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もしも、あなたの性別が逆だったら!?

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もしも、あなたの性別が逆だったら!?

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もしも、の世界に気づいてしまったら



「へへー」
 朝から遠野 歌菜(とおの・かな)はごきげんだった。にやにやと笑い、机に突っ伏したかと思ったら笑って飛び起きる。
「歌菜ん、どうしたんだ?」
 アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)はそのようすを見て佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)に尋ねる。
「ライブのチケットを受け取ってもらえたんだって」
「ああ、羽純先輩」
 ルーシェリアが答え、二人して頷きあう。頑張ってるなあ、と、男子連中からも声が聞こえた。
「……俺さ。いつか羽純センパイと結婚する気がするんだ」
 そして歌菜の口からはそんな言葉が。
「おいおいおいなに夢見ちゃってんの!?」
 アルトリアが言うが、
「いや、そうなる。きっとなる。多分なる。絶対なる。デュヘヘ」
 歌菜は周りの反論など聞こえていないようだ。
「羽純センパイと結婚……結婚生活かあ……」
 そして、窓の外眺めてその幸せな結婚生活を予想してみる。



「ただいまー」
 歌菜は玄関の扉を開いて、家に帰ってきた。
「お、おか、おかえりなさい」
 それを出迎えたのは新妻の羽純なのだが、
「……って、羽純!? どうしたんだよその格好!?」
 彼女は一糸まとわぬ裸体の上に、真っ白なエプロンをつけていた。
「……その、男の人は、こういうのが、好きだって聞いたから」
 真っ赤な顔でもじもじしながら言う。
「嬉しく、ない?」
 そして、上目遣いでそのように尋ねてきた。




「嬉しくないわけないだろーっ! たまらーん!」
 歌菜は窓の前に立って叫んだ。「あれはなにをやっているの?」と女子から冷ややかな声が響く。
「ルーシェリア……俺、男に生まれてよかった。男のロマンっていいものだよな」
「歌菜の言う男のロマンがなんなのかによるけど」
 ルーシェルアは即答を避けた。だって歌菜の顔にやけてるんだもの。
「ま、歌菜が病気なのはいいとして、」
 アルトリアは今度は廊下側の席を見る。
「この二人は?」
 そして指をさして訪ねた先には、机に突っ伏す影月 銀(かげつき・しろがね)ミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)
「……話しかけるな、筋肉痛なんだ」
 銀は苦しそうに答えた。
「あの程度で筋肉痛とか、お前らまだまだだなー!」
 ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)が銀の背中を叩いて言う。「叩くな……」と銀は震える声で言った。
「そのあともあったからね……」
 ミシェルも笑いながら言う。



 そんなこんなで、今日も平和な学園生活が始まる。




 二年生は、グラウンドで体育の授業だ。
 女子はソフトボールを行い、男子はサッカー。皆、ジャージに着替え、一生懸命にボールを追って走り、声を上げ、汗をかいていた。
「よっしゃゴール!」
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)のパスをダイビングヘッドで合わせ、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)がゴールを奪う。ソフトボールをしている女子たちの一部から歓声が上がり、アデリーヌは手を振った。
「やっぱ、たるい授業よりもこっちのほうがいいな」
 さゆみも言い、アデリーヌと手を合わせる。昨日ちょっとだけ険悪になっていた雰囲気は、もうすでに微塵も感じられなかった。

 
 一年教室でそんな外の様子を見ていた想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)は、窓際の前のほうの席、雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)の顔を見る。真面目な彼は、しっかりと先生の話を聞き、ノートを取っている。
 想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)……兄さんがどうもいろいろと彼にちょっかいをかけてきているようだが、彼はどう思っているのだろうか? 男同士だ。男同士だから変なことは起きないだろうとは思うが、二人が仲良くなれば、必然的に自分とも会う機会が増えるだろうか。一緒に買い物に行ったりとか、休みの日に遊びに来たりとか、そんなこともあるだろうか。
 そうやって考えるとなぜか急に恥ずかしくなった。顔を赤くして、雅羅から目を逸らす。
「夢悠さん、授業中ですよ」
「ううううるさいわよ、べべ、別にやましいことなんか……あ」
 顔を上げるとそこには佐野 和輝(さの・かずき)の姿が。いかん、授業中だった。
「やましいことがあるなら、職員室で話を聞きましょうか?」
「すいません、なんでもないです……」
 少し膨れて言う。和輝も息を吐いて、教卓へと戻った。
 窓際に視線を向ける。雅羅もこちらを向いて、ふふ、と笑っている。
 笑うな、バーカ。口を動かして言うと、雅羅は軽く肩をすくめて前を向いた。



