら、もう一度攻撃をすれば!」 ウィルが叫んで、数人のメンバーが前に出た。 が、その足元に銃弾が飛び、さらには数発のミサイルが飛んでくる。 「下がれ!」 羽純が【アブソリュート・ゼロ】で氷の壁を展開した。爆発はなんとか防いだが、爆風が皆を襲う。 「くっ……」 その爆風が近くにあった道具箱を吹き飛ばした。道具の一部が飛び跳ね、近くにいたさゆみたちの元へと跳ねる。 「SAYUMIN!」 前に出たのは竜平だ。竜平は手にしている長槍を使って道具を弾き飛ばすが、そのうちひとつが彼の頭へとぶつかった。 「先輩!」 倒れこんだ竜平に虎之助が駆け寄る。 「ちょ、竜平、無事!?」 「平気だ……」 竜平はゆっくりと立ち上がった。が、その額からは血が流れている。 「刹那! また邪魔を……」 搬入口から少し離れた位置に立っていたのは、辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)とイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)だ。イブが【スナイパーライフル】を構え、こちらを狙っている。 「残念でしたね」 それを見て、ファンドラが笑い声を上げた。ひるんだ蜃気楼ともども、外へと出る。 外にはカイザーの仲間たちと思われる男たちも数人いた。アーシャルを取り囲むように、周りに立つ。 「悪く思うなよ、こちらも仕事じゃからでのぉ」 刹那は歯軋りをするメンバーを眺めて口にした。 「ッ、マスター刹那!」 イブが突然、刹那の前に出た。銃撃音が響き、イブの体が揺らめく。 「さっきのお礼になりましたねぇ、イブ・シンフォニール」 ミュート・エルゥ(みゅーと・えるぅ)が、少し離れた場所から狙いを定めていた。 「ちっ!」 刹那はとっさに【小型空中機雷】を放ってすぐさま爆発させ、煙で視界を奪う。続けて放たれる銃撃をイブを抱えてその場から飛び跳ね、避けた。 「なにごと?」 その様子を見ていたセレアナが口にすると、空中にいくつものペガサスが舞っているのが見えた。 「フェイミィ!」 リネンが叫ぶ。 搬入口から見える別の倉庫の上で、【天馬のバルディッシュ】を構えたフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が、多くの【オルトリンデ少女遊撃隊】を率いてその場にいた。 「オルトリンデ遊撃隊、はじめんぞ! ここからはオレらが主役のステージだ!」 遊撃隊の連携した攻撃に、ハデス軍団たちは為すすべもない。唯一二体目の蜃気楼のみは攻撃を弾き返し暴れていたが、あらゆる方向からの攻撃に困惑気味のようだ。 「お前が黒幕だな! 悪いけどとっ捕まえさせてもらうぜ!」 その隙を、フェイミィがアーシャルに向かって駆ける。 「っ、カイザー!」 そのフェイミィの前にカイザーが立ちふさがる。両手を伸ばし、こちらへと迫ってきた。 が、銃撃音。フェイミィはちらりと、後ろを見やった。ミュートの銃撃が、カイザーの胸元を貫いていた。 「てりゃあぁぁぁっ……っ!?」 カイザーの横を抜け、フェイミィはアーシャルの元へ向かうはずだった。が、その首を誰かに掴まれる。 「ウソ、なんでっ!?」 フェイミィは、胸に穴が開いたまま自分を持ち上げているカイザーを見つめた。 血すら流れていない。目に、感情がない。 「っ!?」 ミュートは続けざま銃撃。わき腹、足、ひざを撃ち抜いても、カイザーはフェイミィを離さない。次の攻撃がカイザーの頭を貫くと、カイザーは半分になった顔のまま、フェイミィの首をぎりぎりと締め上げた。 「フェイミィさん、動かないでくださいねぇっ!」 ミュートの次の攻撃が、フェイミィの首元ぎりぎりに走った。カイザーの片方の手首が吹き飛ぶと、フェイミィは腹を蹴り飛ばしてその手から逃れる。 が、カイザーは手を失い、頭部を失っても、フェイミィにまっすぐ迫ってくる。 