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空京の自由な一日



「サマーバレンタイン?」
 聞き慣れない言葉に、高根沢 理子(たかねざわ・りこ)が目の前の酒杜 陽一(さかもり・よういち)に聞き返した。ここは、いつも利用しているシャンバラ宮殿内にある展望レストランだ。
「ええ。ちょっと時期は外してしまいましたが、旧暦ということで、まあなんとか」
 酒杜陽一の言葉に、高根沢理子がちょっときょとんとする。
 要は、七夕の日に恋人にお菓子を送りましょうという業界の陰謀なわけなのだが。酒杜陽一としては、今日のデートの大義名分は、それということにしたようだ。
「もうじき決戦ですからね、験を担いで勝ち栗のスイーツで纏めてみました」
 酒杜陽一が説明したとき、ちょうど各人のスイーツが運ばれてきた。
 栗羊羹にマロングラッセ、プチモンブラン、栗のシュークリーム、栗の茶巾絞り、栗のタルト、栗のプリン、天津甘栗、栗のアイス、栗のクッキー、栗落雁、栗鹿の子、栗のぜんざい、栗蒸しパンなど、一口大のスイーツが大皿に絵のように並べられたアラカルトだ。
「毎度毎度、何か理由をつけなきゃ、女の子をデートにも誘えないのかしら。まったく」
 御相伴にあずかったセレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)がモンブランをつつきながらぼやいた。
 まあまあと、皇 彼方(はなぶさ・かなた)テティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)がなだめるが、なんだかセレスティーナ・アジュアにとっては、周囲全員敵という感じだ。どうしてこうなった。まあ、なんやかや理由をつけてはデートをするバカップルの監視に毎度毎度部下を利用していたら、実はそっちもという自爆行為の結果なわけではあるが。
「理由って……」
 そんなつもりはないと、酒杜陽一が言いかけた。
「そうよね。理由はいらないわよ。んっ? 違うわね、一つで十分なのよね」
 そう言うと、高根沢理子がフォークに突き刺したマロングラッセで、酒杜陽一の唇を突っついた。

    ★    ★    ★

「何か、バカが、またバカやっているような気がする……」
 なぜか、いや、イベントに合わせてなのだが、織り姫のコスプレをした酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が、シャンバラ宮殿を見あげてつぶやいた。
 いいかげん結果が分かっているのに実行に移さないパートナーに対抗するには、もっとバカなことをするしかないと、半ば強迫観念に近い思いに囚われてからずいぶんだったような気がする。いいかげん、酒杜陽一にはなんとかしてほしいものだ。
 というわけで、今回は流し素麺である。
 シャンパラ宮殿前の広場に、ウォータースライダークラスの流し素麺のコースを作って、みんなに振る舞おうというのである。
 一応、夏らしく、遅ればせの七夕にちなんで、素麺のコースであるウォータースライダーを天の川に見立てて、酒杜美由子は織り姫という設定である。
 が、いったい、牽牛はどこにいるのだろう。
 白鳥め、さっさと連れてこいってんだあと叫びたいのをぐっと押さえて、酒杜美由子は集まった子供たちに汁腕と割り箸と短冊を渡していった。一応七夕ということなので、願い事を書いてもらって、会場内の笹に吊してもらうという趣向である。
「わーい、ありがとうなのだー」
 ビュリ・ピュリティア(びゅり・ぴゅりてぃあ)が、もらったお椀とお箸を手に、流し素麺を食べに行く。とはいっても、無意味にコースでかいので場所を決めるだけでも大変だ。
「美味しく、食べてね」
 あくまでも、酒杜美由子は、スマイル、スマイルである。
「よし、頑張って掬うのだあ!」
 ビュリ・ピュリティアが、手をのばして流れてきた素麺の塊を箸でつまもうとする。怒濤のごとく素麺の塊が流れてくるのだが、はっきり言って、うまい具合に箸で取れるのは一口分である。
「あーん、なかなかうまく取れリン」
 少し離れた所で、パビモン トレリン(ぱびもん・とれりん)が、流し素麺に悪戦苦闘していた。
「ふふっ、私には簡単ナウ。ああ、風流ですナウ」
 なぜか、慣れた手つきで素麺を取ったパビモン ナウディ(ぱびもん・なうでぃ)が、ずずずずーっと素麺を啜った。
「どれ、俺がみんなの分も取ってやるリラ。任せるリラ」
 そう言うと、パビモン リラード(ぱびもん・りらーど)が、せっせと素麺を取ってトレリンにあげていった。
「そういえば、ミラボーはどこに行ったリラ?」
 一人足りないことに気づいて、リラードが周囲を見回した。
「た、助けてミラー」
 そのころ、身を乗り出しすぎてウォータースライダーに落ちたパビモン ミラボー(ぱびもん・みらぼー)はドンドンと流されていたのだった。
「何か大きな物が流れてきたのだー。きっと、具なのだー!」
 嬉々としてビュリ・ピュリティアが箸を突き立てた。
「ひーミラー!」
 危機一髪、ミラボーが箸を口で噛んで難を逃れる。
「そ、それは、食べ物ではないリラー!」
「えっ?」
 慌てて駆けつけてくるリラードたちを見て、ビュリ・ピュリティアがきょとんとした。

    ★    ★    ★

「さあて、みんな、どんなことを書いているかなあ」
 これだけが唯一の楽しみと、酒杜美由子が笹につけられた短冊を読みにやってきた。
 もちろん、リア充の短冊は、その場で焼却処分である。
「ええと、早く司会のおばさんにも、彼氏ができますようにミラ……」
 多分、これは、どこかのイベントのおばちゃんのことなのだろう。自分ではないなと、酒杜美由子は次の短冊を手に取った。
「いつものおばちゃんの恋人が、みたいナウ」
 なんだろう、これは……。
「あのおばちゃんが、恋人を見つけられますようにリン」
 ……。
「おばちゃん、諦めるなリラ!」
 こ、これは……。
 おばちゃん? 私のこと?
「お、お、お、お前らあ!!」
 ぶち切れた酒杜美由子が、一番上流にある素麺供給機の所へと駆けていった。
 一番高い位置にあるそこからは、遥か下流の方で美味しそうに素麺を食べているパビモンたちの姿が見える。
「みんな、流れてしまえ!」
 がこんと、酒杜美由子が機械のレバーをマックスにした。とたん、順調にウォータースライダーに素麺を吐き出していた装置が、何やらおかしくなる。いっぺんに素麺を入れたり出したりしようとしたために、どこか詰まってしまったようだ。そのため、なんだか内部圧力がドンドン高くなっていく。
「えっと、これは……」
 たらりと冷や汗をかいた酒杜美由子の隣で、お約束通りに機械がチュドーンと爆発して素麺が勢いよく飛び散っていった。