 三年生は調理実習だった。
「とりあえず、レシピ通りきちんと作って美味しいものを作りましょう」
 涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)は班の男子に向かって宣言する。他の班からは羨ましがるような声が聞こえた。
「俺は食べる専門な」
「バカやろ手伝え」
 同じ班ではセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)に引っ張られている。
「調理実習で失敗する人って、レシピの基本に従ってない人が多いんです。もしレシピ通りにやっても慢心せずに味見等をして味付けの調整をします。これだけ人がいれば薄味が好きな人濃いめの味付けが好きな人がいますからね」
 丁寧に解説をしながら、涼介はてきぱきと調理を進める。
「おー、二年がサッカーやってるなあ。羨ま」
 セレンフィリティが口にした。作業の合間に涼介が外を見ると、ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)がちょうどボールを持って、ゴールへと駆け上がっているところだった。
 パスコースを探すが、周りの動きが遅い。仕方なくアリアクルスイドは、少し遠目からシュートを放つ。シュートは浮いてしまい、ゴールの枠を捉えることが出来なかったが、
「涼ねぇー!」
 視線が動いたため、家庭科室の涼介を見つけることが出来た。
「涼ねぇのクラスは調理実習をしてるのか。あー、そういやあ腹減ってきたなあ」
 そうやってお腹を押さえていると、
「おいアリア、いいからボールとってこい」
 黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)に頭を叩かれる。
「っと、ボーっとしている場合じゃなかった」
 アリアは走ってボールを追う。そんな様子を一通り見ていた涼介は、
「アリアくんの分も作ろうかしら」
 少し多めに用意してある材料を見て口にする。
「デザート用の生地が余りそうだよー、涼介、作るなら、クッキーかなにか焼かない?」
 酒杜 陽一(さかもり・よういち)が声をかける。
「クッキーくらいならあたしも作れるから。ね?」
「そうですね。クッキーにしましょうか」
 ぽんっと、手を叩いて涼介は言った。「いえー」と声を上げ、陽一は鼻歌を歌いながら、生地を広げ始めた。



 調理実習でもう一人意外な活躍をしたのが、エセル・ヘイリー(えせる・へいりー)だ。
 彼は「料理男子」で、意外にも料理が得意だということが判明した。
 しかも得意なのは甘いもの……すなわちデザート関連で、クラスの女子がなぜかエセルの班に殺到するという状況になっている。
「エセルくーん、こっちの班の分も作ってよー!」
「おかわりー!」
 おかげで女子からは大人気。エセルの班はすっかりデザート製作専門の班となっていた。クッキーの生地を使った小さなビスケットに、クリームを乗せてタルト風に。それに果物やらトッピングを乗せ、色鮮やかに仕上げてゆく。
「えー、ちょっとこれどうするのよ」
 同じ班のレナン・アロワード(れなん・あろわーど)が手伝っているが、クリームを上手く絞れずに綺麗にできない。
「無理! エセルー、任せる。あたしは客寄せでもするから」
「うん、任せてくれていいよ」
 エセルは自分の失敗作を口に含んで、「あ、おいし」と口にしてから、
「はいはーい、一列に並んでね。数はちゃーんとあるから」
 クラスメイトを誘導し始めた。
「これはなかなか。エセル、すごいな」
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)も手放しで褒め称える。「いえーい」とエセルはピースサインをゆかりに向けた。
「うわー、ありえないー。こっちだって負けないんだからね!」
「ふふふ」
 陽一たちも、エセルたちの班を見て気合を入れなおした。



