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ロウソク一本頂戴な!

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ロウソク一本頂戴な!
ロウソク一本頂戴な! ロウソク一本頂戴な!

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■ 1日目(2) ■



 ザンスカール、『カフェ・ディオニウス』。
「ローソク出せか……すげぇ懐かしい事をやるんだなぁ」
 テーブル席に座り、飴やチョコ、スナック菓子等と子供が身近と慣れ親しんでいるお菓子を小分けにして、人数分を袋詰めにしながらしみじみと息を吐いた匿名 某(とくな・なにがし)に、フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)は首を傾げる。
「おまえは経験者だったっけ?」
「ああ。俺、昔これと同じ行事に参加した事があるんだ」
 まさか日本以外でやることになるとはなぁ、と懐かしさに浸る某から、フェイは隣で不思議そうな顔をしているシェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)に気づいた。
「シェリエはどんな内容か聞いてる?」
「キリハから大体の話は聞いてたけど、そうねぇ、どんなイベントなのかしら?」
 聞かれて経験者である某は、歴史的には詳しくないけど、行事的には参加した側だからと前置きする。
「ローソクもらいっつって、日本の一部地域の行事で、他人様の玄関で歌うたって菓子を貰うんだ。まぁ、確かにハロウィンとそっくりって言えばそうなんだけど。
 七夕っつったら、短冊に願い事書くよりこっちって感じでさ。とにかく真っ昼間から玄関っていう玄関に突撃して歌って菓子貰ってボストンバックなんてパンパンにさせて帰ってきて、そんで集めた菓子を一ヶ月か二ヶ月くらいかけて食べるんだよ」
 その期間だけ気が大きくなってたっけなぁ、と当時を噛みしめる某にシェリエは「ふふ」と笑う。笑われて、「なんだよ」と声を漏らす某に、シェリエは「楽しい思い出なのね」と付け足した。
 大量の戦利品を抱えて家路に向かいながら来年は今年よりもとはしゃいでいた自分を思い出して、某は最後の袋のラッピングを終えた。
 今日、カフェ・ディオニウスのドアベルは鳴らない。
 来客の為にと半分ほど開けているからだ。
 そろそろ時間かと某がぼんやり時計を確かめる頃、ドアから見慣れた子供達が入ってきた。
「お、来たか」
 そういう約束があったのか素早く横二列に並ぶ子等に、某は立ち上がり、小袋の入った籠を持つシェリエに続くようにフェイも場所をテーブル席から場所を移動した。

