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湖の家へいらっしゃい

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湖の家へいらっしゃい

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「おはようございます!」

 ジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)の元気の良い声が響き渡ると、次いで復唱の声が揃い答える。
 9月に入ったばかりのこの日の天気は快晴。
 夏の陽気と湿気を残した絶好の行楽日和。すでに場所取り合戦が行われているビーチに横一列に立ち並ぶのは、この日の為だけに設営された様々なビーチハウスだ。イベントは元々この近辺の商業組合が中心となっている為、一口にビーチハウスと呼称しても、見た目からガラッと違う個性豊かな面々である。
 中でも日本人に馴染みの深い、ある意味で正統派なのがこの『定食屋・あおぞら』のビーチハウスだった。あおぞらを取り仕切る女将は日本出身だから、彼女のイメージが強く反映されているのだろう。
 ビーチハウスより、海の家と呼ぶほうがしっくりくる建物である。更に目の前に鎮座する水は浮遊というオプションをつけた湖だから、湖の家とでも言えば良いのだろうか。
 細かい事を言えばキリが無いが、兎に角そういった、ごくごく普通の海の家で、ジゼルと、彼女の友人の契約者達は一日アルバイトに精を出す事になっていた。
 そのメンバーは、元々『定食屋・あおぞら』のアルバイト経験者であるミリツァ・ミロシェヴィッチ(みりつぁ・みろしぇゔぃっち)御神楽 舞花(みかぐら・まいか)布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)や、緒方 樹(おがた・いつき)のパートナージーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)緒方 太壱(おがた・たいち)新谷 衛(しんたに・まもる)の三人組。
 他所の飲食施設で仕事慣れしているキアラ・アルジェント(きあら・あるじぇんと)次百 姫星(つぐもも・きらら)エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)
 それにジゼルの友人のツライッツ・ディクス(つらいっつ・でぃくす)フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と、月崎 羽純(つきざき・はすみ)遠野 歌菜(とおの・かな)の両夫妻も駆けつけてくれた。

 因に彼女達が今『あおぞら出張店舗』の制服として身を包んでいるのは、セーラーカラーの水着だ。
 それは「湖の家専用、水着セットを考案して差し上げやがりましたです!」
 と、ジーナが得意の裁縫技術で自ら作り上げ、持ち込んで来たものだった。
 丁度セレンフィリティは迷彩柄のビキニ、セレアナは白いバンドゥビキニに着替えて戻って来た折、佳奈子とエレノアは丁度ジゼルに断って貸し出しの水着から「これにしようか」などと『制服』を選んでいた折である。ジゼルも事前にある程度準備もしていたのだが、ジーナの有無を言わせぬオーラに、皆たじろいで彼女に従う事になった。
 元々あおぞらの定食屋には見えない可愛らしい制服は、リニューアルの際にジーナが持ち込んだものだ。あの制服の人気と意外な機能性の高さを知っている一日店長のジゼルも、軽く一言で承諾する。
 そしてこの状況に慣れ切っている太壱と衛は、勝手知ったる……という調子でジーナの抱えていた風呂敷包みを広げ、
「ああうん、これこれ」と諦め切った顔で皆を一瞥する。
 ボーダーがアクセントになっているセパレートのタンキニだ。
 セーラーカラーと言っても水着なので、それ程大きい物が付いている訳ではない。ホルターネック風にデザインされているので、セレンフィリティやセレアナのようにセクシーな女性でも問題無さそうだ。
 色のバリエーションは水色とピンク、下もショートパンツタイプとギャザー寄せのミニスカートタイプが有る。
「パレオもあるのね」
 エレノアが興味深そうに手に取ると、フレンディスがほっとした様子で微笑んだ。恥ずかしがりの彼女には、何時でも水着はハードルの高い服装なのだ。
「それな。それだと着やすいんじゃね、フレンディス。
 っつーかんじで選んで着ていいってよ……。皆、着る気あるか?」
「着る気のあるなしでは御座いやがりませぇん!
 似合うか似合わないかで決めやがるのですよ、太壱さん!!」
 両腕を組んで足を肩幅より大きく広げたジーナの怒号をぶつけられた太壱は溜め息を吐く。
(いや、ジナママ、そんなに偉そうな顔しなくてもいーじゃん……)
 どこか解しきれない感情を持ったまま衣装を広げたテーブルを見れば、女子連中はすでに「あれがいい」「こっちがいい」などと互いに見立てあってはきゃっきゃと姦しい。太壱には一生理解出来そうに無いが、彼女達はジーナの思いをしかと受け取ってくれたようだ。それはそれで、自分に被害がくるわけじゃないと、今度は別の感情で息を吐き出すと、衛が自分の思いを代弁してくれる。
「じゃあ、オレ様は似合わないから着なくてもいいんだな、ラッキー♪」
「いえ、製造者責任連帯法により、バカマモも太壱さんも着用必須でござりやがります!」
 ジーナが啖呵を切るように言った直後、太壱と衛は抵抗を見せる暇も、「マジカ!!」と反応する暇も無く、二人は背の低いジーナに首根っこを掴まれてズカズカと店の奥へ連れ込まれて行った。
「せめてオレ男性用!!」
 断末魔が聞こえてくるのに、ツライッツと羽純は顔を見合わせて耳を塞いだ。彼等を助けてあげたい気持ちは山々だが、下手に手を出して自分も被害に遭いたく無い気持ちが勝る。
「大丈夫よそんな顔しなくても。ツライッツと羽純には着させないようにするから」
 ジゼルが苦笑すると、ミリツァが隣でこくりと頷いた。
「見た目が売りの男性にコメディアンのような恰好をさせては意味が無いのだわ」
「見た目が……ですか?」
 自分の身体をそっと確認してぽかんと口を開けるツライッツの視線の先には、この店舗の付近でライフセーバーを担当するスヴェトラーナ・ミロシェヴィッチ(すゔぇとらーな・みろしぇゔぃっち)ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)南條 託(なんじょう・たく)の三人の健康的で均整のとれた体形が映る。
「……羽純さんは分かりますけど」
 男性目線からも王子様のように見える彼なら兎も角……。
 ツライッツは近頃プラヴダの軍人のような人種からして体格の良い連中と付き合いが増え、男性としての自信をすっかり失ってしまっていた。こんな貧相な身体で――と、彼は思っているが某白衣の悪魔のようにもやし体形な訳ではない――売りも何も無いのでは無いか。
 訝しむ顔に、キアラは首を横に振る。 
「文系男子もモテるんスよ。
 少なくとも私はうちのムキムキ連中よりマシに思うっス。つー訳でハイこれ」
 バミューダ丈の普通の服と言っても通せるデザインの水着とパーカーを押し付けられ、二人は奥へ着替えに行く事になる。
 と、そんな折に此方へ戻って来た太壱と衛にすれ違い、二人は気まずい気分で目を反らした。衛は気持ちはナイスミドルでも見た目は女性だから、主に太壱からだ。
「……あー、姿見で確認したけど、これ、完全に七五三じゃねぇかよ」
 がくりと肩を落としてのろのろ歩く太壱の背中を、衛は掌で優しく叩いてこう言った。
「……お経唱えて現実逃避しようぜ、たいっちー」
 今だけ! 今だけ現実逃避すれば――そう提案してくる衛の言葉に、太壱が絆されかけていた時。
「ハイ、記念撮影!」
 無情なジーナの提案に、彼等は白目剥いて呆然としながらも、もうどうにでもなれと、全てを諦めてポーズをとるのだった。