「ここは、タバコは禁止だよ」
「いいじゃないですか。減るものでもない」
 保健室では、白衣姿の保険医と、作業着の用務員が並んで話をしていた。
「寿命が減る。それと、ここで吸われたら僕に疑いの目が向けられるんだからね」
「ふう……わかりましたよ」
 保険医のシェスカ・エルリア(しぇすか・えるりあ)に指摘され、セレン・ヴァーミリオン(せれん・ゔぁーみりおん)はタバコを消した。
「それにしても、用務員はやることがないのかい?」
 シェスカは手にした資格の本を置いて尋ねる。
「意外とないんですよ。やることはもう全部終わらせましたからね」
 セレンはふふふと笑って言う。
「あとは定時を待つだけですよ。まったく気楽なものです。ついでに若い女の子を見学し放題ですから、もうここは天国ですね」
「セレンさん、どうか刑務所に行くことはしないように」
 シェスカは言う。
「刑務所に行くのはそちらではないですか? どうも、ひとりの生徒に言い寄られているとか」
「う……真一さんはただ、保険医志望だから話を聞きに来ているだけですよ。言い寄られているとかそんなではないです」
「そうですか」
 ふふふふふ、とセレンは笑う。シェスカはバツが悪くなり、視線を逸らした。
「さて、それでは私は戻りましょう。なにか進展があったらいってくださいよ」
 そう言って、セレンは扉を開いて出て行く。廊下に出ると、「噂をすれば」と口が動いた。
「セレンさーん、こんにちわー」
 そして、聞こえてきた声にシェスカの心臓が跳ねる。セレンが去ったあとにひょこっと保健室に顔を出したのは、まさに先ほど噂をしていた生徒、沢渡真一だった。
「シェスカせんせ、ちーす」
 そう小さく挨拶し、保健室に入ってくる。「やあ」とシェスカは、小さく返事をした。
「……むむ。せんせ、タバコ吸います?」
 真一はすんすんと鼻を鳴らして聞く。
「セレンさんだよ。彼が吸ったんだ」
「なぁるほど」
 椅子に座ってシェスカが答えると、真一は近くにあった簡易ベッドに腰掛けた。
「今日はなんだい?」
「べーつに。せんせに会いに来ただけですよ?」
 シェスカの質問に、真一は即答する。そのあっけらかんとした言いように、シェスカは少しだけ顔を赤くした。
「そ、そういうふうにからかったりしないように」
「やだ、からかってるわけじゃないですよー」
 真一は大げさに足を組み替えて言う。
「せんせは、タバコは吸わないんですか?」
「吸わないね。健康によくない」
 視線が足元に行きそうだったのを必死に逸らして答える。ふふ、と小さく真一は笑い、もう一度、足を組み替えた。
「真一さんも、保険医を目指してるんだったら、あまりタバコに興味を持たないほうがいいよ」
 シェスカはごまかすように言う。
「興味ないですよぉ。煙たいし、くさいし」
 真一は答える。
「でも……そうですね。せんせが好きなら……あたしも好きになっちゃおっかな」
 ふふ、と真一はもう一度笑って、そんなことを口にした。
 まったく持って、彼女の考えが読めない。シェスカは、小さく息を吐いた。






 昼の食堂は、大変な賑わいを見せていた。
「すんませーん。定食ひとつー」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は無難にそう注文し、トレーを出す。
「えーと、カツ丼、ラーメン、両方大盛り!」
 が、後ろのセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が二枚のトレーを出して、セレアナは横に追いやられる。
「お前、よくそんなに食べれるな……」
「腹が減ってはなんちゃらだよ。つか、お前こそよくそれで持つな」
 言って、両手で大盛りのメニューが載ったトレーを器用に運ぶ。さっき調理実習でも食べてたろう、と、セレアナは大きく息を吐いた。



「………………」
 中庭のベンチで文庫本を読んでいたヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)は、眠くなってしまい文庫本を頭に乗せてベンチに横になっていた。
 が、隣でなにかを開く音がし、いいにおいがしてきたのでうっすらと瞳を開ける。
「それ、マンガ?」
 隣のベンチにいたのは大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)だ。ひざの上に弁当箱を置いて、こちらを見ている。
「んーや。文庫本」
「なんだ」
 ヒルダが答えると、丈二は弁当を箸でつつき始めた。ヒルダも姿勢を正し、覗き込む。
 運動部女子と言うことで、それなりに中身の充実したお弁当。それでいて、ごはんにはふりかけを、円を描くようにかけていたりなど、可愛さもある。
「……なに」
 なのでついつい弁当箱をじっと見つめてしまっていた。丈二が訝しげな視線を向ける。
「からあげ一個くれ」
 ヒルダが言う。
「一個だけ」
 丈二が弁当箱をヒルダに向けると、遠慮なくヒルダは両手で一個ずつからあげをつまんだ。「こらっ」と丈二が抗議するが、ヒルダはそれを一気に口に含む。
 程よい甘さとしょっぱさ。弁当に入ることを考えた味の濃さと、中までしっかりと染み込んだ味。最高のから揚げだった。
「お前の母ちゃん、料理上手なんだな」
 素直な感想を口にすると、
「……あたしが作ったんだよ」
 丈二はぼそりとなにかを口にする。
「え、なんだって?」
 ヒルダが聞くが、
「なんでもない、ばーか!」
 なぜか丈二に罵倒された。そのあとは、弁当箱に手を伸ばしてもすべてガードされた。



