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パラミタ・イヤー・ゼロ ~ALIVE編~(最終回)

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パラミタ・イヤー・ゼロ ~ALIVE編~(最終回)
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    葦原島 某所


 ベルクが、鎮魂歌の杖に封じていたニコラの兄の魂を解放する。極限の苦痛を味わいつづけたニコラの兄。その魂はフレンディスやジブリール、そしてニコラに見守られて、静かに消滅した。
 ニコラの兄が安らかに逝ったかはわからない。しかし、今までニコラを見届け、最期に対面できたこと。それは彼ら兄弟の未来に、かすかであれど光を差したことだろう。
 しばし黙祷してから、ベルクはニコラに向きなおる。
「――お前の兄っていうのは、いわゆる腹違いなんだろう。父親がいっしょで、母親が違うわけだな」
「そうなの。しかもね、ボクのお兄ちゃんのお母さんは、ボクのお母さんのお姉さんなんだ」
「ややこしいな……。つまり、兄であり従兄弟でもあるってわけか」
「うん。ライヒナーム家は、その辺がちょっとぐちゃぐちゃなんだ」
「べつに人の家系に立ち入ったことは聞かねーけどよ。こうなった以上、お前には説明する義務があるはずだ。零とどういう関係にあるのかを」
「そのことなんだけど……」
 ニコラがベルクの杖を指して。
「お兄ちゃんの代わりに、今度はボクを杖のなかに入れてほしいの」
「な、なに言ってんだ!?」
 急な申し出に驚くベルク。そんな彼のもとに、パラミタデータバンク社長・及川から連絡が入る。
――ニコラが、零のDNAを持つという新事実。
「じゃあ……お前の父親っていうのは、零なんだな?」
 ニコラは、無言でうなずいた。

「ボクはね。零の作った“精子バンク”から生まれたの」
 ニコラが過去を語りはじめる。かつて零がヨーロッパに設立していた、精子バンクから生まれたこと。もっともそのバンクは今は存在しないが、この時の零は、表向き“優秀な実業家”で通っていたので、利用者は少なからずいたという。
「でもね。零が残したいのは自分の遺伝子――Y染色体だったから。女の子は生まれた時点で殺されていたの。それに、思い通りに成長しない子供も殺された」
「……ひどいです」
 フレンディスが眉をしかめた。
「そんなひどい零のDNAを、ボクは受け継いでる。だからね……やっぱりボクは死ぬべきなんだ」
 自殺を宣言するニコラに、ジブリールが言う。
「あのさ。なにも、死ぬことないんじゃないの?」
「ダメだよ! 零のDNAを絶やさないと、いつかまた零が復活するかもしれないんだから!」
「いや……前にテレサさんがやってたじゃん。遺伝子ノックアウト」
「あっ」
 なんでそのことに気づかなかったんだろうとばかりに、両目をいっぱいに広げて驚くニコラ。
 いっぽうのジブリールは平然としていた。どうやら天然ボケを相手にするのは、フレンディスとの生活ですっかり慣れているらしい。
「……まあ、遺伝子ノックアウトをするには、生まれる前にやらないと難しいんだけどさ。“レトロウィルス”に応用すれば、なんとかなると思う」
 レトロウイルス――感染した細胞内でDNAを合成するウイルス。
 成体のDNAを書き換えるのは本来なら離れ業だが、パラミタデータバンクに保存された膨大な情報があるからこそ、可能となる荒療治であった。
「それとさ、ニコラ。オレの前で死ぬとか、そういうのは二度と言わないでほしい」
 生き残った者の役割として、命を救済する道を選んだジブリール。そんなジブリールだからこそ、命を軽く扱うことが許せなかった。
「そうだよね……。ごめん」
「ま、今回だけは許してやるよ」
 そう言ってジブリールは、フレイやベルクのもとに来てから覚えた、屈託のない笑みを浮かべた。


         ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


    空京・某所


「――まだ、全ては終わっていません」
 富永 佐那とエレナ・リューリクが、零の残したあらゆる資料を消去していた。
「良くも悪くも、人は死した後も記憶の中に生き続けるものです。第二の死、完全なる死とは、存在そのものを忘却することです」
 零に関する記憶は未来へ遺したくない。彼にまつわる記録物が、同じような思考の人物に渡ってしまえば、また繰り返されてしまうだろう。――ソフィーチカの様な子供たちを生み出す悲劇が。
 Zerolutionと題された零の手記を焼き払ったふたりに、ソフィア・ヴァトゥーツィナが近づいていく。
 彼女は手に持っていた、愛読書であるチェーホフの“三人姉妹”をポケットにしまうと、ふたりに向かって、少し遠慮がちに言う。
「ジナマーマ。マーツィ。……私、パーティを開きたいのです」
「どうしたの急に?」
「デスストーカーくんに、恋人ができたのです。だからそれを祝おうと、みんなで相談しているのです」
「それは、とても良いことですね」
 佐那もエレナも、すぐにパーティの手配をはじめる。
 悪夢のはじまりだった蠱毒計画。その異常な人体実験を生き残った子供たちは、それぞれ新しい生活を楽しんでいた。
 殺しあうために出会った子供たちが、こうしてパーティを開けるようになったのも、すべては零を倒すため戦った契約者たちのおかげだ。
「ありがとうなのです! ジナマーマ! マーツィ!」
 無邪気な笑顔を浮かべて、胸に飛び込んでくるソフィア。
(もう、悪夢は繰り返したくありません。此処から始まるのは……)
 ソフィアの頭をくしゃっと撫でた彼女は、優しく微笑んで告げた。
「この子と歩む、幸せな未来です。――さあ、帰りましょうか。ソフィーチカ」


         ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 同じく、空京の街中では。
 空京を停電から救った英雄として、亞麻 天羅子(アマテラス)の像が市民によって作られていた。
 アマテラス像をみながら、川村 詩亜が言う。
「あの変な神様さん……急にいなくなっちゃったね」
「虚空樹さんが消えたとたんだよね〜。なかにいた英霊さんたちが、みんな消えちゃったのって……」
 川村 玲亜は、パラミタ大陸の幻影が浮かんでいた方を見上げた。
 零の狂気が去ったおかげで、オーロラはすっかり消え去り、透きとおるような蒼い空が広がっている。空京もまた、ヌーディスト・シティと化した狂乱が嘘のように、いつもどおりの風景に戻っていた。
「……あっ。お姉ちゃん、もう時間だよ〜」
 玲亜が、詩亜の腕をひっぱり、市民たちが集う広場へと向かった。彼女たちはアマテラスを導いて、首都機能の麻痺を食い止めた功績が称えられ、なんと裸踊り親善大使として任命されていたのだ。
 べつに脱いだわけでもないのに、彼女たちは裸踊り親善大使として、空京の市民に末永く語り継がれることだろう。