「なんなんだよ、こいつは!」 飛び出てきたメンバーたちも同じだった。カイザーの仲間、かつて、飛行艇の整備士だった男たちは、とても人間とは思えない力を持っている。 「くそっ、なんだこいつは!」 「悪い夢でも見ているようでありますよ!」 顔や腹に拳を入れても怯むこともない。ジェイコブと吹雪は、背中を合わせて近づいてくる相手を一体ずつ排除する。 「うわぁ、やだ、この人たち!」 「歌菜、無理だ、いったん引くぞ!」 槍をふるって男たちのあごを叩いても、男たちは向かってくる。羽純は歌菜をかばい、いったん搬入口の入り口付近まで下がる。 「はあっ!」 「えやっ!」 アデリーヌ、ファラがいかずちを放つも、男たちは止まらない。 「なんなの、もう!」 さゆみは伸びてきた手を払って叫んだ。 「下がって! 僕が!」 ウィルが前に出て、男たちを突き飛ばした。 「先輩、動いちゃダメ!」 「だが、この状況は……」 竜平も槍を持ち、男たちと対峙していた。 「……ふ」 その混乱した状況の中で、アーシャルは現れた二体目の蜃気楼の腕に乗った。そして、蜃気楼が高く跳ぶ。そのままビルの影に隠れ、アーシャルは見えなくなった。一体目の蜃気楼も、空高く飛び跳ねて、皆の視界から消える。 「わ」 ジブリールが握っていた蜃気楼の件は、蜃気楼が逃げるとともに消えていった。 「なにか見えたか?」 男たちと距離をとったベルクが尋ねる。ジブリールは、奪った剣を【サイコメトリ】で調べていた。 「わかんない……ただ、人形遊びしている子供が見えたような」 「なんだそりゃ。なんでそんな映像が」 「さあ。でも……とっても、優しい絵だったよ」 ジブリールは握っていた剣の感覚を思い出して口にした。 「下がるぞイブ。動けるかの」 刹那がイブを抱え上げて口にする。 「……心配不要デス」 女王・蜂が息の荒いイブを抱え、刹那たちも引く。ファンドラも息を吐いて、その場から歩いて立ち去った。 そして、アーシャルが消えると、カイザーたち、奇妙な男たちは、まるで糸が切れたようにその場に倒れこんでしまった。 「……なんだ?」 「なんでありますか……」 ジィエコブに吹雪、ほかにも前に出て戦っていた数人のメンバーが、その様子をただじっと見ていた。 男たちは倒れ、目は開いたまま。青ざめたその表情は、完全に死体のそれだった。 そして、その場には倒れて気を失っている社長と、ハデスたちだ。メカハデスに怪人デスストーカーも、【オルトリンデ少女遊撃隊】に攻撃されて倒れこんでいた。ちなみにペルセポネは搬入口に運ばれた花に身を隠している。 「さて……あとはあなたたちだけのようですね」 ふう、と息を吐いてゆかりは口にした。全員がメカハデスに向き合う。 「フハハハハ! 絶体絶命とはこのことだな!」 高らかに言う。 「ふ、テロリストと同盟を組み、あわよくば『賢者の石』の情報を得ようとしたが……そう上手くはいかないか」 「その件についても、ゆっくり話を聞かせてもらうぜ。どういう経緯で、こうなったかってな。いい加減、縄につけ」 ハイコドが言う。 「が、しかし! ただで終わる俺じゃないぞ!」 ハデスはいきなり立ち上がって、口を開いた。 「メカハデスは無敵だ! まだメカハデスに武器は残って、「ふんっ!」ぐおっ……」 抵抗しようとしたハデスに、一斉攻撃が突き刺さった。 「無理やり連れて行ったほうがいいわね」 セレンが息を吐いて言う。 「そうみたいだ。仕方ない、とにかく連れて行こう」 ダリルが言い、ハデスに近づいた、そのとき。 「ビー、自爆もーど、起動シマシタ。半径100めーとる内から退避シテクダサイ」 メカハデスから電子的な音声が聞こえ、警報音が鳴り響いた。 「ほら、攻撃するから【ハルマゲドン】が勝手に起動した……フハハ、どうするんだ、俺にも止められない」 ハデスが口を開く。 「はあっ!?」 