 一年教室では、弁当を持った生徒たちが机を寄せ、談笑しながら食事をしている。
「やあ、雅羅」
 そんな教室に再びやってきたのは想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)だ。
「兄さん。どうしていつも下級生の教室に来るの」
 想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)は息を吐いて聞く。
「いいじゃないか。オレは雅羅と一緒に過ごしたいんだよ」
 雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)の肩に手を回して言う。雅羅の体がぞくりと震えた。
「センパイ、なんでそんなに雅羅くんに熱心なんですか?」
 一緒に弁当を食べていた佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)が聞く。
「そりゃ、男の友情と言うやつさ」
 瑠兎子は言うが、それで納得するメンバーはいない。
「友情と言うよりかはね」
「うん、むしろ……」
 松本 恵(まつもと・めぐむ)下川 忍(しもかわ・しのぶ)が顔を見合わせる。それを言っていいのか、と互いに確認しあってから、少し考えて頷きあい、そして、口を開いた。
「「愛情?」」
 その言葉が響いてから、場は沈黙した。「ははは、なにを言って」とごまかす雅羅、さすがにそれはと否定するアルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)。なぜか視線を逸らす、アニス・パラス(あにす・ぱらす)
「……よしわかった。バレたら仕方ない」
 ふう、と息を吐いて、瑠兎子は雅羅の肩に手を置いた。
「雅羅。オレはお前のことが好きだ」
 教室中が固まった。全員が壊れたおもちゃのようにぎぎぎとゆっくりと振り向き、その、男子生徒同士のやり取りの一挙一動に注目する。
「……は?」
 声を上げたのは当の本人雅羅だ。
「え、や、あの、ちょ、ちょっと待って、俺たち、男同士!」
「バカを言うな。人を好きになる気持ちに、男同士も女同士もあるか」
「いや、そもそも俺にそういう趣味はないから!」
「それでも構わない。雅羅、お前にだっていつかわかるときが来る」
「ないから!」
 言い合いながら、雅羅は一歩ずつ後退し、瑠兎子は一歩ずつ前へ。やがて、教室に隅に追いやられて、瑠兎子は壁に追い詰めた雅羅の肩の少し上辺りの壁に手を置いた。
「雅羅、何度でも言うぜ。オレはお前を愛してる。オレと一緒に情熱的な青春を過ごゾッ!」
「いい加減に、しろーっ!!」
 夢悠がカバンを振り回して瑠兎子の後頭部を殴った。瑠兎子はその場に倒れこむ。
「はあ、はあ……ま、雅羅が困っているじゃないバカ兄貴!」
 そして、彼と雅羅の間に入る。ほとんど隙間がなく、雅羅とはほとんど密着状態になってしまった。
 背中に感じる彼の温度に、ほんの少しだけ、夢悠の胸が跳ねる。
「ウホッ、いい修羅場」
 クラスの誰かがそう口にし、一部から笑い声が響いた。
「それはそれで面白そうだぞ」
 と恵。
「雅羅ー、新境地の開拓をしたら?」
 と忍も言う。
 挙句の果てにはクラスの女子から、
「夢悠こそ、もしかして雅羅のこと、好きなんじゃないのー!?」
 と声が響いた。
「なっ!?」
 夢悠は顔を真っ赤にして、
「ちが、好きとかそんなんじゃ! 雅羅は雅羅は、その、」
 言い、振り返る。眼前には雅羅の顔。息がかかるくらいの距離。ぼん、っと夢悠の顔が熱くなり、たちまち顔を逸らして体を離す。
「た、ただの大事なクラスメイトってだけなんだからー!」
 夢悠は走って教室から去った。教室には笑い声と、呆然としている雅羅、そして、きゅう、と気を失って倒れている瑠兎子が残された。



「アリアくん、いるかしら」
「涼ねぇ?」
 二年生の教室に涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が遊びに来た。ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)は周囲の羨ましいという視線にうんざりしながら涼介の元へ向かう。
「さっき、調理実習でクッキーを焼いたの。よかったら食べて」
 言って、涼介は手に持った包みを見せる。
「手作りクッキーだってよ」
「誰かマジックを貸せ。アリアの教科書に呪詛の言葉を書き連ねてやる」
「クッキーが爆弾だったらいいのに」
 クラスの男子からはどす黒いオーラが発せられていた。後ろからの怪しい雰囲気に「ははは……」とアリアクルスイドは乾いた笑いを浮かべる。
「材料が余って、いっぱい作っちゃったから、」
 が、そんなオーラを感じることもなく、涼介はのほほんと口にした。
「クラスのみんなで食べてね」
 たちまち男子たちが立ち上がってアリアクルスイドの元へと歩いてきた。
「アリア。俺たち友達だよな。あら涼介さんではないですか」
「アリア、俺は常日頃から、お前のことを男の中の男だと思っていた。あれ涼介さんじゃないすか」
「放課後カラオケ行こうぜアリア。安心しろ、お前の分は俺たちのおごりだ。おりょりょ涼介さんじゃないですか」
 わざとらしく接近してくる男たちに、アリアクルスイドは大きく息を吐いた。
「まあ。みなさん、いつもアリアと仲良くしてくれてありがとう」
 その男たちの行動を下心ありきの行動だとも気づかず、涼介は笑みを浮かべて言う。