竹に短冊七夕祭り 多いは嫌よ ローソク一本頂戴なー くれなきゃ顔をかっちゃくぞー

 某達を待って、思い思いの声量で歌われる囃子唄に、某は促されるように溢れる思い出に、「ああ」とくすぐったい気持ちになった。
「お菓子ー! お菓子ー! ありがとー!」
 お菓子を詰めあわせた小袋を手渡しつつ賑々しくお礼を言われ、思えば、これに参加していた時は純粋にお菓子を貰えるのと、夜なのに堂々と外で騒げるのが嬉しく寝るまではしゃいでいた記憶しか無いが、こんな感じだったのだろうかと某は微笑ましく思う。
「って、フェイは無駄に子供を怖がらせてどうするんだ。ていうか、お前身長でかいから! 普通に怖いから!」
 どこから取り出したのか懐中電灯を顔の下から当てて子等に接近し、脅し返すフェイに某は思わず声を張り上げる。
 身長からくる威圧感か、昼間だというのにフェイのその演出は暗くホラーじみていた。
「怖い? 怖がらせてるんだから当然だろう」
「フェイー……」
 しれっとした、否、いつもの無表情で平然と答えられて、某はもう、パートナーの名前しか呼べなかった。反論しない――しても、言い返すが――某からフェイは子供達に注意を戻した。特に、まだ分別のついていなさそうなわんぱくを振りかざす幼組(おさなぐみ)に向かって。
「……チビ共。騒ぐのはいいがシェリエを困らせたら承知しないぞ?」
 大人しくしていなさい。
 フェイなりの躾の仕方を眺め、手引書キリハ・リセンは溜息を吐いた。
「すみません。ディオニウス」
「物を壊したりするわけじゃないんでしょ? ワタシは構わないけど、大丈夫?」
「院では叱る人がマザーかシェリー・ディエーチィ(しぇりー・でぃえーちぃ)くらいなので、逆にカーライズには感謝します」
 外で触れ合う経験でしか社会性は身につかない。閉鎖的な院で育った彼等にはとても良い刺激である。
 お菓子を配り終えた某は立ち話をしている二人の側に寄ると質問をキリハに投げかけた。
「なぁ、キリハ、ローソクもらいなんて行事どこで知ったんだ? もしや、知り合いに道産子でもいたか?」
「どさ? えぇと、その、詳細を話せと言われると、そうですね。最近の破名・クロフォード(はな・くろふぉーど)は多くて週に3日くらいの頻度でイルミンスールに出かけているんです。それで、ただ行って帰るだけではと感じて許可をいただける範囲で本をお借りしているんです。その中の一冊に書かれていて知りました。イルミンスールの『大図書室』は本当になんでも置かれているのですね。
 あ、あと、匿名。そのどさんこ? ですか、どういうものか教えてくれますか?」
「興味あんの?」
「ええ。地球の事も知りたいので色々調べているんです」
 お菓子を貰った事に興奮している子供達は立ち話を始めた彼等に早く次に行こうと急き立てた。



(それにしても、フェイはいつ想いを伝えるんだろうか……まあ、そこは俺が口出しするべきじゃないよな)
 シェリエの側でシェリエの為にと立ち振る舞うフェイの姿を眺め、某は思う。
(さて、俺もお暇すっかな)
 シェリエとふたりっきりにないたいだろうパートナーを慮ってその願いくらいは叶えてやろうと某は、お菓子代わりのプレゼントを、と気をきかせる。
(というわけで、匿名某は静かに去るぜ……)
 子供達が去るのと同時に、某もかたづけやらなにやらと適当な理由をでっち上げて店内を後にした。



…※…※…※…




「今日はお疲れ様」
「フェイこそ。今日もありがとう」
 店内に二人残って、フェイは少し休もうとシェリエを呼ぶ。
「そうだ、シェリエは囃子唄歌える? 歌えたらご褒美にお菓子をあげる」
「残ったお菓子?」
「まさか」
「あら、別に用意してくれたの?」
 くすくすと笑うシェリエにフェイは、ふと、表情を落とす。
「ちなみに私も唄えるが、何かくれるかな?」
 長い髪。前髪に隠れるフェイの表情。
 シェリエは、くぃっと首を傾げた。
「何か……って、お菓子じゃないの?」
 質問に質問が返ってくる。
 フェイは僅かに顔を上げて、じっとシェリエを見た。
「フェイ?」
 一旦開いたフェイの口は躊躇いに閉じた。唾と共に緊張を飲んで、もう一度開く。
「……私はお菓子よりシェリエが欲しい……って言ったらどうする?」
 沈黙が、
 フェイの心を鷲掴む。
 どんな声のトーンで言ったのか、覚えてない。覚えていないから、フェイは次にどんな言葉を切り出せばいいのかわからなかった。ここで、下手は踏みたくない。今後の関係にも響くはずだから。
 ただ、無意識に俯き返答を待つという状況に陥る。
「……フェイ」
 シェリエの声はいつだって、フェイの耳に優しく響く。
「歌って」
 だからこそ、自分の耳を疑った。
「――ッ!?」
 弾けるように顔を上げるフェイ。
 シェリエは微笑んでいた。
「歌って、フェイ。ワタシ、歌えたあなたにご褒美をあげたい」
 勿論、お菓子ではなくて。