 こんな具合の経緯が有りつつ、同じ衣装に身を包んだ事で、一日のアルバイトながら彼等の気持ちも連帯感が増している。
 何時もと違う気分に心を沸き立たせながら、テーブルでローテーションのシートを書き込んでいたジゼルのサポートをしながらも、舞花は少し前にあった事件について考えて居た。ジゼルとハインリヒ、そしてセイレーンが関わったウィリの事件についてだ。
 死んだ者とはいえ、舞花にとって親しい人間を撃った自責の念は有る。それを持ち続ける事は必要だとも思う。
 だがそれらを努めて表情には出さないように、と彼女は心掛けていた。
(ジゼルさんやハインリヒさんの前では特に平常に振る舞わないといけませんね。
 お2人にかえって気を使わせてしまうかもしれませんし)
 彼女のこうした真摯な気持ちは、口に出さずともジゼルもハインリヒも受け取っている事だろう。
 そんな折、二人のところへフレンディスがやってくる。
「ジゼルさん! 私、本日こそ日頃の給仕さん修行成果をお見せ致したく!
 ……し、しかしながらかような制服での接客はその……恥ずかしく…………
 出来れば此方で調理のお手伝いが出来ればと思いまして」
「調理メインねー、おっけーだよー。エクスとツライッツと一緒ね。
 それでエレノアが裏回ってくれるから、あとは〜……」
「私達は店内?」
「料理も給仕もどっちも任せて下さい!」
 言いながら隣に佳奈子と歌菜が座ると、
「ジゼルさんイェーイ!!」と姫星がミリツァの手を引き元気にやってくる。ジゼルが両手を構えて彼女を受け止めると、一通りをやり終えた姫星は、明るさの中に安堵したような表情を混じらせて息をついた。
「このやり取りもなんか久しぶりな気がします。
 平和になった証拠ですね……」
「そうね。色々あったもの」
 感慨に浸るように彼女に頷いていると、テーブルに肘をついた佳奈子がビーチを見ながら呟いた。
「季節外れの海の家だけど、夏休みに名残が惜しい人って結構いそうな気がするし、お客さんもたくさん来そうな感じ」
「楽しくなりそうですね」と歌菜が瞬きする。
 高揚感に頬を染めるジゼルの顔が此方をくるりと向いた時――、歌菜は何とも言えない複雑な気持ちを過らせた。先程のツライッツの様子を見ていた時も思ったのだ。
「ジゼルちゃん、今日はツライッツさんと一緒にお料理に専念してもらえますか?」
「え、いいけど…………どうして?」
 元々そのつもりはあったが、とシートを歌菜を交互に見るジゼルの両肩を、歌菜は説得するように掴んだ。
「二人を接客に出すのは、何かいけない気がするんです……!
 他の皆さんも心配ですけど、特に二人は……見惚れてナンパする人達とか出たら、血の雨が降る気がするとか何とか」
 海といえばナンパがあるのではないかという歌菜の偏見混じり――と言っても開放感にそう言う事をする人物が多い事も確かである――の言葉に、フレンディスと二人が反応を示した。
「無論表で荒事発生次第、迅速に鎮圧致します故ご安心下さいまし!」
「まぁ……歌菜の言い分は分からないでもない」
 羽純はそう言って平穏無事に一日を過ごすため、自分も出来るだけ彼女達のフォローに回ろうと考える。
 もう一人は、ウッドデッキに寄りかかっていた託だ。
「どうも何事もなく終るような気はしないのは、気のせいじゃないねぇ。
 ……うん、楽しいことになる気がすごいするよ」