「「当然でございます」」

 男たちは涼介の周りに集まって親指を立てた。「暑苦しいよ離れろー!」と、アリアクルスイドは叫んだ。




「なあ、ジェイコブ」
「うん?」
 向かい合って弁当を食べていたジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)に、フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)は一枚のチケットを渡した。
「なに、これ」
 ジェイコブがそれを見ると、それは、もうすぐオープンする遊園地の入場券だった。
「えっと、親父が工事の関係者でさ。招待券をもらったんだ。その……久しぶりに、デート、なんか、どうかなって」
「えっ……」
 ジェイコブは箸を持ったまま驚きの表情を浮かべる。が、すぐさまぱあっと明るい笑みを浮かべて、
「嬉しい! フィリシア、ありがとう!」
 そして、フィリシアに向けて言う。その笑顔があまりにもツボだったのか、フィリシアは少し恥ずかしくなって視線を逸らした。
「遊園地かあ……動きやすい服のほうがいいかなぁ? でも、前買った服も着たいなあ、へへ、迷っちゃう」
 ジェイコブは笑顔のまま言葉を続ける。
 デートに誘っただけでこの喜びよう。
 フィリシアは、わざわざチケットを買ってきて正解だったな、と思った。



「ふんふん……」
 黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)はトイレの鏡の前で、髪を結びなおす。女の子は、身だしなみが大事。
「よし」
 二つの小さなおさげを交互に持ち上げ、そう、鏡に向かって声を上げた。



「ふむ……」
 衣草 玲央那(きぬぐさ・れおな)も、鏡の前で前髪を直していた。だらしなく見えず、かつ相手を威圧できるような髪型。彼の理想とする髪型だそうだ。
「これでよし」
 ある程度形をまとめると玲央那は頷いた。男の子も、身だしなみは大事。



「ふんふ〜ん」
 千返 かつみ(ちがえ・かつみ)もだ。
 ずれたカツラを直し、付けまつげのズレも直す。ちょっぴり色のついたリップクリームを塗って、これで完璧な女の子。



「おかしいだろ!」



 かつみはカツラを地面に叩きつけて叫んだ。
「うああああああなんだこの格好は! てか思い出した! なにしてるんだ俺!」
 かつみは頭を抱えてそう叫ぶ。
「かつみ、昼休みそろそろ終わるよ……」
 エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)がちょうど、頭を抱えているかつみを目撃した。そこで一瞬、驚いたような表情になり、そして、
「あーっ!」
 思い出したらしい。叫んでから今度は自分の体を見て、顔を触って胸元を触って股を触ってと大忙し。
「そうだ、思い出した……私たちは、『もしもマシーン』とやらのテストで」
 エドゥアルトも頭を抱える。
「……で、かつみ、それはいったいなんだ」
 そして指をさす。
「俺もわからない……ていうか、俺、体は男だぞ」
 かつみはぽんぽんと体に触れて言う。
「どういうことだ……?」
 エドゥアルトが聞く。
「わからない……」
 かつみは息を吐いて答えた。
「あ、かつみ先輩、エドゥアルト先輩、こんなところでどうし……」
「先輩こんにちわ……?」
 ちょうどそこにナオとノーンが通りかかって、ズラを外し、まつげも取ろうとしているかつみと目が合って、
「「あ、あーっ!!」」
 同時に叫んで、エドゥアルトとほぼ同じ行動を取った。





 ※ ここから性別が変っていることに皆が気づき始めますが、口調はともかく、性別は変化したままなので脳内で音声を再生する際にはお気をつけください






「かつみだけが性別がそのままで、今までは女装していた、と。ホントだ、私たちは性別が変っているようだけど、かつみだけそのままだね」
 エドゥアルトは冷静に言う。
「そうだよ……なんだ、セーラー服にロングのカツラって。この状況はどう考えても変だろ!」
 かつみは言って叫ぶ。
「あららーかつみ先輩、災難ねー」
 ノーンはぶふふと笑いながら言った。
「棒読みで言うな……あーもう、ひらひらして嫌だ! もう脱ぐからな!」
 言ってかつみは服に手をかけるが、
「……う、でもこれ脱いだら他に着るものがない」
 脱ぎかけた状態でそう言った。
「いくら中身は男性でも、ここで服脱いだらまずいよ。せめてジャー、」
 エドゥアルトがなにか言いかけたが、ノーンが口を塞いだ。
「ふふふ、こんな可愛らしい女の子達に囲まれる機会は現実ではまず無いわよ。せっかくの機会楽しまないと、ねーかつみ先輩ー(にやにや)」
 そして言う。かつみは立ち上がって拳でノーンの額をぐりぐりし始めた。
「いたたたたっ! 女の子相手に暴力はやめてよ!」
 ノーンはなんとか逃れてナオの後ろに隠れる。
「くそ、無駄に可愛いのがかえってむかつく……」
 普段はナオのフードの中に入っている本のくせに、ノーンはスタイルもいい可愛い系の女子生徒と化していた。
「髪結ぶゴムとか、女の子って可愛いの使ってるんですね」
 ナオも鏡を見てそう言う。彼は普段から丁寧口調なので、見た目もしゃべり方も完全に女の子となっていた。
「エドゥさんのリボンもいつもと違って可愛いし、鞄の中にもかわいいヘアピンとかリップとかも入ってました。かつみさん、使いますか? これならきっと可愛い女の子なれるから、堂々と歩けますよ」
 にこにことなにかのキャラクターがついたヘアピンを渡す。ノーンと違って悪意はなく、かつみにとってはさらに悪質だった。
「よく考えれば全員の性別が変わっているのだから、機械に不具合でもあったと考えるべきだろうか」
 エドゥアルトは冷静に答える。
「だとしたらどうするんだ、みんな、気づいていないぞ」
 かつみは息を吐いて言った。
「……そうだな。このままにしておくわけにはいかない。どうにかして、皆に気づかせないとダメだな」
 二人で頷きあう。
「俺たちはかつみを見て思い出したから、みんなも普通に思い出すんじゃないかな」
 ナオは言う。
「そうだな……それが一番早いかもしれない。んだけど」
 かつみは自分の姿を改めて見下ろす。
「……マジで?」
「悪いがマジだよ。やってみよう」
 エドュアルトは言う。かつみは息を吐いてしばらく落ち込んでいたのだが、
「しゃーない。やるか」
 頷いて、立ち上がる。そして、エドゥアルトと一緒に教室へと向かった。