と、その場のメンバーが口にした。 「100メートルだと!? 馬鹿を言うな、どれほどの威力だ!」 ベルクが叫ぶ。 「落ち着け、そんな大規模な爆発なら、爆発まである程度の時間があるはずだ」 ジェイコブはそう言うが、 「残り一分」 「短いよジェイコブさん!」 アリアクルスイドが声を上げる。 「一分!? ダメだ、時間がなさ過ぎる!」 竜斗が叫んだ。 「唯斗さん、前みたいに吹き飛ばしたりできませんかっ!?」 マリエッタが唯斗に言うが、 「無理っすよ、さっき拳を振り回しすぎましたからねぇ」 唯斗は苦しそうな表情で言う。 「っ……【熾天使化】!」 歌菜が叫んだ。 そのまま走り出してジャンプすると、歌菜の背中から天使の羽が生える。 「待て、歌菜、どうするつもりだ!」 羽純は叫ぶが、歌菜は答えず、メカハデスを持ち上げると、そのまま羽を広げて上空へと飛び立つ。 「高いところで爆発させれば、被害は最小限で済む!」 「お前は!?」 「わかんないっ!」 叫びながらも、歌菜は上空へ。ものすごいスピードで上昇し、雲を突き破った。 「くぅ、もう時間切れ……」 が、その力は、30秒しか継続することができない。残り時間が20秒ほどになると、歌菜の羽は消え、歌菜はメカハデスとともに、空中に投げ出される形になる。 「お兄ちゃん! 【三上山の大百足】!」 美由子が叫んだ。 「そうか、あれなら!」 陽一は美由子から受け取っていた、【三上山の大百足】を空に向かって投げた。 「姿を現せ、大百足!」 陽一が声を出す。 それに答えるかのように、【三上山の大百足】の姿が変貌してゆく。 本来は異世界の巨大な種族の武器として使われていたらしき鞭剣だが、その正体は、『近江国は三上山を七巻き半する巨体を誇る』と言われている大百足――すなわち、巨大なムカデだ。 黒光りする装甲が天へと伸び、真っ赤な双眸が、宙に投げ出されたメカハデスを捕らえる。 剣のような牙がそれを口に加え、それをさらに空高く、放り投げた。 そして、爆発。上空で巨大な火の玉が広がった。 「大百足、歌菜さんを!」 陽一が言うが、大百足は目の前で爆発が起きたせいで、視界を奪われていたらしい。言われても、それに応じない。 「歌菜!」 羽純は空に向かって叫ぶ。歌菜の体が、遥か上空から落ちてきていた。 「使え、羽純!」 フェイミィが叫ぶと、【ペガサス“ナハトグランツ”】が彼に向かって走っていくのが見えた。羽純はそれに跨って、落下する歌菜の真下へ。 そのまま重力に引かれて落下する歌菜の体を、羽純は空中で抱きとめた。 「ううっ……」 落下の衝撃に耐えられなかったのか、歌菜はぎゅっと目を閉じていたのだが、温かな感覚にゆっくりと目を開く。そこには羽純が心配そうな表情を浮かべ、覗き込む姿が見える。 「………………」 羽純は舞台に立つ予定で、貴族の役だ。それゆえ、彼は立派な服を着ている。そしてよく見ると、白馬に跨っている。 「……天国?」 「んなわけあるか」 羽純は息を吐いてそう言い、歌菜のおでこに軽く拳を当てた。 「いたっ」 「無茶をするな。まったく、後先考えずに突っ走って」 「……ごめんなさい」 「謝らなくていい。とにかく、無事でよかった」 そのまま、歌菜の背中に回した手に力を入れた。 「無茶するなら俺も巻き込め。ひとりでなんとかしようとするなよ」 少しだけぶっきらぼうに言う羽純に対し、 「……うん」 歌菜は小さく、頷いた。 そのままお姫様抱っこの形で羽純に抱きつく。地面はもう、すぐそこに迫ってきている。 「舞台、始まってるね」 「そうだな……ま、俺の出番は後半だから、少し遅れるくらい大丈夫」 「……舞台、ずっと出るの?」 「とりあえず今日だけ。明日以降はなんとかするってさ」 どうせちょっと顔出して、すぐ引っ込むんだけど。と、続ける。 「ずっと出るのも、自慢になるんだけどな」 くすりと笑って、歌菜は言う。 