「やあ、みんな!」
「あれー、かつみー、いつ髪切ったの?」
「てかまつげなくね? どうしたのさ」
「なんかオトコみたーい」




 かつみは屋上の隅で小さくなっていた。
「ああ、かつみ、こんなところに!」
 追ってきたエドゥアルトがかつみを見つけて叫ぶ。
「ダメだ、なんか精神が持ちそうにない」
 かつみは言う。
「姿を見られても反応なし、か。だったら、現実世界のことを思い出しそうなキーワードを言ってみたらどうだろうか。なにか反応があるかもしれない」
 エドゥアルトが言うと、「それはいいかもな!」とかつみも立ち上がった。



「おー、エドゥ、これを見てくれー」
 かつみは購買で買ってきたゲーム雑誌を広げる。
「んー、なんだこれはー」
 エドゥアルトも乗る。演技はわざとらしいほうがいいとノーンが言っていたので、わざと棒読みだ。その割には、教室を影から覗いて笑っているが。
「この新しいゲームが面白そうなんだよー、浮遊大陸、バラミタで繰り広げられる冒険ストーリーだってさー」
「へー、おもしろそー」
 二人は教室中に響く大声で言う。
「「ちらっ」」
 そして、教室の反応を見る。
「なに、かつみってゲーマーだったの?」
「人は見かけによらないねー。あれ、でもなんか見かけも変わった?」
「変なオトコにでも引っかかったー? イメチェンするには早すぎたんじゃないのー、似合ってないよ?」




 かつみは屋上の隅で小さくなっていた。
「またここかい」
 追いかけてきたエドゥアルトが息を吐く。
「ダメだ……もう嫌だ……」
 かつみはしくしくと泣きながら言う。
「心配しないでかつみ先輩。似合ってないと思っているのは私たちもだから」
「火に油を注ぐようなこと言うなーっ!」
 ノーンの言葉にかつみはキレた。ナオとエドゥアルトも同じことを持っていたのか、地味に目を逸らす。
「もうこうなったら直接手段だ……本当のことを、話す!」
 かつみは走って屋上から出ていった。



「おい、お前ら!」
 そして、教室へ。
「俺たちはバラミタ大陸の契約者だろ! 博士とやらの実験に付き合わされて、仮想世界に入っている状況なんだよ!」
 教卓の前に立ち、叫ぶ。
「む……なんだね、その甘美な設定は。バミューダ・トライアングルかなにかに関連した話かい?」
 反応したのはオカルト研究会のシェヘラザード・ラクシー(しぇへらざーど・らくしー)だけだ。
「だー、もう、めんどくせー!」
 かつみは頭をがりがりと両手でかき回してから、
「お前ら自分の本当の性別を思い出せ! ジェイコブ、竜斗! それとリアトリス! 俺たちは本当は男だろうが! 逆にフィリシア、アリア、ソランにユリナ、マリエッタ! さゆみ、アデリーヌに、玲央那! お前らは女だよ!」
 クラスメイトに向かって名指しで叫ぶ。
 なにを言っているんだ……そんな空気が漂っていた。
 やはりダメか、と、廊下で見ていたナオたちも思ったのだが、
「あ」
 誰かが声を上げた。そしてそれは、連鎖していった。



「あーっ!!」 



 叫び声が重なる。
「りゅ、竜斗さん?」
「なななな、なんじゃこりゃーっ!?」
 竜斗がおさげを触って奇声を上げ、
「ふぃ、フィリシア?」
「あなた……」
 ジェイコブたちが目を合わせ、
「アディ……私、男になってる!?」
「……なんということでしょう」
 さゆみたちも正気を取り戻す。
「うわ……女の子だ」
 リアトリスは自分の体をまさぐり、
「なにこれ……いい肉体」
 玲央那も自分の筋肉を触る。ソランも正気に戻ったらしいが、なぜか笑いをこらえるように体を丸めた。
「な、なんで男になってるの!?」
 マリエッタも立ち上がった。
「なんなの……なんなのよこのあたしのキャラはー!」
 シェヘラザードも悲鳴を上げる。
「あれ、ということは……」
 アリアクルスイドがなにか思いついたらしく、廊下に出る。そこにいたのは、先ほど教室から出たばかりの、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)の姿。
 長いウェーブのかかった髪。ふくよかな体と、ぼんきゅぼんのスタイル。
 そして、あだ名は……姫。
「りょ、りょりょりょ、涼にぃなにしてんの……」
「どどど、どうなってるんだっ、なんだこれ!?」
 アリアはその場にへたり込んで笑いをこらえていた。涼介も正気に戻ったのか、ぽんぽんと自分の体を触る。
「かつみ……」
「ああ、声が届いたんだ!」
 エドゥアルトとかつみはそう言って笑いあった。そんなとき、皆の耳になにか、ノイズのようなものが響く。


『聞こえるか、私だ、博士だ!』


 例の博士からだった。


『うむ、実験は成功だな。今、君たちの脳にちょっとだけ電波を流した。おそらく、記憶が元に戻っているはずだ』
「え」
 博士の言葉に、かつみたちが声を上げる。
「……ってことはなんだ、俺の声が届いたと思ったのは、」
「……単なる偶然?」
 かつみとエドゥアルトが顔を見合わせる。
『む? かつみどの、なにかしたのか? 特にこちらには影響が出ていないのだが』
「かつみ! 屋上に行くのは話を聞いてからだ!」
 泣いて走り出したかつみをエドゥアルトが引き止めた。




「しぇ、シェスカさん!?」
「真一!?」
 保健室で昼を食べていたシェスカ・エルリア(しぇすか・えるりあ)と沢渡真一も、異常に気づく。
「おい、シェスカーっ!」
 邪魔したら悪いですからねと言って出て行ったセレン・ヴァーミリオン(せれん・ゔぁーみりおん)も、慌てて飛んできた。
「な、なんで自分は女になっているでありますかーっ!?」
 中庭にいた丈二も正気に戻っていた。
「なにこの不快感……屈辱だわ」
 ヒルダも言う。
「セレン……これは」
「うわー、ちょっと頭の整理に時間のかかる状況ね」
 中庭に隣接している学食でも、セレンフィリティたちが異変に気づく。
「とにかく、行動ね」
 セレアナが立ち上がろうとする。
「ええ」
 それにセレンフィレティが頷き、
「まずは、これを全部平らげないと」
 そう答えた。セレアナはそのまま倒れこんだ。




「ナニが生えてる!」
 ルカルカは叫んで立ち上がる。三年生の教室にいたメンバーたちも、それぞれの反応を示していた。
「っていうことは……ダリル!」
 ルカルカがダリルのほうをむく。席に着いてクラスメイトと談笑をしていたダリルは性別が変わっていることに気づいているはずだが特にこれといった反応は示していない。
 ……が、彼女の(彼の?)眉間にはものすごいしわが寄っていた。そして、体もわなわなと震えている。ルカルカは「うわあ……ダリル怒ってるよ」と小声で口にした。
「いったいなんなんだよこれはーっ!!」
 そして、ついに我慢しきれなくなったのか立ち上がってそう叫ぶ。



 博士の指示で、ほぼ全員が体育館に集った。
「やあ、姫」
 陽一が開口一番、涼介にそう言った。
「その呼び方やめてください……さすがに、陽一さんは慣れてますね」
 息を吐いて言う。そして、まったく動じてない様子の陽一に言った。
「まあね。さすがに、こんなギャルっぽくなったのは予想外だけど」
 陽一は答えて、短めのスカートを抑える。ポケットから見えるスマホにはアクセサリーがジャラジャラと垂れ下がり、よく見ると耳にはピアスの穴も見えた。
「歌菜……」
「羽純くん……」
 がっくりとうなだれた羽純が歌菜の前に。歌菜は最初はこらえていたが、羽純を見るとやがて耐えられなくなって、ぶふ、っと吹き出す。
「は、羽純くん……ぷぷぷ……」
「おい、笑っていられる状況じゃあ、」
「羽純くんの……はだ、裸エプロン……」
「ちょっと待て俺がいつそんな格好した!?」
 羽純は驚きの表情を浮かべるが、歌菜は笑っていたため答えられなかった。
 

『まずは状況を説明するとしよう』


 少し遅れてセレンフィリティたちも到着し、体育館の放送から博士の声が聞こえる。
『もしもマシーンになんらかのバグが発生し、人物情報、特に、性別の情報がごちゃごちゃになっておる』
 言うと、視線は性別の変わっていないかつみに集まる。「変わっている」というのが明確なルールではないらしい。
「実は私もそうなのよ。制服こそ男のものだけど、体は女なの」
 雅羅は言う。確かに言われてみれば、雅羅は男子の制服を着ているものの胸元は大きく膨らんでいる。
「ああ、なるほど」「雅羅だからね」と、周りから声が聞こえる。
「?」
 雅羅は首を傾げるが、皆は視線を逸らした。
 

 雅羅だけに、ツイてない。
 そのフレーズは場が冷えることが確実だったので、誰も口にすることはなかった。
「ということは、ワタシと雅羅でカップル成立じゃない。十分ありだわこの世界」
 瑠兎子はそんなことを言って頷いていた。


「おい、早く装置を切ってくれ」
 竜斗が言うが、
『それは無理だ。今、皆は装置に繋がれ、意識は機械の中に入っている状況だ。機械を強制的にシャットダウンすると、どういう影響があるかわからん』
 博士の言葉に皆が驚きの声を上げる。
「そんな危険なものの実験台にしたのかよ!」
 ダリルが言うが、
『仕方ないであろう、バグで装置から意識を切り離す方法が見つからないのだ!』
 言い訳のつもりなのだろうが、その言葉は正直、追い討ちだった。
「博士、どうにかしてこの世界から脱出できないのですか?」
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)が尋ねる。
『今、全力で機械の解析中だ。おそらく、その世界はかなり作りこまれた世界ではあるが、脱出する方法が、形になって現れているはず。おかしな点……「特異点」がどこかにあるはず」
「特異点? それはどういうものなんだよ?」
 レナン・アロワード(れなん・あろわーど)が腕を組んで聞く。
『それは私にもわからん』
 が、返ってきた答えは頼りない答えだ。誰かの吐いたため息が、大きく体育館に響いた。
『とにかく、そちらの時刻で放課後……いや、部活が終了する時間まで待ってくれ。なんとかする』
 手段などの説明はない。それだけでも不安になるのだが、
『それと、こちらが干渉したことで、バグが少し広がりつつある。なにが起こるかわからないから、注意してくれたまえ』
 さらに不安になるような話を最後に博士はした。そして、そんな不安が増大した状況で、通信はぶつりと途切れた。
「待てって言われてもなあ……」
 松本 恵(まつもと・めぐむ)が周りを見回す。周りも同じような反応で、即行動するものはいなかったが、
「せっかくだからね、恵、剣道部、もう一度いってみないかい?」
 下川 忍(しもかわ・しのぶ)はそんなことを口にした。
「どちらにしても動けないんだ。なんとかすると言われた以上、素直に待っていたほうがいいと思うけどな」
 続けて言う。その言葉は体育館にいたほかのメンバーにも届き、皆は少し考え込んだ。
「それもそうだな。下手に動くよりも指示を待ってもいいかもしれない」
 佐野 和輝(さの・かずき)が口を開いた。
「そうですね……『特異点』とやらは気になりますが、どうすればいいかもわからない以上、特に行動に制約をつける必要はないでしょう」
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は言う。
「じゃあ、次に博士の指示があるまでは自由行動ってことか」
 陽一が言い、ゆかりは頷いた。
「それがいいんじゃない? せっかくだから、もうちょっと体を動かしたいし」
 衣草 玲央那(きぬぐさ・れおな)が言った。
「では、そういうことにしよう。部活が終了する時刻……六時くらいには、もう一度ここに集合だな」
 エドゥアルトは言う。
「必ず六時にはここに来ること、それと、」
 そして、隅からこそこそと体育館を出ようとしているかつみに視線を向けて、
「出来るだけ、単独行動は避けること」
 逃げ出そうとしたかつみをナオとノーンが捕まえた。
「ね、かつみ。かつみがものすごく嫌がってるのは分かるんだけど、もう少しここで楽しんでいかない?」
「そうですよ。こんな機会めったにないし」
 エドゥアルトとナオはにこにこして言う。
「こういう学校に参加するのは初めてだからね。もうちょっと楽しんでいきたいな」
「分かった、分かったから。でも俺は別にこの世界を楽しむつもりはないから」
 笑顔で言うエドゥアルトにかつみは言う。
「そんなこと言いっこなしですよー。かつみ先輩」
 ノーンが女の子口調で、しかもにやにやしながら言う。
「みんなで楽しまないと。ねえ?」
 そうですよ、とナオたちも頷き、そのままかつみの腕に手を回した。
「だから俺はいいってっ! ちょっと待て、引っ張っていくなー!」
 せめて着替えさせてくれー、と声を上げながら、かつみはそのまま引きづられて退場していった。
 皆も行動指針は決まったため、おのおの体育館から出る。
「なにもなければいいんだけど」
 セレンフィリティが呟いた一言が、数人の耳に響いた。