「でもな……こんな格好で、客がいる中で、ステージに立つんだぞ。考えたら緊張してきた」 「うん。聞こえてる。羽純くん、どきどきしている」 「いつも以上にな」 「うん」 そうやって、羽純の心臓の音を聞いていると、地面にたどり着くまではすぐだった。 地面にペガサスが下り、二人は両足をつく。少しだけふらついた歌菜を、羽純は優しく支えた。 「心臓がどきどき」 「体を動かせない」 「しばらく目を合わせられない」 「なななななにを言っているのかな!?」 ユリナとファラはにやにや笑いながら歌菜に向かって言う。その近くにいたフレンディスも、くすくす笑っていた。 「さて、とりあえず、こいつはとっ捕まえたぜ」 ダリルが社長の襟首を掴んで口にした。 「玲央那さん、無事ですか!?」 ゆかりは彼の近くに転がっていた通信機を拾い上げ、声をかける。 「うん、無事。なんとか脱出成功」 玲央那には例の二人だけしかついていなかったらしく、警戒しながらこそこそ移動しても誰もいない、という状況だった。 『そもそも、どうして捕まってたの?』 通信機からはリネンの声が聞こえた。 「あの社長、前の爆発事件に関わってたみたいなの。今回舞台を見に行くときの保険として、前回レースクイーンだった私を利用する、みたいなこと言ってたよ」 玲央那は「迷惑な話だけど」と続ける。 『なにもされなかった!?』 マリエッタの声だ。 「引っ張られたり押されたりとかそのくらい。それで、そっちの舞台ではなにが起きようとしていたの?」 人質にされたと言うのに、そういった詳細はわかっていなかったらしい。真顔でそんなことを口にする。 『迎えに行くわ。今どこにいるかわかる?』 セレンが再び声を上げる。 「えっと、ちょっと待って」 玲央那はおそらく外に出るであろう扉を開いた。きぃ、と鈍い音がして、生ぬるい空気が入り込んでくる。 そして、玲央那は倉庫などが立ち並ぶひとつの場所へと出た。きょろきょろと辺りを見回し、そして、空を見上げる。 「……ここ、どこだろ」 もうすぐ沈んでしまいそうな太陽を眺め、そう口にした。通信機からは『わからないの?』と声が聞こえる。 「えっと、倉庫だとかそういう感じの建物が並んでいるんだけど、」 とそこまで口にして、どこか近くから悲鳴のようなものが聞こえた。玲央那はドアの隙間に隠れ、周りの様子を伺う。 ふと、見上げた空の上に、なにかがいた。 なんだろうと思って目を凝らすと、それは、小型の飛行艇だった。そして、それにぶらさがるようにしている、甲冑のようななにか。 「あれは……?」 それはこちらを見ることなく、そのまま空高く跳んでいってその場から消えた。 『どうしたの?』 マリエッタが再び声を上げる。 「今、甲冑かなにかが見えたような気がする」 玲央那は口にした。 「もしかして今の……前に、みんなが言ってた、蜃気楼っていう奴?」 通信機はその言葉を聞いてしばらく無言だったが、 『玲央那がいるところは、郊外の倉庫が並んでいる場所のどこかだ』 唯斗がそんなことを口にした。 『どうしてわかるんです?』 『さっき、話しているのを聞いたからな。「賢者の石」に関する盗んだ資料、そこに隠してあるってよ』 通信先でゆかりと唯斗のやり取りが聞こえる。 『迎えに行くわ。そこを動かないでね』 最後にセレンの声が聞こえ、通信は途絶えた。 「りょうかーい」 玲央那は言って、軽く体を伸ばす。しばらく縛られて身動きが取れなかったから、体が硬い。 蜃気楼、か。前はものすごく強くてどうこうとか言っていたけど。と、玲央那は思考を巡らせた。 そして、彼らが飛び去った方角を眺める。 北。北北西あたりか。葦原島か、ツァンダの方向? あとで地図でも見ようと思った。もしかしたら、彼が拠点としている場所がわかるかも。 もしそうなら、私って、もしかして、懸賞金ものだったりするのだろうか。会いたがっていた唯斗さんとかから、なにかもらえるかも